聖騎士クロニクル・3
聖都を駆ける子どもたち


宇宙の基本法則は調和ではないかと私は実感しています。
この世の秩序からはみ出しているはずのタナトスでさえ、この宇宙の調和の法則から逃げられないのだと。

そんなことを考え始めたのは、もう何年前になるのでしょうか。

ご存知のように、浄化能力を持つ、あるいはその見込みのある子供は教団に引き取られ、聖都に来ます。
私は当時、結婚して半年目に夫が殉教してしまい、茫然自失の日々を送っていました。そこを突然、教団の偉い人から呼び出されたのです。聖都には夫の他には身よりもなく、知人も少なかったので聖都から追い出されるのではと心配していたのですが、全然違いました。近頃教団に来る子供が急に増えたので彼らの面倒をみる役を手伝ってほしいとの申し出だったのです。
浄化能力の片鱗といえども持つ者はたいへん希少です。騎士団にも本物の浄化能力者はほんの一握りで、それもその半数は訓練によってありやなしやの能力のかけらをなんとか育て上げたものです。  
ですが、当時は不思議なことに次々と幼い浄化能力者が見いだされていました。もちろん大半は「ありやなしやのかけら」クラスでしたが。
「こんなに能力者が見つかるなんて、騎士団の将来は安泰ですね」と私が素直な感想を言うと、当時教団で騎士団関係の事務方を一手に引き受けていたエスルレッド様は表情を曇らせて言いました。
「いいえ、ジョアンナ。これは浄化能力者の必要性が増すことの予兆なのだと教団長はお考えです。あなたのご主人が襲われて以降も、タナトスの被害の報告は緩やかにですが増え続けているのです」
タナトス!あの恐ろしい存在が、私から夫を奪っただけでは飽きたらず、さらに被害者を増やしているなんて!

「なのであなたの仕事は大変重要なのですよ。未来の世界を救う仕事と言ってもいいでしょう。とはいえ、難しく考えることはありません。浄化能力を持つことを除けば、普通の元気な男の子たちですよ。教育は騎士団で行いますが、特に幼い者たちについてはやはり母親的な存在が欠かせませんから」
「子供たちは何人ぐらいいるのですか」
「騎士団寮で生活できる12歳に満たないものは今のところ5人ですが、おそらくこの一年の間にその3倍ぐらいになると予想されています」
「15人分のお世話ですか?」
「食事その他基本的な生活環境は騎士団が面倒をみます。あなたにはなんというのか、家庭味とでも言うような部分を担っていただきたいのですよ」
「わかりました。微力ですが、できうる限りのことはいたします」

私の新しい生活はそのように始まったのでした。職場の名前は「若枝舎」です。

エスルレッド様のおっしゃったとおり、次々と子どもが集まり、若枝舎は9人の子どもたちと私で発足しました。子どもの人数がサクリアの種類の数と同じで、教団の偉い人たちは瑞祥だと喜んでいました。
子どもたちのうちの7人までは10歳以上でしたが、残りの2人はもっと年下でした。7歳のディオンと5歳のヒュウガです。幼い子どもにとって3歳5歳の年齢差はとても大きく、いきおい小さな2人は他の子どもたちとは別に2人で行動することが多くなります。
それはあまりよくないことではないかと、やがて聖都にいる同年代の子どもで若枝舎に入る資格のあるものを探すことになりました。そして白羽の矢が立ったのが、祖父トマス・父カーディフの2人の銀樹騎士の子孫カーライルだったのです。同期の3羽ガラスとして結束の堅かった3人組の縁はそんな早い時期から始まっていたのでした。

ヒュウガとカーライルはそれから3年ほどの間若枝舎での最年少でした。当初2人(あるいはディオンを入れて3人)の気性が違いすぎるので仲良くさせるのは難しいのではないかと心配しましたが、全くの杞憂でした。友人の選択肢が少ないせいももちろんあったでしょうが、彼らは根っこの部分がよく似ていたのではないでしょうか。ともかく、おしゃべりなカーライルとだんまりヒュウガは対照的で面白い組み合わせでしたね。いつも元気よく走り回っているという点では同じでしたが。ディオンももちろん一緒に駆け回っていましたが、さすがに2つ年上だけあって、先頭に立って2人を引っ張るときや、少し離れてにこにこと2人を眺めているときなんかもありましたっけ。

当時のヒュウガですか?とにかくしゃべらない子どもでした。そして頑固でしたね。とてもまじめでルールは基本的にはしっかり守りましたが、彼がどうしても納得できないことについては頑として拒否する、といった風に。幼いうえ口べたなものですから彼が何をどう納得できないのかが私や騎士団の大人たちにはわかりづらく、ゆえにいったんへそを曲げた彼の説得にはたいへん苦労したものです。

