「戦国隠密譚」
第5話「美貌の暗殺者」
○谷間の小屋・表(夜)
爆破された小屋を崖から見下ろすらんでえと佐吉。 | ||
佐吉 | 「…あなたはまるで、鬼だ」 | |
らんでえ | 「鬼でも、何でもなるさ。正義のためならば」 | |
巾着袋を取出し、中身の十数個の夫婦水晶を確かめるらんでえ。 | ||
らんでえ | 「念のため、それがしはこれを持ってしばらく姿を隠す。後は頼んだぞ」 | |
佐吉 | 「承知」 |
○同・焼け跡(夜)
巨大な火除けの布を翻し、土の中から這い出てくるぜー。 | ||
ぜー | 「おーい、みんな無事か?」 | |
じゅりとあんじぇ、りゅみ、るばも次々と出てくるが―― | ||
るば | 「目が…うー、何も見えません…」 | |
るばの手にしっかと握られている茉莉の着物の切れ端。 |
○じゅりの隠れ屋敷
目に当て布をされ横になっているるば。女薬師の朱庵が側についている。 | ||
じゅり | 「朱庵殿、見立てはいかがであろうか」 | |
朱庵 | 「爆風を受けられた折に、火の粉が目に入ったのでしょう。できるだけのことは致しましたが…」 | |
あんじぇ | 「また見えるようになるんでしょ。そうでしょ」 | |
朱庵 | 「それは…」 | |
るば |
「あー、いいのですよ。この目の痛みはきっと茉莉の痛みなのです。例えこのまま暗黒の世界に閉ざされたとしても、私はその運命を喜んで受け入れましょう」 | |
りゅみ | 「るば様、お願いです。どうか希望だけはお捨てにならないで下さい」 | |
ぜー | 「くそっ」 | |
と、居たたまれずに出ていく。 |
◯山中
木々の間を次々と飛び移る影――その影が地面に降り立つ。 | ||
ぜー | 「もっと早くオレが気づいてさえいれば …クソッタレッ!!」 | |
と、鯉のぼりを投げる。実は手裏剣を仕込んである鯉のぼりが木にスコーンと突き刺さる。 その鯉のぼりがスッと抜けて――くノ一ほおずきの美夏が陽炎の如く姿を現す。 |
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美夏 | 「(口の中でほおずきを鳴らしながら)ヤケに荒れてるね、ぜー」 | |
ぜー | 「けっ、半人前は、引っ込んでな」 | |
美夏 | 「言ったね。半人前かどうか、試してもらおうじゃない!」 | |
と、ほおずきを地面に投げつけると、辺り一面が煙に包まれる。 が、煙が消えると、ぜーにものの見事に足蹴にされている美夏。 |
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美夏 | 「ぐやじすぎっ」 | |
ぜー | 「だから、モモトセ早いって言ってんだろ!(と、美夏を助け起こし)けど、なんかスカッとしたぜ。…ありがとよ」 | |
と、ほおずきを鳴らしてみせると、疾風のように去っていく。 | ||
美夏 | 「がんばれよー」 |
○杉田の屋敷(夕暮れ)
庭に控えている佐吉。 木の上にひそんで様子をうかがっているぜー。 廊下を急ぎ足でやってくる杉田。 |
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杉田 | 「待ちかねたぞ。して首尾は?」 | |
佐吉 | 「はっ、万事つつがなく。らんでえ様は、来たるべき時に備え、しばらくは姿をお隠しになる由にございます」 | |
杉田 | 「おおそれは祝着じゃ。平蔵は? 平蔵はどうした?」 | |
佐吉 | 「恐れながら、平蔵様は敵と相討ちに…誠に立派な御最期でございました…」 | |
杉田 | 「なんとっ!」 | |
と、その場にくずおれる。 | ||
ぜー | 「嘘つきやがれ!」 | |
杉田 | 「…それもこれもいせ屋が欲に溺れ、水晶を持ち出したのが発端。返す返すも口惜しい――」 |
○料亭・表(回想)
いせ屋、うさぎ屋をはじめ、数人の旦那衆が、寄合を終え次々と出て来る。 かなり酔って足元もおぼつかない様子のいせ屋。そのいせ屋の袂から石がコロンと転がり落ちる。 すぐに気付き、拾い上げるうさぎ屋。 |
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うさぎ屋 | 「いせ屋さん、落としましたよ」 | |
と、夫婦水晶をいせ屋に差出す。途端に顔色を変えるいせ屋。 | ||
いせ屋 | 「い、いや、それは私の物ではありません」 | |
