野菜畑でつまずいて   3  

ひょうたんは無事収穫を終え、棚も解体された。
2人はもちろんひょうたんの加工にも挑戦した。
中身を腐らせる下準備の作業は畑で行ったので、畑中ものすごい悪臭が漂うことになったのには参った。しかし加工はそれなりに上手くいき、出来上がった巣箱を森に設置したり、楽器を鳴らして子供のようにはしゃいだり、ひょうたんはふたりに様々な楽しみを残してくれたのだった。

すごいにおいもかなりおさまったある日、畑のすみの苗の葉の形にアンジェリークは悪い予感を覚えた。意を決して顔をその苗に近づけ、そっとにおいをかいでみる。ビンゴ。それはまさしくセロリ以外の何ものでもなかった。
誰にでも苦手な食べ物の一つや二つはある。アンジェリークの場合、それはセロリだった。思えばセロリとの戦いの歴史は長い。セロリを受け付けない娘に一口でも食べさせようと母は涙ぐましい努力を重ねていた。しかし。小鳥の餌かと思うほどに細かく刻まれたみじん切りを少量サラダに混ぜ込んでも、向こうが透けるほどの薄切りを野菜スープに紛れ込ませても、アンジェリークは正確にそれらをより分けてしまうのだった。こうなると母も既に匙を投げてしまっている。
「大人になったら味覚が変わって食べられるようになるかも知れないわね」と弱々しく笑って。
ああ、ママは今頃どうしているかしら。…会いたいよう。
急に里心のついたアンジェリークは、結局その日一日、部屋にこもることになる。

ホームシックが一段落してもアンジェリークは畑にもルヴァのところにも行く気になれないでいた。アレがセロリだと確認するのがなんだか怖いのだ。というわけでそれ以来アンジェリークは真面目に育成に取り組んでいる。地の力はエリューションにはもう充分すぎるほど満ちているので、ご無沙汰気味だった他の守護聖の所を回っているのだ。
そして折に触れて尋ねてみる。
「嫌いな食べ物をどうしても食べなくてはならないとき、どうするか?」と。

「だって、僕がピーマンが嫌いだって事はみんな知っているから、どうしても食べなくてはならないときなんて無いよ」

「そうなんだよな、どうしても食べなきゃならないって時、あるよな。俺は目つぶって大急ぎで一のみにしてるけれど、女の子にはあまり勧められないかなあ?とりあえず、勇気を持って立ち向かうんだ!」

「やはり作ってくれたレディをがっかりさせるわけにはいかないんで、そこは笑顔でいただいているぜ。要するに、愛、だな。そう、愛。だからもしお嬢ちゃんが作ってくれるんなら、グリンピースのマヨネーズ和えだって俺は笑顔で平らげてみせるさ」

結局、愛と勇気と開き直りなのね、とアンジェリークはため息をつく。
あ、でも、もしもルヴァ様が「とりたてはみずみずしくって美味しいですよー。アンジェリークもどうですかー、あーん」なんて口に入れて下さったりしたら食べないわけにいかないじゃないの! 吐き出したりするわけにはいかないわよ。ね? ああ、でもセロリなんか口に入れられたら絶対吐き出しちゃう! そ、それだけはだめだわ! ああん、どうしよう!!
と、あり得ない前提であるということをすっ飛ばしてひたすら悩むのだった。

その頃ルヴァはというと。
初め、アンジェリークが畑に来なくなったのは悪臭のせいだと思っていた。
しかし、それでは執務室にまで来なくなったのが解せない。
王立研究院でエリューションの育成状況を調べてみるとこのところかなり順調に育成が進んでいるようだ。
「あー、試験に真面目に取り組むことは、よいことですねー」と口に出して言っては見るが、やはりどこか面白くない。

彼女が皆とどんな会話を交わしているか調べれば原因がつかめるかも、と思いついてから、ルヴァは綿密で執拗な調査を始めた。それにより、彼がどれほどアンジェリークに執着しているかを周囲に知らしめることになったのだが、本人はそんなことには至って無頓着なのだった。っていうか、正直そこまで気が回ってなかった。
とにかく。
わかったのは、アンジェリークがものすごくセロリが苦手だと言うこと。
「ああ、そうでした。アレは苦手だって言う人、結構多いんでしたねー」
そして、どうやらその苦手を克服したいらしいこと。
「それなら是非私も協力しましょう。いえ、協力しなくては。うんうん」

数日後、アンジェリークはルヴァから昼食に招待された。
うれしさ半分、気の重さ半分でテーブルに着いた彼女は、思わず感嘆の声をあげた。
それぞれの目の前には小さな半月型のお盆があり、その上に色も形も素材も様々な豆皿がたくさん並んでいる。そのひとつひとつの上には見慣れない料理がほんの少しずつ盛られていて、色合いも雰囲気も素晴らしい。

「とりあえず一口食べてみて、ダメだと思ったら遠慮なく残して下さっていいですよー」

どこから手を着けて良いのか正直見当もつかなかったが、右上の方の魚の形をしたガラス皿の上の白いものを取り、勇気を持って一口食べてみると、案外いける。と思う間もなくすかさずルヴァの解説が入る。
「あーそれは、生湯葉と言うものですよー。大豆をすりつぶして煮、固まった部分を集めたものだそうでして」

それから、小さな皿たちは次々と空になっていった。もちろん全て解説つきだ。
初めて口にするもの。
不思議としか形容できないもの。
見慣れないけれど、ちょっとなつかしい味のするもの。

いくつ目だろうか、ピンクの花の形の陶器のお皿に乗ったそれをアンジェリークが口に運んだのは。
正直、あまり好きな味ではない。でも食べられないこともない。そう思った。
飲み込んだとき、ルヴァがこれまでにも増してものすごく嬉しそうに言った。
「それは、セロリのきんぴらなんですよー。私はセロリはこうやって食べるのが一番好きでしてねー」

生まれて初めてセロリを食べた、とういう事実にアンジェリークは不思議な感慨を覚えていた。「大人になったら」と母は言っていたが、もしかして自分も女王試験を通して少しは大人になっているということなのだろうかと。更にその初めてのセロリがルヴァの畑でとれたものだと思い当たり、どこかくすぐったい思いがわき上がる。

こんな風に一歩踏み出すとき、これからもルヴァ様がそばにいてくれるのなら。

――そう考えて一瞬の後、考えようによってはすごいフレーズであることに気付いて赤くなるアンジェリークに、「もしかしてちょっとじっと見つめすぎてしまったでしょうか?」と反省するルヴァなのだった。


(第3話おわり)

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このシリーズの平和な2人もあと1話でおわりです。えらく長くかかってしまいましたが。

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