それから彼は老騎士ハリマ様にたいへん目をかけられていました。ハリマ様はサキア出身で、騎士団では東方の武術の指南役でした。聖都には世界中から人が集まっていましたが、東方の出となるとそう何人もいるわけではありません。なので東方の文化や社会事情などについてちょっと知りたいときはハリマ様やシン様に聞くのが普通でした。シン様は東方ではなくセチエのご出身ですが、長く東方教区で働いていらしたのです。
ヒュウガはキリセ出身とはいえまだ幼いまま聖都に来たので、キリセやサキアのことを聞かれてもおそらく答えられません。しかし彼の風貌は東方の出だと見るものが見ればわかります。なので将来東方のことを聞かれることになっても困らないようにと言う親心でしょう、ハリマ様はヒュウガに東方の文化を勉強することを勧め、東方の武術についても個人的によく教えていました。もっとも騎士団の剣の指導者などからは、変な癖がつくからやめてくれと言われてよく対立していましたね。とにかく東方出身者としてのプライド、という点にこだわっていました。
たぶんハリマ様の教えは騎士になってからの彼にとってはたいへん役立っただろうとは思いますが、一般の子どもよりも少ない自由時間をさらに削られているのはちょっとかわいそうでしたね。もっとも、この場合は、本人が進んで訓練や勉強をしていたので、余計なお世話というものでしょうけれど。どこまでも前を向いて進むことが好きで、自分の可能性をとことん追求していく傾向は、若枝舎に来た当時から彼が持ち続けている美点です。

その後、現教団長と同年齢の子ども2人を最後に、浄化能力のある子どもは発見されなくなり、若枝舎もその役割を終えました。
能力者が現れなくなった頃は本当にたいへんでした。タナトスの被害報告は増える一方なのに、新しい浄化能力者は増えないのですから、教団上層部は相当の危機感を抱いていました。ですから当時は騎士団もそしてここ若枝舎すら訓練がたいへん厳しかったと思います。今から考えると能力者が発見されないのは、それが必要でなくなるからだということなのですが、たいへんな状況の中では、その明るいメッセージには気がつきにくいものですね。関係者の中でもどんと構えていたのはエスルレッド様だけといってもいいくらいでしたから。
そんな風に若枝舎の子どもたちはどんどん卒業してゆきました。そして最後の3人が騎士団寮に移って、私の仕事はすっかり片付いてしまったのです。

印象的なエピソード、ですか。
いえ、これといってドラマティックなものはありませんね。
とにかく彼は私が若枝舎で初めて担当した子どもたちの1人だったので、今思えば「子どもにはよくあること」でも、当時は何でもかんでも印象に残ったものですから、かえってこれと言ったエピソードが思いつかないのでしょう。
え、いたずら、ですか?そりゃあ元気の余っている小さい男の子ですから、一通りのことは。塀や壁はとりあえずよじ登って、階段の手すりはもれなく滑り降りて、隙間があったら多少無理をしてでも潜り込んでみる――そういうのは男の子にとっての標準装備ですから、もちろん彼も例外ではありません。祈りの塔付近で迷子になってしまったこともありましたね。銀樹の葉を拾おうとして壁越え塀越えで移動したあげく現在位置がわからなくなってしまったそうですよ。どちらにせよ、好奇心と体力が暴走しているだけで、本人にはいたずらであるとか規則違反だとかそういう意識が全くなかったのは確かです。

そうそう、調和の法則のことでしたわね。
女王陛下が戦いを終えて聖都にいらしたとき、私も読みましたの。「女王の卵が孵るとき」。
そして、気がついたのです。ヒュウガが初めてその力を示した時期が、女王陛下がその母君の胎に宿られた時期とぴったり一致することに。
ああ、すべては銀樹の、宇宙意志の采配の元にあるのだと感動しました。何もかも予定されていたのだと。そう、調和の法則の下に。

現在私は時々女王宮にお手伝いに行っています。陛下が聖都の外に行幸されるとき、女官も付き添いますからこちらが留守になるでしょう?そのときのお留守番役なのです。
最近、女王宮で個人的にとても嬉しいニュースを聞きました。
あのカーライルの名誉回復の動きがあるそうなんですの。細かいことはよくわからないのですが、教団長によると、陛下とヒュウガの結びつきも、彼の存在なしには語れないんだそうです。もっとも、彼の不幸さえ宇宙の大いなる計画の一環だったというのは、厳しすぎますわね。その厳しさに耐えうる存在だからこそ彼が躓きの石として選ばれてしまったのでしょうけれど。
これまで彼を語るのはどこか禁忌となっていたので、名誉が回復されて、立派な騎士としてのカーライルのことが語り継がれるものなら、彼をよく知るものとしてたいへん嬉しいことです。そして、これで彼も生まれ変わりの環に還ることができるのだと私は信じているのです。
願わくば再び聖都に生まれかわってきますように。陛下と聖騎士にとても近い、この祝福された場所に。

語り手:元若枝舎職員ジョアンヌ


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