物書きさんに20のお題・黄

13:「グレープフルーツ


第2寮の新寮長・中央が、他の寮長とのミーティングを終えて寮に帰ったのは、部活のない連中はとっくに帰っているが、運動部の奴らが帰るにはまだ早いという、中途半端な時間だった。
今週末にはいよいよ新入生たちが寮にやってくる。歓迎会の内容もその日の特別メニューも決まり、準備は万端なつもり。後日他寮と比較されてハズレだったと思われるのは悔しいから、さっき聞き出した他寮での歓迎会の内容をもう一度部屋でゆっくりチェックしたい。
今年はダンパのような大きな行事もないから、とうっかり引き受けた寮長だが、受験勉強との両立は結構厳しめかもしれない、と改めて思う。もちろん、難波先輩の後任という地位を他の誰かに譲ることなんかしないけれど。
自室に向かいがてら、準備し残したことは無いかチェックしながら食堂に遠回りの寄り道をしよう。

がらんとした食堂の隅の自販前には萱島がいて、何やら手招きをしている。
「ちょうどいいところに来た。中央、これ間違って買ったから、飲んでくれ」
手渡されたのはグレープフルーツジュース。
「もちろんおごり」とあまり抑揚のない調子でいうと、「お先」と行ってしまった。
「サンキュ」と慌てて声をかけると、振り向かずに手だけ挙げた。

たぶんそれは遠回しなねぎらいだ。萱島らしい。気遣いに感謝しつつ、休憩せよとの進言と受け取るべきだろう。そう思った中央はテーブルの端に座って、ジュースを開ける。
そのかすかな香りに呼び起こされる、なつかしい断片。


初めて寮に来た日、ひとりで寮の中を探検してみた。自販機の場所は知らされていたが、中味もチェックしようと、すべての自販機を見て回ったのだ。
最後に食堂の隅の自販機まで来た時、どうせなら一本買って部屋に持ち帰ろうと思いついた。
どれにしようかと見ると、右端に「?」と書かれたボタンがあった。それだけ他より10円安い。どうやら何が出るかはお楽しみ、と言う趣向のようだ。
しばらく迷ったが、運試しとばかりにそのボタンを押すと、グレープフルーツジュースが転がり出てきた。
よりによって、一番苦手なこれか。
缶を片手に、よほど途方に暮れた顔をしていたのだろう。いぶかしげに近づいてきたその人は、僕の顔と缶を見比べると
「あれ?お前それ苦手?」と聞き、頷ずこうかと迷っている段階で早くも
「じゃーもらった!埋め合わせは後日!」と、缶をつかむと、まぶしいとしか言いようのない笑顔で手を振ると、駆け足で行ってしまった。
あれが、難波先輩とのファーストコンタクト。


――ああ、先輩、僕も少しは大人になったと思いますよ。グレープフルーツの苦みも嫌いじゃない程度には。
飲み干した缶は美しく放物線を描き、ゴミ箱にダイブした。

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