花よりつくね・2
「弟の心兄知らず」


○街中

学生服姿で自転車を軽快に走らせているマルセル。
マルセルのナレーション 「ぼくの名前はマルセル。市立美咲中学の2年生。そしてここが『世界一似てない双子』ゼフェルお兄さんとレイチェルお姉さんが通う県立美咲高校――」
と、自転車をとめる。

○美咲高校沿いの道路

 吹奏楽部の演奏が聞こえている。
ゼフェルの声 「おーいマルセル! 今日寄り道があっからコレ頼むぜー」
と、フェンス越しに弁当箱が飛んできて自転車のカゴにスポッとおさまる!
走り去るゼフェルの背中を見送るマルセル。
マルセル 「もうっ、『今日』って毎日のことじゃないか!」
マルセルのナレーション 「ヴィクトールお父さんはめったに怒らない人なんだけど、本人はともかく、弁当箱だけは店を開ける前に持ち帰らないと、烈火のごとく怒るんだ。だからぼくはいつも少し遠回りをして帰るハメになる――」
自転車を下り、体育館をのぞき込むマルセル。
舞台上で演奏している吹奏楽部。その中でヴィブラフォンをリズミカルに叩くコレットを見つけるのだ。
マルセルのナレーション 「彼女の名前はコレット。レイチェルお姉さんの同級生で、ぼく達の幼なじみでもあるんだ――」
マルセルに気づき手を振るコレット。
慌てて手を振り返すマルセル。
マルセルのナレーション 「あんなに離れた舞台にいるはずなのに、彼女のまるですずらんのような笑顔が一瞬にして映像に結ばれた――」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

忙しく働いているヴィクトールとリュミエール、そしてメル。
カウンターのいつもの席には黒ずくめの客。
メル 「はい、あたりめ、いつもよりサービスしておきましたから」
「すまぬな…(とメルが去るのを待って)フッ6本増しというところか…」

○ヴィクトールの家・ダイニング(夜)

勉強中のマルセルだが、脳裏にうかぶコレットの笑顔に邪魔されて、なかなか集中できない。
コレット 「こんばんは!」
と顔を出し、椅子から落ちそうなほど驚くマルセル。
マルセル 「ど、どうしたの!?」
コレット 「うん、ちょっとゼフェルに用があってね。帰ってるかな?」
マルセル 「(急激にテンションが下がり)まだなんだけど…」
コレット 「そう…じゃ待たせてもらってもいいかな?」
マルセル 「いいよ。お茶でも入れるね。それとも焼き鳥食べてく?」
コレット 「いいの!? わあ〜ウレシイなー」
 × × ×
美味しそうに焼き鳥を頬張るコレット。
コレット 「このタレ、いつ食べても絶品ね」
マルセル 「やっぱり塩よりもタレ派?」
コレット 「そうねぇ〜、どっちも好きだけど、タレって言わなきゃレイチェルおっかないでしょう?」
マルセル 「言えてる」
コレット 「そうそうレイチェルってば最近変じゃない?」
マルセル 「変? どんな風に?」
コレット 「例えば昨日なんかもね…」

○川沿いの通学路(コレットの回想)

下校中のレイチェルとコレット。
突然立ち止り空を見上げるレイチェル。
コレット 「どうかしたの?」
レイチェル 「シッ、黙って!」
レイチェルの視線の先にあるのは、今まさに描かれつつある飛行機雲だ。
コレット 「??」
レイチェル 「…ねぇ…飛行機雲にも命があるんだよね。…長く生きていられるんなら、少しくらい雨が降ったっていいよね。そう思わない?」

○元のヴィクトールの家・ダイニング(夜)

