花よりつくね・6
 「水の神来たりなば恋遠からじ」


○山小屋(夜)

窓辺で空を見上げているルヴァ。
双眼鏡を取り出しさらに観察を続ける。
ところが! 星雲の形が抹茶白玉パフェに見えてしまうのだ。
レイチェルの声 「『雲は想像力のスイッチ』なんだよね。どう、天才少女の想像力の威力、試してみる?」
慌てて振り返るルヴァだが誰もいない。
ルヴァ 「どうしちゃったんですかねー、隙間を埋めるような愛は、許されるべきではないのに…」
と、暗い目で再び空をあおぐのだ。

○ヴィクトールの家・庭(朝)

学生服姿で花壇の花々に水をやっているマルセル。
リュミエール 「おはよう、マルセル」
と、花鋏を手に下りてくる。
マルセル 「おはよう! ねぇお兄さん、ここ見て。雲間草が葉を出してくれたよ」
リュミエール 「本当ですか!」
と、マルセルの側に来てしゃがみ込む。
リュミエール 「ああ何と愛らしい緑なのでしょう。よかったですね。雲間草は夏越しが難しいからと、それは気を遣っていましたからね、マルセル」
マルセル 「うん! ぼく、春がとっても楽しみ!」
と、珍しくレイチェルが庭に立って、枯れた花をむしり取ったりしている。
レイチェル 「バーカ。春なんて当分きやしないわよ」
反論しようとするマルセルをリュミエールが制する。レイチェルが去るのと入れ替わりにくるヴィクトール。
ヴィクトール 「見て見ぬ振りもつらいものだな…」
リュミエール 「ええ。でもレイチェルが大人になる邪魔はできませんからね」
マルセルのナレーション 「この時ぼくは、レイチェルお姉さんが大人になったら塩を食べるようになるのかなと、とんちんかんなことを考えていたのだった――」

○同・ダイニング(朝)

すさまじい勢いでタレ焼きをパクついているレイチェル。
レイチェル 「見なさいよ、このタレの色つや。
ヴィジュアル的にも塩なんかじゃ太刀打ちできないってば!」
と、目の前に“ネジ”が転がってくる。
レイチェル 「!! い、一体何の真似!?」
ゼフェル 「メルから預かったんだ。おめーのなんだろ?」
急に勢いがなくなってしまうレイチェル。部屋を出ようとするゼフェル。
ゼフェル 「(振返り)それって1点物の特別仕様だから、無くした奴は相当困ってるだろーぜ」
レイチェル 「そんなの、知らない…」
ゼフェル 「いつもの自信満々なおめーはどこいっちまったんだよ! 情けねぇ…」
と、行ってしまう。
ネジをギュッと握りしめるレイチェル。
レイチェル 「ゼフェル、待って!」

○山道

リュックを背負い一人登っていくリュミエール。
リュミエールの独白 「『優曇華の花待ちたる心地して深山桜に目こそうつらね』…三千年に一度しか咲かない伝説の花を見つけた時、人は何を想うのでしょうか?…」

○山小屋

隅のベッドですやすや眠っているルヴァ。そこへ入ってくるリュミエール。
驚いて起き上がるルヴァ。
リュミエール 「申し訳ありません。せっかくお休みになられていましたのに」
ルヴァ 「あー、いえ、いいんですよー」
 × × ×
ルヴァ 「粗茶ですが…」
と、湯気の立ち上るカップを差し出す。
リュミエール 「これは重ね重ね…お気遣い痛み入ります」
ルヴァ 「あー、私の方こそ嬉しいんですよ。
ここのところ小屋でずっと一人でしたから」
リュミエール 「そうでしたか。あの、御立派な双眼鏡をお持ちなのですね」
ルヴァ 「これは天体観測用のでしてねー。重いのが難点なんですけどね。ほら…」
と、リュミエールに双眼鏡を渡す。
リュミエール 「なるほど。これはなかなかな重さですね」
と言いつつも軽々と両目に当てて覗いている。
リュミエール 「これなら遠くの山の高山植物も、雄しべまでよく見えたりしますでしょうか…」
ルヴァ 「さあ…この辺りの花はもう終わってしまってますからねえ。でも花の後も良いものかもしれないですねー、うんうん」
リュミエール 「『花の後』ですか?」
ルヴァ
「『花は散るもの』…聖書などでは花は必ずしも歓迎されていないんですよね。
花が咲くことはまさに死への道筋だということで。今の時期の山は花の後、土に還った生命の息吹の音が聞こえる気がします。雪に隠されるまでのわずかな間だけね」
双眼鏡を当てたまま目を閉じてみるリュミエール。
風になびく枯れ草の音が聞こえてくる。
やがて瞳を輝かせて、ルヴァに双眼鏡を返すリュミエール。
リュミエール 「ありがとうございます。ここまで登ってきて本当によかった。『花は散るもの』ですが、散ってこそ又次の花が咲くんですよね!」
と、力強くルヴァの手を握りしめる。
痛くて顔を歪めるが、笑ってごまかすルヴァ。

