「注文の多いベルナール」・前編


○ウォードン・ピアノバー(夜)

カウンターでしぶい雰囲気をかもし出しながらグラスを傾けているロシュ。
グラスの中は鮮やかなブルーの液体だ。
入り口の扉が開き入ってくるベルナール。ロシュを見つけ隣に座るなり、
ベルナール 「ロシュ、君まさか!」
と、ロシュのグラスに口をつける。
ベルナール 「なんだ、クリームソーダか。紛らわしい飲み方してるんじゃないよ! で、僕を呼び出した用件は?」
ロシュ 「ひょっとすると大スクープだぜ、これは。我らが女王陛下が地上に戻って来てるかもしれないってね」
ベルナール 「アンジェが!? 彼女はエレボスを倒した後、自らの意志で聖地に上がったはずだ!」
ロシュ 「だがそれを証明できるものはいない。 教団長だって実際に見たわけじゃない。だろ?」
ベルナール 「それはそうだが…」
ロシュ 「俺が集めた情報だと、最近陽だまり邸でアンジェの声を聞いたって奴が何人かいる。かと思えば今度は姿まで見たって奴まで出てきた…」
ベルナール 「アンジェが陽だまり邸にいるっていうのか!?」
ロシュ 「そうおかしな話でもないだろ? あそこはアンジェの実家みたいなもんだ。もしかしたら秘密のルートみたいなものが存在してて聖地から時々戻ってきてんのかもしれないだろ?(とクリームソーダを見つめ)なんだかアンジェ、アンジェって言ってたら、この青がアンジェの髪の色に見えてきちまった。俺まだあいつにホレてんのかなあ…」
意を決したように店を出て行くベルナール。
ロシュ 「(グラスを持上げ)ベルナール、君の誕生日に乾杯♪」
高まるピアノの音色。

○陽だまり邸・表(早朝)

海賊風に変装しているもののアームバンドでバレバレなベルナール。
ベルナールの独白 「何もかもが懐かしい陽だまり邸―もしも、もしも君がここにいるのなら…僕は君に会って伝えたいことがあるんだ、小さなアンジェ」
と、庭からの侵入を試みる。

○同・中(早朝)

カーテンがサッと引かれる音。
ニクスの声 「さあゲームの始まりですよ、皆さん」

○同・庭(早朝)

生け垣に身を隠しながら建物に近づいていくベルナールの耳にかすかに聞こえてくる歌声。
ベルナール 「この声は!」
 × × ×
歌声が漏れ聞こえてくる窓の下に、つぶての如く迫るベルナール。
アンジェリークの声 「♪玉ねぎスープの煮え立つ音は〜お母さんの子守唄〜」
目を閉じて確かめるように聞き入っているベルナール。
ベルナール 「間違いない。…アンジェの声だ!!」

○同・台所(早朝)

野菜スープがことこと煮える音。
窓の外から覗き見しているベルナールが湯気の向うに見えている。
やがて換気扇のすき間から道具を使って窓の鍵を外して入ってくるベルナール。高鳴る心臓の音。
ジェイドの声 「やあベルナール、何か探し物かい?」
フッと見上げると、天井に張り付いたジェイドが笑いかけているのだ!
絶叫するベルナール。
 × × ×
野菜スープをごちそうになっているベルナール。
ジェイド 「味はどう? そのスープはアンジェと俺とで作ったオリジナルなんだよ」
ベルナール 「ああ美味しいよ、とても。…実はそのつまり…この部屋から彼女の声が聞こえてきたもんだからね、それで…」
ジェイド 「へぇ〜ベルナールにまでそう言ってもらえると嬉しいな。俺の声真似の完成度も相当上がったってことだよね」
ベルナール 「え? 声真似、だって?」
ジェイド
「そうだよ。君が聞いたのはコレさ。
 (アンジェリークそっくりの声で)♪玉ねぎスープの煮え立つ音は〜」
スープを口から吹出しそうになり慌てて口を押さえるベルナール。
ジェイド 「ね? 俺って意外な才能があったんだなって、自分でも驚いてるんだ」
と、こぼれんばかりの笑顔だ。
ベルナール 「た、大したもんだよ…」
ジェイド 「そうだ、ちょうどよかった。実はベルナールに渡したい物があったんだ」
と、奥から包みを持ってくる。
包みを開けると中から木靴が出てくる。
ジェイド 「ファリアンで見つけたんだけど、その彫物がとてもおしゃれだろ? 君は仕事がら靴がたくさんいるだろうって思って買っておいたんだよ」
ベルナール 「それはどうも…」
と履いてみるのだが―
ベルナールの独白 「いくらおしゃれだからってこんな音の出る靴で取材なんかできやしないじゃないか…」
ジェイド 「うん、すごく似合ってるね!」
ベルナールの独白 「でも不思議だ。彼の笑顔が僕の断る力を無力にしてしまう」
ジェイド
「(耳元で囁くように)それからもう一つ、この木靴を買った理由があってね。
 売ってたおじいさんが俺だけにって教えてくれたんだけど、コレは魔法の靴にもなるらしいんだよ」