大げさに驚いているマルセル。
マルセル 「『雨が降ってもいい』って、本当にそう言ったの!?」
コレット 「ね、信じられないでしょ。『ワタシは120%晴れ女だって言ってるでしょ!!』っていつも曇り空に向ってたんか切ってるのにね」
マルセル 「うん。そりゃ確かに変だね」
ゼフェルの声 「ほら見ろ! タレばっか食ってるもんだから、レイチェルの奴、どっかの部品がイカれちまったに違いねーぜ」
と、バイクのキーを器用に回しながら登場。
コレット 「ゼフェル、お帰り!」
マルセル 「(がっかりした様子で)お帰り」
ゼフェル 「おぅ」
コレット 「私、ゼフェルに頼みたいことがあって待たせてもらってたの」
ゼフェル 「めんどくせー頼みならノーサンキュだぜ」
と、自分の部屋の方に行ってしまう。
コレット 「ちょっと話くらい聞いてくれたっていいでしょ!」
と、ゼフェルを追う。
取り残され大きくため息を吐くマルセル。

○同・ゼフェルの部屋(夜)

庭からコオロギの声が聞こえ始める。
ゼフェル 「…あん? ヴィブラフォンの修理だァ? そんなの楽器屋に出しゃ済むことだろ!」
と、制服を脱ぎ始める。
コレット 「(あせってゼフェルに背を向け)だって電気系統が少しおかしいだけなんだもの。ゼフェル得意でしょ、そーゆーの」
ゼフェル
「(コレットを気にもとめずどんどん着替えながら)オレはおめーの便利屋じゃねーぜ。ったく、ガキん頃から三輪車が動かねーだの、オルゴールが鳴らねーだの次々持ち込んできやがって」
コレット 「(思いきりふくれっ面で)そーだけど、ゼフェルだって結構得意げに直してくれてたじゃない」
ゼフェル 「バーカ、今のオレはもうそんなチャチなモン直すレベルじゃねーんだよ。ま、2千万でも積んでくりゃ考えねーでもねーがな」
コレット 「何ソレ? 『ブラックジャック』にでもなった気でいんの? バーカ、バーカ」
ゼフェル 「るーせーなあ。おめーもコオロギもやかましすぎんだよ。とっとと帰れ!」
と、窓から顔を出しコオロギを怒鳴り散らすのだ。

○同・玄関(夜)

鼻歌を歌いつつ帰って来るレイチェル。
レイチェル 「♪ルルルル〜雲に乗りたいナ〜」
と、怒り爆発状態のコレットに出くわすのだ。
コレット 「もうサイテー。『ブラックゼフェル先生』によろしく!」
と、泣かんばかりに飛出していく。
レイチェル 「(腰に手を当て)まったく、いつまでもコドモなんだから」
マルセル 「ぼく、心配だから送ってくる!」
と、コレットを追っていくのだ。
レイチェル 「ちょっと! さらにコドモがコドモの心配してどーすんのよ…」
と、頭を抱える。

○美咲高校沿いの道路

自転車をとめるマルセル。
ゼフェルの弁当箱が飛んできて自転車のカゴにスポッとおさまるが、すかさずそれを投げ返すマルセル。
マルセル 「今日はぼく、当分帰れそうにないから!」

○美咲高校・校庭

ゼフェルの頭に直撃する弁当箱2つ。
ゼフェル 「いってぇー!! なんだ!? マルセルの奴まで”タレ”でおかしくなっちまったのか?」

○同・体育館

ヴィブラフォンの様子を気にしつつ、 演奏しているコレット。

○街中

自転車を走らせているマルセル。
楽器屋、電気屋、図書館などを次々と回っていく中、陽がだんだんと傾いていく――。

○ヴィクトールの家・マルセルの部屋(夜)

