氷のとけた日     by  残月様




 窓の外を見ると、遠くに小さな青白い光が見えた。その光を見ると、心が痛んで仕方ない。
「ねぇ、エルンストさん。ここはどのあたりになるんですか?」
呟くようにして問いかけると、窓が息で白くなった。傍らでモニターとにらめっこしていたエルンストは何度かキーボードを叩いた。
「そうですね。簡単に言いますと、フレイア星系の端になります。・・・フレイア星の力のおよばない、冷たい地域ですね。」
シャトルはスピードを落とし、やがて止まった。
「随分、遠くまで来たんですね。」
ぽつりと言って、窓から離れた。同じく、傍らでひかえていた赤毛の少年メルに指示を出す。
「メル、みんなを集めてきてくれないか?」
「はい、ランディ様!」
先程窓から見えた青白い光。それはこのシャトルに乗っている者たちの故郷、ウィンディア星。ランディはウィンディア王ジュリアスの一人息子、王位継承者であった。明るくまっすぐな性格で、民からも慕われている。剣の道を志し、騎士団とともに星を守る存在でもあった。そしてもう一つ。ランディには特殊な力があったのである。

 大きな机を囲み、全員が集まった。それぞれがやや沈んだ表情である。壁一面はモニターになっており、その近くに王子ランディが座る。机をはさんで反対側にウィンディア騎士団長のヴィクトール。他には研究員エルンストと占い師メル、騎士団のセイランとゼフェル。これだけの者だった。立ち上がって話し始めたのはヴィクトールである。
「さて、これからのことだが・・・。ウィンディアを出て1週間になる。このまま宇宙を漂うわけにもいかん。・・・エルンスト。燃料や食料はあとどのくらいもつ?」
エルンストはキーボードを叩き、在庫の画面を開いた。
「もって、あと1週間ですね。それまでに今後の方針を定めなければ、我々は全滅します。」
やや衝撃的な発言に、メルはうろたえた。
「そ、そんな・・・!」
机の上に足を投げ出すようにして座っていたゼフェルは足を床に戻し、バン!と机を叩いた。
「おい、エルンスト!バカなこと言うんじゃねーぞ!俺たちにはフレイア星系全体の将来がかかってんだ!」
「も、申し訳ありません。・・・しかし、それが現状です。」
セイランは細い眉をややつり上げた。
「ま、わかっていたことだけどね。」
悲愴感漂う空気にはわけがある。この宇宙は赤く燃えるフレイア星を中心として広がる銀河の一つ、フレイア星系である。ウィンディア星はそのフレイア星に最も近く、フレイア星から多くの恵みを受けていた。朝になれば、フレイア星は東の空より輝きながら顔を出し、夕方になれば西の空に燃えながら沈む。熱と光をもたらす、欠かすことのできない存在だった。輝くフレイア星に住む人々は神の人々と呼ばれ、フレイア王家の人間はことのほか神聖な存在とされていた。信仰の対象とも言うべきものだった。
 その美しく、豊かなフレイア星系をねたましく思う人々もいた。フレイア星系外の、恵まれない星々の人間である。彼らは長年の研究によって科学技術を進歩させ、ついにフレイア星に直接攻め入るまでに至ったのである。フレイア星を我がものとするためだった。平和そのものだったフレイア星は大混乱に陥った。




 人々を守ろうと立ち上がったのは、フレイア星の王子だった。王子は特殊な力を持っており、王家の中でも特に人々の信仰を集めていた。フレイア星のもたらす熱と光。つまりは炎の力を体内にもつ人間だったのである。炎は王子の意志で自在に操られ、フレイア星系に恵みをもたらすのも、実際のところはこの王子の力だったのだ。炎の王子、人々はそう呼んだ。敵がフレイア星に直接攻め入った時、この炎の王子は自分の体と体内に眠る炎の力とを切り離し、その力を封印したのだ。熱と光の源を失ったフレイア星はたちまち凍りつき、眠りの世界に入ってしまった。敵も味方も、一般の人も。すべてが氷の世界に閉ざされた。その後、炎の王子の体がどうなったのか、それを知る者はいない。

