「戦国隠密譚」


第3話「あんじぇ誘拐」


○るばの店

ボーッと宙を見つめていながら、それでも手元ではパチパチそろばんで計算しているるば。
店先に、わらびもち屋の娘おけいが腰を下ろし、わらびもちをパクつきながら、まくしたてている。
おけい 「だからあたい、おとっつぁんに散々言ってるのよ! わらび粉の風味を消さないように、黒蜜なんかかけちゃダメって。きなこだけで十分なんだって。ね、るば様だってそう思わない? アーン…」
と、るばにも食べさせようとする。
つられて口をあけるるばだが――
るば 「おやあ? いけません、私は苦手なのでしたねー。あーそろそろ出かけなくては。
 おけいちゃん、どうぞごゆっくりー」
と、店から出ていってしまう。
おけい 「もうっ、絶対食わず嫌いなんだってば!」

○古寺・境内

沈痛な面持で立っているるば。

○同・中

格子戸越しにるばを見ているぜーとあんじぇ。
ぜー 「なんでおめーまでついてくんだよ!」
あんじぇ 「だってるばの彼女だなんて、めっちゃくちゃ気になるじゃないのう!」
ぜー 「『彼女』なんて言ってねーぞ、オレは」
あんじぇ 「シッ、誰か来た!」

○同・境内

 息せき切って走ってくる茉莉。
るば 「…あのような投げ文では来ては下さらないかと思っていましたよ。…久しぶりですね、茉莉」
茉莉 「いいえ。お会いしましたわ、5日前の晩に。そうでしょう?」
るば 「あー、そうですか。わかっていたんですね」
まり 「(るばの方に近付き)でもあの時はお顔がよく見えませんでした」
と、るばの顔をじっと見つめる。
茉莉 「何も変わらない…その目も、口元も。同じですわ、私を裏切る前のるば様に」
るば 「裏切り…」
茉莉 「許嫁を捨てることが、裏切りではないとおっしゃいますの?」

◯同・中

ぜー&あんじぇ 「(顔を見合わせ)許嫁!?」

○同・境内

 小雨が降り始めた――。
茉莉 「るば様は今、幸せですか?」
るば 「さあ…何と答えたらいいのでしょう」
茉莉 「『幸せじゃない』と言って下さい。そしたら私がこう言いますわ。『よかった。るば様も幸せじゃなくて…』」
るば 「茉莉…」
と、思わず茉莉を抱き寄せる。
茉莉もるばの背中に手を回す。
るば 「…教えて下さい。あなたはうさぎ屋、いせ屋を殺した下手人の仲間なのですか?」
茉莉 「もし私が、はい、と答えたら、るば様はどうなさいますの?」
るば 「うー、私も一緒に償いましょう、あなたの罪を」
茉莉 「どうして?」
るば 「それは…あなたは今でも私にとって、かけがえのない人だからです」
弾かれたように身体を離す茉莉。
茉莉 「嘘です! そんなこと」
と、おびえたように走り去る。
突然草履の花緒が切れ、つんのめる。
るば 「茉莉!」
茉莉 「放っておいて!」
と、片方の草履を胸に抱き、るばを見ずに声をしぼり出す。
茉莉 「るば様が教えて下さったのです。すずらんの根は毒だと」
雨の中、消えていく茉莉を茫然と見送るるば。

○同・中

 涙をポロポロ流しているあんじぇ。
あんじぇ 「かわいそうなるば。ねえ、何とかなんないの、ぜー」
ぜー 「んなこと、オレに言われたってよお」
あんじぇ 「とにかく私、今のことじゅり様に知らせてくる!」
 と、飛出していく。
ぜー 「お、おい、待てよ、姫!」

○同・表

木蔭から一部始終見ていた様子の佐吉。
不敵に笑うと、あんじぇ達を追う。

○杉田の屋敷(夕暮れ)

青ざめ、うろたえている杉田と、落ち着き払っているらんでえ。
杉田 「登城した折、じゅり様に『夫婦水晶、という物を知っておるか』と聞かれたぞ。
 もしや、いせ屋の持ち出した石がじゅり様の手に渡ったのではあるまいな!?」
らんでえ 「落ち着いて下さい、御家老。例えそうであったにせよ、もういせ屋の口は塞いであるのです。御安心下さい」
杉田 「た、頼もしいのう、らんでえ」
らんでえ 「それがし、改革こそ正義と信じておりまする。正義のためならば、勇気をもって悪をも成す覚悟にございます」
杉田 「うむ。だが、万が一ということもある。ほとぼりがさめるまで、石の掘り出しは控えた方がよかろう」
らんでえ 「承知つかまつりました」
退室していく杉田。入れ換わるように入ってくる平蔵。
平蔵 「父上も存外肝が小さい。なーにいせ屋の代わりなど、いくらでもおる。お宝はまだザックザクじゃ。掘り出しを控えるなど、もったいないではないか。のう、らんでえ」
らんでえ 「平蔵様、ですが、一連の殺しについて何者かがかぎ回っているのも事実です。その者の正体がつかめるまでは、やはり動かないでいただきたい」
平蔵 「ちぇっ、わかったよ」

◯夜道

あんじぇとぜーが歩いている。その後を巧妙につけている佐吉。
角を曲がった所で、バッタリと人にぶつかってしまう――その相手は、りゅみである。
りゅみ 「これはこれは、うさぎ屋さんの所の佐吉さんではありませんか。こんばんは」
佐吉 「りゅみ様、とんだ御無礼を」
りゅみ 「いいえ、こちらこそ。何かお急ぎの御用でも?」
あんじぇ達の姿を見失う佐吉。
佐吉 「いえ、どうやら道に迷ったようで」
りゅみ 「それはいけませんね。では私が道案内させていただきましょう」
と、優しく微笑むのだ。

◯じゅりの隠れ屋敷(夜)

じゅりから雷を落とされるぜー。
じゅり 「バカ者!」
しゅんとなっているぜー。りゅみも厳しい目で見ている。
じゅり 「りゅみが機転をきかさなければ、そなた、この屋敷まで悟られていたのだぞ!」
ぜー 「(小声で)クソッ、姫さえいなきゃ」
じゅり 「男子たる者、言い訳無用!」
あんじぇ 「言い訳無用!」
あんじぇにアカンベーをするぜー。
りゅみ 「とにかくこれで、佐吉という男が、私達と同類ということが判りましたね」
じゅり 「ぜーと、おそらくるばの面も割れてしまったということだな」
あんじぇ 「あら、私もよ」
じゅり 「わかっておる!」

◯らんでえの屋敷・茉莉の部屋(夜)

 真暗な部屋に入ってくるらんでえ。
らんでえ 「茉莉?…」
茉莉 「…螢が…」
らんでえ 「どうしたのだ?」
と、茉莉に近付く。
茉莉 「螢が皆、死んでしまいました」
 と、虫かごをらんでえに渡す。
らんでえ 「寿命であろう。仕方のないことだ。 …人とて、同じこと」
茉莉 「だんな様?」
らんでえ 「心配せずともよい。茉莉も、それがしも、まだまだ死にはせぬ」
茉莉 「はい…」

◯じゅりの隠れ屋敷・中庭

 形意拳の鍛練をしているるば。
じゅり 「珍しいな。るばが拳をみがくなど」
るば 「じゅり様…」

○同・茶室

 茶をたてているのはじゅりである。  
るば 「恐れ入ります」
と、茶を飲む。
じゅり 「…姫から聞いたのだが、許嫁がおったそうだな、るば」
るば 「はい。…私の父は、さる国の勘定方でした。私が17の時、父はある不正を見つけ、正そうとしたのですが、逆に罠に陥れられ、自害に追い込まれました――」
じゅり 「何と!…」
るば 「そのことを知る私も、当然命を狙われ、国を出奔致しました」
じゅり 「では、許嫁を捨てたわけではないではないか!」
るば 「茉莉を想えばこそ、私は何も告げずに国を出たのです。しかし、もしかしたら、それは間違っていたのかもしれません」
じゅり 「間違ってなどおらぬ!」

◯らんでえの屋敷・表

紫色の頭巾をしたあんじぇが来て、中をうかがっている。

◯同・中庭

 花の手入れをしている茉莉。   
あんじぇの声 「茉莉さん」
茉莉 「えっ、誰?」
ピョコンと顔を出すあんじぇ。
あんじぇ 「初めまして、私、あんじぇ。るばのことでどうしてもあなたに言いたいことがあってきたの。あのね」
 と、急に意識を失って倒れる。
佐吉 「こりゃあ、手間がはぶけたぜ」
茉莉 「この子を、どうするつもり?」
佐吉 「例の場所に運ぶんだ。茉莉も手伝ってくれ」

(第3話「あんじぇ誘拐」完)


第2話へ戻る       次のお話へ    

今回もシリアスに展開しております。あんじぇが登場すると春風が吹き抜けるようですな。(単に管理人のシュミ。)

すばる劇場に戻る