恋の合格通知(前編)


○陽だまり邸・アンジェリークの部屋

本を積上げ、一心不乱に調べものをしているアンジェリーク。
   アンジェリークの足下にすり寄り、一声鳴くエルヴィン。
アンジェリーク 「どうしたの、エルヴィン。 お腹すいたの?」
窓から陽射しが差し込んでいるのを見て、大きく伸びをするアンジェリーク。
アンジェリーク 「いい天気ねー」
まっ青な空。その端にカイトが浮かんでいる。
アンジェリーク 「朝からずい分がんばったし、休憩にしましょうか、エルヴィン」
嬉しそうにアンジェリークの膝に飛び乗るエルヴィン。

○同・キッチン

鼻歌を歌いながらクッキーを焼いているジェイド。
エルヴィンを抱いて入って来るアンジェリーク。
アンジェリーク 「おいしそうなにおい!」
ジェイド 「やあアンジェリーク、ちょうど君をガーデンティーパーティに招待しようと思っていたところさ」
アンジェリーク 「ガーデン?」
ジェイド
「ああ、今日はあまりに気持の良い風が吹いてる。残念ながら、ニクスたちは出かけてしまっているけれど、アンジェと二人なら素敵なパーティができると思って」
と、エルヴィンが不満げな声を上げる。
ジェイド 「ごめん、エルヴィン。もちろん君もパーティの仲間だ」
アンジェリーク 「エルヴィンたら。じゃあ私、ティーセットを運ぶのを手伝います」
ジェイド 「ああ、一緒に運ぼう」

○同・庭

芝生に大きなシートが敷かれ、ティーポットやてんこ盛りのクッキーが並べられている。
ジェイド 「クッキーの味はどうかな?」
アンジェリーク 「サクサクしていてとっても美味しいですよ。でも少し作りすぎじゃありませんか?」
ジェイド
「そうなんだ。生地をこね始めた時は、こんなにたくさんじゃなかったんだよ。
 だけどね、急にひらめいたっていうか、何だかふいのお客様が現れるんじゃないかって気がしてきてね」
アンジェリーク 「お客様? もしかしたら依頼者でしょうか…」
ジェイド 「ジャスパードールが『第六感』だなんて変に思うかもしれないけど…」
アンジェリーク 「そんな! 全然変なんかじゃありませんから! ねぇエルヴィン」
我関せずでひたすらミルクをなめ続けているエルヴィン。そのミルク皿がガタガタ揺れ始め、何か巨大な物が落下 してくる音がする。
ギャアと叫び声を上げるエルヴィン。
ジェイド 「危ない! アンジェ!!」
と、アンジェリークを横抱きにして難を逃れるのだ。
ティーセットを散らかしてドーンと落ちたのは巨大なカイト。そしてそのカイトの下から出て来たのは―
トト&ビリー 「イテテテ…」
と、お尻をさすっている。
アンジェリーク 「あなた達は!」
ジェイド 「俺の『第六感』が当たったみたいだね♪」

○同・サルーン

幸いにもかすり傷だがアンジェリークの手当てを受けているトトとビリー。
トト 「すみません…いつも御迷惑ばかりかけてしまって…」
アンジェリーク 「仕方のない人達ね。この前二人してエレナさんに叱られたばかりなのに。ねぇジェイドさん」
ジェイド 「ああ。翠羽の泉でタナトスに襲われたことを言ってるんだね」
    × × ×
ジェイドの回想。
翠羽の泉でタナトスに手製の道具で立ち向かうもやられそうになっているトトとビリー。
ビリー 「消えろっ!! 消えろよっ!!」
間一髪でビリーをかばうジェイド。
ジェイド 「間に合ったみたいだね」
カルディナでエレナにビンタされているトトとビリー。
ビリー 「痛っ!」
トト 「痛たたた…何するんだよ、エレナ」
エレナ 「それくらいの痛み、何よ。私がどんなに心配したか…」
顔を見合わせ微笑み合うジェイドとアンジェリーク。
    × × ×
『エレナ』という単語に反応して急にそわそわし出すトトとビリー。
ジェイド 「それで、今日は何か用があって、わざわざここまで飛んで来たのかい?」
アンジェリーク 「えっ!? カルディナからあのカイトで飛んで来たの!?」
トト 「まさか! リースまでは歩いて。そこであの手製の2人乗りカイトを組立てて、陽だまり邸まで偵察に来たんです」
アンジェリーク 「偵察?」
ビリー
「バカだな、お前。そんなこと言ったら誤解を招くだろ。『偵察』というのは大げさな意味じゃなくてその…つまり…できれば今度の依頼はアンジェリークさんとジェイドさんお二人だけに聞いてもらいたかったんです…」
ジェイド 「なるほど、それで空の上から陽だまり邸が俺たちだけかどうか見張っていたんだね?」
トト 「そうなんです! そしたらちょうどお二人が庭でピクニックを始められるのが見えたもんだから」 
ビリー
「本当ならゆっくり見つからないように動くようカイトは設計してあったんですよ。ところが計算外の突風が吹いてしまって…」
アンジェリーク 「あなた達、無茶が過ぎるのよ。エレナさんじゃなくても、お説教したくなるわ」
再び『エレナ』という単語におとなしくなってしまうトトとビリー。
ジェイド 「とにかく事情はわかったよ。それで君達の依頼というのは何なんだい?」
上着の内ポケットからボトルを取出すビリー。
ビリー 「実は僕たち、先日翠羽の泉でタナトスに遭遇する直前に、世紀の大発見をしていたんですよ!!」
と、ボトルの中から一枚の丸まった紙を取出す。紙は古く色あせ、地図が描かれているのだ。
トト
「(興奮で喉を詰まらせながら)こ、これこそは、で、伝説の『キャプテン・ロシュフォールの宝』の地図に違いないんです!!」  

