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「わたしたちの秘密」〜アンジェリークの日記(抄)より
by YUKI
KITAMURA さま
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112日目 日の曜日
よく晴れた日だった。
今日はジュリアスさまに誘われるまま、ジュリアスさま所有の仔馬を見にいった。何でも生まれたばかりだとか。
「隣にいるのが母馬だ」
ジュリアスさまが説明をする。
「彼女は今回が初産でな。わたしも気にしていたのだが、何と申しても今は女王試験中である。そう軽々とは見舞いにも行けず淋しい思いをさせてしまった。だが、何とか出産には立ち会うことが出来た。…ところが、いたく難産で一時は母子とも危ぶまれた。無事に生まれて本当にほっとしている。…不思議なものだ。つい最近母馬が生まれたばかりだと思っていたのであるが、もう彼女は母親になっている。時の流れとは何と早いものか…」
ジュリアスさまは馬の母子を見ながら話している。その眸は限りなく優しげで、愛しそうに馬を見詰めている。
その眸に、わたしは一目惚れした。
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120日目 月の曜日
恋をすると総てが変わって見える。
そんなありきたりの感情を、また、わたしも味わっていた。
別にこれまでもジュリアスさまのことは嫌いではなかったし、寧ろ尊敬してさえいた。
が、わたしは専ら他の守護聖さまに関心を抱いていた。それが、この日から総てが一変した。
昨日までは何てことのない会話にも総てに意味が生まれた。ジュリアスさまの笑顔はわたしの胸を熱くし、心臓を跳ね上がらせた。繰り返されるお説教も、わたしの為を思うジュリアスさまが心を鬼にして為す、優しさの現れとなった。誇り高き光の守護聖の光り輝くオーラはわたしを圧倒させ酔わせた。
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124日目 金の曜日
今日、育成のお願いを終えて、執務室を退出しようとしていたわたしをジュリアスさまが呼び止めた。
「アンジェリーク」
「はいっ!」
胸がドキンと鳴った。
ジュリアスさまさまから話しかけてくれるなんて、とっても感激で、赤くならないように努力すると、もっと赤くなってしまいそうだった。
「先日、お前に依頼した件だが…」
ジュリアスさまは少し言いにくそうに話し始めた。
「依頼?」
わたしはきょとんとした。正直、何か頼まれてたっけ…と、記憶の糸を手繰った。
実は、ここ数日いつもジュリアスさまに見とれ、ぽーっとしてたので何を話したのかそれほど鮮明に憶えているわけではない。
「えっと…」
「お前も忙しいのであろう。却って申し訳ない。無理なことを依頼してしまったようだ」
「いえっ!そ、そんな!大丈夫です!わたし、ジュリアスさまの為にもちゃんと一生懸命やっています!!」
取り敢えずそう答える。そうしておいて必死に何を依頼されていたのか考えた。
「そうか。すまぬな」
ジュリアスさまが微笑む。
その笑顔の何と神々しいことだろう。
わたしは、増々胸が高鳴る自分を感じた。
「もし、お前に時間があるのなら、明後日、もう一度逢いに行かぬか。そこで、直接命名してやってくれまいか…」
「は、はいっ!」
と、返事をしてみたものの、命名…?と、どうも腑に落ちなかった。
「では明後日、お前の部屋に迎えに行く」
そう言うジュリアスさまのはにかんだような笑顔に、わたしは頬をさらに真っ赤にさせるだけだった。
「お、お待ちしていますっ…!」
二人とも、向き合ったまま真っ赤になって下を向いた。そんな純情なわたしたち。
やったっ!あさってはジュリアスさまさまとデートだわっと、ルンルン♪スキップをしながら寮に帰った。
寮の玄関の扉を勢いよく開けると、勢い余ってすばるさんとぶつかりそうになった。
