銀の樹銀の葉銀の花


 7


女王や教団長が公休日を取ることもすっかり日常の一環だ。また、ルネが公休日に悲願の里帰りを果たしたことを嚆矢に、教団長が大きな教会へ出張することも公務の中に組み入れらることになった。
同時に円卓会議は女王の行幸について、各地の情報を収集している。初めは女王が大陸をざっと一周する事を考えていたが、復興の状況などを見ながら、それぞれの都市への単発の訪問という形式を取ることになりそうだった。
そんな中、教団長と財団新理事との定期会談が実現したのは、女王の「そういえば以前レインが教団長と知識の突き合わせをしたいって言ってたことがあったわ」というひとことがきっかけだった。
定期会談という体裁を取ることで財団と教団の友好関係をアピールすることが可能だし、何より個人的にアンジェリークを知る者同士の会話ができるのがちょっと楽しみで、計画は最優先事項として推進された。

記念すべき第1回目に出席すべく、オートモービルを自ら運転してやってきた新理事は、財団理事としては一日だが、個人的な友人として更に二日ほど滞在するつもりだと宣言した。もちろん異論はない。
レインは会場たる会議室に向かう道すがら、通りかかったあらゆる場所で、どこにどんなアーティファクトを導入すれば、どんな風に便利になるかを説明した。
「友人を招いたつもりだったのに、凄腕のセールスマンが来てしまったってこと?」
と皮肉めいた口調でルネが言っても、いっこうに意に介さない。
「教団のような組織が、修行って言う観点から不便さを尊ぶ傾向があるのは一応理解できる。けれど、巡礼者がドラマティックに増えている以上、セキュリティだけでも強化するべきだし、高齢者や子どもや女性に対する配慮という名目でアーティファクトを導入するのは教団にとってもマイナスにはならないはずだ。っていうか、ストレートに言うと、アーティファクトが教団でも抵抗なく使ってもらえるようなものであると認識させることが、これまでの財団のダーティなイメージを払拭するのにとびきり有効なんだ。だからそういう意味でも協力し合えたらって思うのさ。もちろんこちらはアーティファクトを無償提供する。どうだろう?」
「ボクの一存じゃ決められないけど、あまり見通しは明るくないね」
「まあ、定期会談って事は定期的にここに来るんだから、スローアンドステディでゆっくりがんばるさ」
「健闘を祈る、って一応言っておくよ」

会議室には既にベルナールがいた。教団にとっても財団にとっても、この会談は報道されることが大切なのだ。
「なんか気がついたらすっかりご用記者になってしまっていてね」と苦笑を浮かべ、大陸のあちこちの最新ニュースを雑談に織り交ぜながら写真をたくさん撮り、簡単なインタビューをしたあと、
「じゃ、また今度ゆっくり」と片手をひらひらさせて退出していった。
「慌ただしいな」
「記者って人種とはこれまであまりつきあいがなかったけれど、わりと面白いよね」
「残念ながらベルナールは特上の部類で、皆あんな風だと思ったらがっかりすることになるぜ」
「そうなんだ」
記者がいなくなると、それぞれの関係者も部屋を出て、二人きりになる。友好関係に焦点が置かれているので、これからも定期的に顔を合わせることだけが会談の決定事項だ。
肝心の知識の照らし合わせについては、とりあえずダメ元でレインは閲覧希望の資料のリストを教団に前もって提出しておいたのだが、本日テーブルにはリストのそれぞれについて、その在処を記した目録があった。ところどころ空欄があるものについては、教団として公開できないもので、それについてはルネが簡単に公開できない理由かまたはその内容の概要を説明した。さらに在処のわかるものについては翌日以降教団員をひとり随行させることを条件に、閲覧を許された。
「サンキュ」レインは予想以上の収穫にたいへん満足そうだ。
「こっちもアーティファクトの説明ならいくらでもするんだが」
「ごめん、正直あんまり関心無いんだ。ここで生活する上には無くても困らない知識だし。ただでさえいつ使うのかわからない情報を溜め込んでいるって言うのに」
「その情報をちゃんと保存するためのアーティファクトを提案したいところだな。今までの方法はリスクが大きすぎて、散逸した情報があってもそのこと自体がわからない有様じゃないか」
「まあ、ボクの後継者に意に沿わず新しい教団長になる子どもが出現しないためにはそれも悪くないかも知れない。でもそれはボクからは提案できないんだ。立場上ね。女王からの提案ならあるいは実現するかも知れない」
「そうか…なんか面倒な話だな」
「まったく」
第一回だから、ここまでで本筋の話は十分進行している、と両名が感じたころ、女王からの差し入れと称して大量に甘いものがテーブルに並べられた。雑談というか談笑タイムの始まりだ。
もちろんルネはこの機に乗じて、最大の関心事について細かく探りを入れるのだ。

