11:37.5


頭痛がするので二日酔いを疑った朝、体温計が示すのは36.8度だった。
これは烏丸絹子的には通常の活動ができるぎりぎりの状態である。
幸いその日は比較的スケジュールに余裕のある日だったが、通常業務以外に、母校で助手をしている友人のひとりに就職活動を控えた女子学生相手に話をしに来て欲しいと頼まれていたのだった。マスコミは華やかそうなので学生の人気も高く、マスコミに就職した先輩の話が聞けるというとその懇談会の出席率が顕著に上がるのだそうだ。
大学に知り合いがいるのは自分のアドバンテージの一つだと思っているのでもちろん断らなかった。この体調でもわざわざ後悔はしない。着るものには少し悩んだけれど。
お洒落でも華やかでもない、機動性優先の格好で演台に立つ自分に、少しの落胆と大きな期待でこちらを見つめる女子学生たちに向かい、とりあえず健康1番、根性2番だと強調しておいた。
それは自身のモットーでもあるのだが、体調が万全でないだけに「よく言うよな、私」と心の中で自分でつっこみを入れていたのは内緒だ。
ともかくその日の予定は無事にこなすことができ、友人も喜んでくれた。
食事に誘われたが、そのあと飲みに行くことになるのは明白だったので、それは断った。

で、問題は帰宅後の今、はかったばかりの体温計が37.5を示していることだ。
どう転ぶか見当のつかない中途半端な熱。
たとえば、明日人に会って取材する予定だったり締め切り前後の嵐のような時期だったりしたら、迷わずいつもの薬、よく効くのだけれどなぜかそのあとしばらく肌荒れに悩まされるという欠点を持つアレ、を飲み、すぐに寝る。
たとえば、休めそうなときならば、これは体が休みを要求している!と信じて、薬も飲まずひたすら寝て体力の回復を待つ。結局そのほうが予後がいいのは学習済みだから。
でも。
そのどちらでもない今日みたいな場合は微妙だ。
さっさと薬で熱を下げてしまうか、薬を使わず自然治癒に期待して、明日の朝熱が更に上がっていたら思い切って溜まりまくりの有給を消化することにするか、どちらとも決めかねる。自分でも解るほど集中力も判断力も著しく低下しているせいかもしれない。

とりあえず、妥協点を探り、薬は弱い方のを飲むことにして、かついつ寝込んでもいいように今できることは片づけて、と次にインタビューする予定の選手のデータなど読んでいるうちに、うっかり眠りこんでしまったらしい。


久しぶりに桜咲学園に来ている。もちろん目指すは佐野君だ。
今日の佐野君はなんていうか尋常じゃない。まあ無口って言うか口数が少ないのはいつも通りだけれど、とりあえず、逃げない。あまつさえ、愛想がいい。隣に並んでいる女の子みたいに可愛い芦屋君のせいね、と納得する。
あれ?
芦屋君もヘンだ。
きゃしゃで可愛い子だとは思ってたけれど、それだけじゃなくて。
違和感の正体はじきに割れる。制服がスカートだ。
なるほど、そうだったのか。と妙に感心しつつ、じろじろと見てしまう。大人げないなあ、我ながら。おお、なかなか綺麗な足じゃない。とかするうちに芦屋君と目が合ってしまったので、思わず「で、おふたりさん、どこまで行ってんの?」とからかうと、どこに隠れていたものか何の脈絡もなく梅田北斗が現れて「エラく面白いこと聞くじゃねーか」とものすごく不気味に笑った。反射的に逃げ出そうとしたらしっかり躓いてしまい、「うわっ」と焦る気持ちと、こんなあの子たちも見てる前で恥ずかしい、と思う気持ちがまぜこぜになったまま目が覚めた。


――何アレ。今の、何。
思ったよりこの熱は重症らしいと判断して、あわてて強い方の薬を追加で飲んだ。

それにしても、なんであんな変な夢を見たのやら。
特に梅田北斗の凶悪っぷりに、こりゃ相当キテるわ私、と布団の中でぐるぐるしてしまう夜なのだった。


        

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