物書きさんに20のお題・黄

05:「夜逃げ


グラウンドと寮のちょうど中間地点にあった蕎麦屋が突然閉店してしまったのは芦屋が来て5ヶ月めだった。

こぢんまりとした店だったが、桜咲生にはいつも大盛りサービスをしてくれるのと、そばも値段の割にはかなり旨いが丼ものメニューが充実しているのとで、運動部を中心にその店を贔屓にしているものは多く、その閉店の報は学内にあっという間に広がった。

第一報の翌日の夕食、情報通の野江がいつものメンバーにかいつまんだ報告をし、関目が中心になって適度につっこみ、この事件の概要が皆に知られることになった。曰く、その閉店はいわゆる夜逃げで、店長夫妻の行方は杳として知れないこと。年が明けた頃から店長及び奥さんの表情が暗かったこと。ついでに二人はずいぶん歳の差があるようだったこと。

事情を詮索しても意味はなく、皆はただ、良い店が一軒失われたことを嘆き、店長夫妻の息災を祈るばかりだった。


部屋に帰った芦屋のため息を佐野は聞き逃さなかった。
「どうした?」
「蕎麦屋のこと」
「お前行ったことあったっけ?」
「無いからよけいに惜しくって!」
「…まあそんなもんだろうな」

しかしそれからの展開は佐野の想像を超えたものだった。

「でも夜逃げって何かロマンチックかも」
「はあ?」

よりによってロマンチック、は無いんじゃないか。こういうのって女だからなのか?それともアメリカ育ちだからなのか?何というかこのずれ具合は。
正直関わりたくない気もするが、好奇心が勝ってしまった。
「夜逃げのどのへんがロマンチックか説明してもらおうか」

で、いくつかの質疑応答を経て判明したのは。

芦屋の中での「夜逃げ」は限りなく駆け落ちに近い、と言う事実。
どうも「夜」という文字に必要以上のロマンを嗅ぎ取ってしまったらしい。

「好きな人にこっそり会いに行くのが夜ばいなんだったら、似たような感じかと思うだろ」

いや、夜ばいの意味も正確に把握していないぞ、それじゃ。といって正しく説明する元気というか根性はないけれど。
とりあえず、わかりやすい矛盾点を突くのにとどめておく。

「だいたいちゃんとした夫婦なのにどうして今更駆け落ちもどきなんだよ」
「あ、そうか。……でももしかしたら本当は周囲に認められていなくて逃避行中だったとか。で見つかったから連れ戻されないようにまた逃げる、とか」

…それなんて昭和のメロドラマ?

こいつがどこか微妙にヘンなのは、やっぱりアメリカ育ちゆえの日本語力とかの問題ではなくて、まさにこいつが芦屋瑞稀であることによるのだ、と今更のように確信した佐野なのだった。

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