氷のとけた日 



 倒れた敵兵たちの中に、血に染まった剣を持って立っているオスカー。神々しささえ感じる、堂々たる姿。ランディたちは振り返ったオスカーを、ただ見つめた。剣を収めたオスカーが近寄ってくる。
「あ、あのっ・・・。」
ランディはオスカーの目を見つめた。今のフレイアのような、氷色の鋭い瞳。でも、思えば彼の真っ赤な髪は、その力を象徴しているかのようだった。
「あなたが・・・フレイアの王子だったんですか・・・?」
ほんの少しの沈黙。そして、オスカーは目をそらし、暗い空を仰いだ。
「・・・そうだ。」
「どうして・・・。」
ランディは力が抜けたように、その場に膝をついた。ヴィクトールがランディの肩を支える。セイランとゼフェルは、ただ黙っていた。重たい空気の中、エルンストはあまり動じていないようだ。
「・・・ここでは危険です。シャトルに戻りませんか?」
「そうだな。その方がよさそうだ・・・。」
ヴィクトールの指示で、ランディたちはシャトルへと引き返した。

 静まり返った会議室。そこには他の者たちは遠慮したので、2人の王子だけがいる。
「さて、何から話そうか・・・。」
留まったままのシャトルの窓から外をのぞく。そこは暗い空と、氷の世界。フレイアをそのような世界にしてしまったのは、ここにいるオスカー本人だ。
「・・・俺が今までお前に話してきたことに、嘘はない。おそらくメルの占いに2つ反応があったのは、俺の体と力の両方に反応していたんだろう。」
「じゃあ、オスカー様がフレイアの騎士、というのは・・・?」
「それも本当の話だ。俺はフレイアの王子。同時にフレイア騎士団をまとめてもいる。ヤツらがフレイアに攻め入った時にも、俺は戦った。」
ランディは窓の外を見ているオスカーの背を見つめた。
「ヤツらは倒しても倒しても、どんどんこのフレイア星系に入り込んでくる。キリがない。・・・ヤツらを一気に全滅させることなど、俺の力をもってすれば容易いことだ。だが、それはフレイア星系の全滅を意味する。・・・フレイアの力は光と熱、炎だ。それを一気に放出させれば、このフレイア星系は焼きつくされる。建物も、人々も、星そのものも。それでは解決にならん。」
オスカーは振り返り、椅子に腰をおろした。真面目な顔をしたオスカーの瞳は鋭く、ランディは思わず目をそらした。ランディたちウィンディアの人間にとって、フレイアの王子というのはフレイア星系を支えている、神にも等しい人物。その人物が目の前にいる、というのも信じられないことなのだ。
「ヤツらが狙ったのは俺の力だ。だが、俺の力だけではどうにもならないことを、ヤツらは知らなかった。俺の力をヤツらが手に入れれば、間違いなく使い方を誤り、フレイア星系は全滅する。だから、俺はフレイアの力がどれだけ恐ろしいものであるかを知らしめてやるつもりだった。その一つ、民を守りつつ、敵を封じる方法。それは俺の力を眠らせることだ。フレイア星系にとって、危険極まりない方法だ。・・・それでも、俺はフレイア星系が全滅しないことを知っていた。それは、フレイア星系に作用する、もう一つの力があるからだ。」
「もう一つの力って・・・?」
ランディはオスカーの方を見た。一瞬の間の後、オスカーはクスっと笑う。
「おやおや、気付いてないのか?今の状況がまさにそれ、なんだがな・・・。」
「・・・!もしかして・・・。」
「そう、お前がいるからだ。」
それでも、ランディは納得しかねる様子だった。眉を寄せて、何やら考え込んでいる。
「ウィンディアの王子。お前は風の力を持っているんだったな。風の意味する所は気流、生命の息吹、そして大気、だ。風はフレイア星系全体に行き渡り、俺の力を運ぶと同時にそれぞれの星に大気をつくる。大気があるおかげで、人々は生きていられる。フレイアの力の有害な部分を、風の大気が吸収、または反射しているんだ。また、大気は熱を星にとどめる。まさに、生きていくには欠かせない力なんだ。・・・そのおかげで、フレイアが凍り付いてもウィンディアが一時的に残る。俺はそれに賭けた。まさに、その通りになったぜ。そして、俺はウィンディアの王子を探しに出た。フレイアを脱出してウィンディアに入るところをヤツらに見つかったんで、おそらくウィンディアも攻撃をされたのだろう。」
