花よりつくね・1
「天高く姉吠える秋」


○ヴィクトールの家・庭(朝)

学生服姿で花壇の花々に水をやっているマルセル。
マルセルのナレーション 「ぼくの名前はマルセル。市立美咲中学の2年生。ぼくの朝はこうして庭の花たちに水をあげることから始まる――」
朝から優雅な着物姿で庭に下りてくるリュミエール。
リュミエール 「おはよう、マルセル。今日も気持のいい朝ですね」
マルセルのナレーション 「この人はぼくの一番上のお兄さんのリュミエール、21才。くれぐれもお姉さんじゃないからね。お兄さんの朝はぼくが育てた花を1本だけ摘むことから始まる――」
花鋏を手に花を物色中のリュミエール。
リュミエール 「花の色は移りにけりないたずらに――」
と、キキョウの花を切ると中に入っていく。

○同・リュミエールの部屋(朝)

キキョウを剣山にさし、花器に置いて床の間に飾るリュミエール。
マルセルのナレーション 「お兄さんの趣味は生け花。なんでも若紫流っていう流派の師範らしい。
 だけど静かな朝はここまでなんだ。…ほら始まった…」
ゼフェルの声 「だから塩だって言ってんだろーが!」
レイチェルの声 「バーカ、タレに決まってるでしょ!」
大きくため息をつくリュミエール。

○同・ダイニング(朝)

テーブルの中央で黙々と新聞を読んでいるヴィクトール。その頭の上で、右にゼフェル、左にレイチェルが向い合い応戦中である――。
ゼフェル 「タレなんか食うのは女子供だけなんだよ!」
レイチェル 「うちの秘伝のタレをバカにする気!? さあ、親父に謝んなさいよ!!」
マルセルのナレーション 「この右のツンツン頭がぼくの二番目のお兄さんのゼフェル。そして左の黙ってさえいれば結構美人なのが、お姉さんのレイチェル。実はこの二人、双子なんだけど、近所で評判の『世界一似てない双子』」
お互い焼き鳥の串を1本ずつ口にくわえているゼフェルとレイチェル。
マルセルのナレーション 「二人の朝はこうして焼き鳥の塩VSタレ戦争で始まる。1年365日これなんだもん、いいかげんぼくもうんざり」
パンケーキを手に登場するマルセル。
マルセル 「もうっ塩もタレもどっちもおいしいんだからいいじゃない!」
ゼフェル 「だからお前は子供だって言われんだよ! 真の男にしか塩の旨さはわかんねえのさ」
レイチェル 「焼き鳥屋の息子のくせに、パンケーキなんか食べてんじゃないわよ!」
と、焼き鳥のタレをドボドボかける!
マルセル 「ギャーッ!! 何するんだよ!」
大騒ぎの中微動だにしないヴィクトール。そのヴィクトールの頭に鉢巻きが巻かれて――。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

 汗だくになって焼き鳥を焼いているヴィクトール。そのヴィクトールとお揃いの甚兵衛を着て接客しているリュミ エール。
マルセルのナレーション 「リュミエールお兄さんの夜は朝とは一変する。ぼくの家は三代続いた、炭火焼と秘伝のタレが自慢の焼き鳥屋なんだ。お兄さんはそれなりに集まってくるお客さんたちの相手で大忙し」
カウンターであたりめを食べている黒ずくめの客に、とびきりの笑顔でつくねの皿を出すリュミエール。
リュミエール 「お待たせ致しました」
「すまぬ…」
と、おもむろに頬張り始める。
リュミエール 「お酒のおかわりはいかがですか?」
「そうだな…焼酎、ロックで」
リュミエール 「承知致しました」
マルセルのナレーション 「お兄さんは4年前にぼくたちのお母さんが病気で死んじゃって以来、店を手伝うようになったんだ。あれ、ちょっとブルーな話になっちゃったかな?」

○ヴィクトールの家・ダイニング(夜)

