汐と月と水たまり。


「すっごぉーい!!」

 私はおもわず叫んでしまう。
 痛い程照りつける太陽、どこまでも白い砂浜、そして・・・・海。
 
 私と鋼・風・水・地の守護聖は、星の視察に来ていた。
 今回の視察目的は「水不足と塩害における砂漠化について」、この問題は永遠のテーマなので、緊急を要するモノではないが、永く付き合っていかねばならず、定期的に守護聖の視察が行われる。
 今回は、このメンバーが選ばれた。
 そして、女王補佐官の私は、「自分の身体で経験していらっしゃい。」と言う女王の提案により、視察メンバーに加わることになったのだった。
 確かに、聖地と故郷の星しか知らない私にとってはありがたかった。

 もちろん視察がメインなのだが、空いた少ない時間を余暇にあてたりはできる。

 水着に着替え、海へ一目散に走る。
 聖地じゃ、味わえない。
 夏は、海よね!!

 「おい!」
 「ちょっと、まった!!」
 「アンジェリーク!お待ち下さい!!」
 「あー!大切な物ですからねー忘れてはいけませんよー!」

 後ろを振り返ると、みんなが手にクリームを握りしめて一斉に叫んでいた。

 「ふふふ。大丈夫です。ちゃんと塗りましたよー。ありがとうございます!!」

 そう、返事をしながら手を振った。
 この場所は、オゾン層の近くにある為、紫外線が直接あったってしまう。
 本来ならオゾン層が有害な紫外線から守ってくれるのだが、温暖化の為オゾン層の破壊が進んでしまったのだ。
 星によっては、この所為で地肌をさらせない所・特別な服の装着・人間が住めなくなったという所もあった。
 この星は、自然と共存する道を人々が選んだので、何とか紫外線防止クリームの使用だけで止まっている。でも、夏のビーチでは2時間置きに塗り直さなくてはいけない。
 それに、ここの太陽は肌を焼くというより、じりじりと音をたてて焦がしているような強さだった。

 海の水は思ったより、冷たかった。
それが、だんだんと慣れてくると暖かく感じてくる。
 泳ぐのを止めて、波に漂う。
 ほんの数秒で、顔が痛い。
 ランディが、昼より夕方に泳いだ方がいいって言ってた意味がわかった。
 確かに、昼間の太陽肌を晒すのは「皮膚ガン」にして下さい!って、お願いしているようなものだ。
 もう、上がって夕方入り直そうと、みんなの居る方へ向いた。

 遠く、小さく白い家が見える。
 レンガを白く塗った壁、2階のテラスでお茶をしているよう。
 今、気がついた。
 2階のラウンジの屋根はお星様のような形をしている。
しっかりと角が5つではなく、ちょうど屋根の角度が見え様によって半分になった星のようだった。
 星の家に住んでいるんだ。
 なんだか、嬉しくなった。

 ゼフェルにおしえてあげようっと・・・。

 そこまで、考えて思考が止まる。
 ただ、岸をめざして泳ぎだした。



 星の家は、聖地の管轄下にある、この星の宿泊邸のひとつだった。
 裏庭はビーチへと続いており、1階にベッドルーム、2階にキッチン・ダイニング・ラウンジと海の眺めをみんなで楽しめるようになっていた。
 そして、テラスとラウンジは西を向いているので、水平線に沈む夕日を堪能できた。
 1階のバスルームでシャワーを簡単に浴びる。
 簡単なサマードレスに着替えて、ラウンジへ行くとさっきまでテラスにいたメンバーが部屋の中へ移動していた。
 
 「テラスでお茶を飲んでいたんじゃないんですか?」

 近くに座っていたルヴァ様に聞いた。

 「あー、もう真昼の日差しは満喫しましたからねー。それに、長時間は外にいられないでしょうから。私は全然かまわないんですがねー。」

 ルヴァ様はご機嫌だった。
 
 「もー、ルヴァ様にはまいったよ。慣れてる俺でも真昼のテラスで、お茶するとは思ってもなかったからね。ははは、でも楽しかったですよ。」

 ランディは、短パンのみという聖地よりもラフな格好をしていた。
最初は、びっくりしたが慣れると気にならなくなった。
 この国の夏の定番だそうなのだが・・・・・このメンバーだから出きるような気がする。

