「戦国隠密譚」

第1話「予期せぬ再会」


○うさぎ屋・表(夜)

『忌』と書かれた紙。うさぎ屋の通夜が営まれ、佐吉をはじめ手代たちがせわしなく動いている。
そこへ美波通屋とともに弔問に訪れるりゅみ――そのはかなげな美しさに、一同息を飲む。
美波通屋 「笑った顔もうれい顔も、これほど絶品な役者はめったにいませんわ〜(はぁと)。
……ああ、うさぎ屋さん、不謹慎な友達で堪忍なー。」

○同・中(夜)

うさぎ屋の位牌の前で手を合わせるりゅみ。
りゅみ 「…さぞや御無念でございましたでしょう。この仇はきっと私が…」
× × ×
鋭い視線で、佐吉の姿を追うりゅみ。
佐吉は、両替商いせ屋と何やら言葉をかわしている。
佐吉の方へ近付こうとした瞬間、誰かに腕をつかまれるりゅみ。
ぜー 「よお、久しぶりだな」

○古寺・中(夜)

ろうそくの明かりを灯すぜー。
ぜー 「妙な所で会っちまったな」
りゅみ 「ですね。で、誰を追っていたのですか?」
ぜー 「いせ屋だよ。実はじゅりのヤローの命令で…」
りゅみ 「『じゅり様』でしょう?」
ぜー 「どっちでもいいだろ、んなことは。数日前から家老の杉田の様子を探ってたんだが、どうもいせ屋と何か企んでやがる風でな。うさぎ屋が殺されたのももしかしたら」
りゅみ 「その企みに関係があるのかもしれませんね。…ぜー、これは私の勘でしかないのですが、うさぎ屋の手代の佐吉という男、ただ者ではないと思うのです」
ぜー 「佐吉ねえ…。人使いが荒いぜ、どいつもこいつも。まあ、しょうがねえ。まとめて探ってやるぜ」
りゅみ 「くれぐれも気をつけるのですよ」

◯武家屋敷通り(夕暮れ)

包みを抱えて足早に歩く佐吉。
そっと佐吉の後をつけているぜー。
が、夕闇にまぎれて、フッと佐吉の姿が消え去ってしまう。
ぜー 「しまった!」
と、躍起になって探し回る。
× × ×
小さな鯉のぼりを口にくわえ、途方にくれているぜー。
無気味な足音が近付き、懐に手を入れて、にわかに身構える。
角を曲がってきたのは――落武者である。
ぜー 「なんだ、ただの落武者かよ」
ゆっくりとぜーに近付いてくる落武者。すれ違いざまにぜーを睨みつける。
ぜー 「な、なんだよ…」
落武者 「…今の言葉、聞き捨てならぬ」
ぜー 「はあ?」
落武者 「…拙者のことは…『気ままな旅人』と呼んでもらいたい」
 と、ざんばら髪をなびかせる。
落武者 「それからもう一言…『鯉のぼり』というものは江戸時代の発祥であって戦国の世には存在せぬ…それが真実というものだ」
ぜー 「んなこたあ、わかってるよ。これはあくまで『フィクション』なんだからいいんだよ!」
落武者 「『フィクション』…便利な言葉だな」
と、クールに微笑み去っていく。
ぜー 「何なんだ、あいつは? にしても、セリフ、ためすぎ」

◯じゅりの隠れ屋敷

 刀の手入れをしながら、るばの報告を聞いているじゅり。
じゅり 「傷口から毒だと?」
るば 「えー、そうなんですよー。刺し傷自体はさほど深くはなかったそうなのですが、おそらく刀に毒が塗り込められていたのでしょう。絶命に至ったのは毒のためと考えられますねー、うんうん」
じゅり 「となると、うさぎ屋を殺った下手人は、素人ではないな」
あんじぇ 「ええ、きっとプロの仕業よ」
じゅり 「姫! 又いつの間に!? ここへは来てはならぬと、何度言えばわかるのだ!」
みるみる涙があふれ出すあんじぇ。
るば 「まあまあ、じゅり様。そんなに叱っては姫がかわいそうじゃありませんかねー」
あんじぇ 「そうよね、そうよね。るばったら、やっぱりやさしー」
と、るばの腕をとってすがりつく。
ますます眉間のしわが深くなるじゅり。
あんじぇ 「今日はね、私お花を持ってきたの。だってここって殺風景でしょ。だからじゅり様の心だって枯れ枯れで、潤いってものがないんだわっ」
プイと横を向いてしまうじゅり。
るば 「あははは。それで姫、どんな花ですか」
あんじぇ 「待ってて。今持ってくるから」
と、廊下をバタバタと走っていく。
じゅり 「るば。困るではないか、姫を甘やかしては」
るば 「そうですねー。あー、でも姫が来られないとお困りになるのは、じゅり様の方ではありませんかねー」
またプイと横を向いてしまうじゅり。
るばの心の声 「わかりやすい方ですねー」
と、可憐な白い花の束を両手いっぱいに抱えて現れるあんじぇ。
るば 「うー、それは、すずらん、ですねー」
あんじぇ 「さすがるばったら物知りね。コレ、とってもいい香りがするのよ。ほら、じゅり様、におって、におって」
と、容赦なくアタックしていくのだ。
花の香りとあんじぇの色香にむせ、涙目になっているじゅり。
るば 「…『きれいな花には毒がある』――そういえば、すずらんの根も猛毒ですねー」

