(You don’t need) Nothin’ to be Free       by みかん様



ゼフェルとアンジェリークは宮殿に戻る。
そして、意を決して応接の間へと向う。

入り口に立って中を覗くと、中には杯を酌み交わしている国王オリヴィエと、ランプの精……今はゼフェルの執事という立場になっているはずの、ルヴァがいた。
しかし、手にグラスを持っていても、なにやらその場には妙なムードが漂っていた。
ゼフェルとアンジェリークは、入り口で顔を見合わせた。
そしてその場で暫くこっそりと、様子を窺うことにする。
変なタイミングで入っていって、ことをしくじったら一大事なのだから。

どうやら、話の内容は、あの法律のことらしい。
“一国の娘の夫となるものは、王族もしくはそれに筆頭する位にあるものに限る”
“面会する際の条件は王族・貴族・大富豪のみ”
あの忌々しい、ゼフェルとアンジェリークの間にある障害。

「だから、何度も言ってるでしょっ、」
国王が、ほんの少し荒げた声で言う。
対するルヴァは、穏やかな表情で、それを交わす。
「そうですかねぇ? 貴方のその行為は他人の自由を奪うものですよ?」
ゆっくりとした口調ながらも、強い意志が漂う一言。

国王の眸が、鋭くルヴァを刺す。
「それじゃアンタの言うところの魔法ってやつで、法律でも私の気持ちでも変えてしまえばいいんじゃないのっ。
きゃははっ、」
その国王の発言で、柱の蔭に隠れていたゼフェルとアンジェリークは再び顔を見合す。
そんな2人の存在を知らない、国王とルヴァはまだ話を続けている。

「願いを叶えることの出来る私にも、禁忌とされていることが幾つかあります。そのうちのひとつが人の気持ちを変えることなんですよ。貴方の気持ちも貴方の気持ちであるあの法律も、そしてアンジェリークの気持ちも変えることはできないんです。それは神にすら為し得ないことなんですよぅ、」
声のトーンを全く変えずに、訥々とルヴァは語る。

国王の右眉が、ぴくりと上がる。
「それで?」
「人の気持ちは、魔法では変えられない。譬え、それが誰かにとって不都合な気持ちでも、です。」
ルヴァは、諭すようにその眸に力を込めて言い放つ。

歩が悪いのを悟ったのか、国王は茶化しながら言う。
「でもね〜。法律があるんだよ☆ だから、アンジェは渡せない。そこんとこ解かってる?」
ルヴァは、臆するでもなく、慌てるでもなく、ただただ静かに。
しっかりと国王の眸を見つめて、その口を開く。
「えぇ。ただ、法と言うのは、人の自由を保障する為のものなんです。……人を縛り付けるものではないのですよ?」
ぴしゃりと言い放ったルヴァに、国王は一瞬たじろぐ。

その時、柱の蔭から声がかかる。
低いしっかりとした意志を通すかのような声は、言葉を選んで紡いでいく。

「国王、オレは……私は、アンジェリークと一緒にいたいと思っています。」
そう言い放ったゼフェルの横には、不安そうな表情で立っているアンジェリークの姿が見える。

国王は忌々しそうな表情を浮かべながら、ゼフェルに問い掛ける。
「アンタ……ルフェゼ、とか言ったっけ?庶民なんだって?」

国王の放つ威厳で、気圧されそうになるが、隣にアンジェリークの存在を感じて、気を引き締める。

「本当は、ゼフェルと言います。身分を偽ってしまったことは、本当に申し訳ありません、」
そう言って、ゼフェルは国王に深深と頭を下げた。
国王の横で、ルヴァも頭を下げている。

「お父様っ、ゼフェルは私に会いに来てくれたんですっ!」
アンジェリークは、声を大きくしてゼフェルを援護した。
「アンタは黙っておいでっ!」
国王はアンジェリークにぴしゃりと言い放つ。
ゼフェルの横で項垂れるアンジェリーク。その拳は、ぎゅっと握り締められていた。

――― アンジェ……、一体どれだけの感情を押し殺してきたんだ?
その疑問が、心に湧きあがったのと同時に、ゼフェルはオリヴィエを睨みつけた。
「どれだけ、人の気持ちを縛ってきたんだよ?」
「何だって?」
国王の眉が上がる。

「知ってるのか?アンジェが、アンタのことを思って我慢してきた数々のことをっ。考えてみたことあんのかよっ?」
「いいの、ゼフェル。落ち着いてお願い。」
アンジェリークが、ゼフェルの服の裾を掴んで制止しようとする。
しかしその握り締めている拳すら、小刻みに震えていた。何かに耐えるように。
いろんな感情がゼフェルを、押し寄せる。
今まで考えないようにしていた、国王に対する不満が爆発した。
アンジェリークとの仲を認めて貰うために、押し殺そうとした不満たちが。

