氷のとけた日 



 「とにかく、このままじゃフレイアには近付けないね。どうするんだい、ヴィクトール隊長?」
机を囲んで座っていると、セイランが自慢の槍を磨きながら言った。燃料と食料はあと1週間分。とてもフレイアに入り、王子の力を探す期間の分はない。
「・・・仕方がない。一度ウィンディアに戻ろう。燃料と食料を補給したらもう一度チャレンジだ。」
ヴィクトールがランディに視線をやると、ランディは頷いた。
「よし、エルンスト。ウィンディアに進路をとってくれ。」
「わかりました。」
エルンストは立ち上がると、操縦室に消えた。敵の追手が心配ではあったが、仕方がない状況である。敵に見つかることを想定して、ヴィクトールとセイランは戦闘室にもどろうとした。それを止めるかのように、ゼフェルが呟く。
「・・・でもよ、一つ不思議に思うんだ。なんでやつらは俺たちを狙うんだ?やつらの目的はフレイアの力だろ?フレイアを攻めて力を手に入れりゃ、それで終わりだろ?なんでわざわざウィンディアまで攻撃してくるんだ?」
フレイアの力が封印された今、唯一残ったウィンディアが凍り付くのも時間の問題と言っていい。なのに、敵はウィンディアまでも攻撃したのだ。それはほぼムダな力を使っていると言ってもよいくらいなのだ。
「・・・フレイアの力を俺たちに奪われることを恐れたのか、または風の力を持っているランディ様を恐れたのか・・・。」
ヴィクトールも首をひねった。考えられるとすれば、それは前者の方である。ランディの力はフレイアの力があって、初めて発揮されるものでもある。なのでいくら力をもっているとはいえ、敵はそれを恐れるはずはない。前者の方であっても、兵士の数は見る限り、圧倒的に敵の方が多い。ただでさえ氷に閉ざされつつある状況で兵士たちは疲れ果てているので、どう考えても敵の方が有利なのだった。(最悪の状況はランディの力を封じることで逃れたのだが。)敵がランディの顔を知っているとも思えないので、どうも敵の動きには不審な点があるといえば、あるのだ。
「・・・ま、やつらが襲ってくるんだから、戦うしかねぇのは交わんないけどな。」
ゼフェルも戦闘室に向かった。セイランとヴィクトールも後を追った。部屋に残されたランディとメルは二人で向かい合わせに座った。
「・・・僕、あんまり役に立たないね。ごめんなさい・・・。」
「何言ってるんだ。メルは頑張ってるじゃないか。」
「占いも力の及ぶ範囲でないと占えないから・・・。」
シャトルが動き始めた。敵の包囲網をかいくぐり、ウィンディアに戻るのだ。



 ウィンディアの中でも比較的温かな地方を選んで、シャトルを着陸させた。幸い敵に襲われることもなく、小さな砦の近くに着くことが出来た。
「ルヴァ様に会いに行こうと思う。このままではフレイアに近付けん。エルンスト、その間に用意するものをしておいてくれないか。」
ルヴァはウィンディア一の知識人。何かいい案をくれるかもしれない。この砦からルヴァのいる研究所までは少々距離があるが、行く価値はあるかもしれない。
「わかりました。食料、燃料、武器等は積み込んでおきます。お気をつけて行ってきてください。」
「ヴィクトールさん、俺も行っていいですか?」
ランディにはただ待っていることなどできなかった。敵に自分が狙われているとは思わないが、一ケ所に留まるよりも、動いている方が安全である気もした。それはヴィクトールも考えたらしい。
「・・・いいでしょう。それじゃあ、セイラン、ゼフェル、行こう。」
真っ暗の中、明かりを持って馬に乗る。先頭をセイランが行く。ランディを囲むようにして、4人は研究所に向かった。風が少し、寒かった。確実にウィンディアも機能が弱りつつある。
