物書きさんに20のお題・黄

20:「出口


「入り口から入ってこなかったヤツは、出口からも出て行かなかったんだな」
芦屋の退学を告げた担任がふと漏らしたひとことを、唐突に思い出してしまった。



正月に実家に帰ったときに俺の卒業アルバムを発見した娘たちは、我が老親にねだってこっちに持って帰ってきたらしい。
それから半年以上経った最近になって何を思ったのか熱心にアルバムを見ている。二人できゃあきゃあ言いながら。

土曜の夕食時に上の娘が言った。
「アルバムじっくり見たけれど、お父さんの学校って、けっこう面白いね」
「そうか?確かにちょっと変わってたかもな」
「全寮制だし、規模ちっちゃいし。なんか楽しそう」
そして急に真顔になって付け加える。
「でもまわりが合わない人ばかりだったら悲惨だね」
娘たちもいつの間にか進路を考える年齢になって、いろいろな学校のことが気になりだしたようだ。

「いい学校だったぞ。お前も行くか?って男子校だけどな」
「お父さん知らないの?今年から国際コースっていうのができて、そこだけ共学なんだよ」
…共学化の波がいつの間にかそんな身近に来ていたなんて。しかし、娘のヤツも詳しいな。
「昔はうちのブロッサムと合併の噂もあったのにね」
妻も加わる。
「なんで合併しなかったの?お母さん知ってる?」
「さあ?でもブロッサムの中学部から桜咲の国際コースへも進学できるらしいから、一部合併みたいなものね」
「へえ、そうだったのか。いやあ、我らが母校もどんどん変わっていくもんだね」とひたすら感心していたら、
「二人とも、年寄りくさーい」と一刀両断された。
「あらそうかしら?気をつけなきゃ」
そこで話は一旦終わった。


そして夕食後、娘らはアルバムをこちらに差し出し、とある写真を指して聞く。
「この人なんだけれど、どのクラスにもいないよね」
「入学式の写真にも卒業式にも写ってない。2年の学園祭と修学旅行とダンスパーティーでは写っているのに。」

芦屋だ。
正直、その時まで芦屋が桜咲にいたことなど忘れていた。
同じクラスだったし、目立つ存在だったから印象には残っている。何度か話もした。
たぶん大学を出る頃まではちゃんと憶えていたと思う。
でも、忘れていた。

今や高校の頃を思い出すのは、同窓会報が郵送されてきた時ぐらいだ。
結婚する前後、妻と卒業アルバムを見ていたことも数度あったか。でも、そこに載っていない元クラスメイトがいたことはいつの間にか記憶から抜け落ちていたのだ。

「ああ、そいつは転校生で、1年の途中に来て2年の終わる直前にアメリカに行ってしまったんだ。よく気がついたな」
「だってほらすごく可愛いもん。女の子みたいで。っていうか、ダンスで女の子の服着てるよね?ねえ、こういう子って男子校でもてたりするの?」
「バカ言え。そんな気持ち悪いことなんか無い」
娘たちはあからさまにがっかりしていた。申し訳ない気もするが事実だからしょうがない。結局それが娘たちの一番聞きたかったことらしく、ほどなくふたりは居間を出て行ってしまった。
交代するように妻が寄ってきて、アルバムを覗き込む。
「ああこの人見覚えあるわ。…ええっと…ダンスパーティーの特別賞の人ね。すっごく可愛かったわよね」
そういえば一学年下でブロッサム出身の彼女も同じダンスパーティーに出ているのだ。あの当時は我々は別にパートナーでもなんでもなかったけれど。
「転校してしまっていたのね。実ははじめてあなたの卒業アルバムを見せて貰ったとき、個人写真のところに載っていないからヘンだな、何かあったのかと思っていたのよ」
うん、実に色々あった。でもその事は、当時の関係者全員の共通の秘密なのだと、少なくとも俺は認識している。

「そんなことを思って見ていたのか。しかし、卒業アルバムって不思議だな。3年間の記録のような振りをしているけれど、出口が違うだけで載ることができなくなって、そいつは後々思い出してもらえなくなる」
「そういわれれば確かに。ブロッサムの同級生でも3年の夏から外国に留学した人がいたわ。中学までは同じアルバムに載っているのにそんなわけで高校では載っていなくて、もらったその当時は変な感じがした。でも正直今この話になるまでその子のこと忘れてた。…去る者は日々に疎しって本当ね」
「居る者も日々うっとうしかったりして?」
妻は声を上げて笑い、俺の背中を軽く叩くと立ち上がって空のコーヒーカップを台所に運んだ。
俺はもう一度改めて芦屋の写った写真を見直して、今どこにいるのかも知らない彼女の幸せを祈ったのだった。

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