花よりつくね・3
 「恋はもうもう」


○美咲中学・校門前(朝)

登校中の学生達の間をぬって自転車を走らせているマルセル。
マルセルのN(ナレーション) 「ぼくの名前はマルセル。市立美咲中学の2年生。今朝も焼き鳥を十本たいらげて元気一杯、気分爽快。もちろんタレの焼き鳥だからね」
自転車が校門に滑り込もうとした瞬間、リムジンが突っ込んできて急ブレーキをかける。
バランスを失うが、何とか倒れずに停車するマルセル。
同級生達の声 「平気か? マルセル」
マルセル 「あー、おどろいた。急に飛び出して来るなんて、ひどいよ」
リムジンのドアが開き、一人の少年が気品あふれるたたずまいで降りてくる。
ティムカ 「ごめんなさい…おケガはありませんか?」
マルセルのN 「正直言うと、その後ぼくが彼に何を話し、どう振る舞ったのか、よく覚えてないんだ。ただ彼の頭に揺れている青い羽の色だけがぼくの目に焼きついた。そしてこの、夏の日射しのような少年が、ぼくの心に冷たい雨を降らせるなんて、その時は知らずにいたんだ――」

○同・マルセルの教室(朝)

チャイムが鳴り、担任教師がティムカを連れて教室に入ってくる。
マルセル 「あっ…」
担任教師 「今朝は皆さんに転校生を紹介します。ティムカ君です。彼のお父さんは、何とあの有名な建築家のハーディ氏なんですよー。仲良くしてあげて下さいね」
ティムカ 「ティムカと申します。どうぞよろしくお願い致します」
ただならぬオーラに圧倒されまくっているマルセル達。
担任教師 「マルセル君の隣が空いているわね。
 じゃあティムカ君、そこの席について下さい」
ティムカ 「はい。…(マルセルに)失礼致します」
マルセル 「こ、こちらこそ」
担任教師 「マルセル君、ティムカ君に色々教えてあげてね」
マルセル 「わかりました、先生」

○同・裏山の大木の下(放課後)

木を見上げているマルセルとティムカ。
マルセル 「うーん、たぶんこれが学校で一番大きな木だと思うんだけど…」
ティムカ 案内して下さってありがとうございます。いきなり変なお願い事で驚いたでしょう、マルセル君」
マルセル 「そんな、変だなんて思ってやしないけど…でもどうして?」
ティムカ 「僕にとって、木は第2の父親なんですよ」
と、木の幹にそっと手を触れる。
マルセル 「第2の父親…! そういえば君のお父さんは有名な建築家なんでしょう!
 世界中のホテルや庭園を創っているって」
ティムカ 「ええ。僕は父について勉強中なんです。だからこうして転校ばかりで」
マルセル 「そう、大変なんだね…」
ティムカ 「でも僕は父を尊敬していますから。 父は幼い頃からよくこう教えてくれました。
 『ティムカ、成長とは空遙かに枝を開くと共に、大地の闇の中に根を下すことなんだよ』って」
マルセル 「難しいこと言うお父さんだね…」
ティムカ 「あはっ(とマルセルの肩を軽く叩き)そうなんです。今でも僕、よくはわかってないんですよ。だから新しい学校に来ると、こうして一番大きく成長した木に触れて、答をさがすことにしてるんです」
マルセル 「そっか、だから”木が第2の父親”って言ったんだね」 
風に吹かれそよぐ大木。
ティムカ 「僕からも質問していいですか。マルセル君のお父さんはどんな人?」
マルセル 「ぼくのお父さんはね、焼鳥屋さんなんだよ。そうだ! 今度家に食べにおいでよ。ちょっとよそにはないタレだよ」
急に青ざめるティムカ。
ティムカ 「せっかくですが、僕焼き鳥は苦手でして。昔すずめの焼き鳥を見てしまったことがあったんですがあまりにかわいそうで僕…」
と、涙ぐんでしまうのだ。その様子に、自分もショックを受けるマルセル。
マルセル 「そうだね…焼き鳥って…鳥、だったんだよね…」
沈黙の時が流れ、立ち去る二人。
 × × ×
近くの茂みからもそもそと出て来るレイチェル、そしてルヴァ。
レイチェル 「やっと行ってくれた…」
ルヴァ 「(葉を払いつつ)お知り合いの方ですかー?」
レイチェル 「ええ、知り合いに近いかな、限りなく」
と、ルヴァの背中についている葉っぱに気付き手を伸ばそうとするのだが、なかなかできないでいるのだ。
ルヴァ 「(空を見上げ)今日は雲一つない秋空になっちゃいましたねー」
レイチェル 「何だか淋しそう。まるで空に約束をすっぽかされたみたいだね」
ルヴァ 「え、そうですかねー。だけど今夜にはきっと雲が起こるはずなんですよ。実は、夜も雲は街の灯りに照らされたりして様々な表情を見せてくれるんです。それを眺めるのも乙なものですよー、うんうん」
レイチェル 「ねぇ?(と、思い切って背中の葉っぱをひったくり)それってワタシを夜デートに誘ってるの?」
ルヴァ 「そ、そんなつもりは毛頭…」
レイチェル 「毛頭? 毛頭ないって!?」
ルヴァ 「あー、いや、困りましたねー。こういう場合は何と言えばよいのやら…」
慌てふためくルヴァに吹き出してしまうレイチェル。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