「・・・俺、もう一度力をめぐらせておいた方がよさそうだね。」
「・・・そうだな。俺も力、貸すからよ。もう一度やっておこうぜ。」
ゼフェルも応えてくれた。久しぶりに戻って来ると、その環境の変化を生々しく感じた。
「しっ!ちょっと黙って!」
先頭を行くセイランが馬の歩みを止めた。つられて他の3人も止める。聞き覚えのある音・・・。
「来ちゃったみたいだね。どうする?ヴィクトール隊長。」
敵のエアホースの音だった。しかも、数が相当多そうなのだ。ヴィクトールは軽く舌打ちした。あたりは草原。身を隠すものもない。
「・・・仕方ない。俺が前に出る。セイランとゼフェルはランディ様を守りながら、俺が撃ちもらしたのを確実に叩いてくれ。」
セイランとゼフェルがランディの両脇前に出た。それぞれの武器を手にする。ヴィクトールは大剣を、セイランは槍を、ゼフェルは銃を。ランディも弓を取り出した。
「おい、これはすげえ数だぜ。先に俺がちょこっと叩いた方がいいぜ。」
「そうだな。俺が合図したら撃ってくれ。」
敵の集団が近付くのを待つ。ゼフェルは銃を構えた。
「・・・よし、撃て!!」
ヴィクトールの合図でゼフェルは銃を乱射した。見事に敵は散っていく。その弾丸の中をすり抜けた者が攻撃を仕掛けてきた。ヴィクトールとセイランが対応する。
「セイラン、右にまわってくれ!俺は左に行く!」
「了解。」
ゼフェルの銃のおかげで敵の大半は打ち落とされた。ランディも負けじと弓を引く。次の矢を番えようとした時、敵に狙われてしまった。
「しまった!ランディ様!!」
「僕じゃ、間に合わない!!」
「ランディー!!」
剣を慌てて抜こうとしたが、間に合わない。せめて弓で敵の武器を弾き返そうとした、その瞬間。目の前を白い羽が舞った。
「・・・?」
敵はばさりと切り倒された。まるで神風のように空から舞い散った羽が、敵を討った。何ごとかと思い、空を見上げると、そこには一頭のペガサスが。
「ペガサス・・・?」
頭からマントをかぶった者が、ペガサスにまたがり、敵に突っ込んでいった。大きな剣をかざし、次々と敵を薙ぎ払っていく。
「つ、強えぇ・・・。」
ペガサスの騎士はたった一人で、敵を片付けてしまったのだった。4人はただ、呆然としていた。やがて敵をすべて倒した騎士は、ペガサスを着地させた。
「どなたかわからないが、危ないところを助けていただいた。かたじけない。」
ヴィクトールが馬から降りてペガサスに歩み寄った。他の2人はランディを守るように立った。ペガサスはウィンディアには生息していない。明らかに、外部の者なのだ。警戒しなくてはならない。
「やつらは俺の敵でもある。共通の敵ならば、倒すまでだ。気にするな。」
ペガサスにまたがった男は言った。
「私はウィンディア王国騎士団長のヴィクトールだ。あなたは・・・?」
ペガサスの男はペガサスから降り、頭からかぶっていたマントをとった。真っ赤な髪、鋭い瞳。ヴィクトールよりも長身。ただ者ではない、と4人は思った。
「俺はオスカーだ。」
オスカーと名乗った男は4人をかわるがわる見た。そして、ランディと目をあわせると、そこで視線を止めた。セイランがランディの前に歩み出る。
「失礼ですが、オスカー殿。あなたはどちらの方ですか?ウィンディアの人間ではないでしょう?」
オスカーはフッと笑みを浮かべた。
「ああ、そうか。ウィンディアにペガサスはいないのか。俺はフレイアの人間だ。フレイアが凍り付いた時に命からがら逃げてきたわけさ。」



