(You don’t need) Nothin’ to be Free       by みかん様



ゼフェルはふわふわと波打つような座リ心地を感じながら、ゆっくりと上昇していく。
――― ところで、アンジェリークは何処にいるんだ?
ゼフェルは一人眉根を顰める。肝心要のところで、大失敗だ。
――― 彼女のいる部屋がわからなくちゃ訪ねて行けねぇじゃねぇかっ、
自分自身の失敗に気付く。

どうしようもなく、ぐるぐると宮殿を周りを回った。行くあても解からず、これじゃただの浮遊である。
――― にしても、でっけぇなぁ、
宮殿の周囲をぐるりと回ってみて、改めてそう思う。

何気なくふいっとやった視線の端に、金色の塊が動いた気がした。
慌てて視線を、その方角に向ける。

――― 居た……、
突き出たようにある広いテラスに。
アンジェリークはすらりと立っていた。何かを考えているように、空を見つめながら。
ゼフェルは、ゆっくりとそこへ近づいていき、絨毯をテラスに着地させる。
テラスの手すりに手を付いて空を見上げているアンジェリークは、まだゼフェルの存在に気付かないようだ。
ゼフェルは、急に高鳴ってきた鼓動を無理やり落ち着けようとした。
そして色々と考える。
――― なんて声かければいいんだ?
色々逡巡した挙句、ゼフェルの口から飛び出してきた言葉といえば。

「よう、」
という真に味気のないものだった。



驚いたのはアンジェリークである。
「誰っ?」
機敏に振り向き、声を発す。
「貴方……、どこから入ったんですか? ここは私の私室です。」
アンジェリークのあまりの剣幕に、ゼフェルは言葉を失いかける。
更に畳み掛けるように言う。
「国王の客人とは言え、罪ですよ。」
そう言って、体中から怒りのオーラを発している。
「早く去りなさい、」
思わず気圧され、ゼフェルはただ立ち尽くしていた。

アンジェリークは尚も言いつづける。
「自分で去らないなら、連れ出してもらいます。」
そう言ってアンジェリークはゼフェルの横を通って、外にいる付きの者に侵入者のことを告げに行こうとした。

ゼフェルは、アンジェリークが自分の横を通り過ぎようとした瞬間、器用に彼女の白い腕を掴んだ。
「……デートしねぇか?」

アンジェリークは、心底呆れ返った顔を返す。
ゼフェルも、自分のあまりに突飛な行動に自身で呆れていた。
「今、私が言ったこと解からなかったの? 早く出て行きなさいっ、」
どうしようもない面倒事だ、と言った声音で答えが返ってくる。冷たい、取り付く島もないような声音で。
ゼフェルだって、自分がこんなことを言うとは思わなかったのだ。
――― あからさまに拒絶された、
ゼフェルが捕んでいるアンジェリークの細い腕を解き放そうとした時。
ルヴァの言葉がふと蘇る。“逢いたかったのでしょう?ひと時も忘れることなく、”

――― 逢いたかった。けど、アンジェリークはたった一日逢っただけのオレのこと忘れちまってたんだ、
認めたくなかったことを、認めなければならなかった。

ここ一年間、ゼフェルが抱いていた感情は、全く一方的なものだったのだ。
辛い事実が、ゼフェルに襲い掛かる。
思い切り顔を歪めているゼフェルに。
アンジェリークは、ほんの少し同情に似た感情になり、肩の力を落として諭すように話し始めた。
「……私はここから、出られないの。だからデートなんて夢のまた夢。」
自分をも納得させるような響きを持っている呟き。
そのあまりにも哀しさや寂しさを含んだ物言いに、ゼフェルは掴んでいた手をゆっくりと離す。
掴んでいたものを離して淋しくなった左手を握り締め、ゼフェルは思う。
――― 戦ってんだな、
一人で、国王に立ち向かっていたアンジェリークを思い出す。

――― せめて、ひと時でもコイツに自由を、
自分の恋に破れ、痛々しい心を抱いていても。
彼女の為に何かしたかった。フラれたとしても心の根の部分で彼女が好きなのだ。
それに、もう一度、あの笑顔が見たいと思った。
あの、輝くような笑顔。せめてあと一度見られれば、彼女への恋心も忘れることも出来よう。

