野菜畑でつまずいて   2  

芋掘りは思いの外楽しかった。

少し掘るだけで、まるまるとした芋が次々ごろんと出現する。大豊作といえるだろう。
アンジェリークが悩んだ末着ていった、ピンク系の小花柄のブラウスにオーバーオールの組み合わせ、プチスカーフにキャスケットつき、も「あーなんだかいつもとずいぶん感じが違って見えますねー。でも可愛いですよ」なんて少し赤くなった顔で言ってもらえたし。
その場で焼き芋を食べるのだけは固辞しようと、アンジェリークが用意した言い訳、「でもさつまいもは掘りたてより数日置いた方が美味しいんですよね」が、「ええ、ですから前もって今日焼く分だけ掘っておいたんですよ」とあっさりかわされ、結局ミルクティと焼き芋、という美味しいけれどロマンティックとは言い難いお茶の時間を持つことになってしまいはしたけれど。とにかく、ゆったりとした時間と楽しいおしゃべりで、はじめて2人で過ごす休日はたくさんのおみやげ(もちろんほりたての芋)というおまけまでついて終わったのだった。


次の週末、アンジェリークはそのおみやげで大量のスウィートポテトを焼き、思いつく限りの周囲の人々に配って回ったので、ルヴァが彼女を芋掘りに誘ったことは周知の事実となってしまった。
そしてその結果他の守護聖の大半のルヴァへの視線が変わった。
とくにルヴァに大きなダメージを与えたのは、ゼフェルが思いきりにやにやと彼の執務室にやってきて、じろじろ顔を眺め回したあげく、「ぷ」と吹き出してそのまま帰ってしまったことだった。
そんな中ただ一人、「それは素敵な休日の過ごし方ですね」と微笑んでくれたリュミエールに対するルヴァの好感度が急上昇したのは無理からぬことだった。


芋掘りが終わっても、畑仕事に終わりはない。
あれ以来アンジェリークは時々畑仕事を手伝うようになり、畑への出入りも一層頻繁になった。
ある日、植え替えられたばかりの苗の上に急ごしらえの棚が作られているのを発見したアンジェリークは、すぐさまルヴァの執務室に駆けつけた。
「ルヴァ様、あれ、棚ですよね?っていうことは蔓もの?いったい何ですか?」
「ふふふ、すぐわかりますよー。あれはけっこう生育が早いですからねー」
「でも私に作物の見分けがつくかしら」
「心配しなくてもきっとすぐわかりますよー」

確かに。
その後数週で、謎の苗は蔓をぐんぐんのばし、棚にからみついて緑の葉を茂らせ、夕刻に白い花を咲かせるようになったと思ったら、小さな実を鈴なりにつけはじめた。
誰にでも一目でわかる、その形。

「ひょうたん、だったんですね!」
「ええ、面白いでしょ?これも例のセットに入っていたんですよー」
ひょうたんって野菜じゃない気がするのだけれど、とアンジェリークがひそかに件の種苗会社への不信感を募らせていても、ルヴァは大変上機嫌だ。
「蔓ものの中でもひょうたんは、日当たりと気温さえあればちゃんと実がなるきわめて育てやすい作物なんだそうです。それに、鈴なりに成っている様子がなんとも可愛いじゃないですかー」
その「可愛い」の調子が芋掘りのときの服装を誉めてくれたときとほぼ同じだったので、ちょっと落ち込むアンジェリーク。当のルヴァはそんなことには気がつかない。それでも、
「最近ちょっと調べているのですよー。よかったらお茶でも飲みながらいろいろお見せしましょう」と誘われて、喜色満面で畑から執務室までついていくのだった。

途中森の湖の近くで2人はリュミエールに出会った。
アンジェリークは最近よくここで彼を見かける。何をするでなく、ぼんやりと湖を見つめて立っていることが多い。竪琴を爪弾いていることもある。
風景にとけ込みきっている彼を見るのはなかなか目の保養という感じなのだが、なんだか視線がうつろなのが気になっていた。
彼は人当たりが柔らかく、アンジェリークにもとてもよくしてくれるのだが、今ひとつ何を考えているのかつかめないと言うのが正直な印象だ。
今日も彼は無言で湖を見つめていた。
ルヴァが声を掛け、彼もルヴァの執務室に来ることになった。アンジェリークが「リュミエール様って案外気が利かない」と思ったのは内緒だ。

お茶を飲みながら、ひょうたんの話で盛り上がる。ちなみに今日はお茶請けもひょうたん型のもなかだ。
「私の故郷では、もっぱら楽器に加工していましたね」
とリュミエールが遠くを見る目で言う。
「主星にもひょうたんのガラガラがあります」とアンジェリークが言うと、
「ああ、そういった子供のおもちゃもありましたが、もっぱら中をくりぬいて弦を張ったもの、が中心でしたね。私もハープを持たせてもらう前はその楽器を弾いていたことがありました…」と更に夢見がちな瞳になるリュミエール。
そういえば以前部屋でお話ししたとき、故郷のことをずいぶん熱く語っていたわ、と思い出すアンジェリーク。