 オスカーはフレイアの人間だった。ウィンディアには生息していないペガサスにまたがり、氷に閉ざされていくフレイアから逃れてきた。唯一凍らずに残っているウィンディアにも敵が攻め込んできたので、フレイアの人間とわからぬよう、こうして頭からマントをかぶっているのだ、と。フレイアの人間とわかれば、ただちに捕らえられ、王子について口を割るまでひどい仕打ちを受けるに違いない。
「あなたは騎士かなにかでしょう?先程の剣の腕、普通の方とは思えません。」
警戒する相手ではないとわかり、ランディが歩み出た。オスカーは他の3人の様子で、ランディが何か重要人物である、ということがわかったらしい。ランディをジッと見つめてきた。
「よくわかったな。俺はフレイアの騎士だ。」
ランディに対しても同じ口の聞き方をするので、ヴィクトールは改めるよう言おうか、迷った。しかし、簡単にランディがウィンディアの王子であることを明かしてしまってよいのか、それも迷う所だった。とりあえず、そのことは黙っていることにする。ヴィクトールにはこのオスカーが、どこか非常に頼もしく思えた。
「フレイアの騎士であるなら、その王子のこともご存知か?」
オスカーは一瞬ピクリとし、ヴィクトールをちらりと見た。
「ああ。かなり、よく。」
「ならば、話は早い。オスカー殿、我々とともに来てくださらないか。」
オスカーは黙った。
「我々はわけあって、フレイアの王子の力を探している。あなたもフレイアの騎士ならば、この状況を放っておけるはずはない。ともに、このフレイア星系を元にもどすのに、力を貸してほしい。」
ヴィクトールは頭を下げた。一国の騎士団体隊長が一人の騎士に対してする行為ではないが、フレイア人の協力、それも王子のことを知っている者の協力を得られれば、そんなに心強いことはなかった。
「・・・確かに、この状況は何とかしなければ、と思ってはいるさ。だが、何のために、何を頼って、フレイアの王子が力を封印したか、あなたがたはご存知か?」
オスカーは4人の顔をかわるがわる見た。フレイアが危機的状況に陥ったことは誰もが知っている。その時に力を封印した王子。それは最終手段だったはずなのだ。かなりの犠牲と危険を伴う。ヴィクトールは言った。
「確かに、我々はフレイアの王子のなさったことの真意はわかりかねる。だが、それでフレイアの力が守られたことは事実だ。こんどは体勢を立て直し、敵に反撃すればいい。・・・それにはフレイアの力が必要だ。」
オスカーは鋭い視線をヴィクトールに投げかけた。
「そうかもしれん。だが、フレイアの力は炎の力。危険な力さ。自ら光り輝き、あらゆるものを燃やし、大気、風をとりこみ、宇宙を駆け巡る。簡単に使われてしまっては困るんだ。例え、味方であろうとも。」
オスカーとヴィクトールとの間に緊張が生まれ始めた。
「・・・それは、我々には協力できない、ということか・・・?」
ヴィクトールも真顔になり、オスカーを睨み付ける。するとオスカーは声をあげて笑った。ヴィクトールはむっとする。
「何がおかしい。」
「ハハハ・・・。何もそうは言ってないだろう?あまりカリカリしないでくれ、隊長殿。・・・俺はフレイアの王子から勅命を受けて、この星に来ているんだ。もし、そちらの意向とこちらが合致すれば、協力は惜しまないぜ・・・?」
「あのっ・・・!」
何やら険悪な二人の間に割って入るように、ランディが飛び出した。オスカーは思わずランディを見つめる。
「俺たちは、フレイアの力を利用しようとは思ってません。ただ、人々を見ていると、耐えられないんです。なんとかしなくては、って・・・。何もせずにはいられないんです!!」
青い、まっすぐな瞳がオスカーを見上げていた。不意に、オスカーは奇妙な気持ちに襲われる。
(・・・何だ・・・?何か、どこかで・・・?)