 フレイア星の影響はフレイア星系の外側に近い星から出始めた。熱と光は行き届かなくなり、外側から徐々に氷の世界へと変わっていった。最後に残ったのがウィンディア星。ウィンディア星には炎の王子と同じような特殊な力を持った者がいたために、唯一助かったのだ。それがランディ王子。風の力をもった人間である。ランディ王子は優秀な技術者でもある騎士ゼフェルに発熱機をつくらせ、その熱が星全体に行き渡るように風を流し続けたのである。光が天から注ぐことはないために星は夜のままとなったが、人々はその熱のおかげで生き延びた。フレイア星を落とし損ねた敵は、今度はこのウィンディアを侵略し始めたのだ。ウィンディアの騎士団は戦ったが、環境の変化による疲労が相当あった。戦況は思わしくなかった。


 星全滅、ひいてはフレイア星系全滅をおそれたウィンディア王ジュリアスはウィンディアの知識人たちを集めた。何回にもわたる話し合いの後、出された結論。それはウィンディア一の学者ルヴァによって出された提案だった。
「炎の王子と同じように、ランディ王子の力を半分だけ、封印しましょうか。」
他の学者やジュリアス王は驚きを隠せなかった。今、唯一機能しているウィンディア星はランディの力で何とか持ちこたえているようなもの。その力を封印してしまうことは、フレイア星全滅を意味するのである。学者たちは反対した。しかし、ルヴァは揺るがなかった。
「だから、私は半分、と言ったのですよ。」
フレイアの王子は自分の力のすべてを封印したのだという。それゆえフレイア星自身までもが氷の世界へと姿を変えた。しかし、半分だけ力をランディ王子に残せば、多少ウィンディアが氷に覆われても、機能が完全に麻痺してしまうことはないのでは、というのであった。
「半分の機能は麻痺するでしょう。でも、ウィンディアの中でも温かな地方は残るはずです。」
ルヴァは笑顔だった。
「それで一体、どうするのですか?」
その時、会議に出席していたエルンストにはルヴァの話はまったく理解できなかった。どう考えても危険なのである。ジュリアス王も分かりやすい話を、とルヴァに求めた。
「・・・ランディ王子に、このウィンディアを脱出していただきます。そして、フレイア星のどこかにあると思われる炎の王子の力を探していただくのですよ。半分とはいえ、力を封印したらウィンディアはどうなるかわかりません。なので、ランディ王子にはできるだけ安全な場所にいていただきたいのです。」



 ウィンディアを残し、雪と氷に閉ざされたフレイア星系。それを元に戻せるのはこのような状態を引き起こした張本人、フレイアの王子しかいないというわけである。
「しかし、炎の力を自在に操れる王子の体がどこにいるか、それはわかりません。・・・特殊な力をもつ人間は体が器であり、そこに力がはまることによって初めて力を発揮できるのだといいます。しかしフレイアの王子がどこにいるかわからないのでは仕方ありません。力の方はフレイアの重要ポイントを探していけば見つかるはずです。そこで、ランディ王子に炎の力を半分だけ取り込み、星々の機能を回復していただくのですよ。・・・何も考えずにフレイアの王子が力を封印したとは思えないのですよ。私もフレイアの王子がどのような人かは知りません。しかし、フレイアの王子の評判をみなさんも知っているでしょう?炎の王子。人々に恵みをもたらし、敵が攻め込んだ時には先頭に立って戦ったというじゃありませんか。」
その場はしんとした。そして、誰もがジュリアス王を見た。指示を待ったのである。ルヴァの提案の他によい方法を思いつく者はいなかった。決断を迫られたジュリアス王はしばらく眉間にしわを寄せて考え込んでいた。どんな方法であっても、危険ではあった。沈黙。そして、ジュリアス王は言った。
「・・・ルヴァの言う通り、ランディの力を半分眠らせるとしよう。ランディも風の力を持った人間だ。その力、役に立たぬはずはない。・・・何よりも、時間がないのだ。少々危険だが、仕方あるまい。」


