物書きさんに20のお題・黄
12:「常夏」
「ああっもう常夏の島とか行ってそのまま帰ってきたくない」
205号室の暖房が故障した。両隣の部屋では何の異常もないことを思えば、この部屋にある機械だけが壊れているのだろう。とにかく、昨日、それが単なる不調ではなくはっきりと故障だと確信して連絡してから、まず寮長が現状を確認にやってきて、次いで管理人がやってきた。更に今日になって、寮担当の学園の事務員がやってきて、なぜか教頭もやってきた。こういう時、自分の部屋が自分のものでもなんでもないことを改めて感じさせられる。
肝心の修理の業者が来るのは明後日だそうだ。つまり、最速でもそれまでこの部屋に暖房は入らない。
そして、ありがちだが、このタイミングで今冬最大の大寒波がやって来ているのだ。
近隣の部屋からは大量のタオルケットの差し入れがあった。たいへん助かる。少し後がこわいことを除いて。
はじめ、
「こういう時は熱めのお風呂だよね」とはりきっていた芦屋だが、熱くしすぎて入れなかったらしく、
「佐野は熱くても大丈夫?なら先に入って。そんで、上がる時に、もうちょっとだけぬるいのを入れておいてくれると嬉しいな」と俺に声をかけると、
「すっごくいいこと思いついた!」と自販で大量に缶紅茶を買い、布団の中につっこみ、結局そのあと中津に誘われて隣室のコタツで宿題をしているのだ。
なんというか、つくづく賑やかな奴だ。
お言葉に甘えて、ゆっくり風呂に入ったあと、スポーツドリンクを飲んでいたら芦屋が戻ってきた。
「寒くない?」
「風呂上がりだからな」
「やっぱりお風呂が最強だね。じゃ、次おれ行って来まーす」
宣言だけして、動きを止めると、冒頭のセリフを脈絡なく口にしたのだ。
「いや、ちゃんと無事に帰ってくるんだ。待ってるから」
なんでそんな言葉が出てきたのか自分でもさっぱりわからない。むしろ口から出終わった瞬間一番驚いていたのは俺だ。
でも同じぐらい驚いていた芦屋はすぐにこれ以上ないほど嬉しそうな笑顔を残してバスルームに消えていった。
よく、わかった。たとえ暖房が無くっても、常夏はとても無理でも、あの笑顔があればこの部屋はとりあえずあたたかいのだ。