花よりつくね・5

 「カウンターは一日にしてならず」

○ヴィクトールの家・庭(朝)

学生服姿で花壇の花々に水をやっているマルセル。
マルセルのN 「ぼくの名前はマルセル。市立美咲中学の2年生。今朝はなんだかいつもと違う空気を感じる。例えばほら、こんな風に――」
花鋏を手にしゃがみ込んでいるリュミエール。
リュミエール 「どうしてでしょう…今朝は花たちの呼び声が聞きとれない…『ひょろひょろとなほ露けしやをみなえし』…そういえば今朝は露の量が多い気がします。そのせいなのでしょうか…」
と、力なく花を持たずに戻っていく。

○同・リュミエールの部屋(朝)

何もない床の間の前で一通の手紙を眺めつつ、深く艶めいたため息をつくリュミエール。

○同・ダイニング(朝)

ヴィクトールの頭上でやり合うゼフェルとレイチェルだが――
ゼフェル 「だから塩だって言ってんだろーが!」
レイチェル 「塩なんか、塩なんか、しょっぱいだけじゃない! ワタシはそんなのひとかけらだって食べる価値認めないんだから!
 絶対認めないんだからっ」
と、涙目で訴えている。
ゼフェル 「ウッ…おめー、一体…」
マルセルのN 「レイチェルお姉さんも、迫力ありすぎて近付けない雰囲気だったんだ――」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』

かいがいしく店の掃除をしているリュミエール。そこへ青髪の青年が入ってきて――
青年 「リュミエール先生でいらっしゃいますね。僕はこういう者ですが」
と、名刺を差出す。名刺には『財団法人フラワービジネス振興会』の文字。
リュミエール 「セイランさん…先日の手紙の方ですね…」
セイラン 「先生の作品を拝見して以来虜にさせられてしまいましてね。失礼は百も承知で手紙で仕事の依頼をさせてもらいました。
 企画展まで日もありませんので、今日はさらに不躾に先生のお返事をいただきに参上した次第です、もちろんイエスという返事をね」
リュミエール 「正直貴方の言動は理解に苦しんでしまいますが…」
セイラン 「それはそうでしょう。まず僕自身が理解できていないのだから。ただ『凪』とだけ名付けられた睡蓮の花が、僕の感性を激しく揺さぶった――そうとしか今は説明ができませんね」

○川辺

ルヴァの忘れ物のネジを握りしめ、ぼんやり川面を見つめているレイチェル。
何度もネジを川に向って投げようとするが、どうしても思い留まってしまう。
メル 「レイチェル姉さん!」
突然の声に驚いてネジを手放してしまうレイチェル、慌てて捜し回るのだ。
レイチェル 「あー、どこ行っちゃったんだろ」
メル 「何を捜してるの?」
レイチェル 「ネジよ、ネジ!」
メル 「ネジ? 何のネジなの? メルも一緒に捜すよ」
レイチェル 「……(ポツリと)いいよ、もう」
メル 「エーッ!? 大事な物じゃないの?」
レイチェル 「(急に明るく)平気、平気。ホラ、ネジってさ時々何のネジだかわかんなくなっちゃうじゃない? そういう奴だから。なきゃないで何とかなるわよ。だからもう帰ろ。メルだってバイトの時間でしょうが! サボったら承知しないョ」
と、ずんずん坂を駆け上っていくのだ。
メル 「……」

○美咲高校沿いの道路

フェンスの向こうで時計を気にしながらイライラと待っているゼフェル。
やがてマルセルの自転車が到着。
ゼフェル 「おせーじゃねーかよ!」
マルセル 「ごめん。掃除の時に窓ガラスを割っちゃった子がいてさ」
ゼフェル 「ったく」
と、自転車のカゴに弁当箱を投げる。
ゼフェル 「じゃあな、頼んだぜ」
と、ダッシュで去る。
マルセル 「(口をとがらせ)もうっ、たまには自分で持って帰ればいいじゃないか。寄り道って一体どこ行ってるんだよ」
コレットの声 「そうね。それって結構大問題なんじゃない?」
いつのまにか側に来ているコレットに驚きまくりのマルセル。
マルセル 「こ、こんにちは…」
コレット 「いいわ、ここはマルセル君のために私がひと肌脱いであげる。ゼフェルの寄り道先を突きとめてきてあげるね!」
と、ウィンク。
マルセル 「よ、よろしくお願いします」

