月と風と五つのキス。   ―――「汐と月と水たまり」そのあと。――― 


 ゼフェルとアンジェリークは、夜の砂浜から星の家に戻ってきた。
 聖地からの視察で、地・水・風の守護聖らと共に、この星へ滞在している。
 しかし、ここですべき仕事も後はゼフェルがレポートをまとめるだけとなり、明後日には聖地への帰還が決まっていたので、明日は、ゼフェルを除いて一日だけのホリデーと決まった。
 
 「ゼフェル、明日レポートの作成手伝うね。」

 アンジェリークは、彼女の手を握ったまま、引っ張るように前を行くゼフェルに言った。―
 それは、ゼフェルへ対する気遣いもあるが、少しでも彼の傍に居たいという気持ちからだった。
 女王補佐官となってから、変化しだした恋人に距離を感じ、二人で過ごす時間の無さが輪をかけ、二人の間に溝を造っていた。
 その溝が、やっと埋まったばかりなのだ。
 
 「あぁ。だが、もう後は訂正個所のチェックだけだから、半日もあれば充分だ。その後でも、お前の行きたい所へ連れてってやるよ。」

 ゼフェルは、アンジェリークの方へ振返らずに、ドンドンと先へ行ってしまう。
 だが、繋いだ手はそのまま、しっかりと握られていた。
 アンジェリークは、その手を、ぎゅっと握り返した。

 「うん。」

 ・・・レポートが出来たらで、いいよ。

 そう、心の中でつぶやく。
 アンジェリークにとっては、どっちでもよかった。
 そう、一緒に傍にいられるなら、どっちでも・・・。

 
 星の家に着くと、・・すごい事になっていた。

 食べ散らかされた、テーブル。
 あちらこちらに転がる、空のボトル。
 いつもの上品さが無い、ワイングラス。

 そして・・・酔いつぶれた、守護聖。

 幸いな事は、それが、2階のテラスだけだった事。

 「・・・・リュミエールでも酔い潰れるンだな・・・・。」

 ゼフェルは、酔いつぶれた者をラウンジに寝かせ、テーブルの周囲を片付けながら、洗い物をキッチンへ持って来てくれた。
 アンジェリークは、汚れた食器をディッシュ・ウォッシャーの中に入れ、機械で洗えない物をシンクで手洗いしていた。
 大抵の物は、機械で洗えるのだが、ワイングラス等は手洗いしたかった。
 
 アンジェリークは、ワイングラスを柔らかいティー・タオルで磨いている。

 「そうだねー。ルヴァ様の酔った姿も珍しいと思うけど、何よりも・・・リュミエール様だよねー。
  私、リュミエール様ってアルコール強いと思ってた。」

 「・・・・。ルヴァとランディとは、飲み比べってヤツをやった事あんだよ。でも、リュミエールの酔い潰れた姿って初めてかもしんねー。」

 そう言うと、二人はラウンジへと視線をやった。
 そして、お互いの方へと視線を移した拍子に、笑いがこぼれた。

 「ゼフェル、そっちの後片付け終わったんでしょ。
  ありがとうね。 こっちは、ワイングラスを拭いたらおしまいだから、ちょっと待っててね。
  お茶でも煎れるね。」

 「あぁ。俺の方はいいから、オメ―は、そっちの方を早く片付けちまえ。」

 「うん。わかった。・・・ゼフェルさー。やっと、「オメ―」って言ってくれたね。」

 アンジェリークは、ワイングラスを所定の場所へと片付けていく。
 ゼフェルは、アンジェリークの汐を含んだ髪をひとふさ指に絡めると、それを指から外しながら言う。

 「ワイングラスは、そのまま乾燥させっちまえよ。シャワーでも、早く浴びちまおう。」

 「うーん。ゼフェル先にシャワー使ってよ。その間にココ片付けちゃうから・・・ね。」 

 ゼフェルは、アンジェリークの髪に口付けると、「じゃー、後でな。」と言って1階へと下りて行った。
 キッチンには、ワイングラスを持ったまま、真っ赤に固まったアンジェリークだけが残された。


