恋の合格通知(後編)


○雷鳴の峠・狭い洞窟の前(早朝)

朝もやの中に不時着したカイトが見える。

○同・狭い洞窟の中(早朝)

毛布にくるまり眠っているアンジェリーク。側にはトトが横になっていて、やはり毛布が掛けられている。
遠くの方から聞こえた鳥の声で目を覚ますアンジェリーク。
アンジェリーク 「朝だわ…! こんなに待ってもジェイドさんが来ないなんて。これからどうしたらいいのかしら…」
と、不安げに空を見上げる。

○同・大木の下(早朝)

立って空を見上げているジェイド。
側にはあちこちに包帯を巻かれたビリーが時々うめき声を上げながら眠っている。
ジェイド 「アンジェリーク…そんなに不安がらないで。俺がきっと助けに行くからね。
 (とビリーを振返り)そろそろ彼を動かしてもいい頃だろう」
と、おもむろにビリーをお姫様抱っこするのだ!
ビリー 「(うっすらと目を開け状況を把握すると)エーッ!! なっ何してるんですか!? ジェイドさん!!」
と、顔を真っ赤にしてジタバタし始める。
ジェイド 「ごめんよビリー、ほんの少しの間だけでかまわないから、俺に身を任せて欲しい。さあ、力を抜いて」
と、ビリーを抱いたまま山道を、あるいは道なき道を、時には大ジャンプも織り交ぜながら頂上目指しダッシュしていくのだ。
ビリー 「ギャーッ!!」
と、あまりの猛スピードに気絶してしまう。

○同・狭い洞窟の中〜外(早朝)

目を覚ますトト。
アンジェリーク 「おはよう、トト。どう、疲れはとれた?」
トト 「はい、何とか。ビリーたちは?」
静かに首を横にふるアンジェリーク。
アンジェリーク
「だけど無事なのは確かよ。
 感じるの。私たちは今ここでできることを考えるべきだわ」
トト 「そうだ、カイトは!」
と、外に飛び出しカイトの状態を調べ始める。
トト 「…いけますよ! この程度の障害ならすぐ直せます。回収もできますよ」
アンジェリーク
「よかった。でもここからカイトで飛ぶのは危険よ。またタナトスに襲われる可能性が大きいわ。私はこの洞窟の中を進むべきだと思うわ」
トト
「そうですね。カイトを修理・回収次第、洞窟の奥に行くことにしましょう。幸いライトも二人分あります。キャプテン・ロシュフォールの宝の場所を突きとめれば、きっとビリーたちに会えますよね!」
アンジェリーク 「(悪戯っぽく笑って)トトったら、もしかして恋の競争に勝つチャンスだなんて思ってる?」
トト
「あっそうだ! そう言えばそうですね。
 アンジェリークさんに言われるまで忘れてましたよ」
アンジェリーク

「フフフ…トトらしいわね。
 勝負はともかく宝探しの線は間違ってはいないわ。ジェイドさん達と合流できるまで、今は何とか二人で切り抜けていきましょう」
トト 「了解しました!」

○同・狭い洞窟の深奥

ヘッドライトをつけ、ほふく前進のような格好で汗びっしょりになりながら進んでいるトトとアンジェリーク。
トト 「! また道が分かれてます。まるで迷路ですね…」
と、詳細な地図を作り込んでいる。
アンジェリーク 「ロシュフォールって人は、海賊だったとは思えないほど細かい性格していたみたいね」
と、猫の鳴き声が聞こえる。
アンジェリーク 「エルヴィン!?」
トト 「どうかしました?」
アンジェリーク 「今猫の鳴き声が聞こえなかった?」
トト 「猫? こんな場所に猫なんかいませんよ。アンジェリークさん、しっかりして下さい、ハハハ…」
アンジェリーク 「そうよね。まさかエルヴィンがこんな所にまで来るわけないわよね…きっと陽だまり邸でひなたぼっこでもしているわ…」

○陽だまり邸・ニクスの部屋

絵本『プティ・エクレール』を抱き締めながら窓辺に立つニクス。
ニクス 「…『雷姫(プティ・エクレール)は背を向けていた。しかしロシュフォールは姫の心映えの美しさ、とりわけ身に突き刺さるかのような潔さに目を見張った。彼は剣を振りかざす前に恋におちていたのだった』…ジェイド、あなたもきっと恋をしているのでしょうね。私は、あなた方の恋の成就を願っていますよ、心から…」