「あ。すばるさん。ごめんなさい!」
「アンジェちゃん。お帰りい。どうしたの?すっごい勢い」
「うん!ちょっと」
「ははあ。何かいいことあったね」
「え〜?判る?」
わたしは異様ににこにこしてたらしい。
すばるさんは寮に勤めている人だけど、とっても気さくな人ですっかり意気投合してしまった。わたしたち、今ではすっかり仲良しだ。
「ねえ、すばるさん」
「なあに?」
「命名…って何ですか?」
「命名って、赤ちゃんに名前をつけることじゃない」
「なーんだ、そうか。ありがとう、すばるさん。じゃ、お休みなさい」
「お休み」
あっさり納得したわたしは自分の部屋に戻った。
「そっか。命名って赤ちゃんに名前をつけることか。……って赤ちゃん!?」
思わず叫んだ。
「どういうことっ!??まだ生んでないよ……」
うーん。謎だわ。もしかしてプロポーズ???と、一人で赤くなったけど、まさかね。
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126日目 日の曜日
わたしは、ジュリアスさまと再び生まれたばかりのジュリアスさまの仔馬の前にいた。
わたしは内心、あはは…。赤ちゃんね…と、苦笑していた。漸く思い出した。ジュリアスさまに仔馬の名前をつけてくれるように頼まれてたんだっけ。
あの日こそ、ジュリアスさまさまに見とれちゃってて、全っ然何話したか忘れてた。
気を取り直したわたしは、
「随分大きくなりましたね」
と、ジュリアスさまの顔を笑顔で見た。
「うむ。そうだな」
ジュリアスさまも笑顔で答えてくれた。嬉しい。
「うふふ。かーわいいっ!」
首をポンポンと撫でる。
「そうだ!これ食べる?」
わたしはポケットから大好物のピンクボンボンを取り出すと、仔馬の口にいれてやった。仔馬は美味しそうに食べると、首を上下に振りながら、わたしのポケットの辺りをつっつく。
「あら!気に入ったのね」
わたしはもうひとつピンクボンボンを仔馬の口に入れた。それから、あっ!!と閃き、
ジュリアスさまのほうを振り向くと、
「ジュリアスさま!決まりました!」
と、言った。
「ピンク・ボンボン!普通に呼ぶときはピンク。如何ですか?」
「ほう。可愛らしい名だな」
ジュリアスさまは喜んでくれたようだった。
「じゃ!そうしましょう。ピンク、あなたは今日からピンクよ!宜しくね。ピンク。
ああ、わたしはアンジェリーク」
と、言って、馬の顔にキスをした。
ジュリアスさまは部屋まで送ってくれた。
「今日は本当にすまなかった。改めて礼を申す」
そう言ってジュリアスさまは、軽く頭を下げた。決しておごらないところがジュリアスさまのいいところ。
「いいえ。そんな…。ジュリアスさまにも喜んでいただければいいのですが」
わたしは赤くなった。
「ああ。恐らくピンクもわたし同様喜んでいよう」
「ジュリアスさま…」
ジュリアスさまと眸が合った。それどころか、視線がからみ合う。
「…お前は立派になったな」
ジュリアスさまが話し出した。
「よく勉強してあるし、何よりも試験に対する心構えがしっかりとしてきた」
「そんな…。わたしなんてまだまだです。やっぱり…、ロザリアには適わないし、勉強しないとエリューシオンの民に悪くって」
それは、勿論本心だった。
「それこそよい心がけだ」
「ありがとうございます…」
わたしは、そんなジュリアスさまの言葉が嬉しくてはにかんだ。
「うむ。解らないことがあれば何なりと相談するがよい」
「はい。ありがとうございます」
立ち上がるジュリアスさまをわたしは呼び止めた。
「あの、ジュリアスさま」
「何だ?」
ジュリアスさまは短く答える。
「あの、わたし、これからもピンクに会いにいっても…いいですか」
もしかしたら、試験中だから駄目って言われるかもしれない。でも、尋ねておきたかった。
ジュリアスさまは穏やかに微笑むと、
「ああ。構わぬ。お前は名付け親だからな」
と、言った。
「ありがとうございます!」
ああ、感激!!