 こうして、ランディ王子は自分の持つ力を半分眠らせることになった。ウィンディアの中でも温かな地方の、とある神殿。ある日、そこには王ジュリアス、王妃、その他多くの重要人物が集まっていた。ランディ王子の力を眠らせる日。ウィンディア、その他フレイア星系全体の運命を賭けた日と言ってもよかった。王妃は涙していた。力を眠らせても、ランディは普通に生きていられる。だが、この非常事態の中でどうなるか、というのがわからなかったのだ。
「しばらくはゼフェルの発熱器とランディ王子の残された力に頑張っていただきます。・・・でも2人が脱出をしたら、極に近い地方から氷に閉ざされるでしょう。おそらく王宮も氷付けになります。最後に残るのは赤道付近ですね。ここが閉ざされれば、このフレイア星系は全滅です。脱出したランディ王子たちの食料やシャトルの燃料を供給する手段がなくなりますからね。」
ルヴァは静かに言った。
「父さんと母さんはどうするの?」
この時点で脱出するメンバーが決まっていた。王子ランディ、騎士団長ヴィクトール、騎士セイラン、ゼフェル、占い師メル、研究員エルンスト。その中に王と王妃の名はなかった。
「私たちは王宮の中で眠りにつくとしよう。敵の狙いの中には私たちもあろう。王宮ごと眠りについてしまえば、少なくともその心配は減るはずだ。」
民を混乱させないために、今回のことは極秘のうちに準備が進められた。敵に気付かれてもいけない。ランディの力を眠らせた場所がわかってしまえば、その力は敵に奪われ、このウィンディアが危機的状況に陥る。それだけは何としても避けなければならないのだ。




 眠らせる前に一つ、やるべきことがあった。最後の風の力をたくさんこの星にめぐらせて、少しでも長くウィンディアがもちこたえられるようにするのだ。ランディは人々の生命力に願いを託し、力を送った。ありったけの力を込め、この星に風を流した。風の精霊たちはランディの力に応え、風を巡らせた。
「さて、やるべきことはもうやりました。・・・ランディ王子、始めましょうか。」
ルヴァの声はしずかに響いた。その声に導かれ、この神殿を守っているクラヴィス神官が奥の部屋から姿を現した。ジュリアス王は一歩前に出て、クラヴィス神官に言った。
「クラヴィス、頼んだぞ。」
物静かなクラヴィス神官は一度ジュリアス王を見てフッと笑うと、ランディ王子の前に立った。
「ついて来るがいい・・・。あとの者は準備をするなり、帰るなりしておくのだな。。」


 クラヴィス神官に連れられて、ランディは神殿の最奥部の部屋に連れてこられた。全体が薄い水色のような石でできていて、窓は一つもない。「科学の力だぜ」とゼフェルが自慢していた電灯が部屋を照らしていた。
「そこに立つがいい。」
部屋の中央の床は少し高くなっていて、魔法陣のようなものが描かれている。指示された通りにそこに立つと、クラヴィスは何やら妖し気な杖を手にとった。
「目を閉じて、楽にしていろ。」
クラヴィス神官の物言いはどこか独特で、ちょっと恐怖感さえ感じるようなのだが、「信頼できる人です」とルヴァは言っていた。ランディは言われるままに瞳を閉じる。クラヴィスが杖をランディに向かって差し出すようにすると、杖に固定されていた大きな石が水色の光を放った。部屋の中がざわざわし、風が吹き荒れる。髪が乱されるのを感じながら、ランディはじっとしていた。自分の体内から何かが抜け出していくのがわかった。ふっと力が抜ける。
「もう、よい。」
クラヴィスがそう呟くと、ランディはそっと目を開けた。そして、驚いた。目の前に半分透き通った、自分と同じ体が立っていたのだ。まるで、鏡だ。
「・・・あ・・・。」
その場にペタンと座り込む。自分の目の前に自分がいる、というのはあまりに奇妙な感覚だ。一方のクラヴィスは「何ともない」というように、半透明のランディの体を魔法陣の上に横たわらせた。魔法陣の上に横たわったランディの体はすぐに、ガラスのようなものに覆われていった。
「・・・急ぐがいい。ここもどうなるかはわからぬ。シャトルで仲間が待っているのだろう?」
力を眠らせてしまった今、このウィンディアは徐々に氷に閉ざされていくのだろう。その前にランディはここを脱出する。・・・そして、フレイアのどこかにあるという、フレイアの王子の力を見つけだすのだ。失敗は許されない。
「・・・クラヴィス様、ありがとうございました。俺、行きますね。」
クラヴィスはフッと微笑んだ。
「せいぜい、頑張ることだな。私はここでお前の力を守るとしよう。なに、案ずることはない。ここまで敵は入って来れぬだろう。」
「はい。よろしくお願いします。」