丁度黒ずくめの男が帰るところである。
リュミエール 「毎度ありがとうございます」
無表情に去っていく客。
メル 「あの人、一体全体何者なんですか?」
リュミエール 「メル、私達がお客様のことで知るべきことは、どのお品を気に入って下さったかということだけでよいのですよ」
メル 「はい。あたりめとつくね、ですよね!」
そこへ自治会長が秋祭りのポスターを持って入店してくる。
自治会長 「こんばんは。相変わらず盛況で何よりですな、親父さん」
厨房から軽く頭を下げるヴィクトール。
リュミエール
「これは自治会長さん(と、ポスターを見て)もう美咲大社のお祭りなのですね。『月みれば〜ちぢに物こそかなしけれ〜』…秋という季節はどうしてこうも哀しいのでしょうか…」
自治会長 「おいおい、若者は祭りに向けてもっと元気を出してもらわんと困るじゃないか。もちろん今年も屋台の方、出してもらえるんだろうね」
メル 「もちろん! 喜んで出店させていただきます。ねっ、店長?」
ヴィクトール 「ああ。会長さん、よろしくどうぞ」
リュミエール 「(ようやく我に返り)昨年同様、メイン通りにてお願い申し上げます」
と、色気たっぷりである。
自治会長 「(グラッとよろめきつつ)ああ、任せてくれ」

○ヴィクトールの家・ダイニング(翌朝)

恒例の”塩VSタレ戦争”勃発中のテーブルに元気なくやってくるマルセル。
ヴィクトール 「どうした? マルセル」
マルセル 「…ぼく、今頃になってやっと気付かされたことがあって…」
リュミエール 「深刻な悩みなのですか?」
マルセル 「(焼き鳥を1本取り)このタレ焼きも砂肝もハツもねぎまもつくねもシシトウもみんなみんな、鳥、なんだよね…」
と、大きく肩を落とす。
ヴィクトールが声をかけようとするが、
レイチェル 「何言ってるの? 鳥肉だからヘルシーでごきげんなんでしょ。それにね、シシトウって鳥じゃないし」
ゼフェル 「アーッ! そういやあ砂肝はぜってータレなんかで食わねーぞ! どーだ、これで塩の勝ちだぜっ」
レイチェル 「砂肝? そんなの食べてるからゼフェルの脳は砂漠化しちゃってんじゃないのー?」
ヴィクトール 「(腕組みをして)砂肝にタレ…研究してみるのも悪くはないな」
話がとっちらかる中、リュミエールだけが心配そうにしている。
リュミエール 「やはりお母さんの生前の心配が的中してしまったのでしょうか…」

○美咲高校沿いの道路(放課後)

吹奏楽部の演奏が聞こえている。
金網にもたれてボーッと飛ぶ鳥を眺めているマルセル。そこにリムジンが通りかかり、ティムカが顔を出す。
ティムカ 「マルセル君、何をしているんですか、こんな所で」
マルセル 「ティムカ君か。ここの高校にぼくのお兄さんとお姉さんがいるんだよ」
ティムカ 「ああ、そうなんですか」
と、コレットが体育館から走ってくる。
コレット 「(金網越しに)よかった、マルセル君に会えて。今夜ね、マルセル君家でレイチェルと浴衣を着る練習をすることになってるんだけど、少し遅れそうなの。そう伝えてもらえる?」
マルセル 「うん、お安いご用だよ」
コレット 「ありがとう。レイチェルってば時間に厳しいから。じゃ私、行くね」
栗色の髪をなびかせ去っていくコレット。嬉しそうに見送るマルセルの後ろから、
ティムカ 「愛らしい人ですね。浴衣がとても似合いそうな…」
マルセル 「(ティムカを少し睨むように)そういうこと、さらっと言えちゃうんだね…」

○ヴィクトールの家・レイチェルの部屋(夜)