店からの嬌声が聞こえる中、テーブルに並んで勉強しているレイチェルとマルセル。
レイチェル 「だから運動エネルギーは速さの2乗に比例するでしょうが」
マルセル 「そっか、じゃあ秒速40cmだから あ…」
メルの声 「こんばんは!」
窓越しに手を振っているメルに気づくマルセル。
マルセルのナレーション 「彼の名前はメル。ぼくと同い年のいとこで隣街に住んでいるんだ」
レイチェル 「こんな夜遅くに何の用?」
マルセル 「さあ…ぼくは約束してないんだけど…」

○同・ゼフェルの部屋(夜)

カメラの修理をしているゼフェル。
突然聞こえてくる怒鳴り声に部品が飛び散ってしまう。
ヴィクトールの声 「ダメだと言ったらダメだ」
ゼフェル 「なんだよっ、肝心なとこで!」
と、部屋を飛出していく。

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夜)

客のいない店内でヴィクトールの前で土下座しているメル。
ゼフェルが来ると既にレイチェルとマルセルも顔を揃えている。
ゼフェル 「(小声で)おい、どうしたんだよ」
レイチェル 「わかんないわよ。来たらもうこうなっちゃってたんだもの!」
リュミエール 「(二人の間に割って入り)どうやら今夜はメルにとって人生の岐路のようですよ」
メル 「お願いします! 決して中途半端な気持でここに来たんじゃないんです。メルに、焼き鳥を焼かせて下さい!!」
ゼフェル 「焼き鳥を焼くだと? 塩とタレとどっちを焼くつもりだ?」
レイチェル 「バカ、今はそーいう問題じゃないでしょ。メル、アナタ高校行かない気?」
メル 「行かないよ。メル、朝から晩までヴィクトールおじさんについて修業するんだ」
ヴィクトール 「お断りだ! 俺はお前を雇う気などない。さあ、帰るんだ!」
と、厨房に入ってしまう。
メル 「待ってよ、おじさん!」
リュミエール
「(メルの肩に手をかけ)気持はわかりますが、今夜はもう遅いですし、お帰りなさい。私が送っていってあげますから」
急に涙をあふれさせるメル。
メル 「おじさん、きっと喜んでくれると思ってたのに…ウッウッ…」
マルセル 「かわいそう、メル…」

○川沿いの通学路

友達と談笑しながら下校中のレイチェル。ふと川辺に座り込んでいるメルの姿を目にとめる。
レイチェル 「ごっめーん。ワタシ、ちょっと用ができたから先に帰ってて」
と、坂を駆け下りていく。

○川辺

丸めたノートを握りしめ、ぼんやり川面を見つめているメル。やがてノートを川に向って投げるが、空中で誰かの手にキャッチされてしまう。
メル 「レイチェル姉さん…」
レイチェルの手で開かれたノートには、オリジナルの鶏料理のレシビがぎっしりと書かれているのだった。
レイチェル 「フーン、この手羽の黒酢煮なんてイケてんじゃない」
メルの表情に少し光が射したようだ。
 × × ×
並んで座っているレイチェルとメル。
メル
「小さい頃から、おじさんの店で赤々と燃えてる炎を見ると何だかワクワクしてた。炎の中に見たこともない宝物が隠れているような気がして、じっと見つめてたんだ」
レイチェル 「宝物、か…」
メル 「(ノートの1ページ目を開き)このレシピを初めて書いたのは4年生の時。焼き鳥味のおやつがあったらなあってね」
レイチェル 「”焼き鳥どら焼き”…ウーン、ワタシには想像つかないなあ〜」
メル 「実はぼくにも全然!」
ひとしきり笑い合う二人。
レイチェル 「ワタシの経験からいって、親父は1度言い出したこと引っ込めるような奴じゃないケド」
メル 「…うん」
レイチェル
「…『幸福、それは君の行くてに立ちふさがる獅子である。たいていの人はそれを見て引き返してしまう』…引き返す以外の方法を考えるとしたら?」
メル 「立ちふさがる獅子を倒すってこと?」
レイチェル 「そりゃそれができれば苦労はないけど、獅子をあわてさせればどう?」
メル 「???」

