銀の樹銀の葉銀の花


 12


ルネが女王宮から教団長の部屋に下がろうとしたとき、女官長が険しい表情で声をかけた。
彼女のこんな様子は珍しい。
内密の相談が、と聞いて部屋で話を聞くことにした。

「実は女官たちの間で、陛下と聖騎士様が恋人同士であるという噂が流れていますの」
女官たちって、女官長を別にしたら3人しかいないじゃないか、と思いつつルネは続きを促す。
「それで?」
「とりあえず、そのような噂話は女王に仕える女官としてするべきでないとたしなめておいたのですが…」
「悪くない判断だと思うけれど」
「…それで、実際、どうなんでしょうか?」

「ボクからは何とも。オーブハンター時代にはそんなこともあったみたいだけど、今はどうかな。キミはどう見る?」
突然問い返されて驚いた様子の女官長だったが、しばらく考えてから答えた。
「陛下は聖騎士様をたいへん信頼なさっているようですし、聖騎士様もそのご信頼にたいへん良くお応えになってらっしゃるとしか申せません」
「そうなんだよね、どうも色恋沙汰って感じが薄くて、でも言われてみたら訳ありかもって思うレベルだよね」
女官長は大きく頷くと、続けて問う。
「それで私、どうするべきでしょうか?やはりできるだけお二方を二人きりにしないように気をつけるべきですわよね?」
「え、どうして?」
「その、万が一、その何か過ちがあれば、えっとその、女王のお力に……差し障りがあるのではと」
ものすごく答えにくそうなのは、ルネと女官長の年齢差によるものなのかもしれない。女官長から見れば、ルネはもちろん、女王も聖騎士も子どものような歳なのだ。子ども相手にする話としては相応しくない内容が彼女の舌をもつれさせる。

「…その件については正直何もわかっていないんだ。でもね。女王宮ってこの聖都の中でも一番神聖な場所のひとつだよね。だから何かアルカディアにとってイケナイ事が進行しようとするなら、きっと目に見えない力がそれを阻止すると思うな」
しばらく考えていた女官長だが、何かに思い当たったようだ。
「確かにそうかもしれません。女王宮の空気を表現する最も適切な言葉は『神気あふれる』ですもの」

「だから万が一キミが彼らのコトの最中に踏み込んでしまったとしても、見なかったふりをしてあげてよ。
あ、でもそんな時はボクにだけは報告してよね」
いきなり少年の口から露骨な表現が出て、ちょっと戸惑った様子を見せた女官長だったが、
「かしこまりました。教団長様からご意見してくださるわけですね」
「ううん、単にボクがヒュウガの弱みを握りたいだけ」
「まあ」
「キミはわかってくれると思うけど、本当、手を焼いてるんだよあの聖騎士様の頑固っぷり」
「ふふふ。ですが、聖騎士様の考えを曲げさせるのには弱みを握る程度では難しそうですわね。
ともかく陛下のご使命に差し障りさえないのでしたら、正直お二人はたいへんお似合いですし、陛下がお幸せであればそれに越したことはございません。ですから、噂はたしなめつつ、実態には目をつぶるということですわね」
「たぶん皆、陛下が幸せだったらそれで良いって思うよね。ここで彼女に接している者なら」
大きく頷いた女官長は少し首をかしげて付け足した。
「しかし私などには、あの聖騎士様がなにか過ちを起こすなどあり得ないような気がいたします」
「そうなんだよ、けしかけ甲斐がないったら。アレで案外情熱的なタイプだってディオンが言ってたけど本当かな」
と言っておいたのだが、もちろんルネはヒュウガが案外手が早いらしいことを知っているのだ。

女官長が帰ったあと、ルネは考える。
ボクなりに二人に協力しているつもりなんだけどな。こんな風に回りを固めたり。あとはふたりっていうかヒュウガ次第だ。
そうだ、いつ彼らが交際を公表するのか、ちょっとトトカルチョの胴元にでもなってみるかな。そうすればこの件についてのボクの立場も皆にわかって貰えるだろう。
なんと言っても女王をサポートするのが教団長の大切な役目なのだし。たとえば決して表に出そうとしない望みでも。
そうだな。二人揃って姿が見えない時など、じろりとねめつけた後、「さっきとリボンの位置変わってない?」などといってみるかな。たとえ全然そんな事実がなくても。アンジェリークはともかく、ヒュウガはきっと動揺するよね。うん。面白そうだ。


二人の間に流れる空気が日一日と濃くなってきたのを皆感じ始めている。
聖都の女王が願うことはアルカディア自身の願いとなるだろう。
普通に暮らすこと。女王としてよりむしろ、普通に、幸せに。

そしてルネ自身は、教団の新しい伝承を作る作業に入っていた。女王の婚礼に相応しい儀式を考案し、手続きを考えなくてはいけないのだ。それがいつ役に立つのかわからないし、そもそも役に立つ日が来るかもわからないとしても、準備は早いほうがいい。それに、何もかも白紙から始めることはとても新鮮な経験だ。

それについては何一つ決まっていないけれど、何がどうなろうと、その日が来れば銀の樹に銀の花が満開になるだろう事だけは確かなのだ。

(おしまい)


   

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