おやくそく
3
部屋の前まで送ってもらう。
「ありがとうございました。 私、今夜の月は忘れません。」
クラヴィス様の闇色な瞳をしっかりと見つめ、作りものでない笑顔をそえる。
クラヴィス様もほんの少し、ただ・・・いつもより瞳は真剣に言う。
「・・・私も今宵の月は忘れることはないだろう。
おやすみ、アンジェリーク。」
胸元で奇麗に揃えられた髪をゆらし背を向ける。そして、迎えの馬車の中へと消え
ていった。
馬車が見えなくなると、少し寂しくなった。
そんな私を聖地の満月は、優しく照らす。
私をつつみこむかのように・・・。
明日 ゼフェル様の所へ行ってみようと思う。
今夜の「やすらぎ」をムダにしないように。
次の日、聖地公の休日。
遅めに起き、身仕度を整えゼフェル様に会う前に、庭園へ寄る。
何か口実になる物は、ないかと。
いつもの明るい商人さんが、私を見つけ声をかけてくれる。
そのとき、ゼフェル様が「水にうるさい。」と言っていたのを思いだし、商人さんに尋ねるが今日は持って来てないと言う。
「じゃぁ・・・この次でかまいません。<おいしいお水。>が手に入ったら必ず持って来てくださいね!
お願いしますネ。」
と言うと、チャーミングな笑顔で「まかしてぇなぁー!!」と答えてくれた。
私も笑顔で返す。そして、他に何かめぼしい物は無いかと品物を見ていると、以前
ジュリアス様が探していた<エスプレッソ・マシーン>があった。
昔、お気に入りを見つけ頼んだのだが、品切れで手に入らず、そのまま気にいった
のがないと言っていた品物だった。
カタログの写真まで見せられたので、まず間違いない。
近くの若いカップルが新居にどうかと相談している姿がある。
いまここで、逃すともう二度と、この<マシーン>に会えないような気がしてくる。
若いカップルに、心の中で「ごめんなさい!!」と謝りながら、二人の横を風より
も速く<エスプレッソ・マシーン>を抱えて通り去る。
後ろで、「あっ!!」と言うハーモニーが聞こえた。
商人さんの所で支払いをすましていると、商人さんが「ちょっと、まっててなぁ。」と言って、テントの裏へと消えた。
すぐに現れたその手には、2つのシンプルな形のマグカップがあった。
「おまけやぁ!もってって!!」
商人さんが渡してくれたカップは、赤と青の色で模様も何もないマグカップだった。
でも、カップの底に「青色」には「赤いハート」が、「赤色」には「青いハート」がプリントしてあった。
そして、手早く品物を梱包してくれた。カップは<エスプッレソ・マシーン>とは別に包装してくれていた。
何か言おうとしたが、商人さんからのウィンク付きのセリフに遮られる。
「急ぎなんやろ? アンジェちゃん。」
そうだった! 急がなくっちゃ。
「あっ!! ありがとうございます。商人さん!!」
お礼もそこそこに踵を返すと、ジュリアス様の所へ向かった。
そして、このマグカップを持ってゼフェル様の所にも行ってみようと。
この時、<エスプレッソ・マシーン>の重さと<マグカップ>のラブラブさは、頭になかった。
・・でも、重さはすぐ後から、ラブラブさはすごく最後に気づく事になった。
ジュリアス様の執務室へ行くと、何かの書類に目を通している所だった。
私は<エスプレッソ・マシーン>が手に入ったので、持ってきた事を告げテーブルに置くと、急いで部屋から出ようとした。
が、ジュリアス様にお礼を言われ「どういたしまして。」からが、永かった。
何故か<エスプレッソ・マシーン>のお礼から育成の事になり、はてはレポートの書き方についてまで話が変わり、最後は部屋まで送ってもらう事になった。
そして、<エスプレッソ・マシーン>の使い方からコーヒー豆の選び方、好みのカップはどこそこの何々でぇーと続き、何時の間にか二人でエスプレッソを飲んでいた。
(おそるべし!ジュリアス様!!)
ジュリアス様は上機嫌で、私のアタックは「光のブロック」の前に尽く敗れていった。
「おぉ、もうこんな時間であったか。今日はとても有意義な時間を過ごすことができた。アンジェリーク感謝をするぞ。・・・では、帰るとするか。」
と、ジュリアス様がおしゃった時に返したのが今までで、一番素敵な笑顔だったかもしれない。
そして、部屋を出ようとジュリアス様がドアを開けた目の前に、呼び鈴を押そうとしたまま固まっているゼフェル様がいた。
私の笑顔が、過去最悪なものに変わっていった。
しかも、ジュリアス様は、私が何かを言おうとする前に、ゼフェル様に向かい話だしている。
「おぬし! 夜間に女性の部屋を訪ねるなどもっての他!!
まして守護聖たるもの・・云々・・・・!!」
夜間でもなく、呼び鈴にも触れていなかった。
私の彼を呼ぶ想いは、意中の人に届く事もなく、彼の白いスカーフが、ゆらめき遠く小さくなっていくのを見ているしかなかった。
ジュリアス様が何か言っていたようだが、覚えていない。
こういう事って、「おはなし」の中でだけの事だと思っていた。
====================つづく============