ランディが神殿を出ると、その入り口は封印された。特定の者以外が入れないようにするためである。神殿の外ではヴィクトールが待っていた。
「お待たせしました、ヴィクトールさん。」
「さぁ、ランディ王子。急ぎましょう。」
力を眠らせた場所が敵に知れてしまっては大変なことになる。そのため、脱出用のシャトルは少し離れた場所に待機させた。2人は馬に飛び乗り、シャトルへと向かう。外はフレイア星の輝きがないために真っ暗。朝のはずなのだが、真っ暗なのだ。そして、ランディの力の半分を眠らせたせいか、この季節にしては風が冷たい気がした。少しずつ、影響が出始めているのだろう。しんとした平原を、西へ向かう。真っ暗なのでランプの明かりをたよりにしている。それに照らされた地面には、大きな自分の影がゆらりゆらりしていた。なんだか不気味なようだった。
「・・・こうしてみると、やっぱりフレイアの力はすごいんですね。」
ヴィクトールがぽつりと言った。
「ええ。・・・どれほどの力なんでしょう。俺の力なんて、何の役にも立ちませんね。」
「そんな・・・。」
馬のひづめの音が響く中、2人の声が途絶えた時に何か別の音を聞いたような気がした。
「今、何か音がしませんでしたか?」
ランディがそう言いながら辺りを見回した。ヴィクトールも見回す。確かに、何かモーター音のような音が聞こえていた。2人の顔色がさっと変わる。
「間違いない。敵のエアホースの音です!」
エアホースというのは、敵軍が使っている機械の馬のことで、空中を駆けるものである。敵の空軍だ。ウィンディアに空軍はないのだが、ゼフェルはその技術力を使ってエアバイクを作り、戦闘の時にはそれで戦場を駆け回ることがある。それだけに、敵の空軍というのはウィンディアにとって厄介なものであった。
「急ぎましょう!追い付かれないうちに。この平原です。明かりもあるから姿を隠すわけにはいきません!」
暗い道、少々危険ではあったが、2人は馬をより速く走らせた。ランディは風の音に耳を澄まし、敵との距離を測る。敵は確実にこちらに近付いていた。




二人は必死に敵と距離をとった。が、さすがに空中から狙われては限界がある。
「ランディ様、戦えますか?」
「ええ。それしか方法はなさそうですし。」
二人は馬を止め、敵と向き合った。上空に光が反射した。相手も剣を抜いている。
「飛行兵なら、俺はこっちの方がいいですね。」
ランディは弓をとりだした。ヴィクトールはランディよりも前に出る。そして、大きな剣を抜いた。敵兵は5騎。戦えない数ではない。と、その時、敵兵の一人が投げ槍を投げた。ヴィクトールは馬を操り、避ける。それを合図に敵兵が一斉にかかってきた。ランディは素早く矢をつがえると、充分に引き絞る。シュっと音がして矢が敵を目掛けて飛んで行った。ランディの弓の腕はウィンディアの中でも相当なものである。放った矢は敵兵に命中。更に矢を射る。今度は敵をかすめたものの、敵はそれにひるむことなくランディに突進してきた。とっさに剣を抜いて応戦する。ヴィクトールとランディの戦いぶりは見事なものであった。すべての敵を倒した二人は、ほっとため息をつく。
「お見事です、ランディ様。」
「それ程でもないですよ。・・・でも全員倒せてよかった。もし逃がしたら俺たちの向かうシャトルの場所がばれてしまうかもしれないですからね。」
「さぁ、急ぎましょう。エルンストたちが待っているはずです。」



