マスタールヴァのカクテル・トーク  セイラン編


「いらっしゃいませー。
 あー、ご注文は何になさいますかー。
 えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。

 『秘密』という言葉が誰よりもお似合いな貴方様には『グリーン・アラスカ』なんていかがでしょう。
 ……・ええ、別名『エメラルド・アイル』とも言われる、ジンベースのカクテルです。

 うー、『グリーン・アラスカ』にまつわるお話をしましょうかねー。
 学生街に画家をめざす若き美大生がいました。
 アパートの2階に下宿していた彼は、窓から外の景色を眺めるのが好きでした。
 アパートの前、道路を隔てた向い側には、美貌の未亡人がひっそりと商う化粧品店がありました。

 ある冬の午後、彼が化粧品店のガラス越しに並んでいる、まるで絵の具箱のような色とりどりの瓶を見つめていると、店主がにこやかに声をかけてきました。
 ――何かお探しですか?
 ――ええ、心が沸き立つような、それでいてどこか儚げな”色”を。
 店主は彼が向いのアパートの住人だと知ると、店に招き入れ、一緒にお茶を飲もうと提案しました。
 ――その”色”のお話、もっと聞かせてほしいわ。
 
 それ以来彼は、彼女の元に足しげく通うようになりました。
 お茶だけでなく食事までごちそうになることもたびたびでした。
 そして知らず知らず年上の未亡人との片恋におちていたのでした。
 まるで風船がふくらむように、壊れるためにつのり続ける想い。切ないですねー、うんうん。

 真夜中に突然サイレンの音が鳴り響きました。
 どうやら街外れの一角で火事があったようです。
 2階の窓から見下ろすと、化粧品店に灯がともり愛する彼女が見たこともないような蒼ざめた顔でいるのが見てとれました。
 考える間もなく彼は部屋を飛び出していました。

 店の中は未亡人のつけた沙ナツメの香水の香りがしていました。
 彼はためらうことなく彼女の胸に顔をうずめました。
 彼女もなぜか指一本動かすことができなかったのです。
 ――あなたの気持はわかっています。
  あなたはいつも話してくれた。亡くなった御主人が残してくれたこの店をささやかに守っていくことが幸せなんだと。
  だから、だから今夜だけでいい、本当の自分を覆い隠して。
  夢のようにあなたを不幸にするから。

 彼は顔を上げて彼女のエメラルドの瞳を見つめました。
 その瞬間彼はようやく見つけたのでした―心が沸き立つような、それでいてどこか儚げな色を!

 さあ、お待たせしました。『グリーン・アラスカ』です。
 御存知かも知れませんがこれは『アラスカ』のバリエーション・カクテルで、最高級リキュール、シャルトリューズ・ヴェールを使っているんですよー」


「悪くないセレクトだね。エメラルド・アイル――エメラルドのように美しい緑の島。
 彼の片恋が実を結ぶか否か、二人がたどりついた島が夢で終わるかどうか、興味は尽きないね」


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