敵がウィンディアを攻撃したのは、フレイア星系を全滅させるためか、またはランディがいるからだと思われていた。だが、それはオスカーがウィンディアにいたから、ということだったのだ。
「俺、知りませんでした。・・・それで、俺は風の力を半分眠らせたんです。」
「そう。それは仕方のないことだろう。そうでもなければ、ウィンディアが先に全滅しちまうからな。・・・俺はウィンディア王宮を目指した。その途中でお前に出会ったんだ。それは偶然だった。」
ランディは首を横に振る。
「でも、わかりません。どうして、オスカー様はすぐに王子だと言ってくれなかったんですか?」
オスカーは一瞬、沈黙した。
「お前たちが俺の力を求めている、と言ったからだ。俺はお前に協力を求めるために来た。当然、お前が風の力の威力を知っているだろうと思ったからだ。だが、どうやら知らないようだとわかったんで、お前がこれからどうするのかを探りたかった。俺の作戦は、フレイアとウィンディア両方の力を最大限に使うものだ。お前にウィンディアの力のことを知ってもらいたかったんだ。中途半端な気持ちでは作戦は失敗するからな。試すようなことをして、悪かったと思っている。」
ランディは目を丸くしていた。
「じゃぁ、フレイア星系はフレイアの力だけではもたないんですね。俺の力がオスカー様の力を運ぶ役目をしてるんですね・・・?」
オスカーはようやく微笑んだ。
「そうだ。・・・ここで、俺の正体がバレたのも、運命かもしれん。本当はお前たちが俺の力を見つけてから言おうと思ってたんだがな。」
ランディは自分の胸に手を当てた。自分の力がフレイア星系を維持するのに欠かせないものであることは、まったく知らなかった。その力がフレイアの力のためになっていることを知って、ランディは誇りに思った。
「俺、わかりました。自分の力がどれだけのものか。」
「そう、わかってもらわなくちゃ困るぜ?・・・これで、何もかもがうまくいくはずだ。ヤツらも、このフレイア星系が俺の力だけで成り立っていると思っている。俺たちの力の恐ろしさを見せつけてやろうじゃないか。」
「それで、オスカー様の作戦って・・・?」
オスカーは自分の唇に人さし指を当てた。氷色の瞳がキラリと光る。
「みんなを呼んでこよう。・・・最後の会議だ。」



  会議室に再び全員が集まった。正面の席にはオスカーとランディが並んで座っている。
「・・・これで、何もかも最後だ。もう少しだけ、協力してほしい。」
オスカーはやや厳しい顔だった。ヴィクトールが頷く。
「もちろんです。どんなことでもする覚悟はできています。」
ヴィクトールらしい言葉に、オスカーはくすっと笑みをもらした。
「たいしたことじゃない。俺たちの護衛をしてくれるだけでいいんだ。」
最終的に重要なのはオスカーとランディの力である。オスカーの作戦は、簡単に言ってしまえばそれぞれの力を取り戻す、というだけのことなのだ。
「だが、俺の力はランディに取りにいってもらう。」
ランディは驚いた。なぜ、オスカーが自分の力を目の前にしながら、自分でそれを取りに行かないのか、と思ったのだ。
「力、とは不思議なものでな。本来の持ち主以外が体内に取り込むと、それだけでは発動しないんだ。本人が取り込んでしまうと、それだけで発動する。・・・今、すぐに俺の力を発動させるのはまずい。」
「どうしてですか?」
ランディがオスカーを見上げた。
「今、フレイアの力が戻れば、氷がとける。そうすれば、凍り付いていた敵も味方も元通りになる。それでは意味がないんだ。すぐに戦いが再発する。フレイアが凍り付いた後にフレイアに来た敵も多くいるんだ。そこで戦いが起これば、間違いなくフレイアが負ける。ウィンディアも同じだ。それは避けなければならない。俺は、敵を一撃で全滅させるだけの力を持っているんだ。それを発動させたいと思う。だが、それを発動させるのは、ランディがウィンディアの力を取り戻してからでないとまずい。そうでもしないと、フレイア星系の民もろとも、全滅することになる。」
