2004年地様お誕生日企画
「バースデイ・スコール」
(後編)


○聖地・女王の私室

うす暗い部屋の中でハンカチを噛みしめながら号泣しているアンジェリーク。
アンジェリーク 「…こんなのってないわ。悲しすぎるじゃないの、ウッ、ウッ」

○同・女王の館・表

豪雨に打たれながら館を見上げているルヴァ。

○同・女王の私室前の廊下

ロザリアが漏れ聞こえてくる泣き声に耳をそばだてている。そこへ近づいてくる補佐官付きの女官。
女官 「ロザリア様、オリヴィエ様から緊急連絡が入っておりますが」
ロザリア 「わかりました」

○同・女王補佐官の執務室

TV電話のモニターにオリヴィエが映っている。
オリヴィエ 「ハーイ☆ロザリア。そっちの調子はどう?」
ロザリア 「もちろん、計画は順調ですことよ。この凄まじい雨の音が何よりの証拠でしょう?」
オリヴィエ 「全くこう湿気が多いと髪が脹らんでどうにもなりゃしないよ」
ロザリア 「あら、それは大変なこと。そんなことよりルヴァの方は大丈夫ですの?」
オリヴィエ 「ああ何とかね。ヤキモキさせられたけど、ようやく重い腰上げたようだよ」

○同・女王の館・裏庭(夕)

裏庭への木戸の前に立つルヴァ。
手の平の上の鍵を見つめている。
オリヴィエの声 「これはロザリアから預った裏木戸の鍵。見張りの者は夕方に交代することになってて、ほんの数分だけ無人になる時間帯があるんだってさ」
ルヴァ 「そろそろですかねー?」
と、鍵穴に鍵を差し込む。そしていかにも怪しげな様子で侵入していくのだ。
裏木戸を静かに閉め、ほっと一息つくルヴァ。ところが――
木戸番の若者 「ルヴァ様じゃありませんか!」
ギョッと振向くと、合羽姿の木戸番がにこやかに近づいてくるのだ。
ルヴァ 「うー、あの、ひどい降りですねー。お仕事御苦労様ですねー、うんうん」
木戸番の若者 「ありがとうございます。こんな日に当たるなんて運が悪いなってさっきまでは思ってたんですが、ルヴァ様にお会いできて光栄です!」
ルヴァ 「そんな…あー、私こそあなたのような爽やかな若者に会えてうれしいですよ」
木戸番の若者 「今日は何の御用で?」
ルヴァ 「それはですねー…(裏返った声で)ミ、ミミズをねっ」
木戸番の若者 「ミミズ、ですか?」
ルヴァ
「(かろうじて気持を落着け)ええ、こんな雨の日にはミミズがたくさん出ましてねー。ニョロニョロ出ちゃうんですねー。この庭のミミズが叉釣りエサにはぴったりでして、魚の食いつきが全然違ったりするんですよねー、うんうん」
木戸番の若者 「はあ…」
ルヴァ 「ですからあのー、そのミミズを採集する間、少し見逃して下さいませんかねー」
木戸番の若者 「ええ、それはもう。何なら僕もお手伝いしますよ」
ルヴァ 「いえいえ。あなたにはちゃんとしたお仕事がありますから。お気持だけでね」
と、こわばった笑顔を向けて後ずさりしていく。

○同・女王の私室(夕)

ハンカチで顔を覆うようにして嗚咽しているアンジェリーク。
大画面テレビに砂の嵐が映し出され、ビデオデッキからテープが飛出ている。タイトルは『哀愁』。
そしてアンジェリークの側には何本ものビデオテープが積み上げられている。
アンジェリーク 「(目を真っ赤にして)ロザリアったら、今年のラインナップ、強烈すぎだよお〜」

○同・女王の私室前の廊下(夕)

 ピタピタと水滴の跡をつけながら、沈痛な面持で歩いてくるルヴァ。

○同・女王の私室(夕)

 かすかに聞こえてくる水の滴り落ちる音。アンジェリークの泣き顔が一転、不安げな表情に変わる。
アンジェリーク 「何なの?…」
音は次第に大きくなり、重い扉がゆっくりと開き出す。リモコンを片手に立上がって身構えるアンジェリーク。
稲光の中に浮かぶ一人の男の影!
アンジェリーク 「キャアーー!!」

○同・女王の館・裏庭(夕)

 雨が降りやみ、合羽のフードを取って空を見上げる木戸番の若者。

○同・女王の私室(夕)

ルヴァの服をかいがいしく干しているアンジェリーク。
部屋の隅でネグリジェ姿で小さくなっているルヴァ。
アンジェリーク 「もうっ驚かさないで下さい」
ルヴァ 「申し訳ありません…ハクション!」
アンジェリーク 「ほら、まだそんなびしょ濡れのターバン巻いてるからでしょう」
と、素早い動作で外し始める。
ルヴァ 「陛下! それだけは御勘弁を!!」
と、抵抗を試みるが、アッという間に剥ぎ取られてしまう。
ルヴァ 「あれえ〜〜…そうでした、陛下はターバンの意味、御存知ないんでしたねー」
と、激しく落ち込んでいる。
 × × ×
鼻唄まじりにお茶を入れているアンジェリーク。ビデオテープを1本1本手にとって見ているルヴァ。
ルヴァ 「『道』、『帰郷』、『嵐が丘』、『ゴースト』…『フランダースの犬』まで…そういうことだったんですねー」
 と、苦笑いしている。
アンジェリーク 「そういうことって?」
ルヴァ 「雨の理由です。陛下の涙の理由がやっとわかりました。これほどの泣ける映画を御覧になれば、くしゃみが出るほどズブ濡れになりますよねー、うんうん」
ルヴァの手に暖かいカップを握らせるアンジェリーク。ドキッとするルヴァ。
アンジェリーク 「今日はね、ルヴァ。私が1年にたった1日だけ、思いっきり泣いていい日なの。だって7月12日はルヴァの、うううん、ルヴァ様のお誕生日だから」
ルヴァ 「??…」