「オレが、連れ出してやる、」
ゼフェルの掠れた小さな呟きに、アンジェリークは驚いて顔を上げる。
「どうやって? 外には沢山の見張りがいるの。何度も試したけど無理よ、」
自嘲気味に笑いながら言う。

ゼフェルは、くいっと親指を空に向けて立てる。
アンジェリークは不信そうに、その親指の指した先を見つめる。
「コレって……、」
アンジェリークは口元に手を持っていく。

「魔法の絨毯。これで飛んでどっか行くってのは駄目か?」
ゼフェルは、絨毯に視線を注ぎながら口を開く。

アンジェリークは、信じられないと言った風に目を見開いている。
そんなアンジェリークを見ながら、ゼフェルはふわりと絨毯の上に飛び乗る。
そして、片手をアンジェリークに差し伸べる。

「行かねぇか? 外の世界へ。」
アンジェリークは不安そうに、手を伸ばしかけて―――止める。
「安全なの?」
ゼフェルは口の端をにやりと上げる。
「大丈夫。オレを信じろ、」
力強い、赤い眸がアンジェリークを掴む。

不思議な既視感を感じながらアンジェリークは、力強く呟く。
「貴方を信じます、」
そう言って、伸ばしたアンジェリークの白い手は、力強い浅黒い手によって引っ張りあげられた。
アンジェリークが、絨毯に乗ったのを見計らって、ゼフェルはゆっくりと絨毯を上昇させ、スピードに乗って、白亜の宮殿を後にした。


「見てっ、どんどん小さくなっていくっ、」
アンジェリークは、遠くなって行く宮殿を指差しながら、叫んだ。
ゼフェルはそんなアンジェリークを見ながら、口の端を上げた。

「ほら見てっ! あそこは市場よっ、」
今度は、地上に広がる色とりどりのテントや人を見て、はしゃぎ始める。
さっきまでの昏い表情は何処へ行ったのかと思うほどに、いろんな輝きを顔に表して。

「ほら、しっかり捕まってろよ。振り落とされても知らねぇからな、」
ゼフェルが、苦笑交じりでアンジェリークに言う。
乱暴なその言葉は、充分に柔らかさを含んだものだった。

アンジェリークは、真っ直ぐに前を向いて、絨毯を操っているゼフェルを見つめた。
その力強い、先をしっかりと見据えている赤い眸。
アンジェリークは、ゼフェルの服の裾をしっかりと掴んで言葉を発した。
「ごめんなさい、酷い言葉をたくさん浴びせて……、」
小さく小さく呟く、真っ直ぐな謝罪の言葉。
そして、ゼフェルを真っ直ぐ見つめる緑色の眸。
――― 一年前のアイツと同じだ、
ゼフェルの心はにわかに騒ぎ出す。

「気にすんなって、」
アンジェリークの眸を見つめ返して、口の端を上げて笑う。

その言葉に安心したのか。
アンジェリークはまた騒ぎ出す。
「ほらっ、見て。あの雲っ。お魚みたいっ」
キラキラキラといろんなものを見つめて、はしゃぐアンジェリーク。
そこには一年前の彼女となんら変わらない、―――ゼフェルの逢いたかったアンジェリークが在った。


ひと飛行して、―――白亜の宮殿から大分離れた場所で、ゼフェルは絨毯を着地させた。
するりと地面と平行に浮いたままの絨毯から、ゼフェルは飛び降りる。
後ろを振り返ってアンジェリークに手を貸そうと手を伸ばそうとしたとき。
ゼフェルの横を金色のふわふわめいた風が通る。
アンジェリークが服装も気にせず、勢い良く絨毯から飛び降りたようだった。
その様子を見て、ゼフェルは吹き出さずには居られなかった。

「結構、はねっかえりだな?」
ゼフェルは、伸ばしかけた手を自分の鼻の下に持って行く。
アンジェリークは、誇らしげにその顔を綻ばせる。
「そうよ? 知らなかった?」
「いや、知ってた、」
思わず、いつかのアンジェリークを思い出して、笑いながら応える。
「知ってた?」
アンジェリークは、思い切り眉根を顰めている。