 片付けの済んだアンジェリークは、ラウンジの様子を見に行った。

 リュミエールは、2人掛けのソファーに寝かされていた。
 その辺に、いつも置いてあるひざ掛けが掛けられている。
 夏といっても、朝方急に冷え込む時がある。
 
 ルヴァは、一番大きな3人掛けのソファーに寝かされていた。
 ちゃんと薄手のブランケットも掛けられてる。

 「ゼフェル・・。これ下まで取りにいったんだ・・・。」

 アンジェリークは、ルヴァに掛けられた、チェック柄のベージュのブランケットをそっと撫でた。
 何でも、ルヴァのお気に入りらしく、長期の滞在等には必ず持っていく物の一つらしい。
 ゼフェルは教えてくれないが、ルヴァの誕生日に渡した品だと貰った本人から聞いた。
 
 「ルヴァ様・・ちょっと羨ましいなぁ。」

 くすっ。とした笑みと一緒に、言葉が口から零れる。
 あとは、空いた一人掛けのソファーだけ・・。
 そういえば、ランディはどこに行ったんだろう?
 ラウンジを見渡すと、低いテーブルの下付近に今までの2人とは違って、見るからにその場に置き去られた様子のランディが熟睡していた。
 
 何か掛ける物は無いかと見渡すと、ゼフェルのシャツがあった。
 ちょっと肌寒い時に、すぐ着たいらしく、いつも置いてあるグレーの長袖のシャツ。
 ゼフェルの居た場所にあったり、誰かが邪魔だと移動させたりと、ラウンジの遊牧民となってる彼のシャツ。
 それを、ランディに掛ける。
 
 キッチンとラウンジの電気を消して、螺旋階段を降りた。


 一階も、全ての部屋の窓が、開け放たれている。
 今のうちに、涼しくなった外の空気と交換する。
 さっきまで、温風のようだった風が、涼しい気持ちよさに変わっていた。

 ゼフェルの部屋へ行くと、室内の照明を出来るだけ落した中、ノートブックのモニターに照らされた、彼がいた。
 懸命にタイピングする音だけが、室内に響いている。
 ゼフェルの居場所を確認すると、アンジェリークはシャワーを浴びに行った。

 シャワールームにある籠の中には、ゼフェルの脱ぎ散らかした服が入ったまま。

 「あーあー。また、脱ぎっぱなし。」

 いつも、このままにして行くので、後から入った者が、ゼフェルの服を片付ける様になっていた。
 それも、何時の間にか。
 みんな、その度に文句言うんだけど、ランドリーへ持っていってくれる。
 
 「ゼフェル、自分で洗濯するマメさがあるのに、何でコレができないかなー。」

 なのに、彼の使用後のシャワールームはきちんとしている。
 元にあった所へ物は仕舞われ、時々掃除してるような時もある。
 変な所で、几帳面。
 どちらかと云うと、大雑把。
 彼のベッドルームは、使用した場所がそのままになってる。
 でも、地下の作業部屋は、いつでも使い易い様に整理整頓されてる。