リュミエールの指導のもと、浴衣の着付けの練習をしているレイチェルとコレット。マルセルもいて、何かと手伝されている。
リュミエール 「帯はそうですねー、貝の口にしてみましょうか」
レイチェルと比べて飲み込みが遅いコレット。
コレット 「アレ? 何か変、どこで間違えたのかな?」
マルセル 「結び方、かな?」
コレット 「えっ、どこ?」
リュミエール 「最初の結び目が緩すぎたのでしょう。もう一度やってみましょうか」
リュミエール、レイチェルの真似をするコレットだが、なかなか上手くいかない。たまらず帯をつかむマルセル。
マルセル 「この帯の長さだと、もう少し上の方まで結んだらいいんじゃないのかな…」
コレット 「そっか。私の帯、長めなんだね」
マルセル 「てゆーか、コレットさん細いから」
コレット 「やだ、マルセル君たら!」
レイチェル 「どーせ、ワタシは太めですから」
と、舌を出す。
マルセルのN 「…この結び目が恋の結び目だったら、もっと強く引っ張るのに…ナーンテ、ティムカ君だったらさらっと言えちゃうのかなと、ふっと思った――」

○美咲大社(夜)

にぎやかな祭りの情景。
多くの屋台が並び、子供連れやカップルなどがそれぞれに楽しんでいる。
メイン通りで煙をもうもうと上げつつ、焼き鳥を焼くヴィクトール。そしてマルセルとメルがせわしなく売り子をしている。
マルセル 「塩とタレ、十本ずつですね。千六百円いただきます」
 × × ×
浴衣姿でわた菓子を食べているレイチェルとコレット。
コレット 「レイチェル、例の雲博士さん、お祭りに誘えばよかったのに」
レイチェル 「冗談! こういうお約束的な場所には来ないタイプね。もっと神秘的な、謎めいた所が似合うっていうか…」
コレット 「あらこのお祭りって、本来は邪霊を封じるものだったんでしょ。十分神秘的じゃない?」
レイチェル 「そうね。そういう手があったか …って、何言わせんのよ!!」
と、雑踏の中にルヴァが立っている!
レイチェル 「そんな…まさか!」
と、まっしぐらに走っていくのだ。
コレットもレイチェルを追うが、ゲタの鼻緒で足を痛め、ついにはうずくまってしまう。
コレット 「ウッ、皮までむけちゃってる」
ティムカ 「あのー、大丈夫ですか?」
コレットが見上げると、ティムカがばんそうこうを差し出している。
ティムカ 「よかったらこれ使って下さい」
 × × ×
キョロキョロしながら人にぶつかりまくっているルヴァ。そのルヴァの手を強引につかむと、裏の林の方に連れ込むレイチェル。
レイチェル 「(手を振りほどいて)何やってるの!?」
ルヴァ 「あのー、それはどちらかというと私のセリフなんじゃないですかねー」
 × × ×
ヴィクトールの屋台前には行列ができている。
マルセル 「もうすぐ焼き上がりますので少々お待ち下さい」
と、煙の向こうにコレットの姿が!
マルセルの独白 「今夜は浴衣に合わせて、髪を編み込んでいるんだね…」
と、目を細めるが次の瞬間、その目がカッと見開かれる。コレットの隣で笑っているティムカを見てしまったのだ。
マルセル 「な、なんであの二人が!?」
ヴィクトールの声 「おぅ、上がったぞ」
マルセル 「あ、はい。お客さん、タレ十本でしたね、お待たせしました」
煙の向こうに見え隠れする二人が気になってしょうがないマルセル。さらに、
メル 「マルセル! ぼく、とんでもないもの見つけちゃった。ほらアレ」
と、指差す方に見えるのはレイチェルとルヴァのカップルである。
マルセル 「レイチェルお姉さんまで…! てことはダブルデート!?」
と、涙があふれそうになってくる。
メル 「大丈夫かい、マルセル」
マルセル 「何だか…やたら煙いよ…」
ヴィクトール 「おいお前たち! さっさと手を動かさんか!!」
マルセル&メル 「はい!」

○ヴィクトールの家・ダイニング(翌朝)

ゼフェル 「どーだ。夕べは圧倒的に塩が売れたんじゃねーのか?」
レイチェル 「(かなりの低テンションで)バーカ、タレの方が売れたに決まってるでしょーが」
拍子抜けしてずっこけているゼフェル。
マルセルはレイチェル以上に落ち込んだ様子である。
マルセル 「ぼく、今日は食べずに行くね…」
と、出ていってしまう。
リュミエール 「マルセル…」
突然テーブルをバンと叩きすっくと立上がるレイチェル。
レイチェル 「ヤルしかないじゃない、こうなったら。ワタシは流れ星なんかに頼らないタイプなんだから」
と、大股で出ていく。
ゼフェル 「朝から流れ星だァ??」
ヴィクトール 「(新聞を広げつつ)祭りの後、だな」
(つづく)

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いよいよルヴァ本格登場!ですが、何だかまだ怪しげ…(もう一人もっと怪しい人もいはりますがね)(すばる)

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