◯るばの店・奥座敷(真夜中)

 台帳の整理をしているるば。気配を感じて、灯を消そうとするが、
ぜー 「安心しな。オレだよ」
と、天井からサッと降りてくる。
るば 「…その顔は、何か掴めたようですね」
ぜー 「まーな。けどよお、るば。何か食わしてくれよ、腹へっちまって」
るば 「わかりましたよ。少しお待ちなさい」
× × ×
七味で真赤になったうどんをズルズルかき込むぜー。
ぜー 「あーっ、うめえー!」
るば 「それはよかった。…で、いせ屋のことで何かわかったのですね?」
ぜー 「ああ。『あぶく銭』のからくりがわかってきやがったぜ」
るば 「裏の商い、ですか?」
ぜー 「領地内にある金山で、どうやら金以外の物が出たらしいぜ。いせ屋はそれを横流しして、莫大な銭を稼いでる。その黒幕が、家老の杉田って、まるで絵にかいた様な悪だくみだぜ。けっ」
るば 「改革派の資金集めをしているのでしょう、うんうん。それで、一体金山で何が出たのです?」
ぜー 「それだよ。そこんところがまだつかめねえんだよ。奴らも慎重だかんな。だが、その物さえこっちの手に入れば、奴らふんじばれるだろ? 何とかやってみるぜ」
るば 「無理をしてはいけませんよ、ぜー」
急に鼻をクンクンさせ始めるぜー。
ぜー 「やけにこの部屋、いい匂いがしてねえか、るば」
るば 「ああ…あの花のせいでしょう」
と、花びんに生けたすずらんを示す。
るば 「あんじぇ姫が下さったのですよ。たった1本ですがね、私には」
ぜー 「!…そう言えばこの匂い、どこかで……あっ、うさぎ屋の手代にまかれた時だ」
るば 「確かに同じ匂いだったのですね」
ぜー 「ああ、間違いねー」
じっと考え込んでいるるば。
るば 「何か胸騒ぎがします。ぜー、明晩、私をその匂いがした場所に連れていっていただけませんか?」
ぜー 「いいけど…おめえ、走れる?」
不敵な笑いを浮かべるるば。

○武家屋敷通り(夕暮れ)

ぜーと同じく職人姿で、鯉のぼりまで持たされているるば。
るば 「これって、余計怪しくないですかねー」
ぜー 「つべこべ言わねえで、ついてくりゃいいんだよ!」
るば  ピタッとぜーにくっついてくるるば。
ぜー 「おめえ…意外に足早えじゃねーかよ」
るば 「驚きましたか?」
ぜー 「味方、驚かしてどーすんだよ」
 × × ×
すずらんの香りに立止まる二人。
るば 「確かに、すずらんですね…」
と、門を見上げると『風間』の文字。
るば 「…なるほど。杉田様の腹心、風間乱伝衛(らんでえ)の屋敷ですね、ここは」

◯らんでえの屋敷・中庭(夜)

忍び込んでいるぜーとるば。人の気配に、木かげに身をひそめる。
庭に下りてくる若い女。うす明かりの中、その顔が見えた瞬間!
るば 「! 茉莉!…どうしてここに…」
 茉莉も又、気配を察したのか、闇の中を見つめている。
 そこへ飛んでくる一匹の迷い螢。
茉莉 「…るば、様?…」
 と、螢の光を目で追う。

(第1話「予期せぬ再会」完)


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とうとう始まってしまいました。今回のゲストは、わかる方にはわかる、あのお方。
ご出演を快諾して下さり、ありがとうございました。
エキストラの出演枠あと少し残っています。ご希望の方は1周年企画まで。

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