物書きさんに20のお題・黄

15:「大嫌い


新緑の季節には、桜も若葉が出そろい、楓の若葉と共にその明るい色は常緑樹の深い緑と好ましいコントラストをなす。
それは目も心も守り癒してくれるような風景だ。
だが同時に毛虫が大発生する季節でもある。そんなわけで、過去さんざん毛虫の恐怖を味わった2・3年生たちはこの時季、木々の真下を避けて移動しているのだが、そんなことに全く気がついていないのが大半の一年生と昨秋転校してきた芦屋だった。
日焼けを神経質に避ける中央でさえ木の下に入らないということに、ちょっとアンテナを張り巡らせば気づきそうなものだが、同伴者がいればお喋りに熱中し、ひとりで歩けば考え事に気を取られ、そうでなくても木々の緑の美しさに見とれてしまう瑞稀は、この中間テスト初日の帰り道も、なんのためらいもなく桜の木の下を歩いていた。

そして案の定それはやって来るのだ。

桜の木の下を通るとき、ぱさりと頭上の枝がかすかに鳴って、何かが上から降ってきた気配に肩に手をやろうとする直前、すべてを見ていた中津が制止する。
「ちょう待ち!動いたらアカン」
そして器用に指で瑞稀の肩口に止まったものをはじく。
「気ぃつけんと、肩のとこでつぶしたらイヤやろ?手で触って刺されるかもしれんし」とはじき飛ばされて地上に落下したものを示す。
そこに、突然の状況変化に対応すべく、なんとか頭をもたげて左右を見回すように動く一匹の毛虫を発見した芦屋は、しばし固まった後、超音波級の悲鳴を上げて走り去った。さすが校内一の俊足、ぴゅんという効果音が似合いそうな勢いだ。

あっけにとられて立ちつくす中津に、少し後方を歩いていた佐野が問う。
「なんだいまのすごい騒音」
「やぁその、瑞稀の肩に毛虫が落ちてきたから取ったってんけど…」
珍しく一瞬目を丸くした佐野は、可笑しそうに言う。
「アイツ虫が大嫌いだからな。その割には不用心だとは思っていたけれど、そうか、本当に落ちてきたか」
「瑞稀去年の今頃おれへんかったから、木の下は毛虫多いこと知らんかったんやな…。オレ、アメリカ育ちは毛虫も気にせえへんねんな、て誤解してたわ」
「たしかにどっちかというと虫でも何でも平気そうなタイプに見えるよな」
「やろ?そんで、虫嫌いて、毛虫芋虫のたぐいだけなんやろか?」
「いや、なんでもバッタもトンボも、アリすらダメらしいぞ」
「意外やなあ」
「たしかに」

瑞稀の話題はそこで終わって、あとは今日のテストの首尾について、前後を歩いていた野江や関目らととも少し話しているうちに寮に着く。

「仕方ない、気付け薬でも持っていくか」と自販機でジュースを買う佐野と別れて、中津はひとり思う。
瑞稀は自分にはいつも好きな物の話しかしない。その口から「大嫌い」という言葉が発せられるのを聞いたことは一度もない。
嫌いなものの話だけではなく、きっと佐野しか知らない瑞稀は沢山ある。
同室だからそれは仕方がないが、こうしてあらためて突きつけられると、それはそれで複雑なものがあるのだ。

…オレなんでヤキモチ焼いてんねやろ。

ふと浮かんだヤキモチという単語を打ち消すべく、腕で大きく宙を掻くと、そのままノックもせずにドアを開け、先に帰り着いていた萱島に眉をひそめられる中津なのだった。

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