うさぎ屋 | 「そうですか。これは失礼致しました」 | |
と、首を傾げつつ自分の袂に入れる。 |
○元の杉田の屋敷(夕暮れ)
佐吉 | 「石ともども、殿様の犬らめもことごとく始末致しました。御家老様、どうか御安心下さい」 | |
杉田 | 「うむ。御苦労であった」 | |
ぜー | 「けっ、このままで済むと思うなよ!」 |
○じゅりの隠れ屋敷(夜)
じゅり、りゅみ、ぜーの3人。 | ||
りゅみ | 「ではやはりうさぎ屋さんは――」 | |
ぜー | 「おめーの言った通り、水晶を拾っただけだったのさ。だが奴らは秘密がもれるのがこわかった」 | |
じゅり | 「うさぎ屋に忍びを手代として送り込み、水晶を取戻そうと謀ったが見つからず、ついには口を封じた」 | |
りゅみ | 「許せませぬ。このままではうさぎ屋さんの魂が浮かばれません。じゅり様、仇を討ちとう存じます」 | |
ぜー | 「オレもやるぜ」 | |
りゅみ | 「いいえ。申し訳ありませんが、ぜー、この仕事は是非私一人にやらせて下さい」 | |
ぜー | 「何でだよ!」 | |
じゅり | 「ぜー! 今回はりゅみに任せよ」 | |
ぜー | 「(ふくれっ面で)わーったよ。くそっ、りゅみの奴、いつもいいとこ持っていきやがるぜ」 |
◯うさぎ屋・表
店の者に見送られて出て来る佐吉。 | ||
佐吉 | 「お世話になりました」 | |
と、頭を下げる。そこへ丁度通りがかるりゅみ。 | ||
りゅみ | 「これは佐吉さん、おやめになるのですか?」 | |
佐吉 | 「りゅみ様、ええまあ」… | |
りゅみ | 「残念ですねー。そうです、ここでお会いしたのも何かの因縁。しばらくの間、私にお付合い願えませんか?」 | |
佐吉 | 「は、はあ…」 |
◯あやめ座
客席の最前列にすわっている佐吉。 絞り染めの衣装を身にまとい、南蛮渡りの竪琴を弾きながら舞台に登場するりゅみ。 |
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りゅみ | 「先日は九死に一生を得ました、危く小屋ごと爆破されてしまうところでしたよ」 | |
佐吉 | 「えっ?! そ、それじゃ!」 | |
りゅみ | 「ようやくお気づきになりましたか?そう、私もあの小屋の中にいたのですよ」 | |
と、瞳が怪しく光る。 | ||
佐吉 | 「てめえ!」 | |
と、懐から短刀を出そうとするのだが、金縛りにあったように動けない! | ||
りゅみ | 「その短刀にすずらんの毒を塗り、うさぎ屋さん、そしていせ屋を殺したのですね、あなたが!」 | |
佐吉 | 「ああそうだとも! くそう、まだ生き残っていやがったとは。この化け物!」 | |
りゅみ | 「ふふふふ…。あなたはもう化け物の虜。逃れる術はありません」 | |
と、眼光がさらに強烈に放たれる。 |
◯迷いの森(佐吉の幻覚)
走れども走れども出口のない森。やがて木の枝や根に手足をからめとられ、身動きできなくなる佐吉。 佐吉の身体をかすめるように飛び交う無数の手裏剣。 狂ったように叫ぶ佐吉の耳に、竪琴の音が迫ってくる! |
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りゅみ |
「おつらいでしょう。でも、死んでいった方々は、あなたの何倍もつらかったことでしょう。そのことをよくかみしめていただいて、そして来世では又元気な姿を見せて下さいね」 |
○あやめ座
竪琴に仕込まれた短剣を佐吉の心臓に突き立てているりゅみ。 その天女のように涼やかな表情。 |
◯じゅりの隠れ屋敷(一ヶ月後)
るばの目の当て布を取る朱庵。 | ||
朱庵 | 「私の顔が見えますか、るば様」 | |
ゆっくりとうなずくるば。 | ||
るば | 「ええ、見えます、はっきりと」 | |
歓声を上げるあんじぇとぜー。 じゅりとりゅみもホっとしたように顔を見合わせている。 |
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りゅみ | 「じゅり様、杉田様が病死されたとか」 | |
じゅり |
「表向きはな。私が全てを知っておるとわかり、自害したのだ。だが、らんでえは今だ行方がしれぬ。いずれ又息を吹き返してこような」 |
○同・裏口
朱庵を見送りに出てくるるば。 | ||