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161日目 日の曜日
今日も一人でピンクのところに行った。二週間と間をおかず会いに行っている。
どんどん大きくなるピンクを見ているととっても嬉しい。
ピンクもわたしのことが解るみたいで、わたしが来るとポケットのあたりをつっつく。
「はいはい」
と、言いながら、ピンクボンボンを口に入れてやる。
決して食べ物で釣ってるわけではない。念のため。
それからピンクの額をつっついた。
そのとき。
「アンジェリークではないか」
後ろから、不意に話しかけられる。
振り向いたら、ジュリアスさまが立っていた。
「ジュリアスさま。こんにちは」
真っ赤になりながら挨拶をした。
「うむ。お前も元気そうだな。ここの使用人から聞いた。度々訪れてくれているようだな」
「は、はい。つい…ピンクに会いたくなっちゃって」
「そうか」
それから少し、ジュリアスさまと並んで、ピンクが走り回っている様子を見た。
元気そう、ピンク。
今日のジュリアスさまは乗馬服といういでたちだった。
「わたしは少し早駆けをするのでこれで失礼する」
「はい。お気を付けて」
「うむ。お前もあまり遅くならぬ内に帰るとよい」
そうして、ジュリアスさまは牧場の柵を越えて中に入っていった。
わたしは少し行ったところにある丘に登ってみた。
丁度、ジュリアスさまが黄金の髪を靡かせて向こうのほうに走っていく様子が見えた。
わたしはそれを見ている内に、いつのまにか涙がこぼれていることに気付いた。
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167日目 土の曜日
エリューシオンに降りた。
段々育成の成果が現れてきているよう。人口が増え、気候も穏やかになってきている。
ジュリアスさまの牧場のような、あんな土地がもっと増えるようにがんばろう。
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168日目 日の曜日
朝、ジュリアスさまの執務室を訪ねてみた。が、生憎不在だったので、ピンクに会いに行った。
「元気?ピンク」
青い空に穏やかな風。牧草が青々としている。そこにピンクとその母馬。その他にも数頭の馬が静かに牧草を食んでいた。
ピンクはいななくとまっすぐにわたしのほうに近付いてきた。
「いい子ね。はい。これ」
ピンクボンボンを口の中に入れてやる。
それから、ピンクの顔を撫でた。ピンクはお返しとばかりにわたしの顔を舐めた。真っ白な美しい馬。
「ジュリアスさまの馬として相応しいわね。大きくなったらジュリアスさまをあなたの背に乗せるのね。お似合いよ。美しいあなたと美しいジュリアスさま。きっと神話の神さまみたいに光り輝いて美しいでしょうね。見たいな。そんなあなたとジュリアスさま…」
いつのまにか、また涙が頬を伝う。
「あれ?おかしいな…。どうしてなんだろ。嬉しいはずなのに…」
ピンクが鼻を鳴らしながらわたしの顔を舐めてくれた。まるで慰めてくれてるみたいに…。
わたしは、気が付きはじめていた。
こんな穏やかな日は永遠には続かないことを。
いずれ、この女王試験が終わる日がやってくる。
わたしか、ロザリアか、どちらかが女王になることでこの試験は終わる。
若し、ロザリアが女王になったら、わたしは家に帰るだろう。そうしたら、ジュリアスさまにはおろかピンクにももう会えない。若し、わたしが女王になったら(そんなことがあるとは考えにくいけど)矢張り、一人でこんなふうにふらふらすることはできないだろう。今の女王陛下のことを考えれば容易に想像できる。
ピンクが大きくなる日まで、わたしが待てないのだ。
「来ていたのか」
ジュリアスさまの声に振り返る。
微笑むジュリアスさまが立っていた。
「こんにちは」
慌てて眸をこする。
「行き違いになったようだな。お前の部屋を訪ねたら留守だったので、若しやと思って参った」
「そうだったんですか」
わたしは、笑顔を作った。