「本当はフレイアの力はフレイアの王子が使うのが一番だと思います。でも、その王子も今どこにいるか・・・。だから!俺たちが頑張るしかないんです!!」
「・・・・・・。坊や、お前は一体・・・?」
ランディは口元に笑みを浮かべた。自信にみちた表情で。
「俺はウィンディアの王太子、ランディです。」
「!!坊やが・・・ウィンディアの・・・。」
オスカーは一歩下がった。
「数々のご無礼をお許しください。まさか、ランディ王子とは知らなかった故・・・。」
「いっ、いいんです!!普通にしてください。」
ランディが自ら王子であることをばらしてしまったが、どうやら丸く収まりそうなので、ヴィクトールも胸をなで下ろした。わざわざ味方になりそうな人間とケンカをするつもりはない。オスカーはヴィクトールに向かって手を差し出した。
「挑発するようなことを言って、悪かった。まさか、ウィンディア王子の一行とは知らなかったんだ。」
「いや、俺もつい・・・。俺もまだまだ、だな。」
二人は握手を交わす。オスカーはランディに協力することになった。



 オスカーをつれて、ランディたちはルヴァのいる研究所にたどり着いた。
「あ〜、ランディ王子。よくご無事で。ささ、はやく中へ・・・。」
とても危機的な状況下にあるとは思えない、ルヴァの振るまい。だが、それはどこか心を平静にさせてくれた。大きなスクリーンのある会議室に入り、机を囲んで座る。
「おや、見なれない方がいらっしゃいますねぇ。」
ランディが自ら、オスカーをルヴァに紹介した。
「ああ、それはそれは。こちらとしても心強いですねー。どうぞ、よろしく。」
ひとしきり紹介が終わったところで、ヴィクトールが本題を出す。
「・・・というわけで、とてもフレイアに接近するのは無理です。何か、策があれば・・・。」
「そうですねぇ・・・。」
スクリーンに映し出される、フレイア周辺の宇宙図。そこにランディたちが接近しようとした軌跡を描く。軌跡はウィンディアから始まり、フレイアを少し周回するカタチで、赤道上をたどっていた。ルヴァは何やら考え込んでいる。スクリーンに更に、敵が攻め込んできた方向を書き込んでいく。すると、何やら思いつくことがあるようだった。
「赤道上から近付かなければいいんじゃないですかねぇ。」
ウィンディアからフレイアまでの再短距離はウィンディアの赤道とフレイアの赤道を結ぶ線になる。それを少し変え、フレイアの極に近い所から近付く、というものだった。
「敵も赤道上を周回して、警戒しているのでしょう。ならば、極付近から近付くのが妥当ですね。万が一敵襲を受けた場合に備えて、北極側からがいいでしょう。あー、オスカー殿、どうでしょうかねぇ?」
フレイアの地理には詳しいであろう、オスカーに同意を求めた。
「ああ、それがいいと思うぜ。やつらは当然、ウィンディアを睨んでるんだ。赤道上からは無理だな。」
ヴィクトールが最終的に決断を下す。
「よし、北極側からやってみよう。」
「それがいいですよ。うんうん。」
これで話し合いも終わり、シャトルに戻ろうとした時、ルヴァはもう一枚のフレイアの図をスクリーンに映した。
「オスカー殿、2つ、あなたに聞きたいことがあるんです。」
ルヴァはいつになく、真剣な面持ちだった。オスカーが一つ、頷く。
「何なりと。」
「私たちはフレイアの王子の力を探しています。・・・フレイアの重要な施設内に眠っていると思いましてですねー、次の5地点を考えたんですよ。」
ルヴァはフレイアの5地点をスクリーン上に示した。カスペンス城、マレア城、大聖堂、フレイア城、ドーレシア要塞である。
「あなたはどこに王子の力が眠っているか、ご存知ですか・・・?」
オスカーはスクリーンを見つめた。視線を次々と移していく。その視線がドーレシア要塞まで移り、オスカーは目を一瞬閉じた。そして、他の1点を見つめ、また目を閉じた。
「・・・王子の考えは、俺にはよくわからない。だが、どこも重要すぎるポイントだ。」
「そうですか・・・。ではもう一つ。フレイアの王子は今、どこにいらっしゃるんですか?」