 「ルヴァ様・・・次からは私は辞退してもよろしいでしょうか?やはり、この国の日差しは私には強すぎますので。
  衣服の生地を通して肌が焼けるのですから、昼間は外へは出かけられませんね・・・。」

 リュミエール様は、本当に暑いのが苦手なのに、この二人によく付き合っている。
日に焼けるとすごい事になるらしく、朝から白いローブを纏っていた。
 それでも、外出しなくてはいけない時は、女優のように完全防備して出かけた。
・・・にも、関わらず生地から出ている部分は焼け、生地に覆われていても日差しを通してしまった所は、ほんのりと焼けていた。
 この人が、真昼のビーチで泳ぎでもしたら、蒸発してしまうのではないかと考えてしまう。

 「でも、ラウンジ以外クーラーが無いなんて自然に優しいですよね。」

 本当にないのだ。あっても、扇風機のみ。
 それも、ベッドルームは4つあるのに、2台しかない。
 夜に家中の窓を開け、涼しい空気を取り入れると、昼間はクーラーなんていらないぐらい涼しい。
 とはいえ、それは、昼間でも遮光カーテンをひき暗い室内に篭っていればの事。
 気分は、聖地のあの人の執務室、なのだが、天然の涼しさが味わえる。
 でも、いつも自室に篭って居られるわけもなく、眠る以外はラウンジにみんな集まっていた。
 2階のラウンジは、窓はすべて紫外線を通さないシールドが貼られ少し薄暗いのだが、これがないとまともに日差しが入ってきてクーラーはオーバーヒートしてしまうらしいのと、いつまで立っても部屋が涼しくならないのだそうだ。
 確かに、見晴らしを好くするために海側の窓は全てガラス張りなのだから、これじゃここは天然のサウナ室になる。

 ちらっと、窓際の眺めが一番いい席のソファーに視線をやると、「自然に優しい」なんて発言に反発しそうな彼は、こちらの話なんて興味ない風情で膝に乗せた携帯PCのノートブックをあつかっていた。
 銀色の髪に、こっちに来てからさらに焼けた小麦色の肌。
 普段から見なれたラフなTシャツに短パン。
 初めて会った時から段々と変わり始めた手から腕、肩幅に視線が移ったとき、目が合ってしまった。 おもわず、そらしてしまう。

 「そういえば、今日の晩飯は誰が作るんだ?」

 「何言ってんだ、ゼフェル。夏の晩飯っていえば、BBQだよ。だから、俺が作るに決まってるだろ。」

 ランディは自信たっぷりに言った。
 この星の習慣の一つに、BBQは男の仕事で女は手を出しては、いけないというのがある。
 だから、BBQの時はランディが全て仕切る。
 と、言っても彼はBBQ用のコンロの前で焼いているので、私達は焼きあがった物から食べていけばいいし、とくに四角張ったテーブルマナーもないので、楽しく陽気に飲んで食べて笑うのが決まりな事ぐらいだった。

 「げっ・・・。また、ソーセイジかよ・・・。」

 「何だよ!お前がソーセイジしか食わないから、そればっかりになるんだろ!偶には違う物も食ってみろ。だいたい、お前は偏食が多すぎるんだ。」

 「あぁ。わかった、わかった。ソーセイジ以外も上手い物があれば食ってやるよ。」

 ゼフェルは、そう言いながら手をひらひらさせて階下へと下りていった。
 
 「しかし、ゼフェルも大人になりましたねー。うんうん。」

 「そうですね。でも、こちらに来てからゼフェルは元気が無いような気がするのですが・・・・。」

 リュミエール様は、心配そうにゼフェルの下りていった方を見ながら言った。
 ルヴァ様は私の方を見てにこりと笑う。
 その時、ランディが晩御飯のメニューについて話かけてきたので、ルヴァ様の微笑みから逃れる事ができた。

 
 晩御飯は、早めに摂る。
 日没は、夜の9時ごろなので、それまでビーチで泳ぐ事ができるから。
 時刻は夕方なのに、昼間のような暑さでは、料理する方も食べる方も簡単な方がいい。
 BBQ以外の野菜は、サラダとして沢山つくる。
 フルーツも沢山テーブルに置いておく。
 後は、食べたい人が勝手に取って食べるだけ。