 シャトルは神殿の西、ウィンディア川のほとりに待たせてあった。
「・・・?」
暗い中よく目を凝らすと、どうも敵がその場所を見つけてしまっているらしかった。ゼフェルとセイランが応戦しているのが確認できる。
「ヴィクトールさん!」
「なぜ、こんなところにまで・・・!いや、今はそんなことを言っている場合じゃないですね。脱出が今の目的です。加勢しましょう!」
セイランは細い槍を手に、ゼフェルはお手製の銃を手に戦っていた。
「ちくしょう!どうしてバレちまったんだ?」
敵はそれ程多くはないものの、かなりの重装備な者たちだった。少々苦戦を強いられる。
「お二人がくるまでの我慢ですよ!シャトルの中に敵を入れないようにしてくださいね。エルンストとメルがいるんですから!」
「わかってるぜ!」
ゼフェルは敵の真正面から銃を打った。なかなか厚い鎧は打ち砕けない。が、目の前で玉が破裂して気を失う仕組みになっている。セイランは鎧の継ぎ目を狙って攻撃している。素早く何体かの敵を戦闘不能に陥らせた。ゼフェルがもう一発やってやろうと構えたが、敵との間合いが狭すぎた。懐に入られてしまったのだ。
「ゼフェル様!」
セイランが叫んだ。と、その時。敵は急に力を失ったように倒れこんだ。見れば、背中に矢が突き刺さっている。
「ゼフェル、セイランさん、大丈夫?」
ランディだった。ヴィクトールも残りの敵を一掃した。
「おい、おっせーよ!待ってたら、敵が来ちまってよ!っったく・・・。助かったぜ。ありがとな。」
「無事でよかったよ。まさか、この場所がわかっちゃうなんて思ってもみなかったから。俺たちも途中で敵に出くわしちゃってね。」
中からエルンストとメルが出てきた。
「助かりました。おかげさまで、シャトルはすぐに飛び立てるようになってます。」
「ランディ様、はやく乗って。また敵が来ちゃうよ。」
メルが手招きした。ランディは頷いて、シャトルに駆け込んだ。最後にヴィクトールが乗り込み、扉を閉める。ちょっとの間があり、シャトルは飛び立った。
「・・・脱出するんだね。」
ランディはぽつりと呟いた。残してきた両親や自分の力の半分、人々のことが気になった。
「・・・すべてを元通りにするための脱出です。逃げるのではありません。」
ヴィクトールが言った。どこか、自分に言い聞かせるようでもあった。シャトルは上昇を続け、大気圏を出る。窓の外は宇宙の景色になる。遠くに星がたくさん輝いていた。




 「さて、これからフレイアの王子の力を探しに行くわけだ。エルンスト、フレイアに進路をとってくれ。」
「わかりました。メル、出力をあげてください。」
「はい、エルンストさん。」
シャトルはヴィクトールの命令でフレイアに向かっていった。シャトルはエルンストが主に操縦し、メルがその補助をしている。しかし、ほとんどが自動操縦なので、進路さえ決めれば手を離してもかまわない。進路をフレイア星の赤道近くにとったエルンストは操縦設定を完了した。それを見計らって、シャトルに乗っている全員が一つの部屋に集まった。中央の机に地図を並べる。モニターにもフレイアの地図を出した。ヴィクトールが地図を見ながら一つ「うーん。」と唸った。
「フレイアに向かうのはいいとして、問題はどこに力が眠っているか、ということだな・・・。」
「はい。ルヴァ様の話では、フレイア王室にとって重要な地に眠っていると考えてよいでしょう、ということでした。ですが、あまりにわかりやすい場所ですと敵に見つかってしまう可能性があります。どの辺りの土地まで調べるか、ですね。」
モニターの地図では、数カ所が赤く点滅していた。フレイアの重要ポイントである。エルンストがモニターの前に立った。
「今点滅しているのは北から順に、カスペンス城、マレア城、大聖堂、フレイア城、ドーレシア要塞です。いずれもフレイアにとっては重要な土地になります。まずは、これらのどこかにあるかどうか、ですね。」
カスペンス城とマレア城は広大なフレイア王国を守るために築かれた城、フレイア城はフレイア王など、王族が住んでいる都ということだった。大聖堂はフレイア一のもので、王族もここに礼拝に訪れる。ドーレシア要塞はフレイア城を守る上で重要な土地ということだ。
「なんだ?じゃあ、これをしらみつぶしにあたるのかよ?」
ゼフェルが「エアバイクも持ってくればよかった」とボヤいた。
「それは無理ですよ。フレイアは今氷に閉ざされてるんです。歩くのさえ困難だっていう噂ですよ。そのために、腕のいい占い師を連れてきてるんでしょう?」
セイランはいつも興味なさそうに会議にのぞむ。それでいて時にツボをついた発言をするのは、さすが、というところだ。
「そうだね。もう少しフレイアに近付いたらメルの力も発揮されるんじゃないかな?メル、力を貸してくれよ。」
「はい、ランディ様。」