○雷鳴の峠・狭い洞窟の中

疲労の度合いを増しながらも歯をくいしばり前進していくアンジェリーク。
今度ははっきりと猫の鳴き声が聞こえ、トトと顔を見合わせる。
アンジェリーク 「声の方へ行ってみましょう」
道は登り坂だが、次第に広くなっていて、かすかに光ももれてきている。
トト 「外に出られるかもしれませんよ!」
アンジェリーク 「ええ!」
やがて立って歩けるほどの道となり、速度を速めて登っていくのだ。
トト 「空気の流れを感じる。外は近いですよ」
アンジェリークの独白 「ありがとうエルヴィン。きっとあなたが導いてくれたのね…」

○同・狭い洞窟の出口付近

茫然と立ち尽くしているアンジェリークとトト。
アンジェリーク 「そんな…ここまでやっとたどり着いたのに…」
出口は大小の岩ですっかり塞がれた状態になっているのだ。
アンジェリーク 「ねぇトト。こういうのをドッカーンと吹き飛ばしてくれるような便利な道具は」
トト 「残念ながら持ってないです…」
とその時、出口から岩を砕くような音が響いてくる!
反射的に身構えるアンジェリーク。
トト 「(泣きそうな声で)まさかのタナトスですかあ〜?」
アンジェリーク 「トトは下がっていて!」
やがて出口いっぱいに太陽を背にして姿を現したのはジェイドである!
ジェイド 「お待たせ、アンジェリーク」
アンジェリークの顔は涙でグシャグシャになり、ジェイドに抱きつくのだ。
ビリー 「トト、無事か?」
トト 「ビリー!!」
と、アンジェリークに負けないスピードでビリーに抱きついていく。
トト 「暗くて狭くてこわかったんだよ〜」
ビリー 「お、おい、あんましギュッとやるなって。こっちはケガ人なんだぜ」
今さらながら包帯だらけのビリーに気付くトト。
トト 「…まるでゾンビ戦士みたいだね」
ジェイド 「さあアンジェリーク、冒険もいよいよ大詰めだよ」
アンジェリーク 「えっ?」
ビリー
「喜べトト! この出口の先をロープで登った所に別の洞窟があるんだ。それこそまさしく宝の隠された場所に違いない」
トト 「…張切ってるとこ水を差すようで悪いけど。ちゃんとした確証はあるのかい?」
ビリー 「もちろん。まず1つ目は、その洞窟前にかなりな数のタナトスがいた」
アンジェリーク 「何ですって!?」
ジェイド 「大丈夫。少し手間取ったけど、タナトスは俺が全部始末しておいたから」
アンジェリーク 「よかった…」
ビリー 「そして2つ目の確証はコレだ」
と、古地図に描かれたバラと短剣が組合わさったマークを指差す。
ビリー 「キャプテン・ロシュフォールの旗印。これと同じマークが洞窟の入り口にあった」
トト 「すごい! それなら間違いないよ。わあーなんか僕、ドキドキが止まらないよ」
ジェイド 「さあ、皆疲れているだろうがもう一踏んばりしよう。日が落ちる前に宝とやらを見つけようじゃないか」
ビリー&トト 「はい!」

○同・最後の洞窟・前

ヘッドライトをセットしたビリーとトト。その表情が緊張にみなぎる。
ジェイド 「俺はここに残る。万が一さっきのタナトスの生き残りが現れた時の用心のために。ここから先は君達二人のさしの勝負だ」
アンジェリーク 「じゃあ私もジェイドさんと一緒に…」
ビリー 「待って下さい。アンジェリークさんには是非立会い人になってもらいたいんです!」
アンジェリーク 「立会い人?」
トト 「ええ。ここまで来たらもう早い遅いじゃないですから。アンジェリークさんが、僕たちのどちらがエレナにふさわしい男か、公正に判断してもらいたいんです」
ビリー 「お願いします!」
アンジェリーク 「(2人に深々と頭を下げられて)ジェイドさん…」
ジェイド 「こんなに必死にお願いされたら、引受けないわけにはいかないね」

○同・同・中

奥へと進んでいく3人。
とある壁に奇妙な文字が書かれているのを発見するビリー。
アンジェリーク 「まあきれい〜」
壁の下の方には様々な色彩の小石が埋め込まれていたのだ。
ビリー 「トト、これはもしかして…」
トト 「ああそうだとも。これは昔水竜族が使っていたと伝えられている暗号文字の1つだ。待って、今辞書を出すよ」
と、リュックをガサゴソ探し出す。

