物書きさんに20のお題・黄

16:「賞味期限


青ざめた芦屋瑞稀が保健室にやって来たのは、6時間目が終わった直後だった。
「どうした」と一応聞いてやると、
「お腹イタイ」とうつむいた。

「おおかた昨日の昼に買ったタマゴサンドを今日食ったりしたんだろう」と言ってみると、がばりと顔を上げて
「先生、なんでわかるの?」
…当たりかよ。俺は脱力しながら、止瀉薬を棚から取り出し、コップにくんだ水と共に差し出した。
「のんどけ」

薬を飲んだという安心からか、ほんの数分でずいぶん表情に明るさを取り戻した芦屋は、これまでほとんど消費期限を意識したことがないという仰天ものの告白をして、最後に
「でもちゃんと気をつけなきゃね、今度から」としおらしく付け足した。
もともと胃腸が丈夫なのは確かだ。今回はそもそも体調がよくなかったのではないかと指摘すると、睡眠不足気味だという。
生意気なことだ。

「佐野が無事に高跳びに復帰してくれてから、嬉しいはずなのに夢見が悪くて」
「目標をクリアするといろいろ見失うっていうのはよくあるな」
「皆を騙しているのがなんだか時々つらいです」
それかよ。

「あのな。俺はもうこの乗りかかった舟から下りられなんだけど、わかるか?真っ先に気づいて止めなければならない立場なんだから、お前の秘密がばれたときはヘタしたらお前以上にヤバイわけ」
「そうなんだ…」
やっぱり、全然気づいていなかったか。
「だから、偉大なる親切な梅田先生のために、秘密は守り通すと考えてくれ」
「うんっ!」
ふと手元を見ると、こぶしを握りしめている。素晴らしい素直さだ。
「つーわけでこの件は割り切ることにして、悩むな」
「わかった」

そこで俺は自分のためにコーヒーを、芦屋のために白湯をカップにつぐ。
「眠れないって言うから恋の悩みかと思ったぞ」と声をかけると軽くむせた。
「そ、そんな、恋だなんて、贅沢言えません!」だとさ。

小半時時間をつぶして教室に帰る芦屋を見送りつつ、声をかける。
「食いもんの消費期限も大事だが、お前さんの恋とやらの賞味期限にも気をつけるんだぞ」
「え、そんなのあるんですか」
「ある。ま、味が変わってからの方が好きだって向きもあるけどな」
「何か日本語難しい」
「ま、宿題だな」

首をかしげつつ行く様子は後ろから見ていてもなかなか面白い。本当に、芦屋は当初の予想以上に刺激的な存在になってきている。
もしかしたら、ぐずぐずしているうちに賞味期限切れになってしまいそうなアイツの恋のお相手よりも、相談に乗っているはずの俺の方が美味しい部分を味わっているのかも、とちょっと思ったりするのだ。
リスキーな秘密の代償としては悪くない、と、二つのコップを片付けながら。

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