「戦国隠密譚」


第2話「蛍川」


○おてるの三味線指南所・表

『法照流三味、お教え致します』と書かれた小さな看板が吊り下がっている。
中から聞こえてくる三味線の音色。

○同・中

三味線を弾いているおてるの後ろに寝転がっている男――ぜーである。
おてる 「さっきから何ため息ばっかりついているんだい?」
ぜー 「…ここんとこ、るばの様子が変なんだよ。何だかボーッとしててよ」
おてる 「あら、るばってお人はいつもボーッとしてるんじゃなかったの?」
ぜー 「ボーはボーでも、その…色んなボーッがあんだろが。何つーか、ありゃボーッていうか、ポーッというか…」
おてる 「ポーッ? なら答えは一つだね。コレよ、コレ」
 と、小指を立ててみせる。
ぜー 「やっぱりそういうことか。あの晩、すずらん屋敷で見た女と、昔ワケありだったのかもしれねえなあ、るばの奴」
おてる 「ワケありって? あっ」
と、いきなりぜーに後ろから抱きしめられる。
ぜー 「つまり、こういうんじゃねーの?」
おてる 「昼間っから、ダメだよ、ぜーさん」
ぜー 「……知ってんだろ、オレは夜の方が忙しいって…」
 三味線のばちが床に転がる。

○らんでえの屋敷・中庭(夕暮れ)

すずらんの咲き誇る中、思いつめた表情の茉莉が佇んでいる。
そこへ軽やかな足取りで戻ってくるらんでえ。
らんでえ 「茉莉、今戻ったぞ」
茉莉 「(作り笑顔で)お戻りなさいませ、だんな様」
らんでえ 「今日はそなたに土産物があるのだ。さあ、近う」
と、茉莉の目の前にいきなり虫かごを差し出す。
茉莉 「まあ! 螢…」
虫かごの中で数匹の螢が光っている。
らんでえ 「先日そなたが螢をつかまえ損ねた折の横顔が、あまりに淋しげであったのでな。配下の者に探させたのだ。どうだ、喜んでくれたか?」
茉莉 「はい! うれしゅうございます!」
と、今度こそは心からの笑顔だ。
妻の笑顔にらんでえもうれしそうだ。
茉莉 「…幼き頃、家の近くに小さな川があって、夏になるといつも螢が川いっぱいに飛んでいました。今でもこうして目を閉じると、その景色が浮かんでまいりますわ」
らんでえ 「そうか」
茉莉 「!…すみませぬ。今すぐ夕げに…」
らんでえ 「いや。今夜はこれから杉田様のお屋敷に参らねばならぬのだ」
茉莉 「そうですか…」
 と、また顔をくもらせるのだ。

◯じゅりの隠れ屋敷

一人ぽつんとすわっているあんじぇ姫。
るばが入ってきて、
るば 「おやあ? 姫お一人ですかあ?」
 振返ってるばを見るなり、ワッとるばの胸に飛込んで泣き出すあんじぇ。
るば 「あー、どうも私は、間が悪いですねー」
× × ×
 泣きやんだものの、まだしゃくり上げているあんじぇ姫。
るば 「『そなたが出てゆかぬのなら私が出ていく』――そう言ってじゅり様は出ていってしまわれたのですねー。相変わらず大人げのない方ですねー」
あんじぇ 「じゅり様を悪く言わないで、るば」
るば 「うー、これは私としたことが、失言でしたねー。許して下さいねー、姫」
あんじぇ 「るばだから特別に許してあげる。
 …ねえるば。じゅり様は、私のこと、嫌いになっちゃったの?」
真剣なあんじぇの眼差しに、思わず微笑みがこぼれてしまうるば。
るば 「そんなことはないと思いますよ。ただ」
あんじぇ 「ただ?」
るば 「男というものは、あー、やせがまんをしたがるものなのですよ。うー、特にじゅり様のようにまっすぐなお方はね」
あんじぇ 「『やせがまん』か…。ねえるば、るばもやせがまんしたりするの?」
るば 「そうですねー。遠い昔に、したことがあったかもしれませんねー」
と、部屋に飾られたすずらんの花々に目を落とす。

◯らんでえの屋敷・中庭(夜)

 虫かごから一匹だけ螢を出す茉莉。

◯川のほとり(茉莉の回想・十年前)

