三文字の漢字で三十のお題・10「蟻地獄」
おもかげ


壇上に引き上げられた彼女は以前より小さくなったように見えた。微笑みはいっそうはかなげで、戦いの衣装から伸びた細い手足は痛々しくさえあった。
ややあって音楽が変わると、壇上近くで牽制し合っていた一団の中から意外な人物が飛び出し、彼女をダンスに誘っているようだった。

それは彼女を楽しませることができるという自信なのか、単なるサービス精神なのか。
または、隙あらばと機会をうかがうための最高効率の設定なのか。

いぶかっているうちに他にも誘い手が現れ、傍観する自分にも、彼女が今夜のパーティーの間中パートナーに不自由することは決して無いことだけはわかった。
そして、自分が意外なほど激しく彼女を求めていることも。

蟻地獄のアリのようなものだ、と思う。色や香りに引きつけられたのではない。ただそこにいた、その事が自分をこの境遇に落としこんだのだ。
それでも、はじまりがそんな風だったにもかかわらず、今では一顧だにもされずにただ養分になってしまうだけの自分に満足している。そしてたぶん他にも自分と同じ境遇と心境に置かれている者はいるはずだ。

哀れなアリたちの想いを糧に、女王としての階段をまた一歩上った彼女は、試練の日々で疲れ衰えたはずのそのかぼそい身体から、妖しいまでの美しさの光を放っている。そして自分も含めたアリたちは、それぞれに渇望を抱きつつ、ただその姿を面影を拝することに満足しようとしているのだった。

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