マスタールヴァのカクテル・トーク レイチェル編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
責任感の強そうな貴方には、『ドゥ・リギュール』なんていかがでしょう。
……ええ、フランス語で『しなければならない』という意味の、ウィスキーベースのカクテルです。
うー、『ドゥ・リギュール』にまつわるお話をしましょうかねー。
ある学園都市に生理学が専門の科学者の女性がいました。
才媛と呼ばれる彼女は、例えばウィスキーを飲む時もこんな風でした。
――ウィスキーって樽の中で熟成させるでしょ。だから木材の香りがするの。
その香気成分が脳内GABA機能を高め、ストレスを緩和するワケ。
そんな難しい説明を聞くと、ストレスがたまっちゃいそうですねー、うんうん。
それでも彼女には、良き理解者である幼なじみの恋人がいたんです。
ある日、恋人が彼女に相談をもちかけてきました。
転勤を命じられた彼は、遠い田舎町に移らなければならなくなったのです。
――僕と一緒に来てはもらえないだろうか?
――そんなことできない。私にはまだしなければならない研究があるのよ!
彼は大きく深呼吸をすると、こう告げました。
――”しなければならない”のじゃなくて”したい”んだろ?
そうして彼女は去りゆく恋の背中を見送るしかなかったのです。
彼と別れわかれになって、1年が過ぎようとしていました。
その時彼女の身に異変が起きました。
実験動物から恐ろしい伝染病に感染してしまったのです……
隔離病棟の中で、彼女は彼との思い出のページをめくっていました。
おてんばで負けん気が強かった少女時代、
鉄棒の上に立てるものなら立ってみろ、とはやしたてられて、ためらうことなく鉄棒の上にすっくと立ち上がると、一瞬のうちに景色が流れ出しました。
気がついたら、自分の真下で幼なじみの彼が泣きベソをかいています。
――なんでこんなところで泣いてんのよ! 泣き虫の男の子はキライよ!!
日に日に熱を帯びてくる身体に迫りくる死の恐怖を覚えながら彼女はつぶやきました。
――私が死んだら彼は泣くかしら?
誰よりも自分のことをわかってくれる彼の存在に気づいたのはいつだったろう。
彼を泣かせることだけはしたくない! そう決めていたのに。
私はただ彼のぬくもりになりたかったのに。
後悔の涙が止まりませんでした。
半年後、彼女の墓を訪れる泣き虫の彼の姿がありました。
――もう明日からは泣かないよ。
僕は君の命を奪った病のワクチンを開発するプロジェクトチームに参加する。
”しなければならない”んじゃなくて”したい”からだ。
君と同じだ……
そして数年後、プロジェクトチームは見事にワクチンの開発に成功をおさめたんですよー。
ありがたいことですねー。
さあ、お待たせしました。『ドゥ・リギュール』です。
蜂蜜がうまく混ざっていますかねー?」
「ええ、冷たくてオイシー。
今日の占いで”路地に行けばラッキー”ってあったんだけど当たってたみたいネ。
イイお店を見つけることができたもの」