恋の合格通知(中編)


○陽だまり邸・ニクスの部屋

穏やかな表情で1冊の絵本を読んでいるニクス。
ノックの音がしてレインが入って来る。
レイン 「ニクス、キングクラーケンから奪取した冷撃オーブなんだが…(と、ニクスの手元の絵本に気づき)…珍しいもの、読んでいるんだな」
ニクス 「随分と長い間記憶の底に沈んでいたおとぎ話を、ふとしたきっかけで思い出したものですから」
と、表紙を見せる。
レイン 「『プティ・エクレール』、美味しそうな名前だな」
ニクス
「さてはレイン君、勉強疲れで脳が甘い物を欲しているのではありませんか?
 ちょうどジェイドが作り置いていってくれたエクレアがありますから、とっておきの紅茶を入れてお茶にしましょう。ヒュウガにも声を掛けて下さい」
レイン 「OK。オーブ談義はその後でやることにしよう」
と、部屋を出て行く。
ニクス 「『プティ・エクレール』…『雷姫』…なるほど、ジェイド、わかりましたよ」
と、意味深な笑みを浮かべるのだ。

○雷鳴の峠・細道

低く垂れ込める雷雲の中に時折稲妻が光っている。
その雲を見上げながらビリー・トト・アンジェリーク・ジェイドの順で登っている一行。
ビリーは古地図を広げ、トトはそれを手書きでコピーした地図に様々な記号を書き加えながら進んでいる。
ビリー 「なかなか一筋縄ではいかないようですよ、この『キャプテン・ロシュフォールの宝の地図』は」
アンジェリーク 「地図が正確じゃないの?」
トト 「うーん、そうとも言い切れませんが、省略が多いのは事実ですね」
ジェイド 「つまり、地図の持ち主と俺たちとの知恵比べってわけだね」
ビリー 「まあそうですね」
アンジェリーク 「でも出発してもう3日目よ。そろそろ手がかりくらいは見つけないと。
 幸いこれまではタナトスにも遭ってはいないけど、今後はわからないし…」
トト 「えっ? もしかしてタナトスが出て来ないのはただの偶然だったんですか? 僕はてっきりオーブハンターさん達がタナトス除けしてくれているとばかり…」
アンジェリーク 「そんな方法があるなら、私たちが教えてもらいたいくらいだわ」
ジェイド
「アンジェリークの言う通りだよ。
 だけどそう考えてみると、タナトスが出ないことと宝のありかへの道筋には何か意味があるのかもしれないね」
ビリー 「! つまり行くべき道が間違っているからタナトスの妨害がない、そういうことですか!?」
トト 「ああ、なるほど!」
アンジェリーク 「そんなことって…」
と、突然鳴り始める雷鳴。
雷雲が黒さを増し、動きも活発になっていくのだ。
トト 「やばい! 嵐になりそうだ。(と地図を指差し)この洞窟まで戻ろう!」

○洞窟の中

びしょ濡れになった身体をタオルで拭いているアンジェリークたち。
激しい落雷の音に思わずジェイドにしがみついてしまうアンジェリーク。
ジェイド 「大丈夫。ここにいれば安全だから」
ジェイドの笑顔にコクンとうなずくアンジェリーク。
ビリー 「(うらやましそうに)おいトト、エレナじゃああはいかないよな?」
トト 「そうだな。この4年間、エレナに頼られたこと一度もない気がする…」
  × × ×
外の雨風はかなりおさまっている。
2枚の地図を並べ会議をしているアンジェリークたち。
ビリー 「この3日間で、宝箱の印に比較的近しいと思える道筋は歩き尽くしたと言っていいと思うんです」
トト 「但し、それはあくまで人間が通れる道に限っていますが」
ジェイド 「そしてその道すがらタナトスには一回も出遭わなかった…」
アンジェリーク 「(表情を険しくして)ジェイドさんはやはり宝のある所にタナトスが必ずいるって思うんですか?」
ジェイド
「ああ、そうだね。タナトスは負のエネルギーに引寄せられやすい。宝箱の近くには欲望や嫉妬、執着などの負の感情が渦巻いている可能性が高いから、タナトスには格好の餌場だと思うんだ」
アンジェリーク 「…欲望、嫉妬、執着…」
と、ビリーとトトを何気なく見ると、慌て出す二人。
ビリー 「そ、そんな、ぼ、僕たちはその、男として、正々堂々と勝負をするためにここに来たわけで…なあ、トト!」
トト 「も、もちろん!」  
プッと吹き出してしまうアンジェリーク。
アンジェリーク 「わかっているわよ。(ここからは表情を引きしめ)だけどタナトスは『正々堂々』と渡り合える相手じゃないわ。
エレナさんへの想いがあるのなら、いざという時は宝をあきらめるのも選択肢の一つだと思うけど」
ビリー 「ダメです! これはサバイバルだ。あきらめた方が負けなんですから」
トト 「エレナに想いを届けるためなら、例えタナトスだろうが何だろうが、立ち向かう覚悟ですよ、僕たちは」
立上がりファイティングポーズをとるトト&ビリーを後ろからギュッと抱き締めるジェイド。
ジェイド 「いいぞ、二人とも。大切な人を守るために君たちは強くならなくちゃならない。宝を必ず手に入れると信じ続けるんだ」
アンジェリークの独白 「…何だかジェイドさんの方が宝をあきらめたくないって思ってるみたい…」