○同・廊下

木靴をコツコツ鳴らしながら歩いているベルナールだが、やがて違和感に抗し切れずに脱いでしまうのだ。
ベルナール 「ロシュの奴、いい加減な情報をもちこんでくれたものだよ!」
と、遠くの方にアンジェリークの姿が一瞬見える!
ベルナール 「ま、まさか!」
と、木靴を抱えて駆け出す。

○同・サルーン

揺らめくように次々と現れるアンジェリークを追い求めて駆け込んでくるベルナール。肩で息をしている。
ふと見上げると、階段の踊り場に立っているアンジェリーク。
アンジェリーク 「お久しぶりです、ベルナール兄さん」
ベルナール 「アンジェ! やっぱり君はここに…」
愁いめいた瞳で笑いかけるとスッと消えてしまうアンジェリーク。
ベルナール 「アンジェ!」
と、階段を駆け上っていく―。

○同・二階の廊下

アンジェリークを追って走ってくるベルナール。ようやく追いついてアンジェリークの手をつかもうとするが、ベルナールの手はすり抜けてしまう!
アンジェリーク 「ベルナール兄さん、今夜はきっと星がきれいですよ」
と、逆にベルナールに迫ってくる。
抱きとめようとするが身体ごとすり抜けてしまい、絶叫するベルナール。

○同・レインの部屋

ソファの上でうなされているベルナール。見守るレイン。
レイン 「少しやり過ぎてしまったかな…」
ベルナール 「…アンジェ…さあもう泣かないで…僕がここにいるだろ…」
と、目を覚ます。
ベルナール 「レイン君?」
レイン 「ああ。廊下で倒れていたから、オレの部屋に運ばせてもらったよ」
 × × ×
ベルナール 「そうか! 立体ホログラフだったのか。しかしまるで本物のアンジェのようだった」
レイン 「(アーティファクトを見せながら)そりゃオレの特別製だからな。ほんの気晴らしのつもりで作った割にはコイツは出来がいいんだ」
ベルナール 「気晴らしで?」
レイン 「ああ。本来ならオレにはそんな時間はないんだけどな。けどまだあいつがいる聖地への道をつなぐ研究に光らしきものが見えてこない。小石を積み上げては崩れてしまうような毎日だ。ったくアーティファクトの複雑さは感動さえ覚えるぜ」
棚の上に木靴を発見するベルナール。
ベルナール 「どうやら君もジェイド君に『魔法の靴』を進呈されたらしいね」
レイン 「『強く願うと行きたい所に行ける魔法の靴』だろ?」
ベルナール 「いかにもファリアンらしい発想だね」
レイン 「で、あんたは履いてみたのか?」
ベルナール 「履いてはみたが、足を痛めそうだったんで願う前に脱いでしまったよ」
レイン
「そうか。オレはまだ1度も履かずにあそこに置きっぱなしだ。自分じゃ何にもできないで、アンジェの所に行けたんじゃ悔しいからな」
ベルナール 「レイン君…」

○同・ニクスの部屋

ピアノに寄りかかり紅茶をすすっているニクス。
ニクス 「さて、これまでのところいかがですか? ロシュ」
特別席でふんぞり返っているロシュ。
ロシュ 「そうだね、いい勝負なんじゃないかな。『甲乙つけがたい』ってとこ?」
ニクス 「さようですか。では舞台がいい感じに暖められたところで、本命登場、と参りましょうか―」
ロシュ
「いよっ、待ってました、篤志家さん。
 だけどベルナールをあまりイジメすぎるなよ」
ニクス 「御心配なく。私には長年培ってきた経験という武器がありますから」
と、モノクルを装備するのだ。
(つづく)

カルディナン・プレス