○川辺(夕)

薄暗い中必死にネジを捜しているメル。
その背後に立つ大きな黒い影。
影の声 「何をしている」
メル 「(振り返り)あなたは!」
それはカウンターの黒ずくめの客だ。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

珍しくマルセルが手伝っている。
マルセル 「生中追加でーす!」
ヴィクトール 「あいよ!」
リュミエール 「すみませんね、マルセル。メルが急にお休みを言ってきたものですから」
マルセル 「大丈夫。ぼくだってたまには役に立ててうれしいんだから。あっ、お客さんいらっしゃいませ。何名様ですか?」
張り切っているマルセルを微笑ましく見つめるリュミエールだが、空席のカウンターに目をやり表情をくもらせる。
リュミエール 「今夜はあの方はお越しにならないのでしょうか…」
と、そのカウンターに客を案内してくるマルセル。
ヴィクトール 「マルセル、奥のテーブル席にご案内するんだ」
マルセル 「はい。どうぞこちらへ」
リュミエールとアイコンタクトしてうなずき合うと再び焼きに専念するヴィクトール。
リュミエール 「『カウンターは一日にしてならず』でしたね」
と、ちょうどそこへ黒ずくめの客が入店してくる。
リュミエール 「いらっしゃいませ!」
と、声を弾ませるのだ。

○ヴィクトールの家・レイチェルの部屋(夜)

ボーッと落書きをしているレイチェル。
紙にはいつしか変な形のネジの絵が描かれている。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(深夜)

カウンターの黒ずくめの客一人が残っている。最後のつくねを食べ終わった頃を見計らってほうじ茶を出すリュミエール。ふと客の髪に細かな花々がついているのに気がついて――
リュミエール 「お客様も野原に寝転んだりされるのですか? こんなものが」
と、花をつまんで見せるのだ。
「フッ…物好きな花もいるものだな。私の何がこの者を呼び寄せたのか…」
リュミエール 「!! 今何と!?」
だが客は勘定をカウンターに置くと、無言のままスッと出て行ってしまう。
リュミエールの独白 「あの方は一体…」

○ヴィクトールの家・ダイニング(深夜)

風呂上がりで冷茶を飲んでひとごこちついているリュミエール。そこへ寝巻姿で入ってくるヴィクトール。
リュミエール 「お父さん、今夜はありがとうございました。あの方の席を取っておいて下さいまして」
ヴィクトール
「『良い店は良い客が作るもの』
 ――俺の大事な心得の一つだ。当然だよ。それよりも例の生け花の企画展の返事はどうしたんだ。確か――『紅葉VS荒地の花』とか言ってたか」
リュミエール 「はい。まだはっきりとは言えませんが、ほんの少しだけ光が射してきたような気がします…」
ヴィクトール 「そうか。店の方は何とでもする。好きなようにしなさい」
リュミエール 「ありがとうございます」

○カフェテラスの前

マルセルとメルが自転車を並べた状態で待っている。
マルセルのN 「土曜の午後、ぼくはコレットさんから呼び出しをうけた。ゼフェルお兄さんの秘密がわかったというんだ――」
マルセル 「コレットさん、遅いね」
メル 「ねぇ、本当にメルが一緒に行ってもいいの?」
マルセル 「もちろんだよ! だってそうじゃなきゃ…コワイんだもの…」
メル 「コワイ? ゼフェルお兄さんの秘密のアルバイトってコワイことなの??」
マルセル 「エッ? あーうん、きっとぼくたちの想像をうんと超えた世界だよ」
メル 「なんだかドキドキしてきちゃった」
と、そこへ自転車ですべり込んで来るコレット。
コレット 「お待たせー。あらメル君も一緒?」
メル 「うん、そうなの」
コレット
「(腕組みをして)うーん、よく考えてみたらメル君の方が見て正解かもね。
よし、じゃ行くよ、二人とも」
と、こぎ出していく。一瞬顔を見合わせると後を追っていくマルセルとメル。