「・・・それは俺にも何とも言えません。」
オスカーの返答は何やら気になる言い方だったが、つまり、詳しくは知らない、ということなのだろう。ルヴァはため息をつく。
「はぁ、そうですかー。困りましたねぇ・・・。」
「仕方ありません。ルヴァ様。一つ一つ、調べて行きます。」
ヴィクトールが宣言した。今後の方針も固まり、ランディたちはシャトルで再びフレイアに出発することにした。



 シャトルはフレイアの北極を目指して飛んでいた。敵の監視を逃れながらの飛行は順調だった。ルヴァの策は見事に成功したらしい。それでも警戒を怠らぬよう、ゼフェルとセイラン、ヴィクトールは戦闘室にこもり、エルンストは操縦室へ、メルはフレイアの王子の力を探るために占い用に設けた部屋にこもっている。シャトル内の会議室にはランディとオスカーだけが残されていた。二人とも黙ったままだったが、その沈黙に耐えきれず、ランディが口を開いた。
「オスカーさん。」
「何だい?王子様。」
その返答に顔を真っ赤にしながら、ランディは続けた。
「あの、オスカーさんはフレイアの王子の勅命を受けてウィンディアに来た、っていいましたよね。・・・フレイアの王子は何をあなたに命令したんですか?」
「知りたいか?」
それまで椅子に座り、そっぽを向いていたオスカーは椅子を回転させてランディの方を向いた。その動作が妙に大人っぽく、かっこよく、ランディは思わずドキリとした。頼っていい人間ではあるが、どこかつかめない、といった気がした。
「知りたいです。」
「そうか。」
オスカーは立ち上がり、窓の外を見た。徐々にフレイアが近付いてくる。オスカーは故郷であるフレイアを懐かしそうな眼差しで見つめた。
「聞けば、ランディ王子はウィンディア、つまりはフレイア星系の全滅を恐れて力の半分を封印したのだそうだな。」
「はい・・・。」
「この状況では賢明だと思うぜ。フレイアの王子も同じさ。全滅と悪用されるのを恐れて封印した。フレイアの力は危険な力だ。簡単に使われては困る。ランディ王子もそうだろう?」
「はい・・・。」
オスカーはランディの方に向き直った。鋭い瞳でランディを見つめる。とても鋭くて、動けないくらいに。それでも、どこか吸い込まれそうな瞳だ。
「封印させるしか、方法はなかった。王子は強い。だが、それでも敵はものすごい数だったからな。いつ、どんなカタチで襲われるかもわからない。王子に力を残したままフレイアを一時脱出させるという案もあったが、それも危険きわまりない。知っての通り、ヤツらはしつこいからな。それで封印させたんだ。封印させれば、フレイアは凍り付く。敵も、味方も・・・。だが、封印させてしまったがために、フレイアの王子は身動きがとれなくなった。それで、あるものを望んだんだ。」
「あるもの・・・?」
オスカーはランディの目の前に立った。ランディもつられて立ち上がる。
「そう。・・・フレイアの王子はもう一人の力をもつ王子に会いたがった。つまり、ランディ王子、君を望んだのさ。」
「えっ・・・?」
ランディの心臓は跳ね上がった。少し、意味深な言葉。ランディは焦った。
「ど、どうして俺なんですか・・・?じゃあ、オスカーさんが受けた命令って・・・。」
「そう、ランディ王子に会うことさ。これで俺は命令を果たしたことになるかな。」
「でも、俺に会ってどうするんですか?どうして俺が・・・。」
オスカーはフッと笑った。これはオスカーのお得意の表情らしい。
「わからないか?だったら、時が来たら、フレイアの王子に聞いてみるといい。」
「・・・はい・・・。」
その時、パタンとドアが開き、メルが戻ってきた。何やら神妙な顔をしている。
「おつかれさま、メル。どうだった?」
メルは何やら考え込んでいる様子だった。やや眉をひそめたような、困ったような顔だ。
「ランディ様・・・。おかしいんだ。フレイアの王子の力。二つ見えるんだ・・・。」
「二つ?」
「うん。一つは1ケ所に留まって見えるんだ。それはいいんだけど、もう一つ。これが、動き回ってるみたいで・・・。」