ジュリアスさまは近寄ってくるとわたしの肩を抱いた。
「ピンクはどんどん成長しているな。喜ばしいことだ」
「はい!」
大きく返事をする。すると、ジュリアスさまは微笑み、
「お前はいつも元気でよいな」
と、言った。そう。それが、わたし。がんばんなきゃ。
「来週、お前さえ良ければ乗馬を教えよう。どうだ?」
わたしは吃驚してジュリアスさまを見た。
「はい!喜んで!」
嬉しかった。ジュリアスさまのわたしの肩を抱く手に少し力が加わった気がした。それで、わたしもジュリアスさまに体重を預けた。
一緒にいられる内はせめて……。
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196日目 日の曜日
すっかり乗馬に取りつかれたわたしは、日の曜日の度にジュリアスさまと牧場へ訪れた。
今日は愈森へと出る日。
ジュリアスさまに付いてギャロップから始める。
「森は平坦な牧場と違って、気を付けなければならぬぞ」
「はい!」
ジュリアスさまがわたしに貸してくれている馬は三歳だけど、とっても賢くって凛々しい顔だちをしている。
「ピンクにも乗せてやりたいのだが、まだあと一年は辛抱してくれ」
ジュリアスさまの笑顔はどうしてこんなにも素敵なのかしら。一年後、果たしてどうなっているのかなんて、今は考えるのはよそう。
ピンクもわたしたちの後をついて走って来る。
二時間ぐらいジュリアスさまの背を見ながら走る。
いつもの執務服と違い、乗馬服に身を包んだジュリアスさまは日頃よりもスリムに見える。
木漏れ日が揺れ、黄金の髪が揺れ、噴水の飛沫のように光がはじけ飛ぶ。後ろ姿なのに光がこんなに似合うなんて。やっぱり、ジュリアスさまは光の守護聖なのね…。何て美しい…。
視界が開けると、ジュリアスさまが振り向き、微笑む。
「此処に小川がある。馬を休ませよう。お前も疲れたであろう」
「はい」
そうして、わたしたちは馬から降りると、馬に水を飲ませた。並んで水を飲む馬。ピンクもその隣でちょこんと座を占め、真似をして、水を飲んでいた。
そんなピンクたちの様子を微笑みながら見ていたわたしたちは、少し歩くことにした。
ジュリアスさまの差し出す手を取り、ゆっくりと歩を進めた。
「試験はどうだ?」
「はい。…順調です。エリューシオンも随分と発展してきました。来週は風のサクリアと鋼のサクリアを中心に送って頂こうと思っています」
「そうか。困ったことなどあれば遠慮なく申すがよい」
「ありがとうございます!」
でも、そのあと、わたしたちは言葉少なだった。
ゆっくりと歩きながら、いつしかジュリアスさまはわたしの肩を抱く。わたしもジュリアスさまの胸に体重を預けながら歩いた。
ジュリアスさまの温もり。それから胸に当てた耳に感じる鼓動。
気持ちがよかった。でも、何も言えずに、ただ、黙って歩いた。何か、言ったら壊れてしまいそうな気がした。何が壊れるのかはよく判らなかったけど…。
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224日目 日の曜日
今日もジュリアスさまと森で乗馬をした。
いつもと同じように二時間ぐらい駆けて、小川のところで馬を休ませる。段々慣れてきたわたしは、それ程疲れなくなった。
今日もジュリアスさまから散歩に誘われ、二人で森の中を歩いた。
何だか前よりも密着している感じ。それというのも、わたしの肩を抱くジュリアスさまの手に力が入っていると感じたから。その温もりと鼓動を感じていたかったから、黙って歩いた。ジュリアスさまもあまり話をしなかった。
暫くして、
「…寒いのか?」
と、ジュリアスさまが尋いてきた。
「いいえ?」
「そうか。…震えている」
少し、掠れた声で尋かれる。
震えているのは、多分恐かったから。
あまりにも幸せで。でも、この幸せが潰える日が近付いているから。そう。もう直ぐ試験が終わるであろうことをわたしは頭の何処かで感じていた。ロザリアも同様らしい。昨夜二人でそんな話をしたところだった。
試験が終わったら?
