「注文の多いベルナール」・後編


○陽だまり邸・二階の廊下

海賊風の扮装も空しくトボトボと歩いているベルナール。
ベルナール 「…声はジェイド君の熟練した物マネ。姿はレイン君御自慢の立体ホログラフ…やっぱりアンジェがここに居るはずないんだ…」   
と、突然聞こえてくるピアノの音。
誘われるように足を踏み出していくベルナール。

○同・ニクスの部屋

心を込めてセレナーデを弾いているニクス。そっと忍び込んで来るベルナール。そして用意されていた椅子に座るのだ―。
ニクス 「(1曲弾き終え)この曲をこんなに心安らかに弾ける日が訪れるとは夢にも思っていませんでしたよ。アンジェリーク、彼女には『感謝』という言葉さえ意味をなさないほど大きなうねりが全身に湧き上がります」
ベルナール 「それはうらやましいな。僕はまるで逆だ。アンジェが聖地に行ってしまってから、僕の心は落着かない…」
ニクス 「それはいけませんね」
と、ピアノの上のメトロノームがリズムを刻み始める。
ニクス 「こう見えても私は様々な療法フェチでしてねぇ、ベルナール君」
ベルナール 「いや十分そう見えるけどね」
ニクス
「アンジェリークにも実はしてさし上げたこともあるくらいなんですよ、フフフ。
 さあではまずこのメトロノームを見ていて下さいますか? そう、心は想うがままに遊ばせたままでね…」   
自然と目を閉じかけるベルナール。
メトロノームの動きがだんだんとアンジェリークのロケットが揺れている映像にフラッシュバックしていく。
アンジェリークの声 「…兄さん、ベルナール兄さん」

○ウォードン郊外(ベルナールの空想世界)

胸のロケットを大きく揺らして振向くアンジェリーク。
アンジェリーク 「いい風。ベルナール兄さんとこうしてお散歩するのって久しぶりですよね」
ベルナール 「ごめんよ。ここのところ忙しくてね。気にはしていたんだが」
アンジェリーク 「わかってますよ。今日だって私のために無理して下さったんでしょ。
 でもそれにしても…変な格好ですね」
ベルナールは海賊風の扮装のままなのである。
ベルナール 「仕方ないだろ。もしも今この瞬間にタナトスが現れたら、僕が君を守ってあげなきゃならないんだからね」
アンジェリーク 「なるほど。それなら私もそれに相応しくドレスアップした方がいいですね」
と、いつの間にか姫スタイルに変身してクルクル回っている。
やがて丘の上の方からにぎやかなマーチ演奏が聞こえてくる。
アンジェリーク 「何だか楽しそう。ねぇ行ってみましょうよ」   
と、ベルナールの手を引張って行く。
  × × ×
盤石の台地で。
マーチングバンドを手拍子をしながら眺めているアンジェリーク。
ベルナール 「ずい分とお気に入りなんだね」
アンジェリーク 「ええ! こういう曲を聞くと私、お腹の調子が良くなるんです」
ベルナール 「お腹の調子?」
アンジェリーク 「(お腹をおさえて)ほら、腸の中でまるでダンスしているみたい」
と、ベルナールの手を自分のお腹に当てるのだ! ベルナールは失神寸前である。が、その時!
アンジェリーク 「キャアーッ!!」
と、指差した先には巨大タナトスが出現している。
ベルナール 「アンジェ、下がって! あいつはこの僕が!」
と、アームバンドを外すのだ。
アンジェリーク 「えっ、海賊なのに武器はアームバンドなんですか?」
ベルナール 「鋭いツッコミありがとう。ただこのアームバンドには仕掛けがあってね」
と、次の瞬間巨大な製図用コンパスに早変わりしている。
アンジェリーク 「ベルナール兄さん、すごーい! でも構造が全然わからなーい!」
コンパスを自在に操り、タナトスと互角の闘いぶりを演じているベルナール。
背景はいつの間にか雷鳴の峠へと切り換わり、スコールのような雨の中の死闘となっている。
アンジェリーク 「私にも何かお手伝いできるはずよ」   
と、魔導の護り石を天にかざした―
護り石の輝きに呼応して天空から一条の雷光がまっすぐに落ちてきてタナトスに直撃する! だがタナトスは分裂を起こし、次々と増えてしまうのだ。
ベルナール 「ギャアーッ!! 何だ、一体どうなってんだ!?」 
アンジェリーク 「ごめんなさい…私、何だか余計なことしちゃったみたい…」
やけくそ気味にコンパスを高速回転させながら敵を倒していくベルナール。
ベルナール 「こうなったら気合しかないぞ。
 ♪集え若人ここに〜集え我らの血潮〜」
突然のウォードン社歌熱唱に戸惑いながらも一緒に歌い出すアンジェリーク。
ベルナール 「アンジェ…いつの間に社歌がハモれるようになったんだ…」
2人の勢いに劣勢を強いられる敵群。
ベルナール 「ハッハッハッ、タナトスめ、思い知れ! いよいよ秘技『モンタントの風車』を出す時がきたようだな」
と、巨大コンパスを背負う形で側転をくり返し始める。タナトスたちも様子をうかがっている。
と、その時ニクスが巨大なハリセンを武器に颯爽と現れて、次々とタナトスを叩きのめしていく!
ニクス 「やはりウォードンタイムズは紙質が良いので効力抜群ですね」   
と、決めポーズまでしている。
アンジェリーク 「さすがニクスさん、全部やっつけちゃいましたね」
ベルナール 「(目を回してよろめきつつ)なぜなんだ…小さなアンジェを守るのは僕の、僕だけの役目だったはずなのに…」  
アンジェリーク 「ベルナール兄さん、しっかりして下さい!」   
と、ウォードン社歌を歌って元気づけようとするのだ。
ベルナールの眼前でそのリズムに合わせて揺れているアンジェリークのロケット。やがてアンジェリークの歌声は小さくなってメトロノームの音がはっきりと聞こえ始める。
ニクスの声 「お目覚めですか?」