読書中のマルセル。読んでいるのは、配線技術の本だ。
リュミエール 「マルセル、入ってもいいでしょうか?」
マルセル 「(とっさに本を背後に隠し)はい、どうぞ」
じんべえ姿で入ってくるリュミエール。
リュミエール 「マルセル、ここ数日帰りが遅いようですが、何かあったのですか? お父さんも心配されているのですよ」
マルセル 「あの…ぼく、調べたいこととかがあって、図書館に行ってるの。だから、お兄さん達が心配するようなことは何もないから…」
リュミエール 「(マルセルの目をじっと見つめ)信じていいのですね?」
マルセル 「(少し視線を落とし)うん…」
リュミエール 「わかりました。調べものがうまくいくといいですね」
と、にっこり微笑む。
マルセル 「(つられて笑いながら)ありがとう。そうだ、メルはどんな様子?」
リュミエール
「よく働いてくれていますよ。
自分なりにタレの研究もしているようです」
マルセル 「そっか…」
リュミエール 「では仕事に戻りますね」
と、しずしずと部屋を出ていく。

○同・廊下(夜)

リュミエールの独白 「マルセルは園芸高校に行くと思い込んでましたが、工業高校に進学するつもりなのでしょうか…」

○街中

立ちこぎで自転車を走らせているマルセル。
マルセル 「♪ぼくの大好きなヴィブラフォン 〜彼女の大切なヴィブラフォン〜とっても大事にしてたのに〜」
と、突然自転車がパンクして大きくよろける。

○川沿いの通学路

下校中のレイチェルとコレット。
レイチェル 「で? アレからゼフェルとは口きいてないの?」
コレット 「もちろんよ。コオロギの鳴き声を『やかましい』なんて言う人、とうふの角に頭ぶつけてとうふまみれになればいいんだわっ」
レイチェル

「ま、機械バカだからねー、あいつは。
! 
どうやらとうふ、用意した方がよさそうね」
道に仁王立ちしたゼフェルが睨みつけているのだ!

○楽器店

店長 「いらっしゃい。おや、どうしたね?」
 右目の上にたんこぶを作ったマルセル恥ずかしそうに入ってくる。
マルセル 「さっきハデに転んじゃったから」
店長 「ずい分腫れてるぞ。医者に行った方がいいんじゃないか?」
マルセル 「平気さ、これくらい。それより例のモノ、届いてる?」
店長 「おぅ、ヴィブラフォンの部品なら今朝着いたところだ。仕方ない、そのでっかいたんこぶに免じて、3割引きにしてやるよ」
マルセル 「わー、やったー!」

○コレットの家・前(夕)

右目を腫らしたまま息せききって走ってくるマルセル。
2階のベランダから手を振るコレット。
コレット 「どうしたのー、そんなに慌てて」
マルセル 「あ、あの、ぼく、ヴィブラフォンをね、ゲホッ、ゲホッ…」
コレット 「今日ね、ゼフェルが私のヴィブラフォン、修理してくれたのよー。さすがはゼフェルねー、30分くらいで完璧にやってくれたわ」
しばし立ち尽くすマルセル。
マルセル 「…そう、なんだ…」
重い足どりで帰り始めるマルセル。
コレット 「アレ? 何か急用があったんじゃないのー? マルセルくーん!」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

厨房で後片付けをしているリュミエールとメル。
リュミエール 「よろしいですか、メル。これだけは肝に命じておいて下さい。秘伝のタレは長い間時間をかけ、数々の失敗をくり返してできたものなのですよ」
メル 「やっぱり納得がいくまで、あきらめちゃダメなんですよね」
店にいて二人に声をかけようとしたマルセルだが、やがて大きくうなづくと去っていく――。

○ヴィクトールの家・ダイニング(翌朝)

ヴィクトールの頭上でやり合っているゼフェルとレイチェル。
ゼフェル 「だから塩だって言ってんだろーが!」 
レイチェル 「タレったらタレ!」
突然椅子から立上がるマルセル。
マルセル 「ぼく、今日からタレしか食べないからね!」
驚いて新聞を落としてしまうヴィクトール。
そしてレイチェルの前の焼き鳥をバクバク食べ始めるマルセル。
レイチェル 「ほらごらんなさい。タレの勝ちね」
ゼフェル 「まだ勝負はついてねーぜ!!」
以下、延々続く――。
マルセルのナレーション 「ゼフェルお兄さんの言う通り。まだ勝負はついていないんだ」
(つづく)

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