「何だって?」
メルの水晶球にはフレイアの王子の力が見えたという。1ケ所はフレイア上の1点をさしていた。(場所を特定するには至らなかったらしい。)しかし、もう一つ、何か反応が見えた。それはフレイアの上空を動いているように見えた、というのだ。
「力を二つに分けた、ということかな?」
「わかりません。・・・ごめんなさい。役に立たなくて。」
「ううん、そんなことないよ。後でみんなと相談してみよう。」
「はい。」
メルは操縦室を手伝うと言い、部屋をまた出ていった。ランディは一息つくと、先程の話の続き、とばかりにオスカーに質問する。
「オスカーさん、フレイアの王子ってどんな方ですか?」
「そうだな・・・。」
オスカーは自分のあごに手をやる。その口元にはやや笑みを浮かべていた。
「いい男だぜ。フレイア一なんじゃないか?」
ランディは思わずクスっと笑う。
「最初の印象がそれですか?」
「ああ。どこをとっても欠点がないんだ。レディたちにも人気でな。誰が妃になるかって、大変な騒ぎさ。」




 メルの報告を受けて、ランディは全員を会議室に集めた。
「・・・ということなんだ。フレイアの王子の力が二つに分かれているのかもしれない。」
誰もが黙ってしまった。ただでさえ、王子の力を探し出すのは大変なのである。それが二つ、しかも片方は動き回っている、とあったらもう、それは捕まえるのは不可能なのでは、というくらいに困難なのだ。
「それはランディ王子が半分力を残したのと同じ理由からなのでしょうか?」
エルンストがオスカーに尋ねた。
「さぁ。だが、それはないと思うぜ。フレイアにちょっとでも力を残したら、ヤツらに悪用されるからな。王子は完全にフレイアを閉ざしたかったんだ。分かれていた、としても別の理由だろう。」
「・・・分かれていた、としても・・・?」
セイランが眉をぴくりと動かした。
「ああ。俺は王子の力が分かれている、という事実は知らされていない。第一、力を封じたらすぐにフレイアは凍り付くんだ。分けているヒマなどなかったはずだ。」
「じゃあ、どうして・・・。確かに二つ、見えたんです・・・。ま、間違い・・・かも・・・。」
メルが申し訳なさそうに呟いた。ランディは落ち込んだメルを元気づけようと、メルの肩をぽん、とたたいた。ヴィクトールは全員の表情をうかがっていた。
「・・・この場合だったら、留まっている方を探した方が見つけやすいだろう。そっちから先に探したらいいと思うのだが・・・。どう思う、オスカー殿。」
オスカーはフッと笑って、頷いた。
「俺も同感だな。メルが見た光の指している位置からいって、それは王都の近くだ。可能性は高い、と思うが・・・?」
「よし、そうしよう。エルンスト、フレイアの大気圏内に入ってくれ。そうしたら大気圏内を王都の近くまで移動だ。」
「承知いたしました。」
引き続き、ヴィクトールが指示を出す。
「セイラン、ゼフェルは引き続き、戦闘室で警戒にあたってくれ。メルはエルンストのサポートを。」
「よっしゃ、やってやるぜ!」


 シャトルは無事にフレイアの大気圏内に入り、そのまま高度10000メートル付近を、王都を目指して飛行した。王都周辺には敵が多くいる恐れもあったため、シャトルは王都から少し離れた森の中に着地した。
「・・・ここが、フレイア・・・?」
ランディはその寒さに身を震わせた。一面、氷と雪で覆いつくされている。そのせいか、うっすらと青白く見えた。吐く息はすぐに凍る。オスカーはシャトルをおりると、頭からマントをかぶった。口のあたりまでを覆い、目だけを出している。相当、あたりを警戒していた。
「オスカーさん、ここがあなたの故郷なんですね。」
ランディも防寒対策をした服装になった。
「ああ。もとはこんな寒々しい星ではないんだがな。もっと温かく、活気に満ちた星さ。」