○同・同・前

小雨の中、油断なく見張りを続けているジェイド。

○同・同・中

辞書を片手に壁の文字列と格闘しているトト。
ビリー 「どうだ?」
トト 「よし、読めた! 直訳すると『細き剣を突き立てよ さすれば闇の月は涙滴り玉を映さん』…たぶん合ってるはずだけど…」
ビリー 「おそらくそれも暗号文だろうな…」
アンジェリーク 「全くロシュフォールさんて人はよほど暇だったのね…」
と、壁に埋まっていた青い小石の1つが光ってポロッと下に落ちる。
何気なく拾って元の位置に戻すアンジェリーク。
アンジェリーク 「あら、コレってきっちりとはまらないみたい…」
トト 「僕がやってみましょう。きっと微妙な角度とかがあるんですよ」
2人のやり取りを聞きながら、壁を注視していたビリーの顔に、突然歓喜の表情が浮かび上がる。
ビリー 「そうか! わかったぞ! この文字の謎も、何もかも!!」

○同・同・前

ジェイドの頭上には雷雲が広がりつつある。
ジェイド 「(雨粒をものともせず黒い空を見上げ)急いでくれよ…」

○同・同・中

ビリー 「二人ともこの文字が書かれている壁をよく見てくれ。ところどころにへこんだ部分があるだろう?」
トト 「ホントだ…文字で言うと『剣』…『闇』…『涙』…そして『玉』の4カ所だね」
アンジェリーク 「なるほど、そのへこんだ所に、この色の小石を埋め込むのね!」
ビリー 「ビンゴ! さすがはアンジェリークさんだ」
アンジェリーク 「きっと言葉と色の組合わせは決まっているはずね。『闇』だったら黒(と黒の石の一つを外し、文字の場所にはめて)ほら! ピッタリだわ!」
トト 「じゃあ『涙』は水色ですね!」
ビリー 「『玉』が難しいなあ…」
アンジェリーク 「あら簡単よ。『玉』は確か『翡翠』っていう宝石だって本で読んだことがあるの。腹痛を抑える効果があると信じられていてね。だから緑だわ!」
トト 「やったね。アンジェリークさんが一緒で本当に良かったな、ビリー」
ビリー 「ああ。じゃあ最後の石は『剣』の所だけど…」
トト 「…『細き剣を突き立てる』って、ひょっとして雷が落ちることじゃないのかな」
アンジェリーク 「トト、冴えてるわ! 雷が落ちたら火が起こる。だから赤なんじゃないかしら!?」
ビリー 「よーし、とりあえずその線で石を探そう!」
    × × ×
既に赤・黒・水色の石ははめてあり、残りは緑をはめるだけになっている。
ビリーが震える指で緑の石をはめるのを、息をのんで見守っているトトとアンジェリーク。
カチッという音がしたかと思うと壁全体が震動し始め、やがて奥へと移動していき新たな道を作るのだ。
導かれるように入っていく3人。
そして目に飛込んできたのは、手のひらサイズの宝箱だ!
ビリー 「ついに見つけたゾ!」
トト 「思ってたより小さいね、それに…」
アンジェリーク 「埃まみれね…」
ビリー 「問題は中身だろう!?」
と、宝箱をおそるおそる手に取り開けようとするーそして3人それぞれの驚きの表情がクローズアップされてー。

○陽だまり邸・庭

レインとヒュウガが乱取りげいこをしている。
   ニクスがやってきて見学しているが、すぐに拍手をして二人を止める。
ニクス 「さあさあ二人とも。申し訳ありませんがディナーの準備を手伝っていただきたいのですよ」
jヒュウガ 「客人か?」
ニクス 「そうではありません。今夜あたりアンジェリークたちが戻って来そうなので、盛大な夕食パーティを思いつきましてね。私は先にキッチンでお待ちしていますので」
と、去っていく。
レイン 「ニクスの奴、やたら張切ってないか」
と、エルヴィンが飛びついてくる。
レイン 「わかったよ。手伝えばいいんだろ」

○カルディナ大学・校門前(夕)

