三文字の漢字で三十のお題・14「対象外」
エキストラ


飛空都市は毎日晴れている。まあ、ふつうの雨雲より上にあるのだから当然だろう。
なので、新しい勤務地が屋外だと聞いた時に思った「時々予定外に休めるかも」というたいへん見通しの甘い予想は、見事に外れたのだ。

今朝は相方ダンが都合で遅くなるというので、先に来ていつもの定位置で待っていた。

「ああ、ごめんねロジー、待たせてしまって」
「ううん、私も今来たところ!ちっとも待ってないから!」

なーんて、一度やってみたかったやりとりが実行出来て、私たちは大満足だ。

昼の間ずっと二人でなかよく公園のベンチに座っている、という仕事は想像していたよりも何倍もキツイ。
腰への負担が半端ないという物理的生理的な問題もあるし、いかにも恋人たちらしく振る舞うのも、実際どうしていいのか未だによくわからない。なので、「誰も耳をそばだてて聞いたり細かく分析したりなんかしないだろう」という考えのもと、私たちの会話は実に実にバリエーションが少なく、驚くほど同じやりとりの繰り返しになっているのだ。

私たちは、女王陛下の元にある全ての研究院から選抜されてやってきた。
…正直に言えば、正しく一般的な意味で選抜されてきたのは、常時研究院内に居るメンバーで、アウトドア組(公園以外では森の湖近辺でも活動している)は選に漏れた中から特に熱意を買われた者が抜擢されたのだ。それでも、それなりの競争率を勝ち抜いてきたのは間違いないと弁明しておく。

公園にひとけがないとき、私たちは研究員としての仕事をしている。もちろん、誰かが入ってきたらすぐになかよしカップルに戻るのだけれど。なかよし状態の時も、話し声が届く範囲に人がいなければ、大陸から上がってきたデータの数値を確認し合ったり、その解釈について議論したり。おかげで、うっとりとした笑みを浮かべて論戦するなどという特殊スキルを獲得してしまった。ここ以外で有効利用できる可能性がきわめて薄いのが残念だ。もちろん、やっぱり時には息抜きとして純粋に雑談していたりもする。さすがにこの状況では一番よく話題に上がるのは女王候補たちと守護聖たちのことだ。

それにしても女王試験というのは不思議だ。本当に試験なのかって感じさえする。
育成状況を比較する、というのは、まあわかる。でも守護聖達の意見で、というのはどうなんだ。
守護聖それぞれが候補たちのことを全人的に評価することになっているらしいのだけれど。
そんなこともあって、守護聖と女王候補が二人で連れだって公園にやってくるのが見えたとき、私はいつも無意識に固唾を飲んでしまう。もちろん、今から完璧なラブラブカップルぶりを演じなければというプレッシャーもあるけれど、これから起こることを見守ろうという気持ちが強い。

二人でやってきても、少なくとも私たちの側を通りすぎる時点で、それは決してデートではない。どう考えても口頭諮問だ。
そして、その結果が芳しくない場合、女王候補は公園を回りきらないままに部屋に帰されてしまうのだ。…なんか、すごい。
そのうえ「守護聖様のご質問」の答えはどうやら固定ではないようなのだ。つまりは質問者たる守護聖の胸先三寸だけが根拠なのだ。

「ロジー、さっきの聞いたか? 先週とは正解が違っている。先週羨ましいって答えて帰されてたのに、今週も同じ返しなんで、根性があるのか学習しないタチなのかと思ったんだが、どうやら前者が正解だったようだ」
「うーん、たぶん、そのどっちでもない。要するに、彼は彼女の本命じゃない」
「どういうことだ?」

おやおや、全然気がついてなかったのね。

「何が正解なのか真剣に覚えておかなくてはならない、言いかえれば絶対に失敗したくない、そんな相手ではないってこと」
「うーん、すごい話だな。守護聖が女王を選ぶとき、彼らもまた女王候補から選別を受けている、と」
「いやその…そんな大層な話じゃないと思うけれど。それにとにかく、彼女、9人中7人には必ず『羨ましい』って答えてたはずだし」
「それは気付かなかった。守護聖様の言動うかがうので必死だった」

