花よりつくね・4
 「去るもの日々に愛し」


○ヴィクトールの家・庭(朝)

目の下に隈のできたマルセルが花壇の花々に水をやっている。
マルセルのN(ナレーション) 「ぼくの名前はマルセル。市立美咲中学の2年生。若さ爆発なはずなんだけど、最近嫌な夢ばかりみて、よく眠れないんだ。例えば夕べは――」

○美咲大社(マルセルの夢)

じんべえを着て頭には鉢巻きをして屋台で焼き鳥を焼いているマルセル。
マルセル 「っらっしゃい、らっしゃい〜」
そこへ買いに来るコレット。
コレット 「下さいな。”青”10本ね!」
マルセル 「”青”?」
と、手元の串がみるみる青い鳥に変わり、叫び声をあげる。
マルセル 「そんな! ち、違うんだよ」
と、今度はその青い鳥の頭がみるみるリュミエールの顔に変わってしまう!
リュミエール 「(か細く)少し熱いです…いいえ、とても熱いですよ、マルセル…」
あまりの恐怖に失神するマルセル。

○元の庭(朝)

リュミエールの声 「マルセル、どうかしたのですか? マルセル…」
突然眼前に現れたリュミエールに驚き、ホースで水をかけてしまうマルセル。
マルセル 「(ハッと我に返り)! ぼく何てこと…ごめんなさい、お兄さん」
リュミエール 「(頭からずぶ濡れで)少し貴方とお話した方がいいかもしれませんね。今夜時間はありますか?」

○美咲中学・裏山の大木の下(放課後)

一人静かに木を見上げているティムカ。

○川辺(放課後)

一人座って雲を見ているレイチェル。
レイチェル 「『雲は想像力のスイッチ』か…」
 × × ×
レイチェルの回想。
祭の雑踏の中でキョロキョロしながら人にぶつかりまくっているルヴァ。
 × × ×
レイチェル 「あの時確かに誰かを捜している様子だった…その相手は決してワタシじゃなかった…一体誰を?…!」
3本の飛行機雲が長い長い尾を引いていくのが見える。
レイチェル 「明日は雨ね…」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夕)

暖簾をくぐって入ってくる黒ずくめの客。
メル 「いらっしゃいませ! 毎度ありがとうございます」
音もなくいつものカウンター席に陣取る客。
リュミエール 「(おしぼりと先付けのぎんなんを手早く出し)いつもの、でよろしいですか?」
うなずく客。
リュミエール 「生中とつくねスペシャル、お願いします」
ヴィクトール 「あいよっ」
「(ぎんなんの殻を割るのに手間取りつつ)フッ、面倒なことだな」

○ヴィクトールの家・玄関(夕)

マルセル 「(か細く)ただいま…」
と、コレットの靴を見つけ、パッと表情を輝かせるのだ。

○同・ダイニング(夕)

コレットに勉強を見てもらっているゼフェル。
コレット 「何、この答。これじゃあ追試も当然ね。こんな公式中学生レベルよ。いくらメカに強くたってダメダメじゃなーい。いいこと、ゼフェル。『成長とは空遙かに枝を開くと共に、大地の間に根を下す』ってことなんだから! わかる?」
マルセル 「(にわかに顔をくもらせ)そのセリフって…」
ゼフェル 「よぉ帰ってたのかよ」
コレット 「お帰りなさい、マルセル君」
マルセル 「…ただいま。どうぞごゆっくり」
と、とぼとぼと去っていく。
コレット 「私、何か悪いこと言った?」
ゼフェル 「さっきから言いたい放題じゃねーかよ、てめーは」

○同・廊下(夕)

涙目のマルセル。
マルセルのN 「ぼくの心には大粒の雨が降っていた。どんどん前が見えなくなる…」

○同・マルセルの部屋(夜)

