「戦国隠密譚」

「呉服屋の死」


○あやめ座・楽屋

舞台を終え、汗を油とり紙でぬぐっている世にも美貌の女形柳美(りゅみ)。
りゅみ 「今日も大勢のお客様でしたね。私の拙い芸で皆様の心を満たすことができたらよいのですが…」
そこへ横滑りで乱入してくる興行主(いべんたー)美波通屋。
美波通屋 「りゅみ様あ〜、今日も今日とて、おきれいでございましたわあ〜。ほんに、男にしておくにはもったいのない」
りゅみ 「恐れ入ります。こうして舞台をつとめさせていただけるのも、美波通屋様のおかげと感謝いたしております」
美波通屋 「そんな感謝だなんて。私はただりゅみ様の大大大贔屓なだけです。これからもよろしゅうに」
りゅみ 「はい。まさかとは思いますが、美波通屋様のお心が他の方に移らぬよう、精進致します」
美波通屋 「(ウッ、鋭い…)」
そこへ連れの者と共に入ってくる呉服商うさぎ屋。
うさぎ屋 「お邪魔してもよろしいですかな」
りゅみ 「これはこれはうさぎ屋の御主人。どうぞお上がり下さいませ」
美波通屋 「見て下さいましたか、今日の出し物。おたくで作ってもらった見事な絞り染めの衣装、映えてましたでしょ」
うさぎ屋 「それはもう、着手が国一番の舞いの名手ですから。私も、美波通屋さんに負けんくらいのりゅみ様贔屓ですから、遠慮のう言うて下さい。いやむしろ逆にりゅみ様が着て下さるおかげで、うさぎ屋の看板に箔がつくというものです」
りゅみ 「本当にありがたいお言葉です。看板を汚すことのないよう、しっかりと舞わせていただきますね」
 と、微笑む姿に、一同色香を感じずにはいられないのだった。
うさぎ屋 「…これは私の気持ですが」
と、連れの者に目で合図する。風呂敷包みをりゅみに差し出す若い男。
その男の眼光に、かすかな邪気を感じとってしまうりゅみ。
りゅみ 「(包みを受取り)いつもすみません。
 …こちらは新しい方ですね?」
うさぎ屋 「佐吉と言って、うちに来たばかりなんですが、なかなか気の回る男でしてね」
 深々と礼をする佐吉を見すえるりゅみ。

○樹理(じゅり)の隠れ屋敷

 バタバタと廊下を走り回る杏笑(あんじぇ)姫。
あんじぇ 「じゅり様、じゅり様あ〜。どこにいらっしゃいますの〜?」

◯同・中庭

的に向って今まさに矢を放たんとしているじゅり。
じゅり 「…はっ!」
 矢は見事に的の中央に突き刺さった。
あんじぇ 「ストライーク!」
ギョッとして振向くじゅり。
じゅり 「姫! どうして!? 一体どうやって中に入ったのだ!?」
あんじぇ 「そんなのどうだっていいじゃなーい。会いたかったんだもーん」
と、草履もはかずに庭に下りてきて、いきなりじゅりに抱きつく。
じゅり 「な、何をするのだ! 離さぬか!」
あんじぇ 「照れなくてもいいじゃない。ここって隠れ屋敷なんでしょ。だーれも見てないってば」
 と、二人の目の前に立っている鯉のぼりの是(ぜー)。
ぜー 「あーあ、もう見ちゃいられねえぜ」
じゅり 「おのれぜー。さてはキサマの仕業だな!」
ぜー 「ワリィな。オレも姫には弱くってさ」   

◯同・茶室

 茶をたてている貿易商流葉(るば)。
 うって変わって深刻な面持ですわっているじゅりとぜー。
じゅり 「で、るば。改革派に何か動きがあったのか?」
るば 「ええ、まだ表立ったものではないのですがねー。一つ、気になる話が聞こえてまいりました」
ぜー 「もったいぶらないで早く言えよ」
るば 「改革派の一人と目される杉田様の三男で、いわゆる冷や飯食いの平蔵と申す者が、
 あー、『俺の家にはあぶく銭があふれていて使い道に困っている』と言ったとか、言わないとか…」
ぜー 「言ったんだろ!」
じゅり 「黙らぬか、ぜー! 『あぶく銭』か。確かに調べてみる価値はありそうだな」

◯あやめ座・楽屋

 衣装の着付けをしているりゅみ。
 そこへ又もや横滑ってくる美波通屋。
美波通屋 「ちょっと、大変だよ! うさぎ屋さん、夕べ殺されたんだって!」
青ざめるりゅみ。
りゅみ 「(震える唇で)私の思い過ごしであればと願っておりましたが、やはり…」
と、帯を締める手に強い後悔の念がこもる。

(序「呉服商の死」完)


次のお話へ

というわけで、一周年企画、始動です。
このお話の元はくりずさんからいただいたイラスト……
そして、このお話の登場人物は、時々モデルがいたりします。
(序で言うと美波通屋は実生活での知り合いが読めば絶対ちゃん太だとわかると思う……)
実は一周年企画として、登場人物を募っていました。最終話にてそれぞれのゲストを紹介しています。

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