○夜空

満月が輝いている。

○陽だまり邸(夜)

夕食後のひととき。
サルーンで読書中のニクス。自室で研究中のレイン。庭でスクワット中のヒュウガ。

○同・キッチン(夜)

アンジェリークとジェイドが後片付けをしている。
アンジェリーク 「(大皿を拭きつつ)ジェイドさん、本当にあの2人の依頼、引受けるつもりなんですか?」
ジェイド 「アンジェリークはまだ迷っているのかい?」
アンジェリーク 「ええ…やっぱりニクスさん達に相談した方がいいんじゃないかって…」
ジェイド 「そうだね。君の気持はよくわかるつもりだよ」
と、大皿を棚の上の方に乗せる。
ジェイド 「だけど依頼者からは『くれぐれも内密に』って約束だしね。彼らは彼らなりに必死な想いを抱いている…」
    × × ×
ジェイドの回想。
昼間のサルーンで。
トト 「…実はこのトレジャーハントは、僕たち2人の男としての決闘でもあるんです」
アンジェリーク 「決闘?!」
ジェイド 「おだやかじゃないね」
ビリー
「僕たちとエレナはもうすぐ大学を卒業してカルディナを去ります。だけどまだ僕たちは彼女に…その…エレナに告白をしてないんですよ。手遅れにならないうちに、胸の内の…何と言うか…」
ジェイド 「『恋する気持』かい?」
ジェイド以外の3人の顔が赤くなる。
ジェイド 「どうやら男って奴は、可愛い女の子にビンタされると恋してしまうレシピになってるみたいだね」
アンジェリークの独白 「レシピって…」
ビリー 「と、とにかく僕たちは決めたんです。
 この古地図に印されている宝を最初に見つけた方が、その宝を手にエレナに告白をしようって。なあ、トト?」
トト 「ああそうだとも、これは僕たちが大学を卒業するための最後の試験なんです。アンジェリークさん、ジェイドさん、お願いです。是非力を貸して下さい!」
いきなり正座して懇願するトトとビリー。
ジェイド 「…わかったよ。わかったから、さあ二人とも、立って」
    × × ×
調理器具を磨いているアンジェリークとジェイド。
アンジェリーク 「私だって2人の真剣な想いには心を動かされましたよ。だからついOKしてしまったんですけど…」
ジェイド 「俺がOKした理由はもう一つあるんだよ」
アンジェリーク 「えっ? そうなんですか」
ジェイド 「だけどそれはアンジェリークにも内緒の理由さ」
と、いたずらっぽく笑うのだ。
アンジェリーク 「もうジェイドさん、そんな風に言われたら余計気になるじゃないですかあ…」
ジェイド 「『キャプテン・ロシュフォールの宝』っていうのも気になるだろう? 万能トングとかだろうか?」
アンジェリーク 「『万能トング』ですか?」
ジェイド 「そう、ただのトングじゃない。何てったって『万能』なんだから」
アンジェリークの独白 「ジェイドさん、ノリノリね。まるで子供みたいだわ」

○同・サルーン(翌朝)   

アンジェリークと、背中に巨大なリュックを背負ったジェイド。その二人を不審げに見ているニクス。
ニクス 「探索? わざわざ『雷鳴の峠』まで出かけるというのですか?」
アンジェリーク 「え、ええ…『闇の力を減少させる』オーブをもう少しストックしておこうかと思いまして…」
ニクス 「なるほど。ですがそれにしてはジェイド、まるでピクニックに行くかのような出で立ちですね」
ジェイド 「そうかい? 『雷鳴の峠』は場合によっては動きがとれないこともあるからね。念のためさ」
ニクス 「…わかりました。気をつけて行ってらっしゃい。留守中の依頼は、残った3人で何とかなるでしょう」
ジェイド 「ありがとう。順調にいけば5日くらいで帰れると思うから」
ニクス 「くれぐれもアンジェリークを頼みますよ」

○カルディナ大学・校門前(朝)

様々な道具を抱えて待っているトトとビリー。
トト 「あっ、あれは!」
手を振って近づいてくるジェイドとアンジェリーク。
ビリー 「よかった! 来てくれたんですね」
アンジェリーク 「どうせあなた達、2人だけでも宝探しに行くつもりだったんでしょう?」
ビリー 「そりゃあそうです。このプロジェクトは『ノーブレス・オブリージュ』ですからね」
ジェイド
「ただこれだけは約束して欲しい。
 『宝探し』は君達の領分だけど、タナトスが出た時は、100%俺たちに従ってもらう。いいね」
トト 「はい。どうぞよろしくお願いします」
ビリー 「では行きましょうか。いざ『雷鳴の峠』へ!」
と、指差す先はまっ青な空が広がっている―
(つづく)

カルディナン・プレス