布団を頭からかぶって引きこもっているマルセル。そこへしずしずと入ってくるリュミエール。
リュミエール 「マルセル、よかったら少しだけ話を聞いていただけますか」
マルセル 「(布団からもそもそと出つつ)お店の方は平気なの?」
リュミエール 「ええ、先ほどレイチェルに交代してもらったので大丈夫ですよ」
マルセル 「そう」
と、リュミエールに倣ってきちんと正座する。
じんべえのポケットから1通の手紙を出すリュミエール。
リュミエール 「この手紙はお母さんが生前、マルセルのために書き遺したものなのですよ…」
マルセル 「お母さんが!?」
リュミエール 「お母さんは貴方のことを一番心配していたのです。『若竹のように素直な心がいずれ自分自身を深く傷つける日が来る』と。そしてその日のために私はこの手紙を大切に預かっていたのです」
リュミエールから手紙を受取るマルセル。立去ろうとするリュミエールだが、
マルセル 「待って。一緒に読んでくれない?」
リュミエール 「貴方がそう望むなら」
と、マルセルの隣に座りなおす。
手紙を読み始める二人。
母の声 「マルセル、ごめんなさいね。お母さんは貴方のこと大好きなのに、貴方と一緒に泣いたり笑ったりする時間がほんのわずかしかなくて。これからたくさんのつらさが貴方に待っているのに、私は力になってあげられない。ただこれだけはわかっていてほしい――貴方が悲しいと感じること、その全てが本当は幸せの数だってことを。すぐには理解できないかもしれない。でもね、お父さん、リュミエール、ゼフェル、レイチェル、皆をよーく見ててごらんなさい。きっとわかると信じているから」
涙を止められないマルセル。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

ほろ酔いの黒ずくめの客がレイチェルやメルを相手に、つくねの串を使って占いをしている。
レイチェル 「(念を込めて串入れから1本の串を選び)コレに決めた!」
「見せてみよ…」
と、串の柄の部分を凝視すると金色に光り始め、字が浮かび上がってくる!
「そなたの明日の運勢は…『ムカツクネ』と出ているな」
レイチェル 「今のって何!? どんなトリック使ってるのよ!? アナタ、マジシャン??」
メル 「ねぇ『ムカツクネ』の方は、突っ込まなくていいの??」
ヴィクトール 「(呟くように)俺は夕べ『ナツクネ』だったんだが…」

○美咲中学

弱雨に煙る校庭。
マルセルのN 「そして次の日から、ぼくの恋がほどけていくのに合わせるかのように、優しい雨が降り続いていた――」

○同・裏山の大木の下(放課後)

傘をさして佇んでいるマルセル。
するともう1本の傘が近づいてきて――
ティムカ 「驚きました、マルセル君がここにいてくれるなんて…」
マルセル 「ティムカ君…」
 × × ×
ティムカ 「何か悩み事ですか?」
マルセル 「…まあね。だってぼくたちって今悩める年頃でしょ?」
ティムカ
「あはっ、そうなんですよね!……
『樹のある位置は自分自身が決めたものでもなく、その位置に同意していない』――そう詩った詩人がいたそうです。この大木も悩んでいるんでしょうか、この場所にあることを」
マルセル 「例え悩んだって動けやしない。でもそれでも悩み続けることに、意味はあるんじゃないかな」
ティムカ 「(大きく目を見開き)今日のマルセル君、すごく大人なんですね」
ティムカの手に青い羽が握られていることに気づくマルセル。
マルセル 「ティムカ君こそ、少し変だよ。何かあったの?」
ティムカ 「マルセル君。今この瞬間に君と会えて本当によかった。僕の一生のお願いをきいてもらえまえんか?」
マルセル 「一生の…お願い?」
マルセルのN 「翌日の朝礼で、ティムカ君が転校したと先生が緊急の報告をした。故郷のお母さんが急病で倒れたためだと理由の説明があった…」

○川辺(数日後)