○隣町の小さな町工場

数人の工員たちが忙しく働いている。
駐車場に3台の自転車をとめ、足音を忍ばせながら建物に近付いていくコレット、マルセル、メルの3人。

○同・裏のプレハブ小屋

そっと窓からのぞき込むコレット。
メル 「(マルセルに耳打ちで)いよいよ怪しい所に来ちゃったみたいだよ」
マルセル 「(メルに耳打ちで)無事に帰れたらいいんだけど…」
ゼフェルの声 「何やってんだ、おめーら!」
マルセル達の背後に仁王立ちしているゼフェル。

○プレハブ小屋の中

数種類の旋盤が並べられている。
ゼフェルに睨まれてシュンとなっているマルセルたち。
ゼフェル 「どーせこんなことになんだろーって思ってたぜ。コレットがこそこそ後つけてきてたからよ」
コレット 「やっぱバレてた?」
ゼフェル 「当たりめーだ! おめーがリンリン鳴らしてる自転車のベルは、オレが付けてやったもんだろーが!」
マルセル 「後つけててベル鳴らしちゃったの」
コレット 「面目ない…」
と、そこへ工場長がコーヒーを持って入ってくる。
工場長 「まあまあゼフェル君、とんがるのはもうその辺でいいでしょう」
 × × ×
メル 「(興味深く機械を眺めつつ)ゼフェルお兄さんはここで何作ってるの?」
ゼフェル 「別に何って決まってねーよ、歯車とかネジとか、こまけーもんだよ」
工場長 「とにかくゼフェル君は並の腕じゃないもんだからね。特注品専門でやってもらってるんだよ」
マルセル 「へぇー。お兄さん、それで毎日遅くなってたんだね」

○雑居ビルの中

生け花の師範然として粋に着物を着こなしているリュミエール。
『フラワービジネス振興会』のプレートが掲げてある一室に入っていく。
セイラン 「これは先生。一度二手に分かたれた道が再び一つにつながったと解釈していいんですかね?」
リュミエール 「セイランさん。少しお時間をいただいてしまいましたが、決心がつきました。今回の企画展に、若紫流の代表として参加させていただきたいと思います」
セイラン 「(指を鳴らして)そうこなくっちゃ。ですが先生、もう一度念押ししておきますが、作品が入賞するかどうかを決めるのは残念ながら僕じゃない」
リュミエール 「承知しております」
セイラン

「実を言うと、こういうお祭り騒ぎ的な企画展には全くと言っていいほど興味のない家元でしてね。ですが『荒地の花』というフレーズが彼を闇から引き戻してくれたようで。そうだ、よかったらマイスター、いえ僕だけが彼のことをそう呼ぶんですが、彼がこの企画展のために書いた書を見ていって下さいよ。たった今届いたばかりなんです」  
と、リュミエールを掛け軸の前に連れていくのだ。
書を見るなり絶句してしまうリュミエール。
セイラン 「『優曇華の花待ちたる心地して深山桜に目こそうつらね』…どうです? マイスターならではの書だと思いませんか?」
リュミエールの独白 「この方の奥深い心のひだに、私のつたない花心がどこまで伝わるのでしょうか…」
チラと部屋の隅を見やるセイラン。 
椅子に腰かけている男の後ろ姿。少しだけ見せた横顔はなんとカウンターの黒ずくめの客である!

○プレハブ小屋の中(夕)

仕事を終え満足げなゼフェル。
帰ろうとして戸の側に立っているメルに気がつく。
ゼフェル 「なんだよ、まだいたのか?」 
メル 「うん…」
ゼフェル 「めんどくせー奴だな。用があるならさっさと」
突然ゼフェルにネジを差し出すメル。
メル 「このネジ、レイチェルお姉さんにとって、とっても大事な物だと思うの。何のネジだと思う?」
手にとってしげしげ見ているゼフェル。
ゼフェル 「これって、まさかあのおっさんのじゃ…」
メル 「あのおっさん?」
ゼフェル 「ルヴァっていう、この町の天文台の館長のおっさんがいるんだ。この前そいつに頼まれて双眼鏡の三脚アダプターのネジを切ってやったんだが、それにすげー似てやがんだ…」
と、さらに詳しく見ている。

○山小屋(夜)

ルヴァ 「いよいよオリオン大星雲の緑が美しい季節ですねー、うんうん」
(つづく)

「去るもの日々に愛し」へ      次へ

天レクで何も持たせず、一発で死なせてしまったお詫びに(??)セイラン登場です。よしなに。(すばる)

すばる劇場へ