ロザリアは覚悟ができていると、言った。恋を捨てて女王になる覚悟が。
わたしは…、よく判らない。でも、ジュリアスさまは女王候補としてのわたしに期待している。
だから、女王候補ではないわたしには興味をもたないに違いない。
そんなことを考えていたら、雨が降ってきた。
「あ…」
雨粒が顔に当たる。
上を向いたら、ぽつぽつとどんどん降ってくる雨が見えた。ジュリアスさまもわたしと同じように上を向いたが、直ぐにわたしを見ると、
「濡れるのはよくない。こちらへ…」
と、大きな木の下にわたしを連れていった。
風が強くなった。
わたしは、今度は本当に寒くて震えた。
「大丈夫か?」
ジュリアスさまはそう言うと、わたしを抱きしめた。
「あ…」
わたしは吃驚して顔をあげた。が、ジュリアスさまは、
「しっ。じっとしていよ」
と、言ってさっきよりもきつく抱きしめた。
最初、わたしは身体を固くしていたが、ジュリアスさまの鼓動に段々安心してきて、体重を預けた。
「お前の、鼓動が聞こえるな…」
ジュリアスさまが囁く。
吐息が耳にかかって、震える。
「まだ、寒いか?」
何も、答えられなかった。だけど、ジュリアスさまを抱きかえした。それが、わたしにできる精一杯のこと。
「お前の鼓動は心地よい。…安心する」
ジュリアスさま。ジュリアスさま…。
涙を抑えきれない。
しゃくりあげてしまった。
ジュリアスさまは、わたしを抱きしめていた手を緩めると、今度は両手で頬を包みこんだ。仰向かされたのでジュリアスさまと眸が合った。今までに見たこともないような哀し気な、辛そうな眸。
「なぜ泣く?」
そう尋かれても答えられない。
答えたら、嗚咽が迸りでてしまいそうで…。
ああ、ジュリアスさまが好き。ジュリアスさまが好き。でも、ジュリアスさまは…。
そう思ったとき、不意にジュリアスさまがわたしの頬にキスをくれた。それから額に…。
「なぜ泣く?」
もう一度尋かれた。
「泣かないでくれ…。お前に泣かれると、わたしも胸が詰まる…」
そう言うと、もう一度わたしを抱きしめた。
どのくらいの時間そうしていただろう。
気付いたら、雨があがっていた。
ジュリアスさまも気付いたようで、空を見上げた。
それから、少し苦しそうな表情でわたしを見ると、
「行こう。ピンクたちが待っていよう」
と、先に立って歩き出された。
わたしはジュリアスさまの背を見ながら歩いた。
いつもの後ろ姿とはまるで違っているような気がした。
いいえ。
わたしは気付いた。
今までちっとも気付かなかった。
ジュリアスさまの後ろ姿。淋し気な、孤独な、後ろ姿。
総てを背負っていらっしゃるジュリアスさま。誰にも頼れずにうちひしがれている後ろ姿。誇り高いということは哀しいことなんだわ。でも、独楽だって回り続けていてもいつか回転は終わるときがやってくる。ジュリアスさまだって、誰かが支えてあげなければ、倒れてしまう。
今日、そのあと、わたしたちは一言も口をきかなかった…。
ただ…手をつないで歩いた。いいえ。手を、……からめた小指をはなすことができなかった……。
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251日目 土の曜日
女王陛下の謁見があった。
陛下から褒められた。
ちゃんと、元気にお礼を言えてたかな…?
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256日目 木の曜日
とうとうこの日が来た。
朝、わたしはジュリアスさまの執務室に行った。
「…育成か?」
わたしから視線を逸らしたまま問うジュリアスさま。
「はい…。ジュリアスさまのお力で、わたしを女王に…して下さい」
…言えた。
でも、涙を抑えることもできなかった。
ジュリアスさまは苦しそうにわたしを見ると、
「それが、お前の望みなら…、わたしは、お前に従うのみ…」
と、言った。
「ありがとうございます…」
頭を下げた。
ずっと、決めてた。
最後の育成はジュリアスさまにお願いするって。
そして、もう一つ、お願いするって。
「ジュリアスさま」
わたしは、意を決して話しかけた。
「ピンクに…乗せて下さい。走ったり…しませんから」
ジュリアスさまは黙ってわたしに手を差し出した。
森を、ピンクの背に乗りゆっくりと歩くわたし。
ジュリアスさまが手綱を引いてくれている。
「ごめんなさい。我が儘言って…」
「よい…」
「わたし、どうしてもピンクに乗りたかったんです。ううん。本当はピンクの背に乗って走るジュリアスさまを見たかったんです。でも、それは叶わないことだから…」
「アンジェリーク…」
「わたし、最初は女王に成れるなんて思っていませんでした。ただ、一生懸命やってただけです。でも、途中で考えが変わりました」
ジュリアスさまは黙ってわたしを見る。
