銀の樹銀の葉銀の花


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銀の大樹の根元が光った気がして、ちょうど教団関係者を集めて指示をしているところだったルネが急いで駆けつけると、星の舟に乗って行ってしまったはずのオーブハンターたちが大樹の根方で呆然と立ちつくしていた。


もちろん予想できた事態だったので、予定通りに口上を述べたルネに、「ルネさん」とアンジェリークは声を掛けた。

なんと言うことだ。
まあ、正直、口上の最中、アンジェリークと目が合って、安心したような表情を向けられてどぎまぎした挙げ句、うっかり「キミ」なんて口走ってしまったのはルネの方が先だとは認める。けれど、今は教団長として信者を率い、あまつさえ仮面までつけているというのに、少しはこっちの立場も考えて欲しいものだ、とルネは心の中で高速で考えを巡らすが、はたしてどんな返事をしたものやら。

幸いというかなんというか、その場にいた教団の者たちはもちろん、オーブハンターたちもその事について全く言及しない。現状を把握するので精一杯なのだろう。それはこの異常事態の中、当然とも思えた。
なおも考えを巡らす中、女王が誕生すれば、教団長が若すぎると苦情を申し立てる輩も出ないだろうから、自分が教団長その人だとこれを機に公表するのもアリかも知れないとの案がルネの脳裏をよぎったが、結局この場で何かを始めることはなかった。

教団長に続いて財団理事もいささか敬意に欠けた挨拶をする。

天空よりの帰還者たちはすべてが大団円に帰着した事を理解したようだ。
帰った者も迎える側も皆それぞれに喜び合い、予想通り、ヒュウガは騎士団復帰を表明した。

すべてがあるべき方向に流れていったようだった。



今はただ身体を休めていただきたい、十分な休息のあと再び皆で集まり今後のことを相談しよう、とルネが宣言し、教団員たちは天空からの帰還者たちを、あらかじめ決めてあったとおりに、それぞれの場所に誘導する。


アンジェリークは、できたばかりの女王宮の奥にある女王の部屋に。急ぎ整えられた私室と、新しい女官が彼女の意にかなうものであればよいのだが、と自ら先導を務めるルネが、目を合わすことなくつぶやくように言った。
「嬉しいに決まってます」と実物を見るより先に答えた女王は、豪華さと可愛さの妥協点を必死で探った感のある私室に到着すると、改めて心からの礼を言った。部屋に控えていた女官は挨拶だけすると速やかに辞した。ルネとアンジェリークは少し言葉を交わす。

「お疲れ様。正直言って、キミが天空に行ってしまったままにならなくて、本当に嬉しいよ」
「私も皆様と同じ地上にいられて嬉しいです。ルネさんにはいろいろ準備していただいていたようで、驚きました」
「ふふ、教団の力も結構たいしたものだろう?」
「ええ、本当に」

「いろいろ聞きたいことも話したいこともあるけれど、キミは自分が思っている以上に疲れているよ。だから、今日はここまで。
…ゆっくり休むんだよ。お休み」
「はい、おやすみなさい」
と短い挨拶で二人の久しぶりの会話は終了した。


ヒュウガは自ら騎士団本部へと向かった。
彼が騎士団に復帰することは織り込み済みで、騎士団長の私室の近くに聖騎士の私室も準備されている。その事さえ伝えれば、勝手知ったる聖都なのだから、放っておいても大丈夫だろう。騎士団長も聖都に帰ってきている事だし。そう教団の誰もが思ったので、そのあとしばらく彼が大聖堂で長い祈りを捧げていたことを知る者はきわめて少ない。


残りは大聖堂脇の来賓棟に案内された。この配置を決めたときルネは言ったものだ。「個室に向かう前に、応接室で先客の財団理事とゆっくり談笑していて貰うのもいいかもね。そんなことが可能ならば」いや、今このタイミングなら可能性はあるかもしれない。
実際には、忙しい財団理事は、応接室であとから来た3名と形ばかりの挨拶をしてすぐに財団に戻っていった。
それでも挨拶のためわざわざ待っていただけ、十分に友好的態度だといえるだろう。

「ああ、終わったんだな」
「正直言ってちょっと予想とは違う結末でしたけれど、いい方向ですね」
「うん、アンジェが幸せそうで、良かったよ」

移動中、達成感と倦怠感の中、万感の思いを少ない言葉に表す。話したいことはたくさんあるが、疲れで適当な言葉が上手く選べない。
ニクスの衰弱ぶりを悟ったジェイドが、移動距離が今の彼にとって長すぎる、と、彼を強引に担ぎ上げて個室に運び、レインも自分に与えられた部屋に向かった。


聖都の短い昼はすぐに終わる。
女王陛下はさすがに疲れたのか、すでにお休みのようだ。オーブハンターたちもそれぞれの部屋で思い思いにくつろいでいた。


夜の空に星が一つまた一つ光り始めた。
聖都のすぐ外で、ルネからヒュウガを捕獲尋問するようにと命じられていたディオンはほとほと困り果てていた。
「首尾良くいろいろ聞き出してよ。君たち親友なんでしょ?」などと簡単に言い切ってしまわれて。
親友だからこそ訊けないことがある、ということをルネには理解して貰えなかったのだ。

まあ、とりあえず一杯やる。そこまでは決まりだ。でも、そもそも、ついに生まれた女王陛下に乾杯していいのか、この場合?と、最初の最初でもうつまずいてしまう。この調子では再会の美酒が不味くなるばかりではないか。
とにかく尋問は無しだ。こうやって二人でいつもの店に向かっている以上、捕獲には成功したのだから、それで良しとしてもらわなくては。
ああ、それにしても、「再会に」の次にはなんに乾杯するのがいちばん無難だろうか。

ディオンの苦悩のその頃、ルネは教団幹部と聖騎士の扱いについて論じ合っていた。
論点は二つだ。
まずは聖騎士は騎士団員から独立した存在にした方がよいのかどうかということ。これまで何度か聖騎士が選定されることはあったが、女王陛下の存在のない時代の聖騎士は単に騎士の名誉の称号でしかなかった。だが、今後は女王陛下が実際に聖都に在しますのだから、聖騎士は文字通り陛下の剣となり盾となりその間近に控えることになり、他の騎士団員と行動を共にすることは少なくなる。それに、現在の騎士団がヒュウガの不在を前提にようやく組み上がったものだと言うことを考えると、自ずと結論は「肯」と出るのだった。
もう一方の、聖騎士にも円卓会議での議決権を与えるかどうかについては少々議論が分かれた。
出奔前のヒュウガは円卓会議に出席することはあったものの議決権は無かった。だが、女王の最もそばに仕えるものとして、女官長に議決権を与えた以上、聖騎士にも与えるべきではないかと言うことで落ち着いたのだった。
どちらの決定も、本人はたぶん全然喜ばないだろう、と思うとちょっと面白いとルネは密かに思った。

こうして長い一日は更けていったのだ。無口な酔っぱらい二人を抱いて。


   

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