ランディは頷いた。オスカーは自分の力を最大限に発動させ、敵を全滅させようとしている。おそらく、そこでフレイア星系の民を守るのがランディの力の見せ所なのだ。
「最終的なことは俺たち二人だけでやることになる。その、力を取りに行くまで、みんなの力を貸してほしい。」
全員が頷いた。その後の話で、オスカーの力を取りに向かうランディにはゼフェルのみがついていくことになり、残りの者全員がオスカーをウィンディアまで送ることになった。そこまででオスカーは会議を終了させる。出発の準備をし始めたところを見計らい、再びオスカーはランディと会議室にこもった。
「まず、お前の体内に残っている力の半分を俺に預けてくれ。そうしないと俺の力を完全に取り込むことができないからな。」
ウィンディアで力を眠らせた時はクラヴィス神官が力を貸してくれたのだが、ランディはどうやって力を外に出すのかがわからなかった。オスカーが苦笑いをしつつ、サポートする。すると、あの時と同じように半透明のランディの姿がそこに現れた。ウィンディアの力である。オスカーがそれにそっと触れると、ランディの姿をした力はオスカーにすうっと吸収された。とたんに風が止まった。
「ほら、な?持ち主以外が取り込んだだけでは、力は発動されないんだ。もちろん、発動させようとすれば、発動するがな。」
オスカーが神経を集中させると、再び風が吹き始めた。自分の中に取り込んだウィンディアの力を発動させたのだ。力を抜くと、また風は止まった。
「・・・これで、すべての準備は整った。」
オスカーは右手をぐっと握りしめた。その拳をじっと見つめる。ようやくその時が来た。表情がそう物語っている。
「俺の力を手に入れたら、この場所に戻ってきてくれ。俺もここに戻ってくる。そうしたら、最後の作戦開始だ。」
オスカーは握りしめた右手を開き、ランディに差し出した。ランディはオスカーをまっすぐに見つめ、一つ頷いてその手を握り返した。
「俺の力のこと、お願いします。・・・それで、オスカー様の力のある場所は・・・?」
オスカーはニヤっと笑った。ランディに小さく手招きをする。ランディが耳をオスカーに寄せると、オスカーはランディの耳もとでそっと囁いた。
「俺の力のある場所はな・・・。」



 ランディとゼフェルは身を隠しながら雪原を抜け、フレイアの城下町に入った。城下町には敵兵の姿もちらほら見える。建物の影に隠れつつ、上空のエアホース部隊にも気を配りつつ、2人は町の中心を目指した。町の中心にあるのは巨大なフレイア城だ。建物の四方には天まで届きそうな塔が建っている。
「・・・でけぇ城だな。ウィンディアとは比べ物にならねーや。」
「うん。それだけ、フレイア王国の力は強いんだよ。」
「ケッ。あの赤毛のおっさんもあそこに住んでたんだろ?えらそーにしやがって。」
「ゼフェル、オスカー様に失礼だぞ。」
町には何ケ所かに大通りがあったが、広い道を通ればそれだけ敵に見つかりやすくなるため、2人は狭い路地を選んで行った。敵もさすがに路地をわざわざ通るようなことはしないらしい。今、敵の目的はオスカーの力を探し出すことであるはずなのだ。フレイア軍が氷付けになっている今、敵はあまり警戒をする必要がないのである。それが、2人には幸いした。案外簡単にフレイア城までたどり着いた。
「で?どこにあのおっさんの力があるんだ?」
「・・・実はフレイア城じゃないんだ。ここから南に少し行った所なんだよ。」
「へーえ・・・。じゃあ、やっぱフレイア城説はなかったわけか。」
「そう。・・・ついでに言えば、あの5ケ所全部はずれだよ。やっぱり、そんなにわかりやすいところには隠さないって。」
フレイア城の城壁に沿って歩く。途中、門の見えるところまで来て、2人は足を止めた。門には敵の警備兵がいたのだ。
「戦闘は極力避けよう。援軍を呼ばれちゃったらたまらないよ。」
「よっし。じゃあ、こっちの路地に入っちまおうぜ。」