一人座って川を見つめるコレット。
その隣にどっかと腰を下ろすゼフェル。
コレット 「何か用?」
ゼフェル 「べっつにー。ああそういやアレだ。追試受かったぜ」
コレット 「どーんとレベル落としてくれたんでしょ」
 × × ×
ポケットから青い羽を取出すコレット。
コレット 「これ、『幸福の鳥』って呼ばれてる鳥の羽なんだって」
ゼフェル 「どうしたんだ、そんなもん?」
コレット 「マルセル君に渡されたのよ。うううん、正確に言うと、マルセル君経由かな」
ティムカの声 「貴方のこと、僕はきっと忘れません。短い時間でしたが、とてもゆるやかで、とてもあったかい気持を下さいました。この青い羽が大切な貴方を幸福に導いて下さることを、ぼくは祈っています」
コレット 「(小声で)『大切な』じゃなくて、そこは『大好きな』だと思うな…」
ゼフェル 「何ブツブツ言ってんだよ、おっかしな奴」
急に仰向けに寝転がるコレット。
コレット 「やっぱり初恋って実んないもんね」
コレットの瞳から一筋涙が流れる。
ゼフェル バーカ、おめーの初恋はオレだろーが」
コレット 「そうだったっけ?」

○甘味処『白玉日和』

ルヴァの前に抹茶白玉が出される。
店員 「大変お待たせ致しました」
ルヴァ 「ディア! どうしてここに!?」
店員 「ハァ??」
よーく見ると人違いだとわかり、平謝りするルヴァ。
ルヴァ 「あー、一体どうしたんでしょう、私は…。ひょっとして、あの祭りの夜に見かけたのも本当はディアじゃなかったのでしょうかね…」
 × × ×
祭の雑踏の中でディアと目が合うルヴァ。とっさに逃げるディアをあわてて追いかけるルヴァ。
 × × ×
抹茶白玉を食べようとして、またもやテーブル越しにディアの姿が見えてしまうルヴァ。だがよーく見ると、向いに座っているのはレイチェルである。
ルヴァ 「レイチェル! どうしてここが!?」
レイチェル 「あら言ってなかったっけ? ワタシ、高校じゃ『探し物の天才』って呼ばれてるんだよネ(と、ウィンク)」
 × × ×
タワーのような抹茶白玉パフェを食べているレイチェル。
ルヴァ 「…本当に、きれいな手ですね…」
一瞬手を止めるレイチェルだが、無言で食べ続ける。
ルヴァ 「(両手を出して)私の手、どう思いますか?」
レイチェル 「どうって、そんなこと急に訊かれても…」
ルヴァ 「…『嫌いだ』と言われたんですよ。『貴方の手が嫌いだ』と」
レイチェル 「女の人に?」
ルヴァ 「恋人だった女性にです。彼女から突然別れを告げられました。何故と問いました。それが答でした」
レイチェル 「手が嫌い…」
ルヴァ 「私は愚かなのです。いくら考えても考えても意味がわからない。…あの祭りの夜、彼女の姿を偶然見かけました。私は思わず後を追いました。どうしても訊かずにはいられなかったんです。『何故私の手が嫌いなのですか?』と」
握りしめられたルヴァの手を茫然と見つめているレイチェル。
レイチェル 「でも訊けなかったんだよね…」
 × × ×
パフェのアイスがすっかり溶けてしまっている。
レイチェル 「なぁんか調子くるっちゃうなあ。想定外すぎて笑っちゃう」
ルヴァ 「すみません…私は貴方に甘えていたのかもしれません。貴方の輝きが、私にはまぶしくて…。けれども、貴方に会うのは、もうおしまいにしなきゃいけませんね」
唇をかみしめるレイチェル。
よろめくように立ち上がると、店から出ていくルヴァ。
 × × ×
窓の外はすっかり夕闇である。
店員 「あのー、そろそろ閉店時間なんですが」
レイチェル 「ごめんなさい」
と立ち上がり、ルヴァの席に黒いネジが転がっているのに気がつく。 
店員 「お連れ様のお忘れものでは?」
レイチェル 「みたいだね…」
と、ネジをつまみ上げ不思議そうに眺めるのだ。
レイチェル 「変わった形ね。何のネジなんだろ??」
(つづく)

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ティムカ君、あっさり退場であいすまぬ。
まるで旬なアイドル扱いね、王様ってほら多忙だからさ。
次回からはルヴァレイメインでいく予定ではあるのだけども、ルヴァの恋愛シーンって、めっちゃ書きづらいのよー(何を今さら)

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