「ラタトゥユ」(前編)                 by すばる


○豊饒の平原

アンジェリークの決意の表情。
アンジェリーク
「ジェイドさん…私とふたりで、天空の聖地からアルカディアを見守ってください! 約束したじゃありませんか、ずっと支えてくれる、って」
ジェイドの声 「アンジェ、俺を選んでくれてありがとう。とても…嬉しいよ」
笑顔でジェイドの胸に飛び込んでくるアンジェリーク。
ジェイドのナレーション
「聖地で暮らし始めた頃は眠っている間に俺の頭で再生するのはこのシーンばかりだった。背景が豊饒の平原っていうのはちょっと違うと思うんだけど、だから『夢』って面白いんだね」

○聖地・女王の宮殿の中

ティーセットを持って廊下を歩いてくるジェイド。戦闘的ではなく、慎みのある服装をしている。
ジェイドのナレーション

「だけど今は、毎晩様々なシーンが再生される…女王というのは俺が想像していた以上にハードスケジュールで、俺は今日まで彼女の側で少しでも力になれることを探しては実行して、たまには失敗して彼女の可愛い頬をふくらませたりもして、素敵な記憶を積み重ねてきている―」
    × × ×
女王の執務室。机の前で難しい顔をして考え込んでいるアンジェリーク。
少し離れた位置から見ているジェイド。
ジェイド
「首を傾げる角度がちょうど62度。
 そろそろいい頃合いだね」
と、机に近づいていく。
ジェイド 「女王陛下、少し休憩されてはいかがですか? 美味しいチョコチップクッキーも焼き上がりましたし」
アンジェリーク 「(椅子から飛上がらんばかりに)ジェイドさん! いつからそこに居たんですか!?」
    × × ×
応接セットでクッキーをムシャムシャ食べているアンジェリーク。ジェイドはニコニコ見つめている。
アンジェリーク 「…ねぇジェイドさん」
ジェイド 「何だい、アンジェ」
アンジェリーク 「あの…最近私達って会話がないと思いません?」
ジェイド

「(ニコニコ顔のまま)ねぇアンジェ、俺、最近気づき始めたことがあるんだ。
 俺の記憶が正しければ、昔『君と一緒だと、俺はおしゃべりな道化になってしまうみたいだ』ってよく言ってた気がするんだけど」
大きく首をふってうなずいているアンジェリーク。
ジェイド 「何と言うか…言葉を越えた想いというものがあるような気がしてきたんだよ、ここ最近」
両目を大きく見開いて驚くアンジェリーク。やがて気をとり直すようにカップをゆっくりとテーブルに置く。
アンジェリーク 「…今の話で私、前にレインが言ってたことを思い出しました」

○陽だまり邸・レインの部屋(回想)

小さなアーティファクト部品をブラッシングしているレイン。
熱心に見学しているアンジェリーク。
レイン
「なあアンジェ、俺時々フッと、ジェイドを作った奴は、人ってものを知りたくて作ったんじゃないかって思う時があるんだ…」
アンジェリーク 「そうかもしれないわね。きっととても優しくて、人が好きだったんだろうなって私も思うわ」

○元の女王の執務室

ジェイド 「俺も会ってみたいよ、俺を作ってくれた人に」
アンジェリーク 「ええ、私もです!」

○聖地・夕景

○同・女王の執務室(夕)

