銀の樹銀の葉銀の花


  3


さすがに最後の決戦は大変だったようで、興奮冷めやらぬ状態だった帰還当日こそ、挨拶に来たルネや女官ともそれなりに受け答えしていたアンジェリークも、それから1日半死んだように眠り続け、3日目に予定していた教団主催のオーブハンター慰労ディナーは一日延期することになってしまった。

他のオーブハンターたちもほぼ同様だ。ジェイドですら、いつもより長めのスリープ状態に入っていたのだ。

聖都から出ていた二人組は空が青みを帯び始める頃に連れだってよたよたと聖都に戻った。ヒュウガはせっかく用意された聖騎士の私室ではなく、騎士団の宿舎で一番入り口に近い4人部屋―緊急時に備えて原則空室となっている―の空いていた寝台に倒れ込み、そのまま深夜まで目をさますことはなかった。
ヒュウガ以上に足もとの怪しかったディオンは、それでも騎士団に戻るとすぐ、休暇届をかろうじて判読できるか否かの金釘流で書き殴り、本部の事務机に載せてからふらふらとヒュウガを追い、盛大にずれて何の用もなさなくなってしまっていたブランケットを意識不明で倒れている風情のヒュウガにかけ直すと、自分も同じ部屋のもうひとつの寝台にもぐり込んだのだった。起床時間が来て、部屋の巡回に来た新米の騎士たちが二人の扱いにひどく困ったというのはまた別の話だ。


陽だまり邸の主は当初オーブハンター一行の中でも最も衰弱が激しいように見えたが、4日目の朝、教団長が直々に見舞いに訪れたときにはすっかり服装を整え居住まいを正していた。教団員たちはその回復力に驚嘆した。
ともあれ、通常の行動が可能ならばと、その午後は教団側代表者がニクスと相談することになった。女王の私物の移動について、ほか、実務的な調整について、彼を抜きには進められないとの判断だ。


午後、ルネが約束の時間に訪れると、ニクスはお茶の用意をして待ちかまえていた。ここは聖都で、ニクスは客人のはずなのだが。どこにいてもその場所の主になってしまう人間がいるとしたら、ニクスのような者だろう。

「教団長と最も近しい方がわざわざ話し合いに来てくださったのですね」と嬉しそうにお茶を勧める。

”最も近しい”――どうだろう、この卒の無さ。ルネが教団長だと知っているともいないとも取れる言い回し。端から完敗した気分になる。

彼は更に続ける。
「どんなことでもご協力いたしましょう。ただ、私どもの陽だまり邸にある女王陛下の部屋をそのままにしておくことを許しては頂けませんか?女王の仕事にお休みがあるのかは存じ上げませんが、帰る場所がある、という事実が大切だと思うのです」

「わかりました。教団としては何ら反対する謂われはありません。それでは陛下に直接お聞きして、とくに大切なものだけこちらに運ばせる事にしましょう。…考えてみましたら、陛下は一度学院の寄宿舎からそちらのお邸に移ってらっしゃいますが、その時はどうなさったのですか?」
「陛下の私物は驚くほど少なかったので、かばん一つでいらっしゃって、部屋にあるものについては私がほとんどを用意させました。ああ、もちろん、私には若いお嬢さんに何が必要なのかはわかりませんでしたから、店任せでね」
「それなら今回と状況は同じようなものですね。了解いたしました」

そのあと、女王の就任の儀式のいくつかにオーブハンターたちも臨席して欲しいこと、及びその際の段取りについてなど、いくつかのことを打ち合わせたあと、ニクスが言った。
「ああ、ルネさん。以前のお食事会の時言ったでしょう。あなたもまた、私たちの仲間であると。そう堅苦しい物言いをしなくても良いのですよ」

仲間、という言葉は自分でも驚くほどルネの心をくすぐる。メインの用は案外簡単に済み、ニクスからはありがたい申し出があった。それならお言葉に甘えてしまうのもアリだよね、だいたい別に正体知られてようがどうでもいいか、とやっと思うことができたルネは、
「ありがとう。もうだいたい用事は済んだんだけれど、ちょっとだけ時間があるから、いろいろお話を聞いてもいい?」
と特上の笑顔を見せた。そして、ちょっとした談笑という名目で探りを入れる。
もちろん関心事はアンジェリークとヒュウガのことについてだ。

だが、敵は思った以上に手強く、遠回しにほのめかしても知らぬ振りを決め込む。
世間話に花を咲かせ、彼女のオーブハンター時代の逸話をいくつも仕入れることはできても、肝心の点についてはなんの情報も得られない。
あろうことにかやんわり釘まで刺された。二人の問題に首をつっこむのはきわめて野暮な行為だと。もちろんそんな直截な言い方ではないが、結局そういいたいのであろう事はよくわかった。


「ところで、女王就任の折には聖騎士の叙任式もなさるのですか?」
「いや、予定していないけれど。でも確かにそういえば正式な叙任式はまだしていなかったな。…そうだね、一緒にしてしまえばいいって教団長に進言してみるよ」
「女王の就任と同時に、聖騎士も叙任されるとは二重におめでたいではありませんか。ああ、そういえば、聖騎士も他の銀樹騎士と服装は同じなのですか?特別な存在だというのに」

「…それってあらたに聖騎士専用の衣装を整える、ということ?」
「もっとも本人はたいそう嫌がることでしょうね。目立つことは苦手だと再三こぼしていましたから」
「確かにね。でもそれだけに面白いな」

…決めた。大急ぎで衣装を作らせて、式典当日にはその聖騎士の装束をヒュウガに無理矢理着せよう。どうせならアンジェリークの新しいドレスに色調を合わせて。その方が見栄えするだろうし、人々の印象にもしっかり残るに違いない。――まるで新郎新婦のようだと。

その想像が面白くて、ルネは思わず口端をほころばす。
向かいに座ったニクスはそれについて全く言及せず、にこやかにお茶のおかわりを問うのだった。


   

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