○元のニクスの部屋

ベルナール 「(頭を激しく振りつつ)僕は一体…」
ニクス 「いささか壮絶な夢をご覧になっていたようにお見受けしましたよ」   
と、メトロノームを止める。
ベルナール 「壮絶…そう、タナトスと戦っていたんだ…アンジェも一緒だった…」
ニクス 「それはうらやましい。私もあやかりたいものですね。それでアンジェリークはどんな表情をしていましたか?」
ベルナール
「表情…色々な顔をしていたよ。
 笑って手拍子をしたり、タナトスを怖がったり、真剣に歌ったり…まるであの頃と変わらない…小さな身体で精一杯生きてたあの頃と」   
部屋の窓を開け放つニクス。
ニクス
「! ご覧なさい、あの空の慈愛に満ち溢れた光を。アンジェリークは既に孤独との闘いを終局させている、少なくとも私はそう了察していますよ」   
ニクスに促され、窓から目を細めて雲間から差す春光を見上げるベルナール。
ベルナール 「もちろんだよ。彼女の強さはわかってる。他の誰よりもこの僕が」   
と、突然静けさを破る騒音が聞こえてくる。庭の方を見下ろすと、ヒュウガが憮然とした様子で巨大な酒樽を転がしている。
ニクス 「(モノクルをセットしなおして)面白そうですね。行ってみましょう」

○陽だまり邸・庭

ベルナールとニクスだけでなく、レイン、ジェイドまでが集まってきている。
ジェイドの助力で何とか樽を立てることができたヒュウガ。
ヒュウガ 「すまなかった、ジェイド。何分にも不徳の致すところだ」   
と、ますます眉間にしわが寄っている。
ジェイド 「そんなのはお安い御用だけど、この樽の中身は何なんだい?」
ヒュウガ 「(ベルナールに向って)今日がベルナールの誕生日だというので、スミレのリキュールを頼んでおいたのだが」
ニクス 「いきなりソレ言っちゃいますか…」
ヒュウガ 「(キッとニクスに向き直ると)だから俺は初めからゲームなどには参加せぬと言っておいたはずだ」
レイン 「(天を仰いで)これだよ、全く」
ベルナール 「ゲーム? 一体何の話を…」
ニクス
「まあ、その話はもう少し後でいいじゃありませんか。それよりもスミレのリキュールのプレゼント、しかも樽一杯なんて、よかったじゃありませんか」
ベルナール 「まさか本当にコレを僕のために? ヒュウガ君?」
ヒュウガ 「俺にもわからんのだ。注文ミスを犯してしまったのか…」
と、樽のふたを取ると樽の中に樽が入っている!
ヒュウガ 「!? 一体どういうことなのだ…」
と、ジェイドと二人がかりで次々と樽を出し、ふたを取っていく。樽はマトリョーシカのように増え続け…
ベルナール 「ギャアーッ!!」   
と、360度樽に囲まれてしまっている。
ニクス
「これは一本取られました。ゲームにはあれほど難色を示していたヒュウガが、これほどの実力を発揮するとは。ほら、ベルナールのあごが外れかかっていますよ」
レイン 「まさに『アメイジング!』」   
最後に出てきた樽を手の平に乗せて苦笑しているジェイド。
ヒュウガ 「(怒れる声で)注文ミスではなかったが、梱包方法にはクレームを入れるべきだろう」

○同・ダイニング(夕)