ランディたちはとりあえず、王子の住むフレイア城を目指すことにした。もっとも可能性の高い場所、と考えたのである。シャトルを着地させた森からフレイア城までは少し距離がある。道も何もかもすべて凍っているので、歩いて行くのはなかなか困難だ。しかし、それしか移動の手段がない。実はシャトルにはオスカーの乗っていたペガサスも一緒に連れてきているのだが、オスカーはできるだけ、自分がフレイア人であると知られたくないようだった。オスカーも徒歩でフレイア城に向かうことにした。
「このあたりは敵の監視も厳しくなっているはずだ。ヴィクトール、戦闘に慣れていない者を真ん中にはさんで進むといい。」
オスカーがヴィクトールに忠告した。
「よし、そうしよう。先頭は俺が行く。メルとエルンスト、真ん中に入ってくれ。ランディ様も中へ。セイランとゼフェルはまわりを守ってくれ。オスカー殿も、頼む。」
道はあってないようなものだった。氷と雪の中を、ひたすら前に進む。オスカーの話では、フレイア城は町の中心部にあり、その周辺には建物がたくさん建っていた、という。町の中にまで入ってしまえば、身を隠す建物も多くあるということだ。ヴィクトールはできるだけ早く進むように言った。この寒さの中では時間をかけると、体力も消耗してしまう。敵に見つかる可能性も高くなる。この雪原は、あまりに危険なのだった。


 小高い丘を登りきると、眼下にフレイアの城下町が見えた。
「うわぁ・・・。」
メルが白い息を吐きながら、目を丸くした。ウィンディアとは比べ物にならない程の、大きな都市だった。その中央にそびえる、フレイア城。これもウィンディア城より、はるかに大きな城だった。多くの人々が生活していたはずのフレイア城下町。そこも氷に閉ざされ、すべてが眠ったままだ。まるで、時間が止まっているかのようだ。
「・・・行こう。」
ランディは呟いた。それにヴィクトールが頷いた時。
「ヴィクトール!来た!敵のエアホースの小部隊だ!!」
セイランがとっさに槍を手にしながら叫んだ。
「・・・っ!!仕方ない!エルンストとメル!下がっていてくれ!1騎たりとも逃がすな!逃がしたら、今度は敵の大部隊を相手にすることになるぞ!!」
セイランとゼフェルが前に出た。ヴィクトールもランディを守るように立つ。オスカーも剣を手にして敵が近付くのを待った。敵は20騎ほどの部隊で、まっすぐにこちらに向かって飛んできた。
「いくぜ。・・・オレの自慢の対空用爆弾だ。喰らえ!!」
ゼフェルが投げた爆弾により、手前の3騎が落ちた。残り、17騎。一斉に襲いかかってくるのを、ランディの弓とゼフェルの銃が打ち落とす。セイランとヴィクトール、オスカーも応戦した。途中、敵の目がエルンストとメルに向いた時はセイランが守るようにして戦った。そうして残り10騎。その先頭の者とオスカーが剣を交えた時。エアホースの風圧でオスカーが頭からかぶっていたマントがはらり、と落ちてしまった。オスカーの真っ赤な髪があらわれる。オスカーの目と敵の目が合う。敵は慌てた様子で、すぐに一度さがった。
「い、いたぞー!!フレイアの王子だ!!捕まえろー!!。」
「!!」
その敵兵が叫んだ言葉に、誰もがはっとした。動きが止まる。それを見ていたかのように、敵兵はオスカーに一斉に襲いかかった。しかしオスカーはその言葉を聞いたとたんに力を得たかのように、敵を薙ぎ払った。それは鬼神のごとく、強かった。剣の一ふりで敵は何人もが一度に倒れた。あらゆる角度から襲いかかってきたが、オスカーはそれをものともせずに、剣を振るって倒していった。ランディたちはその姿を見ていることしかできなかった。あまりに、強い。その姿に誰もが圧倒される。何よりも、先程敵が叫んだ言葉が耳から離れないのだ。最後に残った2騎の敵兵が同時にオスカー目掛けて突進したが、オスカーはその二人をもあっさりと倒した。戦いが終わった後、あたりには敵兵の亡骸とエアホースが散乱していた。冷たい風が、すこし吹き抜ける。オスカーはゆっくりと、ランディたちのほうを振り返った。 


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