…私こそ、ダンがそこまで守護聖たちを気にしてたなんて、ちっとも気付かなかった。青い髪の女王候補にちょっと興味があるみたいなのは感じていたけれど。

「なにそれ」
「…だってさ、正直、地元に帰ったら絶対質問攻めにされるだろう?守護聖様たちがどんなだったかって」
「私だったら新しい女王ってどんな人だった?ってほうが聞きたいと思うけど」
「しまった、そうだった。女王になる可能性があるから女王候補なんだった。どうもあの子たちが女王になるって感覚が抜けてた」
「まあ今のところは守護聖様たちのオーラ半端なくって候補たちかすんでるけどね」
「かすみどころか空気な我々が言うのもなんだけど、たしかにな」


◇  ◇  ◇

定期審査も3度を数えるようになるころ、さすがに慣れてきたのか、女王候補たちの表情の硬さはすっかりとれ、守護聖たちともかなり対等に会話するようになってきた。
考えてみると試験が終わるとどちらかは女王になるのだから、守護聖の上の人になるのだ。試験の始まりと終わりで上下関係がはっきり逆転することがわかっている人間関係って、不思議な感じがする。そんなめずらしい逆転劇を観察できるのはすごく貴重かも知れない。

そしてそれから更に2回の定期審査が過ぎ、以前ほどは公園で女王候補たちを見かけなくなってきた。なんとなく、森の湖によく行っているような感じがする。
私達はおとなしく大陸から上がってきたデータを読みながら、無意識に直近に女王候補と公園に来た時の守護聖の様子について思いを馳せる。
ある力についての民の望みがいきなり増える時は、それを司る守護聖と女王候補のふたりがものすごく親密に見えた時と一致することが、ぼんやりとした印象から確固たるものに変わってからしばらく経つ。

「こうして公園にいると、研究院の中にいては見えないものが見えてくるっていうこともあるよね」
「まあな」
「…なんか、大変だねえ、唯一無二ってのも」
「…ああ、あの人達の事か。ある意味プライバシーゼロだな」
「とりあえず、私、庶民でよかったって感じ」
「我々はこの飛空都市っていう舞台のエキストラみたいなもんだから」
「ホントだ。…考えたら、エキストラって、大スターをそば近くで見ることができるから、美味しいよね」
「なるほど、前向きで結構」

冷静にみると、なんといっても宇宙の一大事だし、いろいろものすごく深刻な状況だ。ついでに、自分のキャリア的にも、ここでの経験が今後にどう生きるのかかなり怪しい感じがする。そんなふうだけれど、でも正直楽しかった。腰は痛いし日焼けのダメージもあったけど、外で仕事する新鮮さなんかが、長期休暇を農場で過ごすお嬢さまみたいだと思ったり。

「正直ワーキングホリデーのつもりでいる」
と、ダンだって言ってたぐらいだもの。


◇  ◇  ◇

慣れすぎて、なんだかずっと飛空都市での毎日が続くような気がしてきた頃、思ったより早く女王試験は終わった。大陸の4割ぐらいまで建物が建つようになったら、それまでのスローペースはなんだったんだと思う勢いで建物が増え、あれよあれよという間に中央の島までたどりついてしまったのだ。終盤、公園では一人たたずみ考え事をする風情の女王候補や守護聖をよく見かけた。思わず声をかけそうになったこともあった。数値越しでなくても、悩みは手に取るようにわかった。いろいろあっただろうが、今となってはいたずらに長引かせないという意志で想像外に早く終わったのかもしれないと思う。なんというか、「守護聖様たち」は予想外に人間っぽかった。っていうか、やっぱり人間だったんだって思った。候補たちも、だんだん背負うオーラが外ににじみ出してきたりしてたけど、普通の女の子であり続けた。

宇宙の引越しという前代未聞の出来事があったので、しばらくはどの星系でも研究院は大忙しになるだろう。
ここの飛空都市も存在自体は残すそうだが、職員は5名のみになる。残りの職員はもといた星の研究院に戻るか、主星のというか聖地の研究院に行くか、それともまったく別の研究院に行くか、いっそ別分野に紹介状つきで転職するか、希望を出すことができるらしく、ちょっと色めき立っている。私はダメ元で思いきって聖地を志望しようかと考えているが、正直ダンがどうするのかがものすごく気になっている。

「エキストラ稼業も終わりかぁ。ちょっと名残惜しいよね」
なんて軽い感じで言ってみたら、ダンは間髪を入れず、妙に重々しい口調で答えた。

「違う。女王試験ではエキストラでも、ロジー、きみは僕にとって主演女優だ。よかったら僕のこともエキストラから昇格してもらえないだろうか。とりあえず、次のロケ地は主星、聖地を予定している」

――通す事務所もないので、私は即座に了承し、ここに、私のエキストラ生活は完了したのだった。

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