フリスビー刑事ティムカ編・第1話
 「天才鮪師(しびし)少年」


○七聖警察署・捜査課(朝)

係長デスクで旅行のパンフレットを食い入るように見ているオリヴィエ係長。
デスクに置かれたハーブティーを反射的に飲むや否やハデに吹き出すのだ。
オリヴィエ 「マッズッ!!」
ハーブティーを配っていたランディの手が止まって――
ランディ 「そんなハズは…だってリュミエール先輩の指示通りに入れたんですよ」
オスカー 「どうやら失敗の原因はこれみたいだぜ、フリスビー」
と、棚の上の砂時計を取り上げる。
ひっくり返すと、砂が目詰まりしているのだ。
オスカー 「これじゃタイムオーバーだな。恋もハーブティーもタイミング良くいい温度で始めないと痛い目を見ることになる」
オリヴィエ 「ったく、ドジ以外何にもできないんだからっ!」
ランディ 「すみません…」
オスカー 「こんなことならハーブティーを入れた後でリュミエールには休暇に出てもらえばよかったな」
オリヴィエ 「ダメダメ。リュミちゃんのことだからここへ来たら最後、なーんか仕事見つけちゃうタイプだもの。年中極楽トンボな誰かさんとは違ってね」
オスカー 「もっともな御意見ですな」
ランディ 「先輩、スケッチ旅行に出かけるなんて言ってましたけど今頃どの辺ですかね」
オリヴィエ
「今回は思いっきり遠出しちゃいなさいって言っといたからねぇ。いいかいフリスビー、七聖署の格言その33『仕事上手は遊び上手』、よーく覚えとくんだよ」
ランディ 「あの、どうせなら1から教えてもらいたいんですけど…」
再びパンフレットに熱中し始めるオリヴィエ、海の写真がクローズアップされて――

○走る電車の中(朝)

海岸線を走る電車のボックス席に座り、車窓を眺めているリュミエール。
網棚には少し大きめの画板がある。
通路を隔てた向いの席に、若い男が落着きなく座っている。途中駅で、女性の団体客が乗ってくると、リュックサックを大事そうに抱え、別の車両に移動していくのだ――

○海辺の駅

車掌に切符を渡すと、画板を肩から下げ歩き出すリュミエール。海からの強風で水色の髪が舞上がっている。

○海岸

リュミエール 「(海を見つめて)まずはこの辺りから始めましょうか…」
  × × ×
スケッチ中のリュミエール。首を傾げたりする仕草は女学生風である。散歩する人々も立ち止まって見ている。
少し離れた場所から見ているのは電車で向いの席にいた男だ。リュミエールが気付いた様子を示すと、男はそそくさと去ってしまうのだ。気になって追おうとするが――
オリヴィエの声
「リュミちゃん、いいこと。
 今度ばかりはあんたに染み付いてる刑事臭ーい臭いをしっかりと洗い流してから出かけんだよ! これはめったにエバらない私の係長命令。わかったね!!」
リュミエール 「…そうでした。今はただ、この風景の美しさを描きとることに集中致しましょう」
  × × ×
リュミエール 「(難しい表情で)一体どの色を重ねたら、あの光の輝きを描き出せるのでしょう…」
と、さらなる輝きが海上に現れる。
光の中から姿を見せたのは漁船団で、港へと疾走していくのだ。

○先頭の漁船の上

先端部に立っているティムカ少年。
儀式用のようなきらびやかな衣装が潮風にはためいている。
リュミエール 「『犀の角の如く』とでも言うのでしょうか…」

○海岸

船上のティムカに向って拝むような仕草をしている老婆がいる。
リュミエール 「失礼ですが、あの少年のことを御存知なのですか?」
一瞬戸惑ったものの、リュミエールの微笑みに負けて話し出す老婆。
老婆 「この町であの子を知らない者はおりますまい。ティムカは天才鮪師でな」
リュミエール 「シビシ、ですか?」
老婆

「へえ、ここらではマグロ漁師のことを『鮪師(シビシ)』と言いますのじゃ。ティムカは若いながらも天性の鮪師感を持った子でしてな。もしかしたら船玉様の子じゃないかという噂もあります。『船玉様』というのは、まあ海の神様のようなものですわなあ…」
リュミエール 「そうなのですか。遠くで顔ははっきりとは見えませんでしたが、神々しさは伝わってまいりました」
老婆
「じゃがのう旅の方。いかんせんティムカは若すぎてな。鮪師としての腕を理不尽に嫉む輩も多いのです。なのでこうして船玉様の加護を祈らずにはおられんのです」
と、再び手を合わせるのだ。
リュミエール 「お優しいのですね…」
と、表情が自然と引き締まるのだ。