○雷鳴の峠・岩場

かなり頂上に近づいた場所で、傾斜も急になっている。
命綱に繋がれて懸命によじ登っている一行。
ビリー 「あと少しです! もうすぐ平地になりますからがんばって下さい!!」
  × × ×
ちょうど4人が座れるほどのスペースで休息しているアンジェリークたち。
双眼鏡で眼下を見回していたトトが、突然斜め前方を指差して叫ぶ。
トト 「あそこを見て! 何か洞窟の入り口のようには見えないか!?」
アンジェリーク 「ジェイドさん!」
ジェイド 「ああ俺はとびきりいい目をしているからね。…君の言う通りだ。幅1mほどの入り口があって中に入れそうだよ」
アンジェリーク 「でもどうやってあの場所まで下りればいいのかしら…」
ビリー 「お任せを。こんなこともあろうかと(と、リュックから次々部品を出し)用意してきました。御存知マイカイトです!」
ジェイド 「(目を輝かせて)まさか、俺たちの分もあるのかい?」
トト 「もちろんですよ。オーブハンターさんの分は、さらに頑丈に作ったハイパーカイトですから!」
ジェイド 「俺に組み立てさせてくれるかい?1度やってみたかったんだよ」
アンジェリークの独白 「ジェイドさんたらあんなにはしゃいで…『ハイパーカイト』なんて聞いただけで私なんか不安いっぱいなのに…でもいいわ。いざとなったらジェイドさんが何とかしてくれるわよね、うん」
    × × ×   
すっかり完成した二機のカイト。
操縦はビリーとトトが担当し、ジェイドとアンジェリークがそれぞれ隣についている。
ビリー 「目標、前方洞窟! 行くぞトト!」
トト 「了解!」
まず飛立つビリーのカイト、予想以上のジェイドの重さにバランスを失いかけるが何とか立て直す。
続いてトトのカイトが飛立った瞬間、目の前に一体のタナトスが現れる!
アンジェリーク 「キャーッ!!」
ビリー 「タッ、タナトスが!」
ジェイド
「やっぱり出たか。トト、逃げろ!
 ビリーはカイトをタナトスに近づけてくれ! 俺たちが戦っている間にアンジェを逃がすんだ!」
ビリー 「わ、わかりました!」
タナトスが長い触手を伸ばし、トトのカイトを叩き落とそうとする。
トト 「しまった!」
が間一髪のところでジェイドの投げた登山ナイフが触手に突き刺さり、難を逃れるのだ。
アンジェリーク 「ジェイドさん! このままでは危険です!」
ジェイド 「わかってる。俺たちのカイトがタナトスを引きつけている間に、君たちは先に洞窟へ下りるんだ!」
トト 「わかりました! お先に!」
アンジェリーク 「ダメよ、トト! 私がジェイドさんをアシストしなきゃとても…」
だがトトは脇目も振らずカイトを急降下させてしまう。
アンジェリーク 「ジェイドさん! ジェイドさーん!!」
トンファーを構え防戦一方のジェイド。
ついにタナトスの一撃がカイトに命中し、ビリーのカイトはクルクル回りながら洞窟とは逆方向に飛ばされてしまった。
ジェイド&ビリー 「うわーーっ!!」

○陽だまり邸・キッチン(夕)

仲良く食事の準備をしているレインとヒュウガ。
レイン 「(トマトの湯むきをしつつ)ジェイドたち、オーブ集めにしてはずい分手間取っているじゃないか」
ヒュウガ 「(みそ汁の味見をしつつ)オーブ集めは口実にすぎん。おそらくは他の目的のために難儀をしているのだろうな」
レイン 「何故そんなことがわかるんだ?」
ヒュウガ 「…ジェイドは隠し事が下手だからな。俺たちよりもずっと」
(つづく)

     

カルディナン・プレス