「アンジェがっ。友達が欲しいって知ってたのか? 外にでていろんなものを見たいって知ってたのかよ?
コイツが、好奇心旺盛でなんでも興味を持つってことも。身体中で、笑うってこと知ってるのかよ?」
「ゼフェル、お願い。」
泣きそうな表情になっているアンジェリークを目の端に捉えて、ゼフェルはゆっくりと呼吸をする。

目の前には、呆れた表情でこっちを見つめている国王が居た。

――― やっちまった……。正攻法も何もあったもんじゃねぇや。
説得させるはずの相手を怒らせてしまっては何もならない。
そっと、アンジェリークを見つめる。彼女の眸は真っ直ぐゼフェルを向いていた。
「悪ぃ、失敗した、」
そう呟いたゼフェルに、アンジェリークはぶんぶんと頸を振る事でしか応えられなかった。

ルヴァは、静かに佇んでいた。
ゼフェルは、大きく息を吸うと、もう一度整えた声で国王に向って話し始めた。

「怒鳴って悪かった。けど今、言ったことは本当だ。……アンジェリーク姫のことをもう少し考えてやってください、」
深く深く、国王に頭を下げる。

国の威厳を持つ眸で、国王オリヴィエはその謝罪を受けていた。
ゼフェルの隣で、おろおろし始めたのはアンジェリーク。
ゼフェルはこのまま退室してしまいそうな雰囲気だ。
アンジェリークの予想通り、ゼフェルは踵を返した。
アンジェリークは握っていたゼフェルの服の裾をもう一度強く握り締めた。
そして、大きく息を吸ったあと、一気に叫んだ。

「国王陛下、私はこの方と一緒に居たいのです。……どうか、勘当してください、」
アンジェリークの一言に、応接の間は一時静寂が訪れた。

その言葉を聞いた瞬間、一番ぎょっとしたのはゼフェルである。
「おめぇ、何言ってるんだ?」

「だって、私が普通の人になれば一緒にいられるよ?」
にこりと笑うアンジェリーク。ほんの少し哀しさを混ぜて。

「駄目だ、」
ゼフェルは、苦しそうに否定の言葉を吐く。
「何で?」
一大決心を、いとも簡単に否定されたような気がしてアンジェリークの表情は沈む。
「……育った場所だろ?」
「あ……」
さっき、倖せに話していた時間が思い出される。

“大好きだよ、育った場所だもん、”

「……好きなものは取り上げたくねぇよ、」
ゼフェルは小さく呟いた。

ふっと黙ったままだったルヴァが口を開く
気の抜けるような柔らかい声で、まるで独り言のように。
「人の気持ちを動かすのは、やっぱり人の気持ちなんですよね、」
ルヴァの真摯な一言。その発言を聞いた途端。
難しい顔をしていた国王の、表情が変わる。
両手を広げおどけたような仕種を取り、こう言った。
「わーったよ、分かった。私だってね、何も娘の不幸を祈ってる訳じゃないんだよ、」
そう言って片目を瞑って、アンジェリークに向ってウィンクする。

「お父様……?」
その場の雰囲気が変わって行く。その変化に、巧く対応しきれないアンジェリーク。
「ゼフェルだっけ? 今までどんな生活をしてきたんだい? あぁ、小難しい敬語はいらないよ、」
国王の視線は、やはり鋭いままゼフェルを捉えていたが。
ゼフェルは、負けじと自分らしい言葉で自分を語った。
「オレは……形在る財産は何も持ってねぇ。けど……大抵のことは、乗り切ってきた。」
それはゼフェルが、自信を持って言えることだった。

「この、ふてぶてしさと、あの強気は充分に王の気質だよ、」
国王はその眸に、茶目っ気と親しさを込めてそう呟いた。

「お父様?」
アンジェリークが、喜びの声を上げる。
「お前は、ゼフェルと一緒にいたいんだろ?」
「はいっ。彼と。ゼフェルと一緒にいたいのっ、」
そう言って、ゼフェルの腕をしっかりと掴む。

「……久しぶりに見たよ。そんな満面の笑みは、」
見ているこっちまで倖せになってしまうような、その笑顔。
――― 男に持っていかれるのは、親として寂しいけれど。……それでも、この男なら悪くない。
未だ戸惑っているような表情を浮かべるゼフェルに視線を投げかけて、微笑む。
「さってと。新しい法律でも制定しようかな。人の心を縛らないような、ね☆」
そう言って、ルヴァを見る。

「ルヴァだったよね。出来たら、知恵を貸してくれないかい?」
「いいですよ〜、」
何もかも包み込むような笑みを浮かべて、ルヴァは国王に返事をする。
国王はルヴァを連れて、応接の間から退室をした。
そして、2人で歩く廊下の道すがらに国王はひとつの疑問をルヴァに尋ねた。