ビリー
「アンジェリークさん、ジェイドさん、本当にありがとうございました。宝箱の中身が空っぽだったことを除けば、僕たちにとっては百点満点な旅でしたよ、なあ、トト」
トト 「ああ、偉大なるロシュフォールに乾杯したい気分だ、とりあえずシャワーで汗を流した後にね」
と、遠くからエレナの叫び声が聞こえてくる!
エレナ 「(猛ダッシュしてきて)あなた達、一体どこに雲隠れしてたの!? キャー、何なのその汚い格好ったら!」
と、まずはビリーの身体中の包帯を高速にはがし始める。
アンジェリーク 「フフフ…さあ後は本物の試験官に任せて、ジェイドさん、私達は陽だまり邸に帰りましょう」
ビリー 「ってことはアンジェリーク、君は立会い人として2人のどちらかを選ばなかったのかい?」
アンジェリーク 「ええ。私は『ビリーもトトもどちらもエレナさんにふさわしい』って合格通知を出したんです。だって決めるのはエレナさんですもの」
去ろうとするアンジェリークとジェイドに気付き慌てて追いかけて来るトト。
トト 「待って下さい! これ、もしよかったら冒険の記念に持っていって下さい」
と、ジェイドに宝箱を渡すのだ。
ジェイド 「いいのかい?」
トト 「いいんです。こんな汚い箱を彼女に渡したら、僕たち又ビンタされちゃいますから…それじゃ!」
と、一礼すると戻っていく。

○リース・天使の広場(夕)

ベンチで休憩しているアンジェリークとジェイド。
アンジェリーク 「あっそういえばジェイドさん、依頼を引受けた内緒の理由があるって言ってませんでした?」
ジェイド 「覚えていてくれたんだ」
アンジェリーク 「もちろんです。ずっと気になっていたんですよ。もう教えてくれてもいいんじゃないですか?」
ジェイド 「そうだね。…アンジェリーク、実は君にこれをプレゼントしたかったんだよ」
と、トトからもらった宝箱を取出した。
アンジェリーク 「それは!」
ジェイド 「種明かしをすると、俺があのキャプテン・ロシュフォールの宝の洞窟に行ったのは今回が初めてじゃなかったんだよ」
アンジェリーク 「ええーっ!!!」
と、立上がらんばかりに驚いている。
ジェイド
「陽だまり邸に来るずっと前、あるトレジャーハンターと道連れになってね。だけどその時はまだキャプテン・ロシュフォールと雷姫(プティ・エクレール)の禁断の恋物語を知らなかったんだよ」
アンジェリーク 「禁断の恋物語、ですか?」
ジェイド 「ああ。陽だまり邸で初めてエクレアを作った時に、ニクスが話してくれたんだよ、『プティ・エクレール』っていう、哀しくも美しい姫の物語をね」
アンジェリーク 「そういえば『エクレア』ってお菓子は雷の形をしているから、その名前になったんでしたね」
目を閉じて語り出すジェイド。
ジェイド
「雷姫は王様と共に離れ小島の城に幽閉されていたんだ。海賊ロシュフォールはあろうことかその城に盗みに入った。だが彼は雷姫に会った瞬間恋におちてしまう」
アンジェリーク 「二人は恋人同志になったんですか?」
ジェイド



「ああ。だが二人の幸福な時間は長くは続かなかった。雷姫は王様を見捨てることができなくて、島から連れ出そうとするロシュフォールの申し出を断ってしまうんだ。そして別れの朝彼はこう言うんだ―
 (とアンジェリークを見つめ)
『姫のおかげで私のがんじがらめだった心の鎖が1つずつ外れていった。命続く限り忘れることはないだろう』―そして真っ赤なバラを捧げると島から旅立っていったんだ…」
アンジェリーク 「ジェイドさん…」
ジェイド 「俺の目は特別製だからわかるんだけど、この宝箱は二重底になっていてね」
と、底板をスライドさせると、美しく輝くステンドグラスの絵が出てくる!
そしてその絵はまさにロシュフォールが雷姫にバラを捧げるシーンである。
アンジェリーク 「なんてきれいなの…」
ジェイド 「気に入ってもらえたかな?」
アンジェリーク
「はいとっても! だけどジェイドさん、もしもビリーとトトがこの箱の秘密に気がついたらどうするつもりだったんですか?」
ジェイド
「もちろんその時は俺の負けってことで、彼らがエレナさんにプレゼントすればいいと思っていたよ。男って奴はどうも勝負事が好きなレシピになっているらしいね」
アンジェリーク 「もうジェイドさんたら!」
もう一度ステンドグラスの絵をじっくりと眺めるアンジェリーク。
アンジェリーク 「私、大切にしますからね」
ジェイドのうるんだような微笑。
ジェイド 「さあニクス達が首を長くして待ってるだろう。陽だまり邸へ帰ろう」
アンジェリーク 「ええ」
燃えるような夕焼けの中に消えていく二人。
(おわり)

カルディナン・プレス