「戦国隠密譚」


第4話「正義の鬼」


○じゅりの隠れ屋敷・茶室

首を横にふっているじゅり。
じゅり 「そなたは間違ってなどおらぬ!」
るば 「いいえ、じゅり様。私は、この私の想いを、茉莉に伝えるべきではなかったのでしょうか。いくら想っていても、伝わらなければ、うー、意味がないのですよ…」
 今度は逆に、るばがじゅりのために茶をたてている。
じゅり 「かたじけない」
るば 「じゅり様は、姫のことをどうお考えなのですかねー?」
 茶を飲もうとする手がとまるじゅり。
じゅり 「…姫は、私の長年の友の許嫁だ。どうなるというものでもあるまい」
るば 「あー、しかし、その鞍(くら)という方は行方知れずになって久しいとか…」
じゅり 「どうしてそれを知っておる!?」
るば 「ええ、姫は私に何でも話して下さるのですよー。きっと兄のように思って下さっているんですかねー、うんうん」
じゅり 「くらの奴、今頃どこで何をしておるのか!」
るば 「ひょっとして、その方は、あー、姫の気持に気付かれていたのではないのですか」
じゅり 「そんなことは! 断じてない! あってたまるものか…」

○海岸

二頭の馬が早駆けしている。一頭にはじゅり、もう一頭には女ながら弓の達人でじゅりの好敵手おゆきが乗っている。
じゅりの頭の中をかけめぐるるばの言葉――
るば 「いくら想っていても、伝わらなければ、うー、意味がないのですよ」
 執拗に馬の尻を叩くじゅり。
× × ×
小さな流鏑馬の的が用意されている。
おゆき 「この勝負、勝ちをおさめた者は、負けた者に対していかようなものを求めてもよい、というのはいかがです、じゅり様」
じゅり 「よいだろう。私は決して負けたりはせぬからな」
おゆき 「では、私から参りましょう。はっ」
 と次々と小気味よく的を射抜いていく。
じゅり 「ほう、さすがはゆき殿。しかし私とて外しはせぬぞ」
と、同様に射抜いていくが、最後の的に突然、くらの顔が浮かび上がった!
じゅりの放った矢は大きくそれて、海へと落ちていく。
じゅり 「何ということだ!」
おゆき 「私の勝ちですね、じゅり様」
 と、誇らしげな笑顔だ。
じゅり 「うむ。…約束は守らねばならぬな。そなたの求めるものとは何か?」
おゆき 「じゅり様の御心にございます!」
茫然自失のじゅり。
じゅり 「ゆ、ゆき殿…」
おゆき 「じょ、冗談ですわ、じゅり様。じゅり様の隙だらけのお顔が見たかったんです」
と、ぜーが血相を変えやってくる。
ぜー 「じゅり! 大変だっ! 姫が、姫がさらわれちまった!」
じゅり 「あんじぇがさらわれただと!」
と、馬から飛下り、ぜーの首をしめ上げる。
ぜー 「クッ、クルシイ…」
と、震える手で文を差出す。文を取り、読み上げるおゆき。
おゆき 「『あんじぇ姫はこちらの手の内にある。返してほしくば、石とともに来られたし』」
じゅり 「(文を取り)ぜー、この文は?!」
ぜー 「るばの店に投げ込まれたんだ、ゲホッ、ゲホッ」
じゅり 「一刻も早く、姫を救わねば!」
おゆき 「じゅり様…(淋しい目)」

○谷間の小屋

 どうやら水晶の研磨工場のようである。
 猿ぐつわをかまされ、縛りつけられて、 あばれ回っているあんじぇ。
 佐吉の案内で入ってくる平蔵。茉莉もその後についてくる。
 平蔵の合図で猿ぐつわを取る佐吉。
あんじぇ 「あんた達! こんなことしてただじゃすまないわよ! 絶対じゅり様に言いつけてやるから。怒ったらこわいからねー」
 あんじぇの前にしゃがむ平蔵。
平蔵 「その『じゅり様』ってのは、殿様のことかい?」
あんじぇ 「(しまった…)ち、違うわよ!
 あんな意地悪で鈍感で、しかもキンキラキンな殿様なんて、いるわけないでしょ!」
プッと吹き出してしまう茉莉。
佐吉 「奴らが殿様の犬だとすると、こっちも早急に事を運ばないとなりませんな」
あんじぇ 「だから違うって言ってんでしょ!このわからず屋!」
平蔵 「ありがとよ。わかりやすーいお姫様」
と、再び猿ぐつわをかませる。

◯あやめ座・舞台の上

 艶やかな舞いを披露しているりゅみ。そでからうっとりと眺める美波通屋。

○同・客席

 まるでスポットライトを浴びたようなオーラを漂わせ、入ってくるじゅり。
変な南蛮人 「へーいナイスつうミーつう〜」
 と、ポケットから金平糖を取出し、
変な南蛮人 「どうこれ。ユー、ハンサム。ゆえーに特別サービス、サービスよーん」
と、カステーラまで出してくる。
無言でカステーラの上に金平糖を並べ、『NO!』の字を作るじゅり。
変な南蛮人 「(両手を上げ)オウイッツ過激だんな〜」
 と、肩から得体の知れない影が!
影の声 「う〜ん、0点(ポインつう)…」

○同・舞台袖

美波通屋 「はあ〜、とろけるう〜」
 と、右目には舞台上のりゅみ、左目には会場内のじゅりの姿が映っている。
 踊りのテンポを早めつつ、じゅりと視線を絡ませるりゅみ。

○谷間の小屋(夕)

嵐が吹き荒れ、横なぐりの雨が窓を叩いている。
茉莉が来て、あんじぇの猿ぐつわをとき、粥をすすめる。
拒否するあんじぇ。
茉莉 「食べた方がいいわ。好きな人に会えなくなってもいいの?」
 × × ×
 粥を食べ終えるあんじぇ。
あんじぇ 「茉莉さん…私、本当にもう一度じゅり様に会える?」
茉莉 「大丈夫よ。あなたは大切な人質。命を奪うような真似はしないわ」
 安心したように微笑むあんじぇ。
茉莉 「さっきは笑っちゃったわ。そうよね、本当に好きだから、あんなに悪口言えるのよね」
あんじぇ 「茉莉さんもうーんとるばの悪口、言うといいわ。そしたら仲直りできてよ」
茉莉 「…無理だわ、もう…」
あんじぇ
「そんなことないって。るば言ってたもん、『男はやせがまんをしたがる』んだって。それって、本当はあなたを好きだったのに、がまんしてあきらめたってことでしょ」
茉莉 「姫様…」
あんじぇ
「ダメよ、好きな者同志はどんなことがあっても一緒にいなくっちゃ。
…私だって、くじけそうな時あるけど、やっぱり信じたいの。いつかきっとじゅり様と一緒に生きてゆけるって」

○夜道

 雨上がりの道を鎧姿で颯爽と歩いてくるじゅり。
 やがてりゅみが姿を現し、次にるば、最後にぜーが合流し、4人横並びで月に向って進んでいくのだ。

◯谷間の小屋・中(夜)

 窓から月を眺めている茉莉。
 戸を乱暴に開け、入ってくる平蔵。
平蔵 「なんだ、らんでえも佐吉もまだか」
茉莉 「約束の刻限までには来られましょう」
平蔵 「(あんじぇに近付き)どうやら文句言う元気もなくなったようだな」
あんじぇ 「あっちいってよ! この穀つぶし」
 真っ赤になって怒っている平蔵。
あんじぇ 「ごめん、当たりすぎちゃった?」

◯同・表(夜)

小屋を見下ろせる崖の上に立つらんでえと佐吉。
佐吉 「いいんですね? 本当に」
らんでえ 「ためらう理由など何もないさ。それとも、茉莉に未練でもあるのか、佐吉?」
佐吉 「茉莉はらんでえ様に差し上げた女です。らんでえ様さえよろしければ、私は別に」
と、小屋に迫るじゅりら4人の影。
らんでえ 「…いよいよだ」

◯同・中(夜)

刀を抜いて、今にもあんじぇに斬りかかろうとしている平蔵。
茉莉 「おやめ下さい! 平蔵様!」
と、あんじぇをかばう。
平蔵 「どけい! どかぬのなら、お前から斬ってやる!」
 と、刀を振り下ろす。とっさにあんじぇにおおいかぶさった茉莉の背から血しぶきが飛ぶ!
 と同時に入ってくるじゅり、平蔵に当て身をくらわし気絶させる。
 瀕死の茉莉を抱き起こするば。
るば 「茉莉! しっかりして下さい」
茉莉 「るば様…悪口を言わせて下さい、最初で最後の…」
るば 「ええ、言って下さい、いくらでも」
茉莉 「あなたはヒドイ方です。国を出る時に、茉莉も連れていってほしかった…」
るば 「ええ、ええ、後悔していますよ…」
茉莉 「(微笑み)姫、これで仲直りできる?」
あんじぇ 「そうよ、仲直りよ」
と、茉莉の手とるばの手を重ねる。茉莉の瞳にあふれる涙。
茉莉 「あ、螢…」
 と、手をのばしつかもうとして、力尽きてしまう。
るば 「茉莉!」
 ワッとじゅりにすがって泣くあんじぇ。
ぜー
「(つられて泣きそうになるが)ウン?
 何だか様子が変だぞ。火薬の臭いがしてきやがる…」
りゅみ 「まさか!」

◯同・表(夜)

こっぱみじんに爆破される小屋。
佐吉 「敵も味方も、愛した女さえも一網打尽。あなたはまるで、鬼だ」
らんでえ 「鬼でも、何でもなるさ。正義のためならば」
 月に向かい立ちのぼっていく黒い噴煙。

(第4話「正義の鬼」完)


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原稿は9月早々にもらっていたのですが、正直今回はこの時期にこの内容をアップしていいのだろうかと少々悩みました。
しかしゲスト出演の皆様をあまりお待たせするのも心苦しいし…というわけで更新すっかり遅くなってすみません。

「正義」って言うのは美しい言葉だけに、人を酔わせ、判断力をゆがめてしまう側面を持っていますよね……


ゲストはおふたり。どなたかおわかりになりますでしょうか。楽しいリクエストをありがとうございました!

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