○港(夕)

灯りが点き始める。のれんを出し始める店もいくつかある。
『金魚屋』という看板の店に入っていくのは例の電車の男だ。

○居酒屋『金魚屋』・中(夕)

カウンターしかない小さな店。
丁度金魚鉢が置いてある席につく電車の男。だが金魚鉢の中にはビー玉しか入ってはいない。
品定めをするように客を見ている店主のアル。
アル 「いらっしゃい、何飲みます?」
電車の男 「…ビールを。あの、俺、ボルグの兄貴の紹介で…」
アル 「ひょっとして、あんた板前さんなのかい?」
電車の男 「そうです! アギオって言います」
そこへドッと乱入して来る若い漁師達。
アル 「(大声で)いらっしゃい!…ま、とりあえず飲んでてくんな、アギオさん」
と、酒の用意を手際よく始めるのだ。
  × × ×
アル 「(騒ぐ漁師達に)その様子じゃ今日も大漁パーティってとこかい?」
漁師A
「(かなり酔って)そーなんだよ、アル! ティムカってーのはおっそろしーくれえだよ。鮪の気持をまるでお見通しなんだ、ピタッピタッと位置を当てちまう!」
漁師B
「『船玉様の子』だなんて言われてっけど、なーんかマジっぽいよなあ。だってアイツ、浜に流れついたのを船主のじーさんが拾ってやったんだろ?」
漁師C
「なにバカなこと言ってやがる、たまたまだよ。まあ船玉様は女の神さんだから、イケメン好きなんだろーよ。だから今度は俺の船が大漁にしてやっから見てな」
漁師D 「その面でよく言えるわ、全く」
ドッと笑い声が上がる。
アギオは黙々と飲み続けている。壁に貼られた船玉様の絵は女の姿で、船の先端から飛び立とうとしている。

○安ホテルの食堂(夕)

ホテルのキーを手にしたリュミエールがテーブルにつく。
店員 「(コップの水をがさつに置き)何にしますか?」
リュミエール 「紅茶をストレートで」
店員 「ストレートって?」
リュミエール 「…ストレートというのはレモンもミルクも入れないで下さればよろしいのですが」
店員 「はい、わかりました」
と、去っていく。
最奥のテーブルに眼鏡をかけたティムカが座って本を読んでいる。
リュミエール 「! 彼は確か…こうして見ると普通の少年に見えるのですね…」
  × × ×
出された紅茶を飲みかけ、あまりのまずさに顔をしかめるリュミエール。
それを見てティムカが笑っている。
ティムカに笑われて恥ずかしげに頬を染めるリュミエール。すると席を立ったティムカが近付いてくる。
ティムカ 「大きな声じゃ言えませんけど、ここは紅茶もコーヒーもほめられたものじゃありません。僕はだからいつもバナナジュースしか頼まないんです、あはっ」
リュミエール 「…そうなのですか。もう少し早くお聞きしておけばよかったですね」 
ティムカ 「もしよかったら、明日にでも僕がとびっきり美味しいコーヒーデザートをごちそうしますよ」
リュミエール 「それはうれしいお申し出ですね。申し遅れましたが、私はリュミエールと言います。こちらには初めて参りましたので何分よろしくお願いしますね」
ティムカ 「僕はティムカって言います」
リュミエール 「『鮪師』をなさっているんですよね。実は今日の昼間、あなたの船を偶然見たのですよ」
ティムカ
「(一瞬だけ顔を曇らせるが)そうだったんですか。それじゃあコーヒーデザートじゃなくてお刺身をごちそうしなきゃダメですね、僕」
リュミエール 「いえめっそうもない。かえってどのようなコーヒーデザートなのか、想像がかき立てられますよ」
窓から潮風が吹き込んでリュミエールの髪をなびかせる。  
ティムカ 「あなたはまるで…『船玉様』のような方ですね」
リュミエール 「えっ?」
ティムカ 「いえ、何でもありません」

○同・表(夜)

ティムカを見送りに出て来るリュミエール。
ティムカ 「じゃあ明日の3時、船でお待ちしていますね」
車の陰からティムカを狙っている銃口がクローズアップされて――
(つづく)

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