解決の糸口が見出せたようで、穏やかな表情で伸びをするアンジェリーク。
応接セットのソファではジェイドが真剣なまなざしで読書している。
いたずら心を起こしたアンジェリークが引出しから何やら取出し、そっとジェイドの背後に忍び寄っていく―。
いきなりアンジェリークにメガネをかけられてしまうジェイド。だが身動き一つしないで本に集中している。
アンジェリーク 「あれ? どうしてジェイドさん読めるんですか? このメガネ、一番度が強いのに…」
ジェイド
「俺の目は特別製だからね。どんな状況になっても即座にピントを調整できるんだ。だからこうして君の顔が100%の可愛さで見られるってわけさ」
瞬間赤面してしまうアンジェリーク。
それをごまかそうとジェイドの本を奪い取るのだ―本のタイトルは『健康野菜レシピ』。
アンジェリーク 「…ジェイドさん、実を言うと私も最近気づいてること、あるんですよ」
ジェイド 「(メガネをかけたまま)え? 一体何だろう?」
アンジェリーク 「ジェイドさんの夢の話です」
ジェイド
「俺の夢かい? それなら君と一緒にこの宇宙をたくさんの笑顔で満たしていくことってわかっているだろう?」
アンジェリーク
「もちろん、ジェイドさんがそのために一生懸命やって下さってることは十分すぎるほどわかってます。だけど、ジェイドさんにはジェイドさんだけの夢があるでしょう?」
ジェイド 「俺だけの夢?」
アンジェリーク 「ヒントはこれですよ」
と、持っている本を指差す。
少しの間考えている様子のジェイドだったが―
アンジェリーク・ジェイド 「(二人同時に)野菜ソムリエ!」
アンジェリーク 「ほら、やっぱりそうでしょう?」
ジェイド 「そりゃあなれたらいいかなって思っていたこともあったけど…」
アンジェリーク
「オーブハンターだった頃、依頼が達成できなくて、落込んで陽だまり邸に帰ってきたら、ジェイドさんの作った野菜スープの匂いがしてきて、私すごく元気づけられていたんですよ、いつも」
ジェイド 「そうだったんだ…」
アンジェリーク
「ずっと思ってました、野菜ソムリエってジェイドさんにピッタリな夢じゃないかって。私にもたまには” 夢のあと押し” させてくれませんか」
ジェイド 「ありがとう、アンジェ。君がそこまで言ってくれるのなら、試してみようかな、どこまでできるか」
本をジェイドに渡すアンジェリーク。
ジェイド 「野菜ソムリエか…もしなれたら、君をとびっきりの笑顔にする野菜スープを作ってみせるからね」

○カルディナ・ジェイドのアパート

ジェイドのナレーション 「それからまもなく資格試験勉強をするための、俺のドラマチックな下宿生活が始まった―」
小さなキッチン付きの部屋。
勉強机を軽々と持ち上げながら位置決めをしているジェイド。
ジェイド 「うーん、やっぱり朝の光を浴びながらの方が記憶が定着しやすいかな?」
と、電話のベルが鳴る。
T V電話の画面にアンジェリークが映し出された。
アンジェリーク 「カルディナはいかがですか? ジェイドさん」
ジェイド
「ああとてもなつかしいよ。今も変わらず学生達の活気があふれてていい街だよ。アンジェは一人で淋しくないかい?」
アンジェリーク

「もうっジェイドさんたら。
 そういう質問はナシですから。ところでお勉強するのに、お一人じゃ大変だろうって思って、優秀なお手伝いさんを頼んでおきましたからね♪」
ジェイド 「お手伝いさん?」
アンジェリーク
「ええ。なんでも、コンテストで何回も優勝経験があるんですって。いけない、会議の時間なんです。それじゃ又電話しますから(と、画面が消える)」
ジェイド 「色々気遣ってくれてるんだね…」

○聖地・女王の執務室

アンジェリーク 「(ポツリと)わがままな私じゃない時もあるんですよ…」

○カルディナ・ジェイドのアパート

ジェイド 「そういえばもうすぐお手伝いさんが来る時間だね。そうだ、お茶の用意でもしておこうかな」
と、キッチンで準備している。
やがてドアの方から何羽もの小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
不審に思ってドアを開けるジェイド。
そこにはサングラスをかけた全身黒づくめの男=ジェットが立っている。
さらにジェットの頭の上には皿型の鳥の巣が載っているのだ。
ジェイド 「! ジェット、君はジェットじゃないか!?」
サングラスの奥のジェットの両眼がキラリと光った―
(つづく)

  

カルディナン・プレス