 ―どれも、ゼフェル。
 ―どちらの彼も好き。

 シャワーを浴び、サマードレスに着替えた。
 自然に、ゼフェルが気にいってくれている花柄に手が伸びた。
 
 「ゼフェル?」

 彼の部屋には、PCのモニターの明かりだけ。
 部屋の外に出た気配はなかった。
 ベランダを覗くと、大きなブランコ型のベンチに座っていた。

 「ゼフェル・・・。」

 もう一度、同じ名を呼んだ。
 今度は、彼をこっちに、向かせる為に。
 しかし、彼はアンジェリークの方を、ちらっとも見ない。

 「おう、アンジェ。こっちこい。」

 ゼフェルは、手だけでアンジェリークを呼んだ。
 アンジェリークは、そうっと、ゼフェルに近づく。
 
 「どうしたの?」

 「いいから、座れ。そうっとだぞ。ーで、そのまま、ゆっくり前見てろ。」

 アンジェリークは、ゼフェルの言う通りに、音をなるべく立てないようにベンチに座った。

 ―きぃぃぃ。

 それでも、少し音が出る。
 セフェルは黙ったまま、口の前に人差し指をもってきた。

 「ごめん。何?ポッサム?」

 「あぁ。今夜は親子づれ。あいつらも暑いみたいでさー、池の階段の所で涼んでんだよ。」

 前を見ると、池と呼ばれるプールの階段近くに、親子のポッサムが並んでいた。
 
 「子供のポッサム・・初めて見たー。可愛いね。あれも袋の中で育てるンでしょう。」

 ひそひそと近づいて話す。
 いつのまにか、ゼフェルの手がアンジェリークを捕まえる。
 そして、ひとつ優しいキス。

 「あぁ。マルセルの話しだと、ここの動物はみんな袋で育てるらしいぜ。」

 「有袋類なんだ。」

 「おめー、知ってんのか?」

 「知ってるよ。それくらい。」
 
 「へぇー。補佐官になると賢くなるんだな。」

 「ひどい。ゼフェル。」

 アンジェリークの声が大きくなったのを、ゼフェルが止めた。
 ふたつめのキス。

 「なのに、俺の気なんかわかんねー補佐官なんて、失格だと思わねーか?」

 「ごめん。」
 ゼフェルから視線を外してしまう。

 「俺そんなに変わったか?」
 アンジェリークの顔を自分に向かせる。

 「うん。」 
 ゼフェルの後ろに視線をやる。

 「どこがだ?」
 アンジェリークは、ゼフェルの背に腕をまわした。

 「全部。大きくって・・ゼフェルじゃないみたい。違う人みたい。」
 ゼフェルは、アンジェリークの髪に顔を埋める。

 「成長期なんだから、大きくなるのは当たり前だろー。むしろ喜んでもいいんじゃねーの?」

 「だって・・・。」

 「おめー・・・大人な俺に惚れたな。」
 アンジェリークは黙ったまま、ゼフェルの肩にみっつめのキス。

 「おめーも変わったの解ってッか?」
 アンジェリークの髪によっつめのキス。

 「えー?私?変わってないよ?」
 アンジェリークは少し顔を上げる。
 ゼフェルと視線が重なる。

 「変わったんだよ。補佐官の顔になってきたしな。髪上げてんのも似合ってきたし、補佐官のズルズルのドレスも似合ってきたって、みんな言ってんぞ。」
 金色の髪を弄びはじめる。

 「それは、みんなでしょ。ゼフェルは変わったって思う?」
 銀色の髪の上をツンツンと触って遊ぶ。

 「いいや。おめーはおめーだ。・・・でもさ、今までと同じじゃダメなんだってのは思ったんだよ。
  おめーは俺のアンジェリークでもあり、女王補佐官でもあり。俺にとっては一緒なんだけどな。
  だからって、今までと同じじゃダメなんだよ。」
 ため息と一緒に、目を瞑った。

 「私が失敗する度に、何か言われた?」
 瞳が湿度を増すのがわかった。

 「いや、その逆。俺がジュリアスに怒られる度に、まぁー内容によりだけどよ。
  ・・・みんなが言うわけよ。俺がしっかりしないと『アンジェリークが笑われるんだよ。』ってな。
  何かさー、どっかのおばちゃん連中?って、感じなんだけどよー。
  ・・・おめーさー。みんなに、愛されてるよな。
  そんな、おめーから一番愛されちゃってる、俺としては・・・。」
 胸いっぱい深呼吸する。

 「俺様としては?」
 ゼフェルの胸に顔を埋める。

 「俺様でいないといけない!・・と思ったわけよ。」
 アンジェリークからは、ゼフェルの表情が見えない。
 でも、威張ってるんだろうなーとだけはわかった。

 「ありがとう・・ゼフェル。そうだね。前より真面目に仕事してるもんね。」

 「おうよ。おめーと俺の為にがんばってたんだけどなー。嫌われっちまっていたとはなー。」
 
 「そんな事無いよ。嫌ってなんか・・・。どうして好いか、わかんなかったんだもん。」

 「なんでだ?」
 アンジェリークを抱きしめる腕に力がはいった。

 「たぶん。」

 「たぶん?」

 「ううん。多分じゃなくって、ゼフェルに惚れ直してしまったから・・・。だから、どうしていいかわかんなかったんだと・・・。」

 アンジェリークは、それ以上先を続けられなかった。
 ゼフェルに、それ以上先を続けなくても伝わったから・・。
 ・・・いつつめのキス。

 これから先は、月と夏の風だけが知っている・・・恋人たちの夜。

    ====おしまい。====


胃薬必須激甘!!
「その後」のゼフェリモ*ラヴラヴ*砂吐きなお話しです。
どうしたん自分?って感じです。(Teruzo-)

ふふふふふふふ。
いやー、若人っていいねえ、とおばさん発言しとこ。(ちゃん太)

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