○若紫流華道教室

髪を束ね、着物にたすきがけするリュミエール。
リュミエール 「(花鋏を手に)秋風にたなびく雲の絶えまよりー」
マルセルのナレーション 「その日からお兄さんは店を休んで『紅葉VS荒地の花』という企画展への出品作に専念することになった。そしてレイチェルお姉さんとぼくがピンチヒッターで店を手伝うことになったんだ――」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

カウンターの黒ずくめの客につくねを出すレイチェル。
レイチェル 「はい、『ガッツクネ』お待たせ」
と、ウィンク。
「フッ、いささか品格が落ちたな」
メル 「(心配そうに)お客様、何か…」
「(つくねを美味しそうにほおばり)いや、相変わらず一級品の備長炭だな」
 × × ×
マルセル 「いらっしゃいませ〜」
と、入店してきたのはコレットだ。
マルセル 「ど、どうしたの?」
コレット 「こんばんは。珍しくレイチェルが気合い入れて手伝ってるっていうから」
レイチェル 「『珍しく』が余計だっつーの!
 アナタ、当然タレよね!」
コレット 「あ、当たり前でしょ。タレを嫌いになる理由なんてどこにもないし」
レイチェル 「ナーニ? そのビミョーな言い回し…まいっか。タレで注文入りまーす!」
ヴィクトール 「あいよ!」
知らずコレットに見とれてしまっているマルセルをメルがつつく。
メル 「仕事中、だよ」
マルセル 「! ごめん…」
マルセルのナレーション 「彼女の言う通り。嫌いな所探しても見つけられないんだ」

○ヴィクトールの家・レイチェルの部屋(夜)

ベッドに疲れた身体を投げ出すレイチェル。ストレッチのように両手を前に突き出して伸びをする。
レイチェル 「(手の甲を見つめ)水仕事で手が荒れちゃってるね―」
 × × ×
レイチェルの回想。
川沿いの道で倒れたレイチェルの手に見とれているルヴァ。
ルヴァ 「きれいな手ですねー、うんうん」
 × × ×
レイチェル 「……絶対反則だよ。天文学者のくせに、手だけ見てるなんて」

○芸術館・大ホール

『現代生け花企画展 紅葉VS荒地の花』の看板。その横の受付で大勢の客の応対に追われているセイラン。
 レイチェルとコレットがやってくる。
コレット 「すごいわねー、お兄さん。『荒地の花』の部で優秀賞もらったんでしょう?」
レイチェル 「サイテーそれくらいはとってもらわなきゃ。ワタシの手をこれだけカッサカサにしたんだからね」
セイラン 「やあ、君たちは誰かの紹介?」
レイチェル 「えっと、若紫流の作品てどこらへんにあります?」