スミレのリキュールベースの食前酒で乾杯をするレイン以外のオーブハンター3人とベルナール、そしてレインとロシュはクリームソーダを高々と掲げている。
ニクス
「では改めまして、我々のかけがえのない友人ベルナール君の生誕を祝す宴を始めると致しましょう。ところでいかがでした? 本日の趣向は」
ベルナール 「(タキシードに着替え)…まあ何と言うか、完璧にしてやられましたよ、『サプライズ』がプレゼントだなんてね」
レイン 「仕方がないだろ。ロシュにあんたが喜ぶものは何かって訊いたら、新聞記者の職業病でアレコレ批判精神が邪魔をして、単純に喜ぶものなんてないだろうっていうんだから」
ジェイド 「それでも俺達はあきらめなかったんだよ。素敵な帽子や素敵な絵や素敵なペットや色んなアイデアを出し合ったんだ」
ヒュウガ 「『素敵な』の中身はここでは割愛するが」
ベルナール 「ウワァー、気になるなあ、それ」
ニクス 「それで行き詰まってしまった私達は思い切って発想の転換をしたのですよ、根っからの新聞記者のあなたの性を逆に利用してはどうかと」
× × ×
サルーンでの回想シーン。
ロシュ 「…そういやあ最近はどんなネタを持っていっても、せいぜい眉毛を動かすくらいだもんなあ…『ありきたり』だの『パンチ不足』だのって注文が多くてさ。ベルナールが喜ぶものといったらビッグニュースさ、とびきりのね!」
 × × ×
眉毛を極端に段差にしてロシュを睨みつけているベルナール。
ベルナール 「それでロシュ、君が誰が一番僕を驚かせることができるか?なんてゲームを提案したのか?」
ロシュ 「まあね。あんたの誕生日を盛上げるのは俺の役目でもあるしね」
ニクス 「我々もゲームは嫌いな方ではありませんから」
ヒュウガ 「(ニクスに割込むように)言っておくが、俺はゲームには反対していたのだ」
ロシュ 「(採点表を見ながら)それにしてはポイント高いけどね」
ヒュウガ 「何だと!?」
ニクス
「全くですよ。ジェイドとレインの様子を見ていて、これは余裕だと安心していたら、まさかあなたのようなダークホースが現れるとは…正直なところ、今は審査結果をドキドキしながら待っていますよ」
ロシュ 「そんじゃあ、盛上がってきたとこで発表といきますか!」
と、トロフィーまで持出し、無理やりベルナールに持たせるのだ。
ベルナール 「なんで僕が!」
ロシュ

「当然だろ、今夜の主役なんだから。
 えー、この採点表の得点に、ベルナールの持ち点分が加わって本日の第1回サプライズゲームの優勝者を決定します。さあ初代チャンピオンの栄冠は誰の頭上に輝くのか」
ベルナール 「第1回? 初代??」
ドラムロールが鳴り響く。
固唾を飲んでいるオーブハンター達。

○同・庭(夜)

一人腰を下ろして酔いをさましているベルナール。
様子を見に来るロシュ。
ロシュ 「大丈夫か? ずい分飲まされてたみたいだけど」
ベルナール
「ああ、ちょっと頭が痛いけどね。
 それよりロシュ、見てごらん。星があんなにきれいだ…」
ロシュ 「…あいつからのプレゼント、なーんてね」
と、ウィンクして去ろうとする。
ベルナール
「あ、ロシュ。…今日はありがとう。そりゃ言いたいことは星の数ほどあるけど、でも僕にとっては、忘れがたい1日になったよ」
ロシュ 「じゃあ、せいぜい来年も楽しみにしててくれよな」
と、おどけながら去っていく。
ベルナール 「ロシュの奴…」
再び空を見上げ、星をつなげてアンジェリークの顔に見立てる。
ベルナールの独白 「アンジェ、君に伝えたかったことを。
君が女王になって聖地に行ってしまって初めて、僕にはわかったんだよ。あの時、僕が新聞記者になると決めて家を出た時、あの時の君の気持が。
愛する者と別れる痛みがこんなにも激しいなんて…小さな身体を、声を震わせていた君の姿を、僕はもっともっと思い出すべきだったんだ…」
と、流れ星が一つ、アンジェリークの瞳から尾を引いていく。
立上がるベルナール。
ベルナール 「だけどアンジェ、小さな君が耐えたように僕も耐えてみせるよ。僕にはやるべき仕事がある。理屈じゃなく、現場に出て戦っていく。…今日だってこんなスクープ写真をゲットしたしね♪」
と、満足げに内ポケットから出した写真を眺める。

○ウォードンタイムズ紙面

ニクスの想定外にひょうきんなガッツポーズの写真が大きく載せられている。
(おわり)

カルディナン・プレス