「あの説得は、命令を受けていたのかい?」
「いえ、私の意思です、」
ルヴァはいともあっさりと、応える。
「そっか。アンタの心も動かしたのか。……ゼフェル、たいした男かもね、」
国王は、ほんの少し歪んだ笑みを浮かべてゼフェルをこっそりと賛辞した。


応接の間に取り残されたゼフェルとアンジェリークは、ちょっと茫然自失状態だった。
しかし、互いの手はしっかりと握り締められていた。
あんだけ強気で自分の意見を言って。
本当の望みを認めてもらうために、あんなに感情を爆発させたのは2人とも初めてだった。

不意に、アンジェリークがゼフェルの名を呼ぶ。
「なんだ?」
「これからも、よろしくね、」
そう言って、小首を傾げて恥ずかしそうに言うアンジェリークが可愛くて。

ゼフェルは、初めての口づけをした。


それで、どうなったの?お姫様は倖せになった?」
くるくる動く、小さな紅い眸を持つ少女がターバンの男にしがみついて来る。

「えぇ。お姫様は倖せだと思いますよ。いつも笑顔ですからねぇ、」
優しげな表情を浮かべて、ターバンの男はその少女に向って応える。

「ねぇ、それじゃランプの精は?自由になれた?」
少年はふわっとした柔らかな金糸の髪を揺らしながら、男に尋ねた。

「えぇ、ランプの精は、3つめの願いごとで自由にしてもらったんですよ、」
指先に浮いている球体の中を見つめながら、ターバンの男は懐かしそうに目を細める。

「それじゃ、ランプの精はどっか行ってしまったの?」
その眸を哀しそうに歪めて、少女は問う。

「いいえ〜。彼は、いろんなところを旅して回っては、その国に帰ってきました。彼は新しい国王陛下とお后様が好きだったんですねぇ。」
そう言って、細くて大きな手が、少女と少年の頭を優しく撫でる。

「人を好きな気持ちは、変えられないんだよね、」
紅い眸の少女が、力強く言う。
「あ、お母様の真似でしょう?」
金色の髪の少年が、笑いながら言う。

そんな2人のやりとりを、男は愛しげな様子で見つめる。
「さぁ、お話しはこれでお終いですよ〜。もう、眠りなさい。ね?」
男が、指をパチンと鳴らすと、指先に浮いていた球体が弾けるようにして消える。

「はぁいっ、」
少女と少年は大きな声で、返事をする。
そして2人とも同じテンポで、行儀良くベッドに入る。
「おやすみなさい、ルヴァさま。」
少女と少年の高い声が、ひとつに重なり合って男に発せられる。

「はい、おやすみなさい。良い夢を見るんですよ〜、」
部屋の明かりを落として、ルヴァは部屋を退室する。
その手首には、あの枷はもうない。


これは、ルヴァがまだ異なる存在だった頃のお話し―――。



Thanks 500 hits!



ありがとうございましたっ。
そしてお届けまでに大分時間がかかってしまったことにお詫びです。
おまけに、とんでもなく長い話になってしまいました。

ディズニーのアラジンの話は大好きなのです。
……なんだか似ているんだか似ていないんだが訳わからない話になってしまいましたが……
「ゼフェルとリモージュで、アラジンのお話を♪客演ルヴァ様、ランプの精で♪」だったんだけど果たして巧く書き表せたのでしょうか(苦笑)

題名の『(You don’t need)Nothin’ to be Free』と言うのは、黒沢健一さんの曲名です。
「自由になるために必要なことは何もないんだよ、」ってあからさまな訳ですが(笑)。
この話にぴったりじゃない?って思って勝手に拝借させていただきました。

楽しんでいただければ、幸いです♪

では、これからも「Imperfect Planet」ご愛顧頂けると嬉しいです。
ありがとうございました♪


みかん。

元気で純情なゼフェルとリモージュの、心がほんのり温かくなるお話がたくさん揃ったサイト「Inperfect Planet」ですばるが500番を踏んで
サイトオーナーのみかん様に書いていただいたものです。
お題は、遙拝所3人で考えた「アンジェキャラでアラジン」。実はすばるはジーニーグッズコレクターだったりして。

そしていただいたのがこの幸せな読後感の大長編だったりするのでした。

ルヴァ=ジーニーがもうリクエストしたイメージどおりで、3人でキャーキャー言ってます。
そしてこの蒸し暑い気候を吹き飛ばすようなゼフェルとアンジェリークのさわやかさ。涼風が吹き抜けるようです。

みかん様の作品の独特の間合いとかは、こちらに載せるにあたってずいぶん減少してしまっているような気がするので、できたらみかん様自身のページであの美しいレイアウトで読んでいただけたらと思います。いや、まじで。

みかん様、素晴らしい作品をありがとうございました!!


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