一本内側の路地に入った。路地に入っても、斜め上を見上げればフレイア城が見える。そのフレイア城の敷地のまわりをぐるっとまわるように移動し、2人はフレイア城の南に来た。フレイア城の南側は城下町の中でも最も発達した地域で、大きな建物が数多く見える。人々がみな氷付けになっているので動くものの気配はないが、賑やかだった様子がうかがえる。
「人がみんな凍ってるね。彫刻みたいだ。」
「気持ち悪ぃ・・・。さっさと元に戻しちまおうぜ。」
「うん。俺も早くそうしたいよ。」
ランディたちはウィンディアで力を眠らせてからすぐに脱出したため、凍った地域をまだ見ていなかった。なので、このフレイアの城下町で見た光景はある意味、衝撃だった。2人は足を速めた。フレイア城の南門からまっすぐにのびている大通りを目印として、少し東に向かうと、ドーム状の建物が見えた。
「あのドームが大聖堂だ。もうちょっとだよ。」
ここからは細い路地がないため、2人は更に足を速めた。道のはじっこを走る。雪がサクサクと音をたてた。大聖堂を右に見て通り過ぎ、ひとつ角をまがったところに来た。そこには大きな庭のある建物。
「・・・ここだ。ここにオスカー様の力が眠ってるんだ。」
「おい、ここって・・・なんだ?」
「王立の美術館だよ。」
「はぁ?なんでそんなところにあるんだ?」
「俺も知らないよ。」
門はかたく閉ざされていた。2人は辺りを見回してから門を乗り越える。大きな庭の奥に美術館の建物があった。庭はもともとはよく手入れがされていたのだろう。氷と雪の中に色とりどりの花が見えた。木も噴水も凍っている。庭の真ん中にのびた道を歩き、建物の入り口まで来た。ランディはポケットからカギを取り出す。
「おい、なんでこんなところのカギなんか持ってんだよ。」
「オスカー様が俺に預けてくれたんだ。・・・見つからないうちに、早く中に入っちゃおう。」
扉は静かに開いた。中に入り、内側からカギをかけ、誰も入って来れないようにした。
「ここからが問題なんだ。この建物のどこに力があるか、わからないんだよ。」
「はぁ?てめー、あのおっさんに教えてもらったんじゃねーのかよ。」
「美術館の中、としか聞かなかったんだよ。まさか、こんなに大きな建物だとは思わなかったし。」
「・・・・・・。あのおっさんも気がきかねーな・・・。」
「仕方ないから、片っ端から探していこうよ。」




 一方、オスカーを乗せたシャトルはウィンディアに着陸した。まだ凍っていない地域である。研究所の敷地内だった。
「ここからランディ様の力が眠っている神殿までは少し距離があります。敵に見つかると厄介なことになりますので、少し離れた場所にシャトルを着地させました。ここからは馬になりますが・・・。」
ヴィクトールが地図を片手に説明した。
「ああ、かまわん。道案内は頼んだぜ。」
オスカーは自分のペガサスも連れてきているのだが、目立ってしまうので馬にすることにした。エルンストとメルは研究所で待機。ヴィクトールとセイランがオスカーの護衛をしつつ神殿に向かうことになった。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「僕、ここでお祈りしてますね。」
外は真っ暗。風も弱くなっている。前にウィンディアに立ち寄った時にはもう少し温かかったはずだ。ランディの力もめぐらなくなっている今、ウィンディアは確実に凍り付きつつあるのだ。先頭をヴィクトールが、真ん中をオスカーが、後ろをセイランが、一列に並んで神殿に向かった。暗い中、灯りがゆらゆらと揺れている。その灯りのあたたかさに、オスカーは自分の力のことを想った。熱い、フレイアの力。その力のもたらしてくれる、何ともいえない心強さ。オスカーはこれほどに自分の力を愛おしく思ったことはなかった。口数も少なく進んでいくと、不意にヴィクトールが安堵のため息をもらした。
「敵に見つからずに済みそうです。あそこがランディ様の力の眠っている神殿ですよ。」
「そこか。早いとこ行ってしまおう。向こうで坊やを待たせてもいけないしな。」