――― やべ、バレんな……、
慌ててゼフェルは、取り繕う。
「いや、そんな感じがしただけ、」
そう言って、ふいっと視線をあからさまに逸らすゼフェル。

「怪しい……、」
一度、疑い始めたら、いろんなことが一気に疑わしくなってきた。
アンジェリークはとりあえず、一番あたっていて欲しい事柄を直球で投げ付けてみた。
さっきから、不思議なデ・ジャビュを感じていた、紅い眸の少年を思い出して。

「ねぇ、前に市場に居なかった?」
びくりっ、と身体を強張らせたのはゼフェル。
――― 覚えてんのか?
ゼフェルは、すぐに聞き出したい衝動に駆られるが。
どんな理由があれ、身分詐称は罪人である。
――― 折角ルヴァも強力してくれたんだ、
ぐっと堪えて、嘘をつこうとする。
「いや、市場は知らないぜ、」
しらっとした態度で答えを返す。

しかし、アンジェリークはまだ訝しげな表情をしている。あまり信じていないようだ。
そして、一瞬思いついたっ、という表情をしてから、意地悪くこう質問をした。
「そうよね、普通なら行かないよね。私も一回だけ抜け出して行ったことがあるだけなの、」
――― オレはそこで、暮らしてるんだぜ、
ゼフェルは心の奥で、返事をしながら聞いている。
そしてアンジェリークの瞳が、ゼフェルをしっかり捉える。

「ねぇ、ゼフェル?」
しっかりとゼフェルの名を呼んで。
「なんだ?」
ひょいっとした拍子に応えるゼフェル。

「あぁぁっ、やっぱりゼフェルだったぁ。」
アンジェリークが手を叩き、目を輝かせる。

瞬間。
ゼフェルの頭の中に、ルヴァとの話がオーバラップする。
――― いいですね、あなたはルフェゼですよ、そう紹介しますからね。
「ああぁぁぁぁっ。」
バレてしまったのだ。総て。

「なんで嘘ついてたの?!」
少し声を荒げて、アンジェリークはゼフェルに捲くし立てる。
何も言えないゼフェルに、アンジェリークは尚も言い続ける。
「逢いたかったのっ。忘れたことなかった……」
柔らかい感情を含んだ物言いに、ゼフェルは彼女に嫌われなかったことを知り、ほっとする。
と同時に。
「……しっかり、忘れてたじゃねぇか、」
小さな声で、ぼそりと悪態をつく。

「え?」
アンジェリークに届かなかった、ゼフェルの零した言葉をもう一度拾おうと訊き返す。

「いや、なんでもねぇ、」
ゼフェルは口の端を、くいっと上げて笑ってみせる。

「……どうして、嘘ついていたの?」
いきなり、アンジェリークが確信をついたことを訊いてくる。

「嘘ついたわけじゃねぇんだ。……言い訳っぽいけどよ、」
真っ直ぐ見つめてくるアンジェリークの瞳に。
ほんの少しバツが悪そうに視線を逸らすゼフェル。

「それじゃ、どっちが嘘なの?」
「どっち?」
「市場にいたゼフェルと、宮殿で面会を申し込んできたルフェゼと。どっちが本当の貴方?」
アンジェリークは息継ぎをしないで、一気に言い切った。
ゼフェルは一瞬答えに詰まる。
アンジェリークの視線は痛いほど真っ直ぐにゼフェルに突き刺さる。

「悪ィ。オレはただの庶民のゼフェル、だ」
苦虫を潰したような顔でゼフェルは答える。
それは、身分がないことを認める一言。
アンジェリークとの一線をはっきりくっきりと分ける一言。
――― それでも、もう嘘は吐きたくねぇ、
正しい身分を告白したゼフェルは、自身の身体に力をこめる。
アンジェリークから返ってくる、どんな返答にも答えるためである。
思い切りの罵声か、嘆きの声か―――、

しかし、当のアンジェリークから返ってきた答えは。
にこり。とした、柔らかい笑顔。そして。
「それじゃ、2度めだけど。よろしくね、ゼフェル。私はアンジェリークって言うの。アンジェって呼んで、」
そう言って、ゼフェルの手を取り握手をする。