 私は、簡単なサラダを2種類程作って、BBQの材料の準備をするだけで、後はランディが全てしてくれる。
 飲み物も冷蔵庫に冷えているし、後はガーリック・ブレッドをオーブンに入れて・・・・。

 何か、こんな生活久しぶりだな・・・。

 聖地に来てから、自分で食事の準備の事なんて心配したのは、数える程しかない。
 女王補佐官になってからなんて、屋敷で用意されるし、仕事に追われて食事の事なんて考えなかった。
 こっちに来てから、時間を見て食事の準備をする。
 守護聖の宿泊地なので、お世話係の人がいるかと思えば、さにあらず、みんな各自で仕事分担して行っていた。
 土地勘のあるランディは、買出し・料理・雑事一般。リュミエール様は、掃除・洗濯といっても身の回りの事は各自で、やってしまっているので、目に付いた場所をキレイにしていた。
 ルヴァ様とゼフェルは、何かちょこちょこと仕事なのか個人的な事か知らないが、動き回っていた。
 私は、そんなみんなの手伝いをして回っていた。
 
 でも、ゼフェルの手伝いだけ、していない。
 出来ないのだ。
 彼は、いつもデータとルヴァ様と一緒で、私の入り込む隙がない。


 そうじゃない。


 女王補佐官の仕事に就いてから、ゼフェルとのプライベートでの会話が出来ていなかった。
 だから、今回の視察に参加できる事になって、うれしかった。
 少しでも、彼と一緒に居られるなら、また以前のように・・・・と。
 でも、出来なかった。

 私は今まで、彼にどう接していたのだろうか・・・・。

 どうしていいか解らない。
 いつもと変わらない。

 でも、今までとは違う。
 そう・・・知らない人みたい。



                ・・・・・・・ブー!!!!
               「アンジェリーク!!!」


 自分の名前を呼ばれ気がつくと同時に、オーブンのブザー音が頭に鳴り響く。

 目の前のブザーのダイヤルをOFFにした。
 オーブンに入れたガーリック・ブレッドを確認する。
 ――焦げてない。

 ――よかった。

 「おい。どうしたんだ?大丈夫か?」

 ほっと、安心したそばで、聞きなれた声がする。
 今まで、聞きたかった声が・・・・。

 視線を横に移すと、浅黒い肌が・・・少し視線を上に上げると、紅い瞳が心配そうに覗いていた。
 肩に廻された手に気が付いた。

 ――どうすればいいんだろう。 

 「オーブンの前でぼーっとするわ。最近様子がおかしくねーか?身体の具合でもわりーんじゃ・・・」

 肩の手が熱くて、それが額へと移った。
 と、同時にその手を払い退けていた。

 「・・・・わりー。」

 ――そうじゃない。そうじゃないの。

 「テラスの準備は出来たからな。」

 そういうと、彼はキッチンから出ていった。

 ――そうじゃないの。ゼフェル・・・・。そうじゃないの。





「かぁー!!うめー!!」

 ゼフェルは、本当においしそうにソーセイジ以外の物を食べていた。

 「しかし、今日のメニューは辛いもの大会ですか?」

 ワインのおかわりをしながらリュミエール様は、汗を拭いていた。
 何故か、みんなの準備した料理がスパイシー物に片寄っていた。
 辛いもの好きなゼフェルには嬉しいに違いないが、そうでない人間には、食後のデザートが待ち遠しい限りである。

「あーゼフェル、先程データの集計結果を見たのですが、やはり今回も前回と同じで良いようですねー。あなたは、どう思いましたか?」

 ルヴァ様は、ジャーマン風ポテトサラダに手を伸ばしながら、仕事の話を持ち出した。
 ゼフェルは、迷う事無くルヴァ様の問いかけに答えた。

 「あぁ。前回と同じだ。俺の力送ってやった方が勝負は速いんだけどな。この星には、まだ無理だ。」

 「そうですか。残念ですね。」

 リュミエール様は、悲しそうにワイングラスをテーブルに戻した。
 そうなのだ。ゼフェルのサクリアを送って、水不足と塩害に対する技術を発展させた方が、てっとりばやく砂漠化を防げる。
 しかし、今のこの星の水準では、違う方向へも技術の発展が流れてしまうかもしれない。
 そればかりは、例え守護聖と云えども解らない。
 だから、サクリアを送るときは慎重になる。