速度を上げ、たどり着いたのはそれほど大きくもない神殿だった。入り口はなく、封印されている。
「どうやって入れというんだ?」
馬をつなぎながらオスカーが眉をしかめた。
「近付けば大丈夫なはずです。中から封印してるんですよ。ウィンディアの力に反応するはずです。」
ヴィクトールに言われた通りオスカーが神殿に近付くと、その封印はとけ、入り口が現れた。オスカーは一人で中に入った。カツン、カツンとブーツの音が響く。薄暗い中、わずかな明かりを頼りに進むと正面に部屋が見えた。どうやら、祭壇への入り口であるらしい。重たい扉をあけると、そこには人がいた。ランディの力を見守っていた神官クラヴィスだった。クラヴィスはオスカーをちらりと見た。
「さて、私はウィンディアの力を感じて封印を解いたのだが・・・。間違いだったか・・・?」
「俺はフレイアの王子、オスカーだ。今、ウィンディアの力の半分は俺がランディ王子から預かっている。・・・ランディ王子の力のもう半分を欲しいんだが・・・?」
ふとオスカーが目線をそらすと、そこには魔法陣の上に横たわったランディの姿があった。ウィンディアの力である。ガラスのようなものに覆われている。クラヴィスはやや驚いたような顔をしたが、横たわるランディの姿を見て、フッと笑った。
「それでは我らの王子がフレイアの力をとりにいったと・・・?」
「ご名答。」
クラヴィスは一つ頷いて手に持っていた杖をかざし、目を閉じた。淡い光が部屋をつつみ、ランディを覆っていたガラスのようなものが消えていく。光がおさまると、横たわっていたランディがむくりと起き上がった。しばらくぼーっと辺りを見回していたが、オスカーの姿を見つけると嬉しそうに近寄った。オスカーはそれを両手を広げて迎える。
「迎えに来たぜ、坊や。行こう。宇宙を元の姿に戻そうぜ・・・?」
ランディ、ウィンディアの力は微笑んで頷くと、オスカーに手を差し出した。オスカーがそれを力強く握り返すと、ランディはすぅっとオスカーの体内に吸い込まれていった。部屋の中にわずかな風が巻き起こる。その風がオスカーの真っ赤な髪とクラヴィス神官の真っ黒な髪を揺らした。
「・・・・・・。これがウィンディアの力か。」
心がよい感じでざわざわとした。わき上がる気持ち。それはウィンディアの力が物理的にではなく、精神的にもたらす影響だった。オスカーの満足げな顔を見て、クラヴィス神官がフッと、静かに笑った。
「いいものであろう?ウィンディアの力というものは。我らの王子はそれだけ、貴い者だ。お前もまた、そうなのであろうな。・・・頼んだぞ・・・。」
オスカーはきょとんとしてクラヴィス神官を見遣ったが、徐々に口元に笑みを浮かべると、剣を持って礼をした。



 美術館に入ってから丸1日が経過した。
「ったくよー!!どこにあるってんだー?」
「ごめん・・・。ホントに聞いておくべきだったね。」
美術館はかなり広かった。部屋がいくつもあり、とても1日では見きれない広さである。しかも、明かりのついていない真っ暗な中を、手持ちのランプで照らしながらの作業は困難だった。二人が分かれて探す、という手もあったが、この広い美術館である。ひとたびはぐれれば、どこにいるかわからなくなるに違いない。そのこともあって、二人は一緒に行動していた。館内に人の姿はなく、聞こえるのは二人の足音と声だけ。壁にはたくさんの名画がかけられている。
「でもよ、その力ってのはどんなものなんだ?どんな形で眠ってるんだよ。」
ゼフェルが不意に、ぽつりと言った。それは興味本意で聞いた質問だった。
「俺の時は、俺と同じ格好だったよ。驚いたよ。自分がもう一人いるみたいなんだ。」
ゼフェルは足を止めた。つられてランディも止まる。
「・・・おい。じゃあ、あの赤毛のおっさんも同じってことか?」
「わからないけど、同じじゃないかな?オスカー様と同じ姿なんだろうね。」
ゼフェルは頭を抱え込んだ。ランディは何が何だかわからない。
「ど、どうしたんだ、ゼフェル?頭でも痛いのか?」