○同・表通り

企画展の招待状を手に辺りをキョロキョロと見回しながらやってくるルヴァ。
ルヴァ 「あー、確かこの辺だと思いましたがねー…」
ゼフェル 「おい、おっさん!」
ルヴァ 「(振り返り)ああ、ネジ屋のゼフェルさんじゃありませんか」
ゼフェル 「(自転車から下りて)別にオレ『ネジ屋』じゃねーよ」
ルヴァ 「こんな所でお会いするなんて奇遇ですねー、うんうん」
ゼフェル 「(招待状に目をやり)ひょっとして、芸術館に行くのか?」
ルヴァ
「ええそうなんです。先日山の上でそれはそれは美しい、水色の神様かとも見まごうほどの華道家の方にお会いしましてねー、その方の作品を見に来たんです」
ゼフェル 「(一瞬天を仰いで考えた後)あ、それってたぶんオレん家の兄貴」
ルヴァ
「へっ?? ア・ニ・キですかあ? 
ア・ネ・キではなく…! そういえばあの方、ずい分と力は強かったような…」
ゼフェル 「だったら話は早いぜ。連れてってやるよ」
と自転車にまたがり前を向いたまま、
ゼフェル 「そういやあおっさん、双眼鏡のネジの具合はどうなんだ?」
ルヴァ 「それが…お恥ずかしい話なんですがうっかりなくしてしまって…実は近々工場の方にお願いに上がろうと思ってたんですよー」
ゼフェル 「何だとお!? あのバカ、いつまでグズついてやがんだ!!」
ルヴァ 「???」

○同・大ホール

リュミエールの生け花作品が特別扱いで展示されている。タイトルは「息吹」だ。
レイチェルたちに説明するセイラン。
セイラン 「どうも彼の作品は僕の感性のツボにはまってね。僕は基本的につらい顔は好きじゃない。だが散り際の花が放つかすかな光は、つらいばかりじゃないと思い知らされるんだよ――」
コレット 「(レイチェルに耳打ちで)この人、よっぽどお兄さんのファンみたいねー」
レイチェル 「そう? ただの妄想族なんじゃない?」
と、入り口からゼフェルが入って来るのが見える。
レイチェル 「ゼフェル、こっちよ」
と、片手を上げて合図するが、ゼフェルの後に入って来たルヴァを見とがめ固まってしまうのだ。セイランの解説など全ての音声が遠のいていく――。
やがてルヴァと目が合うレイチェル。意を決してずんずんと迫っていくが!
立ち止まらずにそのままスレ違ってしまうのだ。
ゼフェル 「てめー、逃げんのか!」
レイチェルが鬼の形相に変わる。
レイチェル 「冗談じゃないわよ! 逃げたのはそっちじゃないの!!」
と、ルヴァの顔面を指差す。
顔をひきつらせているルヴァ。
レイチェル
「今夜20時、天文台に行くから。
 絶対、絶対逃げないでよね!」
再びずんずんと去っていくレイチェル。
迫力負けしてその場にへたり込んでしまうルヴァ。
ゼフェル 「言いたかねーが、あれがオレの妹、しかも双子だ」
ルヴァ 「(完全に声が裏返り)エーーッ!!」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

リュミエール 「いいですか、メル。ほうじ茶は熱湯でさっと入れ、冷め加減でお出しします」
メル 「わかりました!」
厨房に音もなく入って来るレイチェル。
レイチェル 「1本もらうわよ」
と、ヴィクトールが焼いたばかりの串を取ってムシャムシャ食べている。
ヴィクトール 「おい!」
レイチェル 「天才の底力、見せてやるわ…」
と、出て行ってしまう。
メル 「ねぇレイチェル姉さんが今食べてたのって…」
リュミエール 「ええ確かに…塩、でしたね」
ヴィクトール 「ようやく出口を見つけたようだな」
と、頬をゆるめるのだ。

○プラテアド天文台・表(夜)

レイチェルがやって来て『改修工事中に付き現在閉鎖中』の看板に気付く。
ルヴァ 「その看板、嘘じゃありませんからねー」
暗闇からライトを持って現れるルヴァ。
ルヴァ 「今、私が逃げたって思ったんじゃないですかねー?」
レイチェル 「まさか。天才はそう簡単に判断は下さないものよ」
ルヴァ 「ここで最後に見たのは…そう夏の終わりの盾座でしたかねー。今夜は無理を言って開けてもらったんですよ。さあどうぞ」
と、中に案内していく。

○同・館長室(夜)