「ひょうたんは本当に、どこの星でも愛されてきた植物のようですねー。
苦くて食べ難いんですけれど栄養満点で、栄養食品に加工されたりもしているようですよ。
工芸の材料だったり観賞用、というのが一般的なんでしょうけれどもねー」
「野鳥の巣箱になっているのを見たこともあったわ」
「ああ、ここに写真もありますよー」
いつの間にかルヴァは山のように本を持ち出し、次々開いてはテーブルに並べるのだった。
写真や絵に描かれたひょうたんの種類の多いことに感嘆する3人。

アンジェリークがその中のひとつに目を留めた。
ひょうたんの下で、同じぐらいの大きさの魚が身をくねらせている。
「ああ、それなんですけれどね、同じ画題の絵がたくさんあるんですよ。ほら、これもこれも」
とルヴァは待ってましたとばかりに数枚の図版を見せる。
「これは、ナマズのように見えますが……」
「ええ。なぜか必ずナマズなのですよ。実は私も昨日気がついたばかりなので詳しく調べていないのですが、『ネコにマタタビ』のように、ひょうたんとナマズには何か特別な関係があるのかも知れませんねー」
「それは、知りませんでした……」
「ああでも本当に同じような絵がたくさんありますね。なんだか魚とるって楽しそう」
「あーそれでは今度釣りにご一緒しましょうねー」
さすがに誘い方が多少向上しているルヴァ。

「嬉しいです、うふふ。あ、そういえば、リュミエール様は海洋惑星のご出身だから、お魚とるのも実はお得意なんじゃありませんか?」
「得意ということはないのですが、子供の頃には素手で魚を捕まえたりして遊んだものですね、そういえば」
人は見かけによらない。っていうか想像できない。彼は続ける。
「子供の遊びというのはとても残酷なもので、石を投げて魚を気絶させたり、はては殺してしまったり。浅瀬で寄ってたかって一匹の小魚を追い回したり。今思うと胸が痛みます。でも同時にそれをとてもなつかしいと感じてしまうのですから、人間とは罪深いものですね」うつむいてしまったリュミエール。にこにことうなずくルヴァ。

「じゃあ、ひょうたんとナマズの関係について調べるとしたら、聖地ではリュミエール様が一番適任じゃないですか?」とアンジェリークが思いきって水を向けてみると、ルヴァも
「そうですねー、このひょうたんを差し上げますから、リュミエール、よかったらこれでナマズが捕まえられるのか試していただけませんか?」と先程収穫したひょうたん数個をリュミエールに差し出した。
リュミエールはしばらく考えていたが、まっすぐに顔を上げると
「そうですね、いい気分転換になるかも知れません。やってみましょう。ですがルヴァ様、あまり期待なさらないで下さいね」と答えると、お茶を飲み干し、にこやかに部屋を出て行った。

「あの、私、余計なこと言ったでしょうか?」
「いいえ。あなたも彼がこのところ沈んでいるのに気がついてらっしゃったんでしょう」
「ええ」
「彼には時々こういうことがあるんですよ。でもこれできっと、彼の気分も晴れますよー」
お茶をお代わりして、2人は微笑みあった。とくに打ち合わせしていたわけではないのに、同じ思いで行動できたことがなんだか嬉しかったのだ。


翌朝、リュミエールはバケツに数匹のナマズを入れてきわめて嬉しそうにルヴァのところにやってきた。
「早速今朝試してみましたよ。ひょうたんの効き目でしょうか、簡単に捕まえることができてしまって、私も驚きました」と。その表情は憑き物が落ちたように清々しかった。
ナマズたちはすぐに水槽に移され、しばらくルヴァのところで飼われることになった。
アンジェリークもルヴァの執務室を訪ねる楽しみが増えて、ふたりでリュミエールにナマズとりを頼んだのは本当によかった、と思ったのだった。


しかし数日後、収穫期のひょうたんがたくさんあるというのに、いつまでたっても畑に来ないルヴァを不審に思ったアンジェリークが彼の部屋に行くと、なんだか難しい顔をして机に向かっていたのだった。
きっと何かたいへんなお仕事が入ったのだと帰ろうとすると引き留められ、例によって美味しいお茶が出て来て。
「あれから水槽のナマズにひょうたんを入れてもなんの反応もなくて途方に暮れていたのですが、昨夜やっとわかったのです。あれは私の全くの勘違いでした」
「勘違いってどういうことですか?」
「あの絵は風俗画ではなくて寓意画だったのです。つまりひょうたんを使ったナマズとりを描いたのではなく、『ひょうたんでナマズを押さえるのは無理だ』と言うようなニュアンスが込められたもの、だったのですよ」
「え?……ということは、じゃあ、リュミエール様はどうやってあのナマズを?」
「……それがわからないから考え込んでいるんです」

2人は顔を見合わせて、とりあえず今後リュミエールを敵に回すことだけは避けようと、それぞれの胸に誓うのだった。

(第2話おわり)

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ものすごく間隔が開いてしまいました。
しかも、いつの間にかすっかり主役はリュミ様です。っていうか、このリュミ様をどうしても書きたかったのでした。

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