○同・ルヴァの私邸(夜)

窓際の揺り椅子に月の光が射している。

○同・女王の私室(夜)

 ターバン以外は元の服装になっているルヴァ。
アンジェリーク 「飛空都市での約束を、ルヴァ様は覚えていて下さってますか?」
ルヴァ 「ええ、あの約束は私の心から離れることはありませんよ。ただ、あれから一度も約束を果たせずにいます…」
アンジェリーク 「(悲しげに)そうだったんですか…」
ルヴァ 「『ハッピーエンドになる物語』を読む気持には、どうしてもなれなくて」
アンジェリーク
「女王になって初めて迎えた7月12日。その日はすごく疲れてしまって、どうしても本を手に取ることができなかったんです。そしたらロザリアが来て、1本のビデオテープを置いていったんです。『これを見て少しは息抜きしなさい』って」
ルヴァ 「ロザリアが…」
アンジェリーク 「そのビデオは『ローマの休日』という映画でした。王女が新聞記者に恋をするお話です」
ルヴァ 「想い合いながらも別れてしまう、悲恋物語でしたねー」
アンジェリーク
「私、気がついたらワンワン泣いてました。そう、最後の一滴まで泣き切ったってほどに。そして思ったんです。女王になってから、一度もこんな風に泣いたことがなかったなあって」
ルヴァ 「そう、だったんですか…」
アンジェリーク
「はい。きっと必死だったんですね。女王として学ばなければいけないことがたくさんあって。もちろん今もそうなんですけど。で、それだけ泣いた後、何だか気持がスッキリしちゃって…ルヴァ様が『たまには泣かなきゃいけない』って言って下さってるような気がして」
ルヴァ 「それで泣ける映画を?」
アンジェリーク 「ロザリアに頼んで、毎年王立図書館からレンタルしてもらっていたんです。今年はでも数が多すぎちゃって驚きました」
 × × ×
ルヴァの回想。
王立図書館前で大きな袋を抱えているロザリア。
 × × ×
ルヴァ 「まんまとロザリアにしてやられたわけですねー」
いつのまにかルヴァのターバンを持ってきているアンジェリーク。
アンジェリークの震える睫。
アンジェリーク 「ルヴァ様、このターバン、すごく吸水性がよさそうですね。よかったら私に下さいませんか? 涙を拭くのに、使っちゃいけませんか?」
ルヴァの独白 「またあなたの睫が震えていますね…今度こそ私はあなたの心としっかり向き合わなければ…」
 深呼吸をして、そしてゆっくりとかぶりをふるルヴァ。
ルヴァ 「ダメです。そのターバンは、私にとってとても大切なものなんです」
アンジェリーク 「ごめんなさい、わがまま言いましたね」
と、ターバンを返そうとするが、ターバンごとルヴァに抱きすくめられてしまう。
ルヴァ 「あなたの涙をぬぐうのは、私のターバンではなく、私自身ではいけませんか!」
 アンジェリークの瞳からあふれ出す涙。霧雨の音が聞こえる。
アンジェリーク 「私…女王になってもやっぱり好きです! ルヴァ様のこと…」
ルヴァ
「私も同じ気持です。ですからあなたが泣く時は、隣で一緒に泣かせて下さい。
 例えそれが1年にたった1日だとしても」
アンジェリーク 「ありがとう、ルヴァ様!」

○聖地・王立図書館前(翌年の7月11日)

人待ち顔で立っているルヴァ。
マルセル 「(スキップしながら)こんにちは、ルヴァ様」
ルヴァ 「こんにちは、マルセル。何だかうれしそうですねー」
マルセル 「はい! 今夜は1年に1度の楽しい夜なんです!」
と、さらにスピードアップして去っていく。入れ換わるようにやって来る、普段着姿のアンジェリーク。
アンジェリーク 「お待たせしました!」
ルヴァ 「じゃあ行きましょうか」
と、図書館の中に入っていく。

○同・図書館のビデオルーム

ビデオテープを仲良く選んでいるルヴァとアンジェリーク。
アンジェリーク 「これどうですか?『つきせぬ想い』。タイトルだけでも泣きそう」
ルヴァ 「これも絶対お勧めですよ。『象のいない動物園』。アニメ映画ですけどね」
オリヴィエ 「(背後から現れ)アニメならこれしかないでしょ、『火垂るの墓』。もう立ち直れないくらい泣けるわヨン☆」
ロザリア 「オリヴィエの髪がきっとアフロ並に脹らみましてよ」
アンジェリーク 「うふふっ、アフロって、可笑しすぎて泣けちゃったりして」
ルヴァ 「明日も色んな雨が降りそうですねー、うんうん」
 聖地は抜けるような青空である――。

(おしまい)


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ちゃんとラブコメになっとるかな?
作中、泣ける映画のタイトルがいっぱい出てくるんだけど、お勧めのがあったらば、お教え下さいませ。(すばる)

いやあ、すばるにもこんな甘いシーンが書けるんだ!(ちゃん太)

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