三文字の漢字で三十のお題・12「意味深」
レトリック


約束通り育成資料を抱えてかの人の執務室に行くと、すっかりお茶会の支度ができていた。えっと、私、一応お勉強しに来たんでしたよね?
でも前回と前々回の経緯を思い返せば、もう最初からお茶会にしておこうというルヴァ様の慧眼にひれ伏すっていうか、穴があったら入りたいというか。
だって今回も育成の相談と言うよりは「もうこれで行っちゃいますけど、いいですよね?」と確認というかだめ押しするだけだもの。
もとよりルヴァ様は何かを押しつけたりしない人だし。

ルヴァ様は私の短いレポートにもちゃんと付箋をつけて読み進む。そのものすごいスピードに、最初の頃この人をぼーっとした不器用な人だと思い込んでいた自分の目の節穴ぶりを反省する,、そんな暇も私にはろくろく与えられず、彼は読み終えたレポートを机で軽くとんとそろえ直し、私の方を見てにっこりした。

「ずいぶんよくなってきたと思いますよー。でもこことかここの赤い付箋のところは、なんというか、えーっと、考えの根拠が見えない印象ですねー。それから、ここやここの青の付箋のところなんかも、うう、判断材料が少ない気がして、なんだかその、気になります」

すごい、「えーいもうよくわからないからこれで行っちゃえ!」って強引に進めた場所が全部ばれてる。
しかたない。
「ええその実は、そこはとりあえずそれでやってみてから考えようかと。ちょっと無責任かもしれませんが。でも、深く考えない方がいいこともありますよね?ていうか絶対あると思うんですよ」
きっと目が泳いでいたと思うけれど、私は言い切ってしまう。

すると彼はとても悲しそうな表情で私に向き直り、諭すように言うのだ。
「あー、アンジェリーク、そんな風に思えてしまうこともあるのかもしれませんが、ええと、考えることを放棄するのは、何の装備もなく、ええ、もちろん地図もなく、砂漠を行くような危険な行為ですよー」と。

そうですね、と素直に答えようと思っていたはずなのに、
「でも世の中には当たって砕けろという言葉もあるではありませんか」
なんて反論する私がいる。あああもう何言ってんだ私。

「と、とりあえず砕けてほしくはないのですが」、とルヴァ様はぼそりとつぶやいた。

ねえルヴァ様、今の言葉すっごく意味深にとっちゃっていいですか?
これでも私の言葉にもそれなりに含みはあるんですよ。正直間違った伝わり方している気もするけれど。だって残念ながら私っていう人間に深みが足りないから。

そんな私の思いもたぶん知らず、その人は育成資料から顔を上げ、気弱な笑みを浮かべて言うのだ。
「こういう立場ですからいろいろな言語をマスターしているつもりですが、若い女性の言葉を解するにはまた別の能力が必要らしいですねー。近頃自分の言語能力に自信がありませんよ」
そして、ため息一つ。

だから私はここぞと場違いなまでの華やかさで微笑んでみせるのだ。
「この上ないベストの割合でルヴァ様と私は通じ合っていると思いますよ。だいたい百パーセントシンクロするなんて、嬉しくないどころかなんだか気持ち悪いかもしれませんし」
「そんなものですかねー」
釈然としない様子の彼を浮上させるべく、ちょっとほめてみようかな。

「ええ。でもさすがですね、ルヴァ様!そんなにいろいろな言葉がお出来になるなんて」
「んーまあ、使うことはめったにないので、なんといいますかー、ただの道楽ですかねー」
「道楽だっていうのがなおさらすごいと思います。読むだけですか?会話なんかも?」
「いいえ、半数以上はもう絶滅した言語ですから、どう発音されていたかもわからないものさえありますし。読む方だって、なんというのか、一通り読めても、文字通りにしか理解できていないという自覚はありますねー」

不思議そうな顔をしてしまったらしく、ルヴァ様は説明する。
「だからそのー。たとえば、そうですねー、『君は僕の太陽だ』と書いてあるとします。私はそれを文字通りにだけ解釈してしまい、なんだか不思議な文だな、なんて思っちゃうわけですよ。あー、ついでに言いますとねー、私のように、その、砂の星で育った人間にとっては、ですねー。太陽はあまりありがたい存在ではありません。はい。そうですねー、雨とか泉ならともかく。だから不思議な感じがする訳です。おっと、話がそれましたかー。とにかくそのあと読み進んでいって、唐突にその真意に気がつくんですよー。そういうことの繰り返しですねー」

それきりルヴァ様は黙ってにこにこしている。
なんか、どう会話を続ければいいのか私はとっくに見失っている。
ここで立ち上がって挨拶して部屋を出る、というのが、一番正しい選択肢のような気もするけれど、それだけは選べない。
少し気詰まりだけれど、なんだかとても幸せなんだもの。大好きなルヴァ様と一緒にいるというそのことが。

とりあえずお茶を一口飲んで視線を上げると、優しい目をしたルヴァ様と目が合った。
私は唐突に今だ、と思う。
この気持ちにふさわしいきらきら光る結晶のような言葉を紡ぐことはできないけれど。
なんせ、深く考えるのは苦手だし、当たって砕けてもいいし。
「ルヴァ様も私の太陽ですよ」

ぽかんとした表情で私の方をみていたその人は、我に返ると赤面してうつむき、
「その、あなたは雨というか大嵐ですかねー」
なんて言うものだから、私もすっかりお揃いの顔色になってしまったのだった。

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