 「大丈夫ですよ。発達が遅いのは、この星が、それだけ自然と共存しているって事じゃないですか! 
  それに、今回も俺は、この星へたくさん力を送れるし!又視察にもこれるじゃないですか。」

 みんなは黙ってランディをみつめていた。
 ランディの思いを知っているのだろう。
 この星は、ランディにとっては故郷である主星と同じくらい、もしかしたら、それ以上に思い入れのある星だった。
 彼があまりにも、この地に詳しいので、私は「ここって、故郷の星なのですか?」って聞いてしまった。 私と同じ主星の出身なのに・・・。
 その時に、笑いながら彼が話してくれた。
 この星は、祖父が生前住んでいた街にそっくりなのだと。
 長期休暇の度に祖父との思い出が増えていく街に・・・。
 しかし、主星の今の街は、その頃の思い出にひたるには程遠く変わってしまっていた。
 だから、視察でこの星に来た時は、時間を超えてしまったのでは!と思ったそうだ。
 それぐらい、祖父のいた街に似ていたのだ。

 ランディは明るく笑いながら続ける。
 
 「みんなが心配してくれる気持ちだけで、嬉しいですよ。」

 「げっ・・・・。それって又おめーのソーセイジ食べなきゃなんねーのか?」

 ゼフェルは、ソーセイジを口から落としながら言った。

 「なんだとぉ!!」
 「ゼフェル汚いですよ。」
 「あーゼフェル食べ物が口に入ってる時はしゃべってはいけませんねー。御行儀が悪いですからー。
  食べ終わってからお話したほうがいいでしょう。うんうん。」

 ランディとリュミエール様は、ルヴァのほうを向き頷きながらゼフェルに言う。

 「そうだ!ルヴァ様の言う通りだ。お前は食事のマナーがなってないぞ!」
 「そうですね。ルヴァ様のおしゃるとおりかもしれませんね。
  今回一緒に居て思ったのですが、あなたは食事中に御喋りをしてしまう事が多いようです。気を付けたほうがよろしいかと・・・。」

 ゼフェルは、眉を思いっきり中心によせ黙っている。
 彼は不機嫌の絶頂にいる。
 
 「ぷっ。」

 私は堪えきれず吹き出してしまった。
 お腹を抱えて笑いだす自分をコントロール出来ない。目じりに涙が出てきた。
 私以外のみんなは、あっけにとられていた。ゼフェルを除いて。

 「何がそんなに、おかしーんだ?おめーのサラダに笑いキノコでも入ってたのか?」

 ゼフェルは不機嫌に輪を掛けているのが声でわかる。
 だって、おかしいんだもん。
 だって・・・・。
 しばらくして、落ち着き始めた私にリュミエール様がお水の入ったグラスを渡してくれる。

 「ありがとう、ございます。」

 私は、何とかお礼だけは言えた。

 「そんなに、おかしかったですか?」

 ルヴァ様は、両手をあごの下に置き、にこりと笑った。

 「すみません。何だか家族の会話みたいで。」

 「あぁ!確かにルヴァ様、お父さんみたいですよね!!」

 ランディが、愉快そうに言うと、横からゼフェルがつぶやく。

 「げっ、それじゃー俺はルヴァの息子かよぉ・・・。」

 「じゃー、俺とリュミエール様はゼフェルのお兄さんって事になるな。ゼフェル、兄貴の言う事はちゃんと聞くもんだぞ。」

 ランディが、わざと威張った口調で両手を腰にあてた。

 「けっ!誰が・・・。」

 と、ゼフェルがランディに食って掛ろうとしたと同時に、ルヴァ様が何か言った。

 「いやー、リュミエールは兄より姉って感じですよねーって、だって綺麗でしょう彼はー。」
 
 リュミエール様が、ぽかーんと口を開けていた。

 ルヴァ様は、何食わぬ顔で、リュミエール様のグラスと自分のグラスにワインを注ぐ。
 顔が、ほんのりと赤身をおびている。
 そして、足元には空のワインボトルが、何本か転がっていた。

 「ルヴァ様・・・・ちょっと、飲みすぎではありませんか?」

 リュミエール様は、やんわりとワインボトルをルヴァ様から取り上げた。

 「いやぁ〜。もうすぐ、この慰安旅行も終わるかと思うと、寂しいですよねー。うんうん。」

 えっ?慰安旅行?視察じゃないの?!