15才の茉莉と16才のるば。
茉莉 「わあ〜、きれい。今年もいっぱいね、るば様」
るば 「こうして見ていると、まるで螢の川のようですねー、うんうん」
茉莉 「あ、はぐれ螢!」
と、群れから離れた一匹の螢を追って走っていく。るばも茉莉を追う。
やがて茉莉の両手の中に止まって光を放つ螢。
茉莉 「この螢、何だかるば様みたい…」
るば 「あー、どうしてですか?」
茉莉 「だって、こんなに眩しく輝いているのに、いつかどこかに消えてしまいそうで」
るば 「私は消えたりしませんよ。いつまでも茉莉のそばにいまよ」
 と、優しく微笑みかける。
 茉莉の手を離れ、飛んでいく螢を目で追う二人。

◯元のらんでえの屋敷・中庭(夜)

茉莉 「(螢を見つめ)嘘つき…」      
 と、その時草木がガサッと動き、黒い人影が現れる。
茉莉 「まだ要るのですか? すずらんの根が」

◯茶屋『茘枝屋』

 店に入ってくるりゅみ。
おひろ 「いらっしゃい…あー、りゅみ様あ〜、お久しぶりですう〜」
りゅみ 「こんにちは、おひろさん。そんなにお久しぶりでしたか?」
おひろ 「ええ、そうですとも。
 週に一度は、うさぎ屋の御主人と一緒に来て下さってましたもの!」
りゅみ 「そう言われれば、そういうセオリーだったかもしれませんね」
おひろ 「うさぎ屋さん、本当にお気の毒です。結局これが形見になってしまいました…」
と、袂から石を取り出した!
りゅみ 「おひろさん、それは?」
おひろ 「うさぎ屋さんが亡くなる数日前に、私に下さったんです。
 『拾った物だけど、キレイだからあげるよ』って」
りゅみ 「よく見せていただけますか?」
おひろ 「ええ、どうぞ」
 透明な、くの字型をした石をまじまじと見つめるりゅみ。
りゅみ 「!…おひろさん、申し訳ありませんが、しばしこれを私に預けてはいただけませんか? 大切な形見ゆえ、必ずやお返し致しますので」
おひろ 「いいですとも!りゅみ様のお願いだったら私、何でもきいちゃいますもん」
りゅみ 「ありがとう。感謝致します」
 と、おひろの手をとり、跪く。
おひろ 「ああああ…ネオロ〜マンス〜」

○じゅりの隠れ屋敷

例の石をるばの前に置くりゅみ。
りゅみ 「これが何かわかりますか?」
 虫眼鏡を取出し、丹念に調べるるば。
るば 「これは…夫婦水晶と呼ばれる、極めて高価な石ですね。一体これをどこで?」
りゅみ 「殺されたうさぎ屋さんが持っていたと思われます。本人は『拾った』と言っていたようですが、確かなことは…」
じゅり 「このような物を『拾った』ということはあるまい」
るば 「そうですねー。あー、可能性としては、低いと、私も思いますが…」
 じっと目を閉じているりゅみ。
りゅみ 「ですが私は…(と、目を見開き)うさぎ屋さんの言葉を信じてさし上げたいと思います!
 亡くなられる直前にお会いした折、あの方からは微塵も悪のにおいは感じられませんでした」
 と、圧倒的な空気をかもし出している。
 その空気をやぶるように走り込んでくるぜー。
ぜー 「ぬかっちまったぜ、じゅり! いせ屋が殺された!」
じゅり 「何だと!?」

◯いせ屋・店の中

 恨みの表情で死んでいるいせ屋。
 手にはすずらんの花を握りしめている。

◯らんでえの屋敷・茉莉の部屋

虫かごの螢を笑って見ている茉莉。
       BGM『ホタル』byスピッツ
歌声


「♪時を止めて 君の笑顔が 
  胸の砂地にしみ込んでいくよ 
  闇の途中で やっと気づいた 
  すぐに消えそうで悲しいほどささやかな光〜」          
部屋の片隅にある、すずらんの花と根。
そして、すり鉢とすりこぎ。
茉莉の瞳から流れ落ちる一筋の涙。
涙でぼやけるいく筋もの螢の光跡。

(第2話「蛍川」完)

(JASRAC許諾J011204610)


第1話へ戻る       次のお話へ    


すばる劇場にお笑いを求めている方には今回謝っておかねば、と思ってしまうほどシリアスな展開に。
それにしても、長年すばるの原稿読んでるけど今回のあのシーンにはびっくりした。
本人も「昼メロみたい」と言ってます(苦笑)。

それから、ゲストの皆様、ありがとうございました。今回は、わかりますよね?ふふふ。(ちゃん太)

すばる劇場に戻る