「女王に成れれば、ずっとジュリアスさまと一緒にいられるって思ったんです。でも、またすぐに考えが変わりました。だって、女王になったら、ジュリアスさまと一緒にいられても、ジュリアスさまとだけ一緒にいられるわけじゃないって気が付いたんです」
わたしはジュリアスさまを見た。
涙が溢れる。
ジュリアスさまは黙ったままピンクを止め、わたしを抱きおろし、わたしの頬を両手で包みこんだ。あの、雨の日のように。
「ならば、なぜ女王になる?わたしを拒否するのか?お前も、わたしと同じ想いを抱いていると…、感じたのはわたしの錯覚か…?」
ああ。ジュリアスさま…。
涙が止まらない。
ジュリアスさまはわたしの頬に唇を寄せる。あの日のように。
「こうやってジュリアスさまに抱きしめてもらってると、胸のなかがあったかくなるんです。まるで、総ての苦しみが溶けていくような…、そんな感じがするんです」
わたしは、少し微笑んだ。
「ジュリアスさまがわたしのことを好きでいてくれてるかどうか判らなかったけど、でも、わたしはジュリアスさまのこと好きだから、ジュリアスさまの温もりを感じるとき、恐いぐらい幸せを感じます…」
「アンジェリーク…、それはわたしも同じだ。わたしはお前を…」
わたしはジュリアスさまの口に人さし指を当てた。なぜって、決心が揺らぐから。自分のことだけを考えてしまうから。
「だけど、わたし以外の人が女王になったら?ジュリアスさまの抱えていらっしゃる苦しみを一体誰が救って差し上げるのですか。わたし、判ったんです。守護聖として生きていらっしゃるジュリアスさまの苦しみを理解して救って差し上げることができるのはわたししかいません。だから、わたしは女王にならなければいけないんです。
ひとりよがりかもしれないけど、ジュリアスさまを苦しみを理解できるのはわたしだけなんです」
「アンジェリーク…。お前は…」
ジュリアスさまの視線を受け止めることができなくなったわたしは目をつぶった。
「ジュリアスさまは守護聖をやめるわけにはいかない。だったら、そんなジュリアスさまを助けられるのは女王だけなんじゃないかって…。間違っているかもしれないけど、そう思うんです。だから…わたしは女王になります。女王になってジュリアスさまの心に温もりをあげたい…」
言い終わらないうちに抱きしめられる。
「ジュリアスさま…」
ジュリアスさまはわたしの髪に顔を埋めている。
「他に…道はないのか?こうなるより他に結末はないのか?」
「解って、いらっしゃるでしょう?」
「アンジェリーク!」
「わたし、忘れません。ジュリアスさまの匂い、温もり。女王になってもずっと憶えています。きっと女王になって辛くなったとき、わたしを救ってくれるものだから…」
「わたしも同じだ。お前と過ごした日々を決して忘れぬ。お前の温もりも、この、肌の感触も、唇も」
え?
疑問に思う間もなかった。
ジュリアスさまの唇が柔らかくわたしの唇に触れる。
「うん…」
優しい唇の感触と舌の動き…。
ああ。
一生忘れない。この口付けも。
頬にジュリアスさまの涙を感じる。
あの、雨の日に見たジュリアスさまの後ろ姿。
誰かを求めて已まないジュリアスさまの孤独な心。本当はとても愛情深いジュリアスさまの哀しい心。愛を与えることにも、もらうことにも戸惑いと不安を感じる無垢な心。
わたしが導いて歩く。
ジュリアスさまの心に寄り添いながら。
それが、あの日決めたこと。
もしかしたら、いつか本当にジュリアスさまと寄り添って暮らせる日がやってくるかもしれない。
その日を夢見て。
(完)
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| 「愛馬にまつわるエピソードの入ったジュリリモで、胸キュンなお話」 難しかったです。どうでしょうか。 二人のすれちがいながらも近付いていく互いの心を描けていればいいのですが。どうも真に失礼いたしました。 |
相変わらず毎週YUKI様のHPに通い詰める私たちなのですが、すばるがなんと7230番をゲット!
すばるが初期相性94の光様にはじめて「くらり」と来たのは、SP1休日イベントでの愛馬にそそぐ優しい瞳…
というわけで上記お題が決まったのでしたが。
「すごすぎ、甘すぎ、せつなすぎ!!」と叫ぶすばる。
ようやく下がった熱(そのとき風邪引いて寝込んでいた)が興奮のあまりすっかりぶり返したちゃん太。
甘いジュリリモもいいけれど、こういう切なさもこの組み合わせならではの味、ですよね。
これを、HPの驚異的ペースでの更新と平行して書いてくださったんだから、もう、すごいとしか言えません。
YUKI様、本当にありがとうございました!
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素材提供:SMAC