 「ルヴァ様!そのことは・・・。」

 「まー、いいじゃないですかー。アンジェリークも補佐官になったんだしー。ゼフェルとランディにはー、ひ・み・つ・ですがねー。」

 ルヴァ様は、酔っ払い特有の妙に明るい口調で続けた。
 横に座って止めに入ったリュミエール様は、あぁ・・・と天を仰いだ。

 「なんだぁ?その慰安旅行ってのは?視察じゃねーのか!この仕事はよ!!」
 「慰安旅行かー。いいなーそれ!じゃー、思いっきり遊べますね!」

 秘密にするには席が近すぎたのと、ルヴァ様の声が、まったく秘密ごとを話す音量ではなかった。
そして、二人の性格を現すかのような言葉が続いた。
 ルヴァ様は、酔いにまかせてか、いつもより更に多弁だった。

 「ははは。いやーだってですよー、ずーーーーーっと聖地なんて所に閉じこもってたら、みーんな面白くないでしょう。うんうん。
  聖地中エルンストになっちゃいますよー。それは、困りますねー。
  だから、このような視察は、慰安旅行も兼ねてるンですねー。本当なら、ゼフェルとランディだけで事足りるンですがねー。一応未成年って、手前もあってですねー。私が付きそうワケですよー。」

 「ルヴァ様、今回の参加は、私も慰安旅行なんですか?」

 私は、恐る恐る聞いた。まだ、何か秘密が出てきそうだったから。

 「あー、あなたはですねー。女王陛下が、骨休みも必要だからと言っていたそうですよー。それに、ゼフェルも来ますしね―。うんうん。

 「もー、今回のメンバー選出は、大変だったんですよ。いつもは、余程のことがない限り視察参加しない、ジュリアスまでが、あの人までが、くじを引いたのですよー。
 いやー、世の中何があるか、わかんないですよねー。あの姿は、見せたかったですねー。あれで、意外にくじ運ないですからねー。

 「あー、何でくじかと言いますとねー。この視察は、いつも私とゼフェルとランディにマルセルの4人なんですねー。でもですよー、今回、アンジェ、あなたが参加するって聞いてですね。ジュリアスが、ゼフェルも一緒なのが心配だーとか、言い出したんですよ。うんうん。
  ジュリアスの方が、お父さんみたいですよねー。

 「そしてですねーそれは、大変だーとか、みんなが言い出しましてですね。あー何が大変なのか知りませんがー。くじで、ゼフェルとランディ以外決まったのですねー。

 「そうそう、マルセルは可愛そうでしたよー。毎回の視察のメンバーなのに、オリヴィエに『視察に参加しなくても支障なし!!』とか言われましてねー。そんな事ないとか反論してんですが、そこはそれ、オスカーとリュミエールも一緒になって、オリヴィエの援護するんですねー。いやー、あれはナイスなチームワークでしたから、今後の参考に見せたかったですねー。

 「そうして、くじ運の強いリュミエールと私が参加する事になったんですよー。うんうん。
  だから、そうですねー。ゼフェル以外は仕事も終わった様ですしねー。
  後は、慰安旅行ってことで、まーのんびりといたしましょうかねー。
  って、明後日には帰りますから、ゼフェルのレポートのまとめは明日一日しかないですよー。がんばって下さいね―。
  いやー、このワインおいしいですよー。うんうん。」

 ルヴァ様は、一気にしゃべるとグラスの中のワインをいっきに飲み干した。

 「んなだとぉ!!俺以外みんな慰安旅行じゃねーか。ーっくしょ!やってられっかよ!!」

 一瞬、静まり返った間を壊したのは、ゼフェルだった。
 乱暴に口をナプキンで拭うと、テラスから出ていった。
 
 「アンジェリーク、ゼフェルも結構飲んでるようでしたので、そのまま海に泳ぎに行ってないか、確かめて頂けますか?酔ったままですと、とても危険ですから。お願いしますね。」