「わからないんだよね。ボクはアンジェリークは女王にならないって思ってたんだけど」テーブルに片肘をついて、いかにも今思い浮かべた独り言のようにルネが言う。
「オレもだ」アップルパイをほおばって口をむぐむぐさせながらレインが答える。
「じゃあ、どうして?」
「そんなのわかるわけ無い。ついでに、いくら詮索しても、もはやミーニングレスじゃないか」
「だってさ。少なくともボクは納得していないんだよ。…最後に星の舟に乗ったときとかどうだったの、あの二人」
レインは無言でミントティーにジャムを山盛りつっこんでぐるぐるかき混ぜる。
「どうって言われても、フツーとしか言えないな」

もちろんその回答に不満なルネはたたみ込む。
「じゃ、その前は?」
お茶を一口飲み、ジャムを入れすぎた、とちょっと顔をしかめたレインは、
「オレに聞かれても困る。装置のことがわかって以来オレ自身忙しくしていたし、正直どっちとも顔を合わせづらかったし。あの二人がぎくしゃくし始めた原因に装置があるということはたぶん間違いない。そういう意味ではこの結果にオレも何か責任があるのかもしれない。だが、だからといって現時点でオレが介入できる要素はない」

だから科学者は嫌いなんだ、とルネは思う。知りたいのは「正しい答」というわけではないのに。
ベリーのタルトレットをつまんで、レインが話題を変える。
「で、あいつは…アンジェリークの様子はどうなんだ?」
「女官たちと仲良くやっているようだよ。急な境遇の変化にまだ少し戸惑っている感じはあるな。教団としても、ご多忙な女王様のお気持ちを慰める方法をいろいろ模索中。今後もご学友や昔のお仲間を招待するだろうし。もちろんキミもこのあと会うんだよ」
「ああ。しかしあいつは必要以上に我慢強いから心配だな」
「まあね。期待の聖騎士はなんだか役に立たないし」ルネはどうしても元の路線に戻したい。
「仕方ないよな。これまでの経緯が経緯だし」
「そう、まさしく敬意の問題なんだ、ボクが思うに」
「敬意か。一時はそんなもんクソ食らえって感じだったのにな。ヒュウガってこんなヤツだったのかとびっくりするほど」
「え、ちょっとそれ詳しく」
「詳しく言えるほど知らないし、憶測でものを言うのもどうかと思う」
糸口をつかみかけたと思ったのにあっさりかわされてしまい、ルネは不満をつい顔に出す。

「あのさ」レインはためいきをついて、椅子を引いて座り直し、テーブルの上に組んだ手の上に顎をのせて言う。
「?」
「なんかお前勘違いしてないか?お前が思っているほど、アンジェリークはかわいそうじゃないと思うぜ」
「え?」
「だから、アンジェリークが女王をしているのと、オレが財団理事をしているのと、お前が教団長をしているのは全部同じようなものだと思うんだ」
「同じ?」
「そう。お前は違うのかもしれないが、オレには財団理事にならない選択も一応あった。でも、選ばなかった。選ばないと夢見が悪そうだったからな。あいつも同じようなものじゃないかって、ちょっと思っている」

