野菜畑でつまずいて   1  

女王候補アンジェリークは、このところ、その畑から目が離せない。

占いの館から森の湖に至る道は彼女のお気に入りに散歩コースなのだが、その途中に、どう見ても野菜畑な一角を発見してしまったのだ。
簡素な木の柵で区切られた一角には、何種類かの植物がそれなりに整然と植えられている。
でも、畑にしては、人が働いているところを見たことがないし、収穫している様子もあまりない。人手が入っているのは確かなのだが。
しかも作物が、何か、ちょっと、変なのだ。
白い茄子とか。ピーナツ型のかぼちゃだとか。妙なものばかりではないのだが、全体になんとなくヘンだ。

女王試験として大陸の育成を始めて以来、物が育つ様子を見守る楽しさに目覚めたせいなのか、単に妙な畑の持つ不可思議なオーラなのか、とにかく気になるのである。

と言うわけで、彼女は今朝も散歩と称して聖殿に行く前にその畑の様子を見に行ってしまうのだった。


今朝は畑の方からなにやら蔓が伸びて、柵にからみつき、昼顔のような淡いピンク色の花を咲かせているのを発見してしまった。地味だけれど、なかなかかわいい。
「はみ出てるんだし、いいよね」
なんて言い訳しながら、そおっとピンクの花を摘み取り、薄紙に包んで手提げに入れた。
「なんだろう。マルセル様に聞いてみようかな」なんて考えながら。そう、今日は緑の守護聖マルセルのところに育成をお願いに行くのだ。

ところがマルセルは不在だった。
こんな風に一日の予定が狂ってしまったとき、アンジェリークの行動はだいたい決まっている。地の守護聖ルヴァのところにおしゃべりに行くのだ。

アンジェリークはルヴァの元を訪問するのがとても好きだ。
本がいっぱい並んだ執務室の雰囲気も好ましければ、本人の醸し出すおだやかな空気が、女王試験と言う得体の知れない(マジでそう思う)渦中にいるアンジェリークの心身をいやしてくれる、ような気がする。
多少話が長いのが難点ではあるが、それもよく聞いてみるとたいへん興味深い内容ばかりであることも、もう既に学習済みなのだ。
おだやかで、あたたかい。
この気持ちに別の名前を付けるのはもう少し先に取っておきたいけれど。

彼の人の部屋の前に立つと、軽やかにノックを2回。
「アンジェリークです」「あー、どうぞ」
かくして、朝からおだやかなお茶の会が成立するのだ。

お茶を一口飲んで、アンジェリークは聞く。
「ルヴァ様、お花も詳しいですよね?」
「マルセルほどではありませんが」
「あの、これ、なんの花でしょう?」
アンジェリークは手さげから薄紙に包んだピンクの花を取り出す。
「どれどれ、うー、ヒルガオ科、っていう感じですねー。あの、これはどこに?」
「占いの館の近くの変な畑にあったんです」
「変な畑?……もしかしてそれは、占いの館から北に3分ほどのところの西側にあるんじゃありませんか?だとしたら、私の畑、ですね。
 ……しかしやっぱり、変な畑、なのですかねー」
「ご、ごめんなさい!ルヴァ様の畑だなんて気がつきませんでした!
 でもあそこってなんだか変わったものばかり生っているんですもの…」
「あはは、そうでしょうねえ。
 あれはねえ、畑を始めるときに何を植えたらいいかよくわからなくて、とりあえず種苗会社のカタログの『お楽しみ野菜セット』って言うのを申し込んだらあんな変わったものがたくさんになってしまったんですよ。でもミニ人参とかサラダほうれん草なんかはけっこういけましたよー」
「そうだったんですか……」
「あそこにあったっていうことは、これはサツマイモ、ですね。
 普通はあまり花は咲かないのですが、そうですか、咲きましたか」
「サツマイモにこんなかわいいお花が咲くなんて、知りませんでした」
「ええ、なんだかとってもかわいいですよね」
ここで、でもあなたのほうがもっと可愛いですけれど、なんて思っていても言えそうにないし、言ったとしても自分に似合いそうにないのをぐずぐずと考えてしまうルヴァ。

そのまま、優しい沈黙。
にこにことお茶の残りを飲むアンジェリーク。飲み終わって茶碗を手の中でひっくり返していたルヴァが突然言った。

「そうそう、あのサツマイモ、もう少しで収穫できるはずですよ。
 よかったら、収穫の時、お手伝いしてもらえませんか?
 もちろん掘ったさつまいもはお分けしますし、なんならその場で焼いて味見するのもいいですねー」
「本当ですか!ぜひ、ご一緒させて下さい!」
「あー、なんだかうれしいですね。だいたい次の次の日曜、ぐらいでしょうかね」
「ふふ、とっても楽しみです!」

しかし。
この後部屋に戻ったアンジェリークは、悩むのだ。
芋掘りに誘われるって、全くもって子供扱いされてるって事?
…少なくとも女扱いされていない気がする……
ま、それでも、お休みの日に招待されたんだからいいか。
そうよ、ルヴァ様の方から誘って下さったのって初めてじゃないの!
……芋掘りだけど。

ところで、芋掘りに着ていくかわいい服って、なんだろう……


片やルヴァは。
「あー、とうとう誘ってしまいましたね。でも喜んでもらえたようで安心しましたよ」
などと一人にこにこ(ニヤニヤ、とも言う)しているのを午後のお茶に遊びに来たオリヴィエに思いっきりつっこまれ、ついついアンジェを芋掘りに誘ったことをぽろりとこぼし……
「女の子を芋掘りに誘ったぁ?」と思い切り顰蹙を買ったのだが、どこがいけなかったのかわからず、また一人悩むのだった。


(第1話おわり)

次のお話へ

ええ、真夏に畑仕事しながらこんな事考えてました・・・
あと3つほどまったりと続く予定です。

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