 思わずゼフェルの後を追おうと、席を立った私に、真剣なまなざしでリュミエール様が声を掛けた。

 「わかりました。」

 そう答えると急いで、ゼフェルの後を追った。
 ビーチに行ってないといいけど。
 これから日没まで2時間弱。 夜の海程、恐いものはない。
 まして、ワインを飲んで酔ってるんだったら尚更。
 ラウンジへと入るドアが、いつもより重く感じられた。

 「ゼフェル!!」

 階下で呼ぶが返事はなく、ランディと一緒に使ってる部屋にもいなかった。
念の為、階下の部屋すべて見るが、ゼフェルの影ひとつ見つけられない。
 ガレージには、車もゼフェルが愛用するバイクも置いたままだった。
 裏庭に廻った時に、ビーチへ抜けるドアがバタンと音を立てた。
 まさか、海へ・・・。





 「リュミエール様・・・・。視察が慰安旅行って本当ですか?俺、いつも視察に出る前に、ジュリアス様から注意事項の受け渡しって言うんですか?長い話があるじゃないですか。あれ聞いてる限り慰安旅行って、感じじゃないんですけど。俺達にだけですか?」

 ランディは、自分の焼いたビーフのステーキ肉に、ナイフを入れながら聞いた。

 「いえ、ジュリアス様の話は、みんな視察前に聞いていますよ。それから、私が、くじ運が強いってのも初めて聞きました。」

 「え?!それじゃ・・・。」

 リュミエールは、ルヴァの足元に転がる空のボトルを片付けながら言った。

 「ルヴァ様、もう2人はいませんよ。それから、昨日の空のボトルを置いてあるだけじゃ、それ程に酔えないのではありませんか?」

 「あっ、ばれましたかー。いやー、なかなかあなたも鋭いですねー。うんうん。」

 今まで、酔っ払いと思っていたルヴァは、リュミエールの方を向いてぺろっと舌をだした。

 「ルヴァ様酔ってないんですか?!じゃーいままでの事も・・・。」

 ランディは、呆然と二人を見ていた。

 「いやー、あの二人が元気ないもんですからねー。それに、私たちに気を使ってか二人でのんびりってムードでもないでしょうー。ですから、ここは私たち大人がですねー。気を利かせてやるのもいいんじゃないかなーと思ったわけです。うんうん。あー、このチキンおいしいですねー。誰が作ったんですか?」

 ルヴァは、満足げにチキンを口に入れた。

 「それは、アンジェリークがマスタードでマリネしたのをランディが調理したのですよ。
 それより、ルヴァ様はあの二人が元気のない理由をご存知なのですか?」

 リュミエールは、地下倉庫から持って来ていたシャンパンのコルクを抜いた。
 シャンパンの栓は、まるで別れを惜しむかのように、軽い音を発てピンク色のガスを放ちながらビンから離れた。
 ルヴァは、その様子をじっとみつめる。

 「ええ、多分ですね。アンジェリークがゼフェルを異性として意識しだしたんじゃないかと思うんですねー。以前に比べて二人の接し方がぎこちなかったですから。まー、私の憶測ですけど。でも、何かきっかけって必要な時ってあるじゃないですかー。」

 リュミエールは、ルヴァに新しいグラスを渡しシャンパンを注いぐ。

 「それで、あんな嘘をついたのですか。」

 「ありがとうございます。リュミエール。
  ええ、まーそうなんですが、あなたもゼフェルが、水しか飲んでいないの知っていて、とっさによく思いつきましたねー。感心しましたよ。
  あーでも、強ち視察が慰安旅行を兼ねてるって、嘘ではないと思いますよー。
  だって、ジュリアスは日程・メンバー等重要な時以外は、慰安旅行のようなスケジュールを立てるでしょう。」