お茶を入れているルヴァ。
ルヴァ 「どうやら予算の関係で、私の部屋は工事もなくこのままなんですよー。おや、茶柱が立ちましたね」
お茶の置かれたサイドテーブルにネジを差し出すレイチェル。
レイチェル 「本題に入る前にまずこれを返しておくね」
ルヴァ 「貴方が拾って下さってたんですねー、ゼフェルさんから聞きました」
レイチェル 「ねぇ聞いて。ワタシの頭もソレと同じなの。カチッてかみ合っていないとヘンなのね。だからワタシなりに考えたワ、あなたの疑問について」
ルヴァ 「私の疑問…」
レイチェル 「あなたの恋人だった人が『手がきらいだ』って言ったホントの理由。これからワタシなりの見解を話したいんだけど、いいかしら?」
ルヴァ 「は、はい…」
レイチェル 「OK。まず『手がきらい』ってことの補集合を考えると『手以外は好き』ってことになると思うワケ。そのディアって人はちょっとせっかちな人なんじゃないかしら」
ルヴァ 「せっかち、でしたかねぇ…」
レイチェル 「女の子って、好きになるのは一瞬だけどきらいになるのは時間がかかるじゃない? それによく自分を好きになるために誰かを好きになったりしちゃうしさ。
その人は何か特別な事情であなたと別れなきゃならなくなって、それで何でもいいからきらいなとこ、見つけたくなったんじゃないかしら。つまりそれがワタシの導き出した答なの!」
ルヴァ 「な、なるほど…」
レイチェル 「だからきっと『どうして手がきらいなのか?』って聞いても、答えてはくれないと思う。もし話せるなら、その別れる事情を話してくれたハズだし」
ルヴァ 「そう、かもしれないですねー…」
急に立ち上がると棚に置いてある天球儀をクルクル回し出すレイチェル。
レイチェル 「だけどワタシは…その…女の子の…5%有意な方だから…」
ルヴァ 「えっ?」
レイチェル 「(さらに天球儀を高速に回しながら)ワタシはアナタのためにゆっくり歩いてアゲル。いっぱい頼ってくれてOKだから…」
と、天球儀が勢いあまって外れてしまい、壁に当たって跳ね返りルヴァを直撃する!
天球儀を抱き留めると、身体を震わせて笑い始めるルヴァ。
ルヴァ 「貴方という人は…まるで”銀河風”のような人ですねー、うんうん。実に気持のよい風ですよ」
ルヴァの笑い声にレイチェルの笑い声が明るく重なる――。

○ヴィクトールの家・庭(朝)

花壇の花々に水をやっているマルセル。
レイチェル 「(庭に下りてきて)マルセル、ワタシにもちょっとやらせてよ」
と、ホースを奪い取ると鼻歌を歌いながら水やりを始める。
口をポカンと開けて見ているマルセル。
リュミエール 「火のように熱く激しかった想いが、水のように優しく穏やかな想いに変わったのですよ、レイチェルは」
マルセル 「それが『大人になった』ってことなの?」
リュミエール 「ええ、そう思います(と、雲一つない空を見上げ)まさに秋澄む、ですね、マルセル」
マルセルのナレーション 「そして大人になったレイチェルお姉さんは、塩派に変わったんじゃないかって、ちょっと期待するよね?」

○同・ダイニング(朝)

皆が注目する中、塩焼きに手をのばすレイチェルだが――、一転やはりパクついたのはタレ焼きだ。
ゼフェル 「てめー、もうタレは卒業したんじゃねーのかよ!」
レイチェル 「冗談言わないでよ。天才の成分に塩は必要ないんだから!」
ゼフェル 「はあ? 朝から何わけわかんねえこと言ってんだ??」
と、にわかに元気づく。
ヴィクトール 「(小声で)天才の成分はタレ、なんだな…」
と、にこやかに新聞を読み始める。
リュミエール 「『女は良き男を作る天才でなければならない』そうですからね」
マルセル 「もうっだ・か・ら、いいかげん静かに朝ごはん食べさせてよ!!」
マルセルのナレーション 「こうしてぼくの小さな期待は花びらのようにあっけなく散っていくんだよね、全く」
マルセルの口に放り込まれる塩焼きとタレ焼きの串のアップにエンドマーク。
(おしまい)

「カウンターは一日にしてならず」へ          

ぎりぎりまでディアをご登場願おうかどうしようか悩んだけど、レイチェルとの猛者対決編は「貴女の心のなかで…」ってことで。
クレジット的には友情出演ディア、特別出演クラってとこですかね。
ご感想お待ちしとります。(すばる)

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