「あー!!もう!早くそれを言えってんだよ!それじゃあ絵ばっかり飾ってある所見ても仕方ねーだろうが!!」
言われてみれば、その通りなのである。フレイアの力が仮にオスカーと同じ姿だったとしたら、絵画ばかりのところを見ていても見つかるはずはない。平面の絵画ばかりのところに立体の力があったとしたら、目立ち過ぎるのだ。
「そうか!ごめん、俺、気付かなかったよ。・・・オスカー様と同じ姿だとしたら・・・。」
ゼフェルはニヤリと笑った。
「あるのは彫刻の部屋だな。」


 二人は美術館の奥へ奥へと歩いていった。絵画の部屋はすべて素通りした。その次に展示されていたのは焼き物だった。そこも素通りし、次に現れたのはついに彫刻だった。広く天井の高い部屋に、石やブロンズの彫刻が置かれてあった。
「・・・暗い中で見る彫刻って恐いね。さっき、通りで見た氷付けの人を思い出しちゃったよ。」
彫刻の一つ一つをランプで照らしながら確認する。明らかに小さすぎるものは無視し、人間の形をしているものを中心にランプで照らしていった。それでも、ものすごい数である。一つの部屋を手分けして探し、なければ次の部屋、というようにして更に奥へ進んでいく。そうして10くらいの部屋を進んだだろうか。一つ、おかしな彫刻があるのに気がついた。
「おい、コレ、おかしくねぇか?」
ゼフェルが見つけたものだった。石やブロンズの彫刻ならば、色は石やブロンズの色になる。そのはずなのだが、その彫刻は明らかに色がついていた。しかも、表面を何かで覆ってある。ランディもその彫刻をランプで照らした。台座の上に立っているので、必死に手をのばしてランプで照らしても、彫刻の脚の部分しか見えない。そっと彫刻に触れると、妙に冷たかった。
「・・・?これ、氷じゃないか?」
他の彫刻がそのままの形であるのに対し、その彫刻だけは氷で覆われていたのだ。まるで、外の通りで氷に覆われていた人間のようである。彫刻の足下を必死に照らす。靴が見えた。
「このブーツ・・・。オスカー様の・・・?」
「何っ?おい、ちょっと退け。俺が登って見てやる!」
ゼフェルがランプをランディに渡し、彫刻の台座の隅によじ登った。再びランプを受け取って、彫刻の頭部を照らす。
「・・・!」
それは、オスカーだった。真っ赤な髪が氷を通して見えた。ランディも台座の上によじ登った。
「あった!オスカー様の力・・・。フレイアの力だ・・・!」
それでも、安心はできない。氷付けになった力。氷を融かさなければならないのだ。ランディは剣を抜き、氷を崩し始めた。それを見てゼフェルもナイフを取り出す。今のフレイアには熱がないので、融かすのはほぼ不可能。崩すしか方法はなさそうだった。氷は脆く、簡単に崩れていった。次第にオスカーの頭部が出、肩から胴、腰が外に出た。
「オスカー様・・・。」
ランディがそっとオスカーを呼ぶと、まだ脚が氷に埋まったままのオスカーの力はゆっくりと目を開いた。その瞬間、足下の氷がビキっと音をたててくだけた。オスカーはランディを見つめた。ニヤっと笑う。ランディがオスカーに触れようとすると、オスカーはランディを抱き締めるようにした。そのまま、すうっとランディの体内に吸い込まれる。フレイアの力。それを体内に取り込んだランディはがくっと膝をつく。
「おい、大丈夫かよ?」
ゼフェルがランディの肩を支えた。ランディは呼吸をやや乱し、胸をおさえている。
「大丈夫・・・。フレイアの力ってすごいんだな。発動はしないけど、取り込んだだけで体中が熱くなる・・・。こんなにすごい力を、オスカー様は使ってるんだね。」
ランディがやや落ち着いてから台座をおりる。何とか歩けそうだ。
「おい、くたばるんじゃねーぞ。あの場所まで戻るんだからな。」
そう言って支えてくれるゼフェルの腕が、とても心強かった。ランディは深呼吸を一つ。そうすると体内で燻っていたフレイアの力の熱が抑えられた。
「・・・戻ろう。この力を、オスカー様に返さなきゃな。」


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