 ルヴァは、そう言うとグラスに口を付ける。
 ピンク色の液体の中に小さな泡が踊る。

 「そうですかー。俺、ジュリアス様の印象がちょっと変わったナー。結構優しい所があるんですね。
  あっ、俺も少しもらっていいですか?」

 いつのまにかシャンパングラスを持ち、リュミエールの前に差し出す。

 「少しだけですよ。それから、今ここで話したジュリアスの事は内緒ですよ。御小言が増えるだけですからねー。シャイですからねー彼は。
  私ももう一杯いいですか?」

 ルヴァは、ランディとグラスを合わせた。
 カチンとグラスは音を立てる。
 リュミエールもグラスを合わる。
 そこへ、ルヴァが続ける。

 「こんなのは、どうでしょうか。
  ・・・若い恋人たちと、女王陛下に。そして、気苦労な誇り高き人に乾杯。
  それでは、ゼフェルの居ないうちにスゥイートでもいただきましょうかねー。」





 夕方の海は穏やかだった。
 水平線の上のほうに、オレンジ色に染まった太陽が昼間の終わりを告げようとしていた。
 波際に、まばらに人が泳いでいた。
 その中に、ゼフェルらしい人影を見つけた。
 明るいうちに、海から上げなくっちゃ。

 ゼフェルの方へ泳ぎだす。

 海水は、慣れてくると水というより液体といった感じで、身体にまとわり付く。
 両腕を前に伸ばし、海水を掻き分けるように横へ流す。
 前に進んでゆくカラダ。
 同じ事を何回も繰り返すうちに、海水はカラダの中に浸透してきて、自分自身も海水の一部になっていくような気がする。
 ゼフェルらしい人影は、近づくにつれ、間違いなく私の探し求めている人だとハッキリしてくる。
 結構、沖の方まで泳いで行ったようで、姿は見えるのに距離はなかなか縮まらない。
 足の下の海水は、どんどん冷たくなっていく。
 距離は変わらない。
 このまま、永遠に距離は縮むことはないのかもしれない。

 「ゼフェル!!!!」

 気が付くと叫んでいた。
 ゼフェルは、振り向くと同時に泳ぎだしていた。
 私は、時が止まったように、飛沫をあげて泳いでくる彼の姿を眺めていた。
 彼の腕が私を捕まえたと同時に、時も動きだした。

 「どうした!!足が攣ったのか?」

 いつでも、私の事を先に考えてくれる。
 足なんか攣ってないよって答えず、ゼフェルに抱きついた腕に力を込めた。
 そのままずっと抱き合っていた。
 海は、そんな二人を海水という絹の織物で包み込んでいた。

 しばらくして、カラダを離すと太陽は海に熔け始めていた。
 海に漂いながら見る夕日。
 暑い固まりを海は溶かし、闇が鎮めていく。
 そして、あたりには暖かい光が消え、冷たい光が現れる。
 ざわめいた昼から落ち着いた夜へと交代する、不思議な狭間。
 そんな不思議な時を、ゼフェルの傍にいられる幸せ。

 私は、今まで何を不安がっていたのだろう。
 私を愛してくれる人の傍にいる。私が愛する人の傍にいる。
 今まで、これほど満たされたときがあっただろうか。

 自然も人も、時の流れと共に変化する。
 彼は、ただ少年から男に変わろうとしているだけなのに・・・。

 自分の愚かさに気が付くとき、いつもゼフェルがいる。
 そして、何事もなかったように、いつもとかわらないゼフェルがいる。
 


 「ごめんね。」

 そう言うと、ゼフェルは「気にすんな!」と言うように私に口付けた。



 海から上がると、太陽は海に沈み、空には三日月がほんのりと砂浜を照らしていた。

 「おい。月がみえるぜ。」

 そう言いながらゼフェルは下を向いた。
 私は、上を見上げて「見えてるよー。」と言った。
 彼は、私の肩を抱き寄せて下を示す。

 「あっ。」
 「なっ、月がみえるだろう。」

 海水が残った水たまりに、月がキレイに映っていた。

 彼は、得意げに鼻の下を擦りながら笑う。
 その笑った顔は、少年のままのゼフェルだった。


 <おしまい>


遙拝所一周年記念創作ということで♪
Teruzo-の一番のお気に入りのゼフェリモもの、です。

「少年期の終わり」な設定が活きるのは鋼様ならでは、ですよね。

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