 シャトルは順調に飛行を続けた。
「そろそろフレイアに近付きます。メル、あなたは占いの準備をしていていいですよ。」
「それじゃあ、地図、借りますね。」
メルがそう言って占い用に用意された部屋に向かおうとした時だった。突如として、シャトル内に警報が鳴る。
「な、なに?」
メルは足を止めた。
「敵襲だ!セイラン、ゼフェル、位置につけ!エルンスト、操縦を手動に切り替えろ!メルもエルンストと一緒に行け!」
ヴィクトールが命令を出した。
「よっしゃ、やってやるぜ!」
ゼフェルの目はらんらんと輝いた。空中戦は久々なのである。セイランとゼフェルはシャトル上部にある戦闘室に入った。席にすわってモニターをONにすると、その画面内に敵のシャトルが映し出された。見失わないように、常に画面の中央にくるよう、狙いを定めた。エルンストが操縦を手動に切り替え、敵と一定の距離を保つ。少し経ってからヴィクトールとランディが戦闘室に入ってきた。
「まだ撃つな。もうちょっと距離を見てからだ。」
どうやら、相手側もこちらの出方をうかがっているようである。なんとも微妙な距離なのだ。
「・・・仕方ない。先手必勝か。おい、エルンスト。もうちょっとフレイアから遠ざかってくれ。敵の真横に入り込む。」
ヴィクトールが操縦室にいるエルンストにも指示を出した。
「わかりました。出力前回、左から右に旋回。」
スピーカーからエルンストの応答が聞こえた。シャトルはその通りに敵の真横に入り込んだ。
「よし、攻撃開始だ。撃て!!」
ゼフェルとセイランがボタンを押し、ミサイルを発射した。命中。しかし。
「おい、よく見ろよ。たくさんいるぜ!反対側からも来てやがる!」
ゼフェルが狙いを定めながら反対側のモニターもONにした。思ったよりも敵の数は多かった。氷に閉ざされたとはいえ、フレイアの王子の力は確実にこの星のどこかにある。敵も先に奪われまいと、必死なのだ。
「反対側は俺がやります。」
「頼みましたよ、ランディ様。」
ヴィクトールも席に座り、もう一方のモニターから敵を狙った。ゼフェルが頭を掻きむしる。
「だぁ〜っ、もう、うっとおしいぜ!これでも食らえ、ロケットランチャー!!」
「ゼフェル様。ムダ撃ちしないでよ。武器にも限りがあるんだから!」
そういうセイランも、ついにはロケットランチャーに手を出していた。ランディも必死だ。
「ヴィクトールさん、こっちから増援がきました!」
ランディが叫ぶと同時に、増援を知らせる警報が鳴った。相手は複数、こちらは1機のみ。
「まずい・・・。このままではこちらがやられる。エルンスト!フレイアから離れろ!一度退くぞ。」
「了解しました。出力前回、フレイアより離れます。」
シャトルはもと来た道を引き返すように、フレイアから離れていった。それでも、敵のうちの何機かが追跡してくる。それも、かなりしつこい。
「何としても逃げろ。セイラン、正面の1機を打ち落とせ。そうすれば爆風で後ろの2機も落ちるだろう。」
「まかせてよ。そらっ。」
セイランがレバーを引くと、3方向からミサイルが飛び、正面の1機を爆破させた。
「てめぇ、さすがだな。」
ゼフェルもセイランをほめた。
「あの破片の飛び散り方。はかなげで芸術的だね。攻撃もこうでなくちゃ。」


 その後、何日かにわたってフレイアに近付こうとしたが、この繰り返しであった。武器も減り、食料も燃料も減ってくる。とうとう逃げるだけとなり、フレイア星系の端まで逃げてきてしまった。ウィンディアを出てから1週間。未だにフレイアに近付けないでいる。こうして、物語ははじめのシーンに戻る。


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