ルネにしても、教団長になったいきさつはともかく、もう女王が決まったのだから、教団長がその特別の力を使う場面はほとんど無い、つまり、ルネにも教団長を辞する選択肢は一応あるのだ、とレインは説明する。でも、ルネにはそれを選ぶことはおろか、そんな選択肢が存在するという発想自体無かった。

「ちゃんと自分で選んだ結論だってことか…」
「たぶん。だってあいつはそういうヤツだろう?」

「理解はできるけど納得しにくいな」
「かもな」

ルネが次の仕事のために部屋から出て行く刻限がせまっていた。レインはこのあともこの部屋で先刻教団員に持ってこさせた教団の蔵書目録を調べることになっている。

「とりあえずあいつが気持ちよく女王でいられるように、協力しよう。よろしくな、教団長閣下」と立ち上がったレインは手を差し出す。
「こちらこそ、財団理事殿」手を差し出す代わりに深々と一礼して見せたルネに、レインは苦笑を浮かべていた。

自らの執務室に向かいつつ、ルネは考える。彼女が主体的に選び取ったという発想が欠落していたのはどうしてだろう。自分がそうだったから、彼女も同じ。この世でお互いだけが真にわかり合えるのだという幻想に知らぬ間にとらわれてしまっていたのか。彼女の心がほんとうはどこにあるかはわからないが、自分の上にあるわけではない事だけは知っているというのに。
そう、確かに彼女は不幸そうではない。…彼の方はともかく。


その日の夜、財団理事長を招いた夕食会(女王がこのネーミングにこだわった)も無事に済み、各自が部屋に戻ったあとのこと。聖騎士の部屋に騎士団長がノックと同時になだれ込んだ。
「どうしよう、ヒュウガ、俺、今度の休みに見合いするらしいんだ」
困った様子と同時にそこはかとなく嬉しそうなのは気のせいではないと思う。とりあえずテーブルにグラスを二つ並べ、レインの土産の果実酒をすすめる。
「えらく急な話だな。実家で何かあったのか」
「いや、さっきルネ様に『次のお休みはお見合いだからがんばってね』って。何をがんばるんだそもそも」
とグラスの中味を半分ほど消費する。
「…何もかもルネ様が手配したのならルネ様に訊け」というと、初めて思いついたという様子で
「確かにそうだな」
と、ぽんと手を打ったディオンは、ある可能性に思い当たってしまい、不安そうに確認する。
「自分で企画した計画を自分でぶち壊したりしないよな、いくらルネ様でも」
「普通は」
と答えたヒュウガは、あのルネ様だから保証はできん、と思ったことは黙っていた。

酒の勢いも手伝ってか話題はあちこちに迷走し、2度目のおかわりが空になる頃ディオンは言う。
「そうそう何を着よう?なんかよくわからないけど、銀樹騎士のディオンじゃなくてサンテーヌのディオンとして会うんだって。でも俺正装って制服以外持ってないよ」
「正装か。サキア様式でよければ貸すが」
「そ、それはたぶんダメだろうなあ。…ちょっとアーサーに借りに行ってくる」とがばりと立ち上がったので
「もう今夜は遅い。明日だ」と釘を刺すと
「わかった。じゃ、おやすみ」と素直に返事して去っていった。

サンテーヌのディオンか。ということはルネ様は騎士団の解散も視野に入れているのかも知れない。
騎士団に復帰して気になった事のひとつが、教団長の言動が明らかにシニカルなものになっていることだ。教団の今後についてもかなりの迷いを感じているように見える。そう考えたヒュウガは、一度ルネときちんと話をした方が良いかもしれないと思ったが、いったいどのように話の糸口をつかめばよいのかがわからず、考え込むのだった。


   

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