○焼き鳥屋『串処 精神統一』(夕)

両腕を包帯でグルグル巻きにされているリュミエール。
ヴィクトール 「どうした!?」
リュミエール 「はい。暴漢に襲われてしまいまして…」
ヴィクトール 「店の方はいいから、ゆっくり養生しなさい」
リュミエール 「申し訳ございません」

○同(夜)

店を一人で切り盛りしているヴィクトール。見かねて手伝うカウンターの黒ずくめの男だが、客は怖がっている。
その時――
メル 「いらっしゃいませ! 御注文は?」
てきぱきと接客を始めるメルに驚くヴィクトール。
メル 「心配しないで下さい。働きにきたわけじゃないですから。部活ですよ、ボランティア部の部活!」
客A 「おいそこの可愛い姉ちゃん、こっちも注文頼むよ」
客B 「そっちの黒でか兄ちゃんじゃどうも酒がのどを通らねえや」
ムッとカウンターに戻る黒ずくめの男。
メル 「はーい、ただいま!」
 × × ×
そっと様子をうかがっている4兄弟。
マルセル 「何とかうまくいったね」
レイチェル 「我ながらナイスな作戦」
ゼフェル 「今夜のところはな!」
リュミエール 「この包帯、きつく巻き過ぎてませんか??」
マルセルのナレーション 「この後1週間、メルの”部活”は続き、すっかり店の看板娘(?)として定着した頃――」

○同・厨房(夕)

積上げてある炭を愛おしげに眺めているメル。
ヴィクトールの声 「ここで何をしている!」
振向くとヴィクトールが恐い顔で立ちふさがっている!
メル 「ご、ごめんなさい!」
ヴィクトール 「厨房には入るなと言ったろう」
メル 「(目を伏せているが、やがてキッと目を上げ)メル、どうしても焼き鳥を焼きたいんです!」
ヴィクトール 「じゃあ他の店に行くんだな。他にいくらでもある」
レイチェル 「それはダメ!」
と、メルの眼前に仁王立ちするレイチェル。
レイチェル

「親父もいい加減にしなさいよ!
 メルの真剣な気持、もう十分わかってるはずでしょ。メル言ってたわ。世の中で一番尊いことは人のために働いて、しかも決してそれを恩にきせないことなんだって。親父がそれを教えてくれたって! だから親父のようになりたいって! なんでわかってやんないのよ!!」
ゼフェル 「おめーが吠えてどーすんだよ!」
リュミエール 「確かにメルのセリフ、全部取ってしまいましたねー」
マルセル 「かわいそう、メル…」
マルセルのナレーション 「だけど、レイチェル姉さんが吠えたかいもあってか、メルはめでたくアルバイトとして働くことになった。但し高校はちゃんと卒業するという条件付きで。
ぼくはこんなに早くに進むべき道を見つけたメルが、少し羨ましかった――」

○川沿いの通学路

一人で下校中のレイチェル。
飛行機雲に気づき、目で追いつつ歩いていると、道の向うからも同じように飛行機雲に気をとられている男がやってきて、二人はまともにぶつかってしまう。
「(倒れたレイチェルに手を差しのべ)あー、大丈夫ですかねー?」
レイチェル 「あっ、はい」
レイチェルの手に見とれている男。
「…きれいな手ですねー、うんうん…」
 瞬間、顔が真っ赤になってしまうレイチェル。 
(つづく)

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たぶん全6話くらい?
あたりめが似合うのは言わずと知れたあのお方。(すばる)

すばるの新作はホームドラマ!ルルルル4兄弟とその周囲の織りなす人間模様をお楽しみ下さい。
それにしても、あの人のお手伝いっぷりって、「…注文を聞こう……」って感じですかね?(ちゃん太)

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