17:君は誰


交流会が始まって、桃郷学院に通い始めたとき、やっぱり学校によってムードというかカラーというかが随分違うものだということを関目は改めて実感した。
自分だって中学までは地元の公立で、ここと似たような環境だったはずなのに、2年弱の男ばっかり生活でこうも感覚が変わってしまったのか。
とにかく、女の子がたくさんいると空気が違う。
交流会の会場になるぐらいだから桃郷は陸上競技が盛んで、一般生徒の間にも強豪選手の知名度は高いようだ。特に現日本一・神楽坂の存在もあってか、高跳び選手の認知度は高く、練習中から見学者が絶えない。
関目は中距離選手ではあるが、コーチからハードルへの転向を打診されているので、この交流会でハードル選手としてどれぐらいまでやっていけるか見ていこうという話が出ているので、両方の会場をうろうろしている状態だが、もちろん注目選手でも何でもないので佐野兄弟のように女の子に囲まれてしまうこともない。
しかし全体で言うと特定選手のファンと言うよりは交流会そのものにこそ関心が寄せられているので、マイナーと思われる競技にもそれぞれ見に集まってくる者があるのだ。

フェンス越しに見える存在の中に妙に気にかかる少女がいる。
気にかかる、と自覚したのは3日目だった。初めて見かけたのは初日だったと思う。
フェンスに貼り付くでなし、適度に距離を置きつつ、にこにこと練習の様子を眺める。あっちでもこっちでも。
「何者?」
関目の気を引いたのはその慈母のような温かいまなざしと、楽しそうな中に一抹の物寂しさを感じる表情だった。
話しかけて、みたい。強くそう思った。もっとも何を話すのか見当もつかなかったけれど。

しかし交流会の残りはそれほど長くはない。そのことに気づいて、彼は思いきって声をかけることを決心した。
どうせ桃郷のコなんだから、なにこのひと、みたいな反応を返されたところで、その後会ってしまうことも少ないだろうという自分なりの逃げ道も計算していなかったといえば嘘になる。

そしてそのチャンスは案外というより思いがけなく早くやってきてしまった。
中距離のタイム取りのあと、学校に戻らずハードルを見学していたとき小さな咳の音にふと振り返れば彼女がフェンス越しにだが斜め後ろにいたのだ。
関目はあわてて前に向き直ると超高速で考えた。
(咳をしている)(顔色よくない気がする)(単なる色白とは違うよな)(折れそうに細いなそういえば)(体弱いのかな)(いやいかにも弱そうだ)(弱いに違いない)(こっちの方が北風が当たらないからこっちで見ないかって言ってみようか)(別にいいよね邪魔になんかなんないし)(そうだそうだ)
とそこまでいったあと、さて具体的にどうするかと思いながら無意識にうっかり後ろを振り返って、今度は目が合ってしまった。

(うわわどうしよう)(おお、至近距離で見るとすっげキレーな子じゃん)(早く何か言わないと)(早く)(さりげなく笑顔で)(早く)(余裕あるふりして)(早く)

しかし関目の口から出たフレーズはというと、「君は誰?」のひとことだった。

(うわオレ何口走ってんだ)(間抜けすぎ)(ありえねーったら)(うわうわ)(オレもしかしてただのヘンな奴?)(てゆーか玉砕決定?)(間抜け過ぎってもう)(走って逃げた方がいいか?)(あ、でもそんなことしたらもっとヘンな奴?)(ぐわー)(うわわ)

さらに高速で(光速といってもいいかもしれない)考えつつも体は硬直して視線すら外せない。

だが。
彼女はにっこり笑うと、「ここの2年生なの」と答えたのだった。


それからどんな会話を交わしたのか、ものすごく混乱していた関目は正確に思い返せない。ただ自分が最初に発した不器用な一言と、それに対してのやわらかな笑みとが強く強く心と記憶に刻み込まれたばかりだった。


      

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