「漸く、私の自己紹介が出来た……、」
そう、小さく呟きながら……。


「ねぇ、あのお父様への贈り物はどうしたの? ゼフェル、まさかイケナイ仕事でも?」
アンジェリークが、不思議そうに訊く。
「イケナイ仕事って……。アンジェ……、くだらねぇことばっか考えてんだな、」
ゼフェルは苦笑する。

「だって……。さっきも言ったけど、王宮ってつまらないんだよ。想像力が働くようになるのっ、」
アンジェリークは、その頬を赤くさせてみたり、膨らませてみたり大変そうだ。
ゼフェルはそんなアンジェリークを見て、微笑みたくなるような感情に襲われる。
しかし、そんな感情に留まらせたままでいさせてはくれない。アンジェリークはゼフェルに詰め寄ってくる。
「ねぇねぇ、なんで?」
――― この、何でも“なんで?”って訊く癖は変わってねぇなぁ、
ゼフェルはそんなことを想う。

そして、ゼフェルはゆっくりと話し出した。
不思議に素敵なランプの精の話を。
3つの願いの話や、ルヴァとの親交を。


※※※※


すっかりひととおり総てを話し終えた後―――。
空はすっかり茜色に染まっていた。

「ねぇ、ゼフェル。ひとつ訊いていい?」
アンジェリークが、そう口を開く。
「あぁ、なんでも。」
ゼフェルも答える。

先ほどから、話の途中だろうがなんだろうが、アンジェリークは人の話を黙って訊くということはしなかった。
それは、アンジェリークが今まで教わってきた礼儀に反することだったが、知らないことが多すぎた。
幸いゼフェルは嫌そうな顔をしないで、ひとつひとつにぶっきらぼうでもしっかりと応えてくれる。
興味がある事柄が出てきたら、その場でゼフェルに質問して、そこから再び話が派生していく。
おかげで無口で通っているはずのゼフェルが、ここ一年分くらいを一気に喋った気がしていた。
もちろん、全然厭な気持ちじゃないが。

アンジェリークは、ゼフェルからの質問オッケィの許しを得てから、大きく息を吸った。
そして、ゆっくりとその言葉を呟く。
「ねぇ。そんな大事なお願い、私のために使ってくれて良かったの?」

ゼフェルは、その紅玉の視線をゆっくりと翡翠色の瞳に合わせる。
そこには、眸いっぱいの真摯な緑色が、色鮮やかに自分を見つめていた。
ゆっくりと、アンジェリークの言葉の意味を理解する。
いや、言われた瞬間にわかっては居たのだが、上手に心の中に落ちていかない。
結果的に黙ったままになってしまっているゼフェルの横で、アンジェリークが小さく呟く。

「私は……、嬉しかったよ。もう一度逢いたかったから。」
ほんのりとその頬を赤く染めながら。
「あれから、何度も挑戦したんだ。脱走」
そう言ってゼフェルの方を見て小さくいたずらっ子のように笑う。
「その度に警備がきつくなるの。やめればいいのに、バカだから何度も果敢に挑戦しちゃったっ。」
そう言って笑う。

「そんなに宮殿が厭だったのか?」
ゼフェルは、黙ったまんまだった口を漸く開く。
アンジェリークは、頸を横に振る。
金色の髪の毛が、夕焼けに映えて不思議な色を放った。
「厭、じゃないよ。大好きだよ。だって育った場所だもん。」
そしてふっと真剣な顔をしてから、その表情を柔らかい笑顔に変えて言う。

「それでも。もう一度、貴方に逢いたかったの。」
その頬を茜色に染めて。

その言葉を聞いた瞬間。
ゼフェルはアンジェリークを腕の中に招き寄せた。
壊さないように大事にアンジェリークを抱きしめて。
彼女の肩に顔を埋めたままで呟く。
「オレも……、逢いたかったんだ、」

「ありがと、ゼフェル。逢いに来てくれて、」
柔らかい存在に包まれて、時は流れる―――。


暫く、時間を過ごしていると、いい加減周囲は夕闇に包まれていた。
宮殿のことを―――、気付かないふりをし続けるのも限界な頃合いだった。

「そろそろ、帰るか、」
この一言を発するまでに、どれだけの勇気がいっただろう。
ゼフェルは、決して呟きたくなかった言葉を口にした。
周りが仄の暗かった夕暮れから、しっかりとした夜が訪れてしまっていたのである。 
もう帰らないわけにはいかないだろう。

アンジェリークは、凄い勢いでゼフェルの方へ振り返る。
「やだ。帰りたくない、」
しっかりと、意思を通した口調で。
ゼフェルは、嬉しいながらも困ってしまう。
「……アンジェ、」
――― 本当なら、このまま連れ去りてぇくらいなのに、
人の気も知らないで、とゼフェルは思う。
それでも、もう一度アンジェリークを諭すように声のトーンを変えて言う。

「おめぇ、宮殿のやつらが心配するだろ? 黙って出てきちまったんだから、」
「やだっ、」
間髪居れずにアンジェリークが、応える。
その様子があまりに幼くて、ゼフェルは思わず、可愛らしくてどうにかなってしまいそうだった。

「アンジェ、おめぇ駄々っ子みてぇだぞ、」
内心の激情を隠しつつ、ゼフェルは笑いながら言った。
「だって、ゼフェル。 ……きっと、もう会えない。会えないんだよ?」
そう言って、翡翠の眸に水の膜が張り始めた。

ゼフェルは、あまりの愛しさと自分の感情の渦に飲み込まれそうになり、再びアンジェリークを力強く抱きしめた。

「おめぇなぁ……もう会えないとか言うなよ、」
「だって……、」
ゼフェルに、彼女の顔は見えないが、声が既に潤んでいる。

ゼフェルは肩で大きく息を吐き出した。そして白状するかのように、口を開いた。
「たくよぅ。オレはこれでも正攻法で行こうと、いろいろ我慢してるんだぜ、」
「え?」
軽く鼻をすすりながら、アンジェリークは呟く。

ゼフェルは、大きく息を吸ったあと一息に言った。
「帰ったら、国王に話つける、」
驚いたのはアンジェリーク。
「お父様に?」
そう聞き返す。

「あぁ。」
しっかりとした強い口調で、返事をする。
「なんて?」
アンジェリークは、淡い期待とともにゼフェルに聞き返す。
「……、」
しかし、ゼフェルは無言のままだ。

アンジェリークは痺れを切らして、自ら聞いてみる。
「私と一緒に居てくれるの?」
――― もし、それが本当なら……
アンジェリークは、最後の審判を待つような気持ちでゼフェルの答えを待つ。

「……アンジェが嫌じゃなければ、だけどな。」

瞬間、アンジェリークの身体の中を、喜びと倖せとが駆け巡る。
ゼフェルに回した腕に力を込めて、力強く言葉を紡ぎ出した。
「ゼフェルと一緒にいたいっ。」
ゼフェルも回した腕を強めた後。自分の身体から、アンジェリークの身体を優しく離して。
その手でアンジェリークの頬にあった涙を拭う。

「だったら、とりあえず宮殿戻るぞ、」
そう、力強く呟いた。

真っ直ぐ前を見据える紅い紅い眸。
――― 私の好きになったゼフェルのあの表情だ、
嬉しさに貫かれて。アンジェリークも声高々に応えた。
「うんっ!」

そして、2人は手を取って魔法の絨毯に飛び乗る。
向う先は宮殿。そして国王。
ゼフェルは、再び気持ちをしっかり持つ。
――― コイツと一緒に居たいんだ。それを国王に告げる。……国王の威厳に気圧されないように、
横に、アンジェリークの存在を感じる。
逢えなかった日々が嘘のようだった。
そして、一度知ってしまった彼女の存在を、柔らかさを手放す気は毛頭なかった。

――― アンジェが頷いてくれたから、
ふと、視線をアンジェリークに向ける。
彼女の翡翠色の眸も真っ直ぐ前を向いていた。
それだけで、ゼフェルの胸はにわかに騒ぎ出す。

……不思議と、負ける気はしなかった。


   

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