朱庵 | 「ではお大事に」 | |
と、花緒が切れてしまう。その光景に、茉莉の言葉がよみがえるるば。 | ||
茉莉の声 | 「…国を出る時に、茉莉も連れていってほしかった…」 | |
るばの目から一粒涙がこぼれ落ちる。 朱庵が差出した布――それはるばが握りしめていた茉莉の着物の切れ端だ。 |
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朱庵 | 「ごめんなさい、私、ずっとお返しするのを忘れてて」 | |
るば |
「(布を受取り)きれいに洗って下さったのですね。お心遣い、感謝致します。さあ、もう一度お上がり下さい、花緒をすげかえないといけませんからねー、うんうん」 | |
朱庵 | 「(顔を赤らめ)あうあう…」 |
○閑静な寺・墓地(夕)
茉莉の墓の前で手を合わせているるばとあんじぇ。 | ||
るば | 「姫、お参りしていただいて、茉莉もきっと喜んでいますよ」 | |
あんじぇ |
「ねえるば、私、時々考えちゃうの。もし、くら様が行方知れずにならずに、くら様に嫁いでいたらって。茉莉さんは嫁いでも、ずっと一途にるばを慕っていたでしょう。もし私だったら…」 | |
じゅりの声 | 「くらに嫁いだ以上、そなたは生涯くらを裏切らぬであろう。そういう女子だ、そなたは」 | |
振返ると、じゅりが手桶とすずらんの花を手に立っている。 | ||
あんじぇ | 「どうしてじゅり様にそんなことがわかるの!?」 | |
じゅり | 「(あんじぇの目を見つめ)姫のことならばわかるのだ、手にとるようにな」 | |
あんじぇ | 「…」 | |
と、あんじぇの顔に笑顔が広がる――。 | ||
るば | 「これでようやく伝わりましたね。あっぱれですよ、じゅり様」 | |
じゅりに向って走っていくあんじぇ。 | ||
あんじぇ | 「じゅり様には私のことなんか、じぇーんじぇーんわかってないですよーだ!」 | |
と、じゅりの頭をペンペン叩く。 | ||
じゅり | 「こら、よさぬか、姫! 場所をわきまえよ、あんじぇ!」 | |
BGM『ホタル』 | ||
歌声 |
♪甘い言葉 耳にとかして 僕の全てを汚してほしい 正しいものは これじゃなくても 忘れたくない 鮮やかで短い幻 それは幻〜 |
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一瞬螢が光ったように感じ、暮れゆく空を見上げるるば。 |
(終)
(JASRAK許諾 J011204610)
<あとがき> 常日頃から抱いていた、ルヴァ様には悲恋が似合う(単に、誰にも渡したくない!願望だったり…)、という妄想が爆走して、昼メロテイストな時代劇が出来上がってしまいました。 もしかして、チャンバラシーン、1コもなかったような気がするのですが……。 おこがましいと思いつつ、スピッツの名曲「ホタル」を使わせていただき、悲恋気分を盛り上げたりなんかして、甘甘苦手な私にとってはまさに”夏の珍事”とも呼べる作品ですかねー、うんうん。 最後までお読み下さった皆々様、誠にありがとうございました。 そして! 何よりかにより、原案者のくりず様をはじめ、数々の珠玉なアイデアを下されましたゲスト出演者様に、心よりの感謝を捧げたいと思います!!m(_ _)m これからもどうか仲良くして下さいましねー。 わらびもちが大好物な、すばる記 |
ゲスト出演者のかたがたに大いなる感謝を捧げます。
ゲスト様一覧(お名前からHPへリンクしております)内輪の出演者も入っていますが、お許しを。
登場話 | 役名 | お名前 |
序 | 美波通屋 | ちゃん太 |
第1話 | 落武者 | くりず様の旦那様 |
第2話 | おひろ | くりず様 |
おてる | Teruzo- | |
第3話 | おけい | すばる本人 |
第4話 | おゆき | YUKI様 |
変な南蛮人 | しゃむくべー様 | |
第5話 | 美夏 | みかん様 |
朱庵 | 朱那様 |
みなさまありがとうございました。皆様のアイデアがお話をふくらませて下さったと実感しております。
(出演して下さった方のHPにいらっしゃると、それぞれのセリフをよりいっそう楽しんでいただけると思います。)
ジュリリモテイストで(すばるありがとう!)、かつ、ルヴァ様もしかして結構タラシ?疑惑でお話は丸く